221 / 250
第四章 狂った勇者が望んだこと
221.そしてここに戻る
しおりを挟む我ながら面倒なことを口にしてしまったけど、気になるのも事実だし、しょうがない。
間近に私を見るレオルドが一切視線をそらさないことは、落ち着かない。たぶん驚いているんだろうけど、そこまで見ないでほしい。これならキスし続けてたほうがよかった。
「それは……いわゆる嫉妬?」
「は?」
「もう一杯ワイン飲む?」
「なんで急に……まあ、飲むけど」
突然の提案の意味が分からなかったけど、またお酒が飲めることだしのっておく。
乱れた服を整えながら座りなおしているあいだ、レオルドがワインの準備をしてくれる。妙な雰囲気だ。ぐるぐるする頭はやっぱりまだおぼつかない。
ぼんやりしながら差し出されたグラスを受け取ろうとしたら、レオルドが身体を寄せてきて折角あけた距離が無駄になってしまう。あぐらの中心に私を置いて見てくるレオルドは──なんだろうな。変な顔だ。
「その気持ちは、俺と一緒?」
「いや、そういわれても……?」
「俺を見てほかの男を考えた君に抱いた気持ちだよ」
「なに」
何言ってるんだと思って思い出すのは、古都シカムパーティーのあとレオルドのところに転移してしまったときのことだ。私に理想の女であることを求めた糞野郎とレオルドを重ねてしまったあの日の私がこの光景を見ればどう思うだろう。そんなことを考えられるぐらい、昔の記憶になった。
それなのにあの糞野郎のことを思い出せば胸糞悪くなる。これだけは変わらない。
舌打ちしたくなる最悪な気持ちを吹き飛ばしたのは、不意打ちでされたキスだ。嬉しいとかそんな可愛らしいものじゃなくて、最悪なことを思い出させたうえ私と同じような顔をしてるレオルドへの不満でいっぱいになる。
「俺はそいつに嫉妬するよ」
「……無視されるより殺意でも感情を向けてくるほうがいいみたいだけど、私はそんなのごめんだから。そんなのを愛情なんて私は思わないし……だから嫉妬しても意味ないよ。私はあの糞野郎に対して悪い感情しかない」
レオルドの特殊な愛情をほかの皆も持ってると思わないでほしい。そう突き放すのにレオルドの表情は変わらない。
「サクはその男となにがあったの?」
「……別に。無理やりキスされただけ……そいつとは同じ学校……私が住んでた国では、私ぐらいの歳の子は学校っていう場所に通って教師を前に勉強するんだ。人数が多いこともあったけど私じたい人とそこまで関わろうとしてなかったから、全員と話すことなんてなかった。糞野郎とはグループ活動するとき少し会話したってぐらいで、それぐらいしか接点はなかったんだけど……まあ、勝手に妄想重ねてエスカレートして関係を持とうと襲ってきたってだけ」
グダグダ話していたら、糞野郎だけじゃなくて梅と出会うきっかけになったイジメの現場とこの世界で襲ってきた男たちに私がしたことを思い出してしまって、レオルドが受け入れなかった無関心の気持ちが、あの糞野郎の気持ちが、分かってしまった。
私が女らしくないとわざと聞こえる距離で言っていた糞野郎は、私にとってどうでもいいけどストレスを与えてくる存在だった。無関心でいることにしたら本当に記憶にも残らなくて、事件が起こるまで思い出せなかったぐらいだ。自分に同調する奴らと楽しそうに笑って舞台を作った糞野郎が暴力で私を従わせようとしたのは、無関心よりもそっちがいいとしたからだろう。
そいつが私をずっと見ていたことは知っていた。好きな子は虐めたくなる、なんて糞みたいな言い訳に同情する気はない。でももう少しうまくあしらうこともできた。その罪悪感は一発殴らせたことで私としては清算したし、めんどうな奴らを丸ごと潰すために虐めの現場を映像に残して弱みも作ったから、虐めのことはすぐにどうでもよくなった。
これでもう関わらなくて済むんだから、問題じゃない。
そう思ってたから、糞野郎が夜中襲ってきたときは本当に気色が悪くて、怖かった。
今なら、どうするだろう。
ああ、これじゃあ不愉快な気持ちのまま闇の者を呼んでしまいそうだ。
この世界でよかった。
思えば奴隷商人を殺したし、シルヴァリアを出たとき襲ってきた男どもも間接的に殺してる。ああいう奴らに対峙できる力がある。
「それで?その男は最期どうなったの?」
「……言っとくけど、この世界と違って人を殺すなんてそんなこと日常にないところだから、死んでないよ。いまはどうだろ?普通に学校通ってるんじゃない?」
「なんで?あの子がそれを許すはずがないでしょ」
「あの子って……アイフェ?や、いやいや、アイフェも殺しませんから。というかレオルドの中でアイフェの信用どうなってんの」
たったいまそんな常識がない国に生きてたって説明したところなのに、梅は殺すって思ってるのが怖い。確かに梅は私に異常と思えるぐらいの執着心は持ってるけど──いま、どうしてるんだろうなあ。たぶんカナルあたりで噂されてる傭兵なんだろうけど、なんの目的があってそんなことしてるんだろ。ラスさんと一緒にオーズを探しに行ったはずなのになあ。
「そうだね……あの子は君のためならなんでもするでしょう?君のためじゃなくとも、君が関わることなら自分のためになんでもする。手段を択ばない子だよ。あまりこういうことは言いたくないけれど俺と似てるよね」
「どうしよう。いまアイフェが何してるのか本当に心配になってきた」
「……君にとってあの子はどんな存在なの?」
「ええ?うーん、まあ、可愛くて大事かな。アイフェといると五月蠅いときもあるけど面白いんだ。飽きないし色んなことを教えてくれるし、尊敬してる。一緒にいると楽しいし……それがなんですかね」
