狂った勇者が望んだこと

夕露

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第四章 狂った勇者が望んだこと

219.遠い人たち

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「昔、俺は魔の森で倒れて死にかけていたところをあの村の人間に助けられたらしいんだ。だけどしばらくしてユルバ爺たちがいう呪い子が憑いたらしくてね、村の人間によって殺されたあと魔の森に捨てられたんだって。でも俺が生き返ってまた戻ってきて……っていうのを繰り返してたら、殺して追い返すのが無理なら村で管理しようってなったらしいよ。それを引き継いでいるのがゴルドだね」
「殺されても生き返るって普通にいうんだもんなあ。嘘なんてもう思えなからすごい話。というかなんでレオルドはわざわざこの村に戻ってきたの?私ならさっさと違う場所に行くけど」


口にしたワインはやっぱり葡萄ジュースと違って苦い。喉を通る焼けるような熱さは慣れなくて、思い出した先日の酒盛りの光景に呆れるじゃなくて尊敬してしまう。よくこんなのを大量に飲める。
でも酒飲みたちにはこのワインは甘いのかもしれない。レオルドは目元を和らげる。


「なんでだろうね。よく覚えてはないんだけどあそこしかないと思ってたんだ。魔の森を歩いてもなにもない。でもあの村ならなにかがある。例えそれが殺されるというのだとしても、魔の森に1人でい続けるよりはよかったのかな」
「……魔の森には闇の者がいるじゃん。例え殺されるでも変化が欲しいんなら魔の森でも一緒じゃん」


他人事のように話すレオルドに思い出すのは贈り物の話だ。無視され続けるなか唯一殺意を向けるユルバに懐いてしまう胸糞悪い話──ああ、だからラスさんもレオルドに外の世界を見せたかったのかもしれない。目的を達成する合間にでも外の世界を話すラスさんの姿が簡単に想像できる。最後はそれが悲劇に繋がったってだけで、その行為は責められたものじゃない。


「俺にとって魔の森はなにもない場所と変わらないよ。闇の者だってそうだ──今のあの村と同じだね」
「まあ、強すぎるアンタからすればいないも同然だろうけど」


そういえばレオルドはいつからこんなに強いだろう。長く生きているなか強くなることもあるだろうけど、そのための修行をしている姿は想像できない。なんとか作り出した想像はコラージュみたいで笑えるぐらいだ。
お酒のせいか、いま話にあがってる恐ろしい魔の森にいるっていうのに笑ってしまう。


「サクにとってもそうだよ」
「……?」
「なぜ我らを殺す」


妙にひっかかる言い方に首を傾げてたら、妙な言葉。
芝居かかったような台詞なのに重みのある言葉は聞いたことがある。

『交渉は決裂しました。闇の者は闇の者以外を許さない』

古都シカムで勇者空の再来だってお祭り騒ぎになった夜、ラスさんから聞いた話だ。そうだ。レオルドとラスさんがいう学者がユルバなら。


「なぜ私たちを襲う……その質問をレオルドにしたのはユルバ?」
「そうだよ。最初に魔法を使った人が呪い子なら、ロストというのは先祖返りなんだ。ロストは呪い子の子孫だよ。といっても赤目と銀髪どちらも受け継ぐわけじゃないみたいだけどね」
「ちょっと待ってそれなら」


その話に繋がるならまるで私とレオルドたちは一緒みたいだ。なぜ我らを殺す。なぜ襲うかの答えが、なぜ。
なぜ、なぜ。
まるで闇の者は殺そうとするつもりがなくて、ただの正当防衛みたいな言い方だ。でもホーリットのときだって襲ってきたし、トナミ街だって──あれ?

『いるぜ?ほら』

ディオと2人で旅をしていた時、闇の者が住む魔の森に一週間ぐらいいたのに襲われなかったことがある。オーズはヴェルからあの姿だけでなくヴェルが背負っていたものを引き継いだんだから、分類するのなら人ではなく化け物だろう。勇者である私も彼らがいう化け物なら、あの旅は化け物2人の旅だった。
森を抜けるとき現れたダーリスはディオに攻撃されて始めて姿を見せて──ああ、なんでだろう。慈しむようにダーリスを撫でるディオの後ろ姿を思い出す。


「彼らは仲間を襲わず、人間だけを襲う。そして仲間を見ても関わらないんだ……攻撃されたら別だけどね」
「……そう。私は魔力を持っている人が、いまこの世界に住む人すべてが魔物だと思ってたんだけど、その予想は外れてたんだ」
「それはそれで合ってると思うよ。でも、そうだね。ユルバ爺とかがよく『紛い物』とか同じじゃないみたいなことを言うけど、彼らだって同じ気持ちなんだと思うよ……世界がそうなっても、彼らが認める自分たちと同じ存在は勇者とロストだろうね」


同じにするな、か。お互い様のことを考えて、ほんとどっちもどっちだ。
空になったワインを見つけたレオルドがおかわりを注いでこようとするけど、断って葡萄ジュースを飲むことにする。いつものように甘い味を口にしたはずなのに、残るワインが甘さを濁してしまった。
レオルドは見ても見ぬふりする闇の者よりも、反応して殺してくる村を選んだ。結局幽閉されて止まったような世界になって……ああでも、ディナさんとかラスさんによって変わったんだから、選択としては悪くなかったのかもしれない。


