狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

104.【他視点、ジルド】「これから大変ですね」

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勇者進藤や勇者加奈子だけではなく気が重くなる面会をこなし、文句を聞くだけのような会議や警備のチェックをしていたら時刻は既に十五時をまわっていた。晴れやかな空に溜め息がでてしまうのもしょうがないというものだ。
とりあえず勇者サクのことは勇者進藤に任せていいだろう。となれば当面は五月蠅い奴らを黙らせるためにも復旧作業と警備を重点的に進めていけばいい。

だが……問題は人が足りないことだ。

またもや脳内をめぐった問題に、深い溜め息を吐く。どんなに考えても最終的にここで行き詰まる。
復旧作業も警備もあまり外部の人間を使えない。こんな状態で下手に餌をまいてしまう事態は防ぎたいし、城下町に住む者達に協力をあおぐとしても――遠目に見えてもう知られてしまっているとはいえ――城の惨状を間近で見てしまえば余計な不安を募らせてしまうことは必至だろう。
だからできるだけ内部の、城に関わる人間で行えとのお達しだが、勇者サクの呪いのせいでほとんどまともに動ける奴がいない。詳細は分からないが、集めた情報によるとフィラル王を含め勇者召喚をした人物やそれに賛同した者たちだけが悪夢を見るらしい。会議をしている途中、急に震えだしたり叫び出したりする奴らがいて周りの人間も気が気じゃない。なんとも気色が悪い魔法だ。いい迷惑すぎる。
そして残念なのか笑えることなのか、フィラル王のために復興に手を貸そうと心から思う者は少ない。勇者サク死亡にショックを受けている者が多い今は尚更だ。勇者サク以外だったならまだこうも尾をひかなかっただろう。見た目がイイと厄介なもんだ。

「――あなたもご覧になりましたか?今年は女勇者が二人いること自体素晴らしいのですが、一人がもう」
「ええ、ええ。是非片割れにと望んだものがもう何人も出ているのだとか」
「あのように可愛らしい女性を初めて見ましたよ。願わくば綻んだ表情を見たいものです」

今年の女勇者。
聞こえてきた単語に疲れを覚えて項垂れる。長年の経験からこの場に留まるのは心労が溜まるだけと分かって重たい足を動かす。チラリとこちらを向いた視線をみるに勘は正しかったようだ。
――城が半壊し、勇者サクの呪いで国として成り立っているのがギリギリの状況でもこの城の奴らが絶望に陥らないのは、話題の中心になっている女勇者の存在があるからこそだ。
女勇者は、勇者にしては珍しい色素の薄い茶色の髪で人形のように整った顔。そう、人形のような女だ。それがイイと思うものが大勢いるのだからよく分からないところだが、まあ、万人受けする顔なのだと思う。俺からすれば表情がなさ過ぎてどこか薄気味悪い女にしか思えない。
会ったのは勇者召喚が終わった数日後に一度だけ。
仕事に忙殺される俺をにこにこ笑いながら見るロナルから紹介された。記憶が薄れてはいるが、ロナルは『女勇者の希望でその身を預かることになった』と俺に言っていたように思う。今思えば俺に余裕がないときをわざわざ選んだな、アイツ。
そのせいでいましわ寄せがきている。問題なのはロナルがその女勇者を独占している状態なことだ。

「しかしどこぞの男が彼女を囲ってしまっているようで」
「なんて恥知らずな」
「可哀想に。私が彼女を助けて差し上げようか」

通り過ぎざまに突き刺さる嫌みったらしい視線と言葉に気のせいか胃がキリキリと痛む。
この城で数少ない理解者で信頼を置けるロナルが、厄介ごとを引き起こす種が詰まった女勇者を気に入ってしまったことは大きな誤算だった。こんな状況にこそ助けが欲しいのに、ロナルは勇者召喚の日から――女勇者を俺に紹介した日を除いて――ずっと女勇者を自室から出さないようにしている。
今年の勇者たちは勇者サクの暴露によってこの城の奴らに不信感を抱いていて、各々与えられた部屋に閉じこもったり、距離をおいたりしている者ばかりだ。だから女勇者の行動もそこまで咎められるものではないが、ロナルのほうはそうもいかない。
友としては気に入る女が現れたことは嬉しいが、この現状でその行動はまずい。
覚悟を決めて部屋をノックする。


「ロナル入るぞ」
「……やだなあ、ジルド兵長。前からそれ止めて下さいって言ってるじゃないですか」


ノックした直後開けたドアの向こうには風呂上がりらしいロナルがいた。それだけなