狂った勇者が望んだこと

夕露

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第四章 狂った勇者が望んだこと

217.「唯一」

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「ユルバは気が触れてはいるが、君だけがあの男を殺せると言っているのは正しい……あと闇の者のことについて話すときもそうだな」
「そうですか。ああ、そういえば闇の者について話しているときはまともに会話してくれましたね。レオルドは彼を学者と言っていましたし、話を聞く限り人生を闇の者にかけているように感じます……彼にとって闇の者について話すことは名前で呼ばれるのと同じなのでしょうね」


自分を取り戻せるぐらいの熱量をもって打ち込んできた理由がディナさんやレオルドのことだと思えば半歩どころか何歩も距離をおきたいけれど、凄いことだとは思う。
これでも私なりに感心しているんだけど、ゴルドさんの目にはそう映らなかったらしい。


「殺せると言われて、なにも思うところがないのかね……?」
「え……ああ、まあ、レオルドにも何度が『俺を殺せる人』って言われてきましたし、それが本当に正しいと言われても本当にそうなんだと思うぐらいですね……あとそうですね、ディナさんに祝福されたという話ですが、掘り下げる気はありません。聞くとしたらレオルド本人から聞きます」


話を聞く限り自殺か他殺かどちらにしても死人が出ている恋愛問題だ。本人に聞くのは勿論だけど第三者のまた聞きなんて憶測だらけの地獄でしかない。現時点で出来る予想はどれもろくでもないものだ。どうせ最悪な話を聞くことになるのなら余計な話は聞かないほうがいいだろう。
視線を伏せるゴルドさんは『知る権利がない』と言ったときのように自嘲しながら俯いている。本題が終わったみたいだから気が抜けているのかもしれないけれど、聞きたいことはまだある。


「ユルバからラスさんの話を聞きました。ゴルドさんが知っていることを教えて下さい」
「……旅人のひとりだ。いつもならゲートの前で追い返すが──そうもいかなくてな。闇の者について研究しているとのことで、ユルバと気が合ったんだ。最後は結局、ユルバが身元を保証するとまで言いおって、ユルバの家に泊まり込むことになった。1人で魔の森を旅していただけあってあやつは戦闘能力も申し分なくてな、ユルバは闇の者の研究のためといって外にも村の中にも好きなようにあやつを連れ出していた。あの男のところにだってそうだ。私に黙ってディナに協力させ、あの男にオルヴェンを見せた」


オルヴェン。
なにかと思ったけれど、この世界の名前だ。歴史書を読んでこの世界の名前を知ってからは使うようになったけど、未だ使い慣れない。元の世界でいうところの地球だけど、そこでも地球って言うよりこの世界って言っていたしなあ。
ぼんやり考えていたら、また、ゴルドさんは黙って私を見ていた。そう何度もレオルドを見るように観察しないでほしい。ゴルドさんの意識を逸らすためほんの少し悪意を持って聞いてみる。


「レオルドにこの世界を見せるのを良しとはしていなかったんですか」
「そうだ。そのせいであの男は興味を持っていなかった外を見始めた。だからディナはあいつを繋ぎとめるために血迷ったことをする羽目になったんだ。あやつがこの村に来なければ、ディナはユルバと一緒になってまだ生きていたかもしれないのに」


さっき本人に聞くといったのに昼ドラのような情報が追加されて空を見たくなる。ユルバの憎悪の理由を詳しく知ってもなんの役にも立たないのに。
後悔する私に負い目を感じたのか、ゴルドさんは話を止めずにそのまま続けてくれた。


「私はときどき……あの男を外に出すことがあやつの目的だったのではと思うんだ」
「え?」
「あやつの性格を思えばディナが死ぬことなんて望んでいなかっただろうし、そんなことをさせる気はなかっただろうがな」
「……ラスさんはその場に居合わせたんですか?」
「いや?あやつはディナが死ぬよりも前にこの村を出た。引き止めるゴルドに何度も謝罪はしていたが、半ば強引に村を出て行ったよ。勝手な男だった」


ラスさんは長い時間をかけて目的のために進んできた人だから、目的達成のために強引な手段に出るときもあるだろう。だけど勝手な男という印象が似合わなくて違和感を覚える。

『私は勇者召喚をなくすために闇の者について調べ旅をしています』

そうだ。目的のために進んできた人が、この村に現れて、村人からは突然と思う態度で出て行ったということは、すべきことが終わったからだろう。やっぱり偶然じゃないんだ。ゴルドさんのいう通りかもしれない。少なくともレオルドに会うことは目的の1つだった。この村以外にもレオルドのような奴がいるなら話は変わってくるけど、レオルドみたいな奴が何人もいてたまるか。

……オーズからヒントを貰ったんだろうか。

私にヒントを与えて笑う鬱陶しい顔を思い出して眉が寄る。
ああでも、アイツ、今どうしてんだろ。


「……ディナが死んで今日まで村に異変はなかった。ユルバの気が触れて、村の者は化け物以上に恐ろしい存在がこの村にいたことと、掟を破れば今度は自分たちがソレに殺されると怯えるようになっただけだ。ユルバがいうには最近あの男が1度現れたらしいがね。私はその場に居合わせていないから詳しくは知らない」
「そうですか」
「……つまらない昔話を聞かせてしまったね」
「え?いえ、役に立ちますので有難いです。ただまあ、反応に困る話がたくさんあったのでどんな顔をしていいか分からないですね。とりあえず、本人に話を聞いてみようと思います」
「そういえばあの男と片割れなんだったね。本当にいらぬ話をした」
「片割れではありませんが、まあ」


気になさらず。
苦手なやりとりを早く終わらせようとしたら、今日一番驚く顔を見つけて、私まで驚いてしまう。私がレオルドの片割れ──結婚相手ではないことがそんなにおかしいことらしい。


「片割れでもないのに真名を明かすのはそんなに珍しいことなんですか」
「ありえないことだ。自分から死ぬ理由はないだろう?君は勇者召喚されたと言っていたから馴染がないかもしれないが、片割れを得ることははるか昔から大事にされてきたことだ。片割れと呼ぶ相手は、自分の分身を、自分を見出すほど大事な相手のことをいうんだ。そんな相手にでも真名を預けない者はいる。それほどまでに、真名を他人に預けることは恐ろしいことなんだよ……あの男は、本当は死にたがっていたのか……?」
「なるほど……それなら本人に聞いてみることにします」


今度こそ話を切り上げようと微笑んで立ち上がれば、我に返ったゴルドさんが遅れて笑みを浮かべて席を立つ。一応、視界の端に映り続けていたユルバを見てみたら、ゴルドさんが静かに首を振った。どうやら任せてもいいらしい。


「お話、ありがとうございました」
「……闇の者が現れなくて、なによりだった」
「そうですね」


暗く重たい話の合間に闇の者討伐まで挟むことになっていたらストレスで舌打ちしていたかもしれない。ああ、駄目だ駄目だ。ネガティブになるだけじゃなく短気にもなってる。さっさとレオルドのところに行こう。
暗い森を背後に立つゴルドさんの近くには、座る人のいない椅子が2脚と眠り続けるユルバ。現実には思えないような光景だ。だとしたらなんとも嫌な夢を見たもんだ。




「──レオルド、お待たせ」
「お帰りサク。話はたくさん聞けた?」
「いろいろ厄介そうな話をたくさんね。レオルドは気が済んだ?」
「気が済んだもなにもとっくの昔に気は済んでるからね。やっぱり俺はこれになんの意味も見つけられないね」




レオルドらしいと流せなかったのは、ゴルドさんたちの話を思い出してしまうからだろう。ああ、やっぱり人の過去を人づてに聞くのはいい気がしない。余計なノイズが入ってしまう。普段だったら気にせずすぐ聞けただろうに、変な気をまわしてしまう。

レオルドはディナさんの気持ちに気がついていたんだろうか。

そんな、知ってもまるで意味がないことを考えてしまって、嫌気がさす。
なんとなく墓を見ることができなくなって視線を逸らそうとしたら、私を見るレオルドに気がついた。らしくないほど真面目にじっと見下ろしてくるから変に身体が強張る。



「なに」
「君がユルバ爺たちから話を聞いているあいだ暇だったから、君が言っていたことを試したよ。でもそうするたび君のことを考えた。ねえ?君は、君が死んだあとも俺にこんなことさせるの?」



私が死んだあと。

ドキリとしたのは突然手を握られたからだろうか。
温かい手──生きている。それなのに何度も殺されたと言われていて、なにが嘘か分からなくなってしまう。
持ち上げられる手を見ていたら、俯くレオルドにあわせて金色の髪が揺れた。指先に触れる唇に意識がそれて、私を見る赤い瞳に目が奪われる。



「唯一俺を殺せる人」



暗い色をのせた瞳が私を映して離れない。
どうやらディナさんのかけた魔法は呪いであり祝福だったんだろう。真意は分からずとも好意だけでない思惑で作られた魔法は、殺されても生き返る人に終わりを約束した。その引導を渡すのが私でなければもう少し距離を置いて話を見ることが出来るだろうに、私を見るレオルドはそれを許してくれない。

うんざりした気持ちでせめて空を見ようとしたら暗くて見えやしない。代わりに見えるのは共同墓地でどうしようもない。


最悪だ。


たくさんの八つ当たりをこめてレオルドの胸倉を掴んで引き寄せたあと、口づける。ディナさんの墓が一瞬見えたけど、知るか。

覚えのある感じに加えて、覚えのあるこの状況だ。

魔力欠乏症の症状がでたあとレオルドに魔力を貰って後を任せたことを思い出す。あのときは突然のことでも任されてくれるレオルドに有り難味さえ覚えてたけど、私に殺してもらいたがってる奴に後を任せるって、ある意味絶対の安心感はあるけれど、最悪な気分がのって重たい。



「ばーか」



苛立ちのまま詰ってやりたいのに、言えたことはそれぐらいだ。暗くなっていく視界に後悔を覚えながら意識を手放す。




 

 
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