やっぱりお酒はもう飲まないほうがいいかもしれない。ぺらぺら余計なことを言ってしまうことに気がついて、微笑み続けたままのレオルドの顔から逃げるためグラスに残ったお酒を一気に飲むことにする。
レオルドも賛成してくれたのかグラスが空になるとワインの瓶ごと消してくれた。あいた手はすぐにレオルドに掴まって、さっき私がしていたようにぐにぐに握られて遊ばれる。
「あの子も君のことが大好きでしょうがないみたいだよ。初めて会ったときも俺が君を攫ってると勘違いして襲いかかってきたしね」
「はは……」
そういえば梅が人形の顔を捨てて私と再会するまでに梅とレオルたちが戦闘したってラスさんが言ってたっけ。
あれ……?今思えば、あのときすでに私と梅って繋がってたんだ。リヒトくんが私にラシュラルの花を渡して目印にしたように、梅も私があげたラシュラルの花を目印にして転移してた。レオルたちは梅と戦闘する前は魔物と戦ってたみたいだし……もしかして梅、もうあの頃からラスさんに色々話を聞いてたんじゃないだろうか。
「だからあの子は気に食わないけど、ある程度信用してるよ」
「……どんな基準」
「君と一緒にいたい。同じ気持ちだ」
言いたいことは伝わってるから別に改めて言わなくていい。不満を言うかわりに手を抓ってやるけど、やっぱり効果はなかった。
本当に、面倒な話だ。
「そうですか……はい、この話はもう終わりにしよう。それで、私ももうディナさんのことを聞かないからアンタもあの糞野郎の話はしなでくれると嬉しいですね」
「ふうん?俺は別にいいけど?」
私から話を振ったうえでこんなこと言うのは申し訳ないけど、話を掘り下げたら藪蛇だったうえ、妙な話ばかりでもうこりごりだ。
私の頭も、まともじゃない。
もうお酒はないけど、レオルドに酔ってるといわれるぐらいの有様なんだから、言い訳には十分だ。
「ディナさんがいたから今のアンタもいるんだろうけど、それはもうレオルドの記憶にしまっといて。私はディナさんじゃなくてレオルドのことが知りたいだけだったって分かったから、もういい」
ディナさんに嫉妬のような気持ちを抱いていたのが馬鹿らしくなるほどの感情を向けられたら、もう、話すことがない。それなら昔の話よりも今の話か、これからの話をするほうがいい。
勝手な私に文句をいうように手を握る力が強くなる。それなのに頭には優しい感触とリップ音が聞こえて、俯く私の顔を見ようとする気配が近くなる。
「俺のことが知りたい?」
「……そうですね」
「俺は、君と一緒にいたいよ……君も、俺と同じ気持ち?」
囁く声に顔をあげたら、泣きそうに細まる蒼い目を、幸せそうにつりあがる唇を見つけた。
あのとき可愛いと思った顔は今日も変わらない。だけど抱きしめるんじゃなく口づけたあと、引き寄せる。
「あのときから変わってませんので……この世界で生きていこうって思ったぐらいには、好きですよ」
驚いているのか待てができるようになったのか微妙だったレオルドは、私の返事を聞くと遠慮なく私を抱きしめて口づけを返してきた。
「ねえ、分かってる?君が俺を殺せるから一緒にいるんじゃない。そもそも君が俺を殺せると分かるのなら、君が不安になる必要はないよ」
もっともな指摘にただでさえ熱い顔がさらに熱くなる。私がレオルドを殺せることをユルバたちの話を聞いて受け入れてるのに、そこを疑うなんておかしな話だ。
「君が俺を殺せるのは俺が君を愛しているからだ。サク、君を愛してる。ねえサ──っ」
言われてる私のほうが恥ずかしくなってくる言葉を聞かないですむよう、言葉以上に五月蠅い顔を見ないですむよう、口づけて黙らせる。
そうだ、暗い静かな魔の森からも隠れてしまおう。シールドを張って、外を遮断する。
あとは──なんだろう。
乱れた息遣いに顔をあげたら、私の熱が移って赤くなったレオルドが可愛くも優しくもない表情を浮かべた。
しよ。
口にできたかどうか分からない誘いはすぐに食べられた。
0
お気に入りに追加
346
あなたにおすすめの小説
逆ハーレムエンドは凡人には無理なので、主人公の座は喜んで、お渡しします
猿喰 森繁
ファンタジー
青柳千智は、神様が趣味で作った乙女ゲームの主人公として、無理やり転生させられてしまう。
元の生活に戻るには、逆ハーレムエンドを迎えなくてはいけないと言われる。
そして、何度もループを繰り返すうちに、ついに千智の心は完全に折れてしまい、廃人一歩手前までいってしまった。
そこで、神様は今までループのたびにリセットしていたレベルの経験値を渡し、最強状態にするが、もうすでに心が折れている千智は、やる気がなかった。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。
aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。
生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。
優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。
男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。
自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。
【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。
たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる