狂った勇者が望んだこと

夕露

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第四章 狂った勇者が望んだこと

221.そしてここに戻る

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我ながら面倒なことを口にしてしまったけど、気になるのも事実だし、しょうがない。
間近に私を見るレオルドが一切視線をそらさないことは、落ち着かない。たぶん驚いているんだろうけど、そこまで見ないでほしい。これならキスし続けてたほうがよかった。


「それは……いわゆる嫉妬?」
「は?」
「もう一杯ワイン飲む?」
「なんで急に……まあ、飲むけど」


突然の提案の意味が分からなかったけど、またお酒が飲めることだしのっておく。
乱れた服を整えながら座りなおしているあいだ、レオルドがワインの準備をしてくれる。妙な雰囲気だ。ぐるぐるする頭はやっぱりまだおぼつかない。
ぼんやりしながら差し出されたグラスを受け取ろうとしたら、レオルドが身体を寄せてきて折角あけた距離が無駄になってしまう。あぐらの中心に私を置いて見てくるレオルドは──なんだろうな。変な顔だ。


「その気持ちは、俺と一緒?」
「いや、そういわれても……?」
「俺を見てほかの男を考えた君に抱いた気持ちだよ」
「なに」


何言ってるんだと思って思い出すのは、古都シカムパーティーのあとレオルドのところに転移してしまったときのことだ。私に理想の女であることを求めた糞野郎とレオルドを重ねてしまったあの日の私がこの光景を見ればどう思うだろう。そんなことを考えられるぐらい、昔の記憶になった。

それなのにあの糞野郎のことを思い出せば胸糞悪くなる。これだけは変わらない。

舌打ちしたくなる最悪な気持ちを吹き飛ばしたのは、不意打ちでされたキスだ。嬉しいとかそんな可愛らしいものじゃなくて、最悪なことを思い出させたうえ私と同じような顔をしてるレオルドへの不満でいっぱいになる。


「俺はそいつに嫉妬するよ」
「……無視されるより殺意でも感情を向けてくるほうがいいみたいだけど、私はそんなのごめんだから。そんなのを愛情なんて私は思わないし……だから嫉妬しても意味ないよ。私はあの糞野郎に対して悪い感情しかない」


レオルドの特殊な愛情をほかの皆も持ってると思わないでほしい。そう突き放すのにレオルドの表情は変わらない。


「サクはその男となにがあったの?」
「……別に。無理やりキスされただけ……そいつとは同じ学校……私が住んでた国では、私ぐらいの歳の子は学校っていう場所に通って教師を前に勉強するんだ。人数が多いこともあったけど私じたい人とそこまで関わろうとしてなかったから、全員と話すことなんてなかった。糞野郎とはグループ活動するとき少し会話したってぐらいで、それぐらいしか接点はなかったんだけど……まあ、勝手に妄想重ねてエスカレートして関係を持とうと襲ってきたってだけ」


グダグダ話していたら、糞野郎だけじゃなくて梅と出会うきっかけになったイジメの現場とこの世界で襲ってきた男たちに私がしたことを思い出してしまって、レオルドが受け入れなかった無関心の気持ちが、あの糞野郎の気持ちが、分かってしまった。

私が女らしくないとわざと聞こえる距離で言っていた糞野郎は、私にとってどうでもいいけどストレスを与えてくる存在だった。無関心でいることにしたら本当に記憶にも残らなくて、事件が起こるまで思い出せなかったぐらいだ。自分に同調する奴らと楽しそうに笑って舞台を作った糞野郎が暴力で私を従わせようとしたのは、無関心よりもそっちがいいとしたからだろう。

そいつが私をずっと見ていたことは知っていた。好きな子は虐めたくなる、なんて糞みたいな言い訳に同情する気はない。でももう少しうまくあしらうこともできた。その罪悪感は一発殴らせたことで私としては清算したし、めんどうな奴らを丸ごと潰すために虐めの現場を映像に残して弱みも作ったから、虐めのことはすぐにどうでもよくなった。
これでもう関わらなくて済むんだから、問題じゃない。
そう思ってたから、糞野郎が夜中襲ってきたときは本当に気色が悪くて、怖かった。


今なら、どうするだろう。


ああ、これじゃあ不愉快な気持ちのまま闇の者を呼んでしまいそうだ。
この世界でよかった。
思えば奴隷商人を殺したし、シルヴァリアを出たとき襲ってきた男どもも間接的に殺してる。ああいう奴らに対峙できる力がある。


「それで?その男は最期どうなったの?」
「……言っとくけど、この世界と違って人を殺すなんてそんなこと日常にないところだから、死んでないよ。いまはどうだろ?普通に学校通ってるんじゃない?」
「なんで?あの子がそれを許すはずがないでしょ」
「あの子って……アイフェ?や、いやいや、アイフェも殺しませんから。というかレオルドの中でアイフェの信用どうなってんの」