「……レオルドの一人称って「我」なの?似合わなさすぎ」


ぼそりと呟けば、きょとんとした顔がしばらくして噴き出した。声を出してまで笑ってずいぶんご機嫌だ。次はまたワインでも飲もうか。


「違うよ。彼らの言葉をそのまま言っただけ。私達と言って問われたから、同じように、一緒じゃないものとして答えたんだよ。可愛いよね」
「かもね」


なぜ私たちをと問われる時点で暗にお前は違う者として言われていると感じたんだろう。それに反感を持って必死に考えたのが我らという一人称なら確かに可愛いものだ。


「レオルドのいう彼らって形になり切れてない闇の者?」
「そうだよ。たくさんの意志と混ざって自分がなにかを忘れたものの集合体だよ。運よく思い出せて魔力まで手にできたらサバッドになれるけれど、それはとても難しいことだからね」
「そう、だね」
「自分の想いに近いものが集まって形になろうとするから、記憶の名残はあるのかもね。物や植物や獣に人に──違うものになってまでオルヴェンで生きようとする」
「レオルドは?」


聞いてみれば、ワインを飲んでいたレオルドが視線だけ移して、微笑んだ。
ごくりと動く喉が音を鳴らす。


「どうだろうね?なんだかんだいって得意魔法は治癒だからね。生きたいんじゃないかな?」
「そう」
「そうだよ……どこまで話したかな?地下に幽閉されてからしばらくしてラスが現れたよ。カナル国で会ったときは気がつかなったけど、きっと君がいうラスさんだろうね」
「それって……ああ、錯覚魔法」
「そうだろうね。大方あの化け物がかけてたんだろう。君がラスさんと言うのを聞いてもしかしたらぐらいには思っていたけど、まあ、別にそうだったとしても問題はないしね」
「はは……ラスさんはレオルドに外を見せてくれたんじゃないの?」
「そうだよ。だからきっとラスは負い目を感じているだろうし、なにも関わらないようにしたんだ。外の世界を教えたことで結果的にディナは死んだ訳だし、ラスは思い込むだろう?」


こんなことを思うのもなんだけど、レオルドが人を思いやってる姿に感動してしまう。ああでも、落ち着かない。さっきから抱く違和感の答えが分かってしまった。


「……村を出たのはディナさんが死んでからって聞いたけど」
「ディナが死んだあと地下を出てここに住むようになったね。そんなに長い時間じゃなかったけど、ここで過ごした時間は大きかった。ラスが教えてくれたように村でも魔の森でもない場所にも世界はあるんだと思ったよ。そう気がついてからここからも離れたけどね」


ディナ。
レオルドがそういうたび妙な気持ちになってたのは、レオルドの昔の女らしいという妙な話のせいだけじゃなかった。これがラスさんたちがいう違和感だろう。レオルドはディナさんの真名を知っていて、それをずっと口にしてる。だから、レオルドがディナと言うたびひっかかるんだ。
この違和感を抱いてしまったら、確かに突っ込みたくなる。共感したくはないけどオーズや紗季さんを思い出してして納得してしまう。


「村を出てしばらくは魔の森を彷徨ったよ。魔の森を出れたのはキューオのお陰だね」
「え?」
「彼は昔からよく闇の者討伐に奔放しているんだ。そのときたまたま森で会ってね、俺の姿よっぽどおかしかったんだろうね。闇の者に間違われて殺されたよ」
「ちょ、ちょっと」
「そのお陰か彼に拾われて身分の保証をされて、俺は彼の代わりに闇の討伐に行くようになった」
「キューオに拾われて身分の保証……?」


そういえばレオルドは様付けされていたし、城にいた人はレオルドに強く口出しできないみたいだった。

『筆頭魔導士様はお前らと違って……筆頭魔導士様は魔物から俺たちを守ろうとしてくれた』
『俺たちを助けてくれたしフィラル王国で働けるよう推薦してくれたのも筆頭魔導士様だ!』

キューオが闇の者討伐に行っていたことはハースも言っていた。


「気に入らない国にずっと大人しくいたのってキューオのため?」
「そうといえばそうだね。ある程度の身分があると便利だったし、彼には色々教えてもらったから」


じっと見てくる蒼い瞳はなにかを待つように動かない。
キューオ。
勇者でありながらフィラル王に逆らえない奴隷かもしれない人で、残酷な契約を隠れ蓑にして結果的にアルドさんたち家族を全員生きながらえるようにするチャンスを作ったかもしれない人。里奈さんたちが召喚されたときにはすでに筆頭魔導士としてフィラル王国にいた。


『キューオは寝る間も惜しんで魔物討伐に明け暮れ人々を救うような奴だ』
『キューオってぜったいなんか企んでんねんで。わざわざ契約結ぶより全員殺してもうたほうが明らかに楽やしなあ』
『ごめんね、キューオ』


思い出す沢山の話が後押しするように、罪悪感に泣いていた千堂さんの気持ち重なる。

『私、あなたに同じ事を求めてる』 

同じこと。
千堂さんが最後に願ったことって、千堂さんがしたことって。

『母さんが望んだとおり俺は生きてる』

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望み、目的。
目的を叶えるために動く人はときにその人には似合わない行動をさせて周囲を戸惑わせる。覚悟を決めて淡々と作業をこなしながら穏やかに話す人たちは怖い。人の命が多くかけられる戦争も手段として考える人の質問は言い逃れを許さない重さを持っていた。
私が知っているそんな人たちは、後悔したり無力を嘆いたりもして、そのなかで自分が出来ることをしようと力を尽くしている。



「キューオは勇者召喚を無くそうとしてる?」
「そうだよ。彼の悲願だ」



薄く微笑むレオルドを見て冗談なんかじゃないことが分かって、レオルドが持っていたワインを一気飲みする。


1番味方にしたかった人があんな身近な場所にいたなんて……分かるか!






 
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