たったいまそんな常識がない国に生きてたって説明したところなのに、梅は殺すって思ってるのが怖い。確かに梅は私に異常と思えるぐらいの執着心は持ってるけど──いま、どうしてるんだろうなあ。たぶんカナルあたりで噂されてる傭兵なんだろうけど、なんの目的があってそんなことしてるんだろ。ラスさんと一緒にオーズを探しに行ったはずなのになあ。


「そうだね……あの子は君のためならなんでもするでしょう?君のためじゃなくとも、君が関わることなら自分のためになんでもする。手段を択ばない子だよ。あまりこういうことは言いたくないけれど俺と似てるよね」
「どうしよう。いまアイフェが何してるのか本当に心配になってきた」
「……君にとってあの子はどんな存在なの?」
「ええ?うーん、まあ、可愛くて大事かな。アイフェといると五月蠅いときもあるけど面白いんだ。飽きないし色んなことを教えてくれるし、尊敬してる。一緒にいると楽しいし……それがなんですかね」


やっぱりお酒はもう飲まないほうがいいかもしれない。ぺらぺら余計なことを言ってしまうことに気がついて、微笑み続けたままのレオルドの顔から逃げるためグラスに残ったお酒を一気に飲むことにする。
レオルドも賛成してくれたのかグラスが空になるとワインの瓶ごと消してくれた。あいた手はすぐにレオルドに掴まって、さっき私がしていたようにぐにぐに握られて遊ばれる。


「あの子も君のことが大好きでしょうがないみたいだよ。初めて会ったときも俺が君を攫ってると勘違いして襲いかかってきたしね」
「はは……」


そういえば梅が人形の顔を捨てて私と再会するまでに梅とレオルたちが戦闘したってラスさんが言ってたっけ。
あれ……?今思えば、あのときすでに私と梅って繋がってたんだ。リヒトくんが私にラシュラルの花を渡して目印にしたように、梅も私があげたラシュラルの花を目印にして転移してた。レオルたちは梅と戦闘する前は魔物と戦ってたみたいだし……もしかして梅、もうあの頃からラスさんに色々話を聞いてたんじゃないだろうか。


「だからあの子は気に食わないけど、ある程度信用してるよ」
「……どんな基準」
「君と一緒にいたい。同じ気持ちだ」


言いたいことは伝わってるから別に改めて言わなくていい。不満を言うかわりに手を抓ってやるけど、やっぱり効果はなかった。
本当に、面倒な話だ。


「そうですか……はい、この話はもう終わりにしよう。それで、私ももうディナさんのことを聞かないからアンタもあの糞野郎の話はしなでくれると嬉しいですね」
「ふうん?俺は別にいいけど?」


私から話を振ったうえでこんなこと言うのは申し訳ないけど、話を掘り下げたら藪蛇だったうえ、妙な話ばかりでもうこりごりだ。
私の頭も、まともじゃない。
もうお酒はないけど、レオルドに酔ってるといわれるぐらいの有様なんだから、言い訳には十分だ。


「ディナさんがいたから今のアンタもいるんだろうけど、それはもうレオルドの記憶にしまっといて。私はディナさんじゃなくてレオルドのことが知りたいだけだったって分かったから、もういい」


ディナさんに嫉妬のような気持ちを抱いていたのが馬鹿らしくなるほどの感情を向けられたら、もう、話すことがない。それなら昔の話よりも今の話か、これからの話をするほうがいい。
勝手な私に文句をいうように手を握る力が強くなる。それなのに頭には優しい感触とリップ音が聞こえて、俯く私の顔を見ようとする気配が近くなる。


「俺のことが知りたい?」
「……そうですね」
「俺は、君と一緒にいたいよ……君も、俺と同じ気持ち?」


囁く声に顔をあげたら、泣きそうに細まる蒼い目を、幸せそうにつりあがる唇を見つけた。
あのとき可愛いと思った顔は今日も変わらない。だけど抱きしめるんじゃなく口づけたあと、引き寄せる。


「あのときから変わってませんので……この世界で生きていこうって思ったぐらいには、好きですよ」


驚いているのか待てができるようになったのか微妙だったレオルドは、私の返事を聞くと遠慮なく私を抱きしめて口づけを返してきた。


「ねえ、分かってる?君が俺を殺せるから一緒にいるんじゃない。そもそも君が俺を殺せると分かるのなら、君が不安になる必要はないよ」


もっともな指摘にただでさえ熱い顔がさらに熱くなる。私がレオルドを殺せることをユルバたちの話を聞いて受け入れてるのに、そこを疑うなんておかしな話だ。



「君が俺を殺せるのは俺が君を愛しているからだ。サク、君を愛してる。ねえサ──っ」



言われてる私のほうが恥ずかしくなってくる言葉を聞かないですむよう、言葉以上に五月蠅い顔を見ないですむよう、口づけて黙らせる。
そうだ、暗い静かな魔の森からも隠れてしまおう。シールドを張って、外を遮断する。
あとは──なんだろう。
乱れた息遣いに顔をあげたら、私の熱が移って赤くなったレオルドが可愛くも優しくもない表情を浮かべた。


しよ。


口にできたかどうか分からない誘いはすぐに食べられた。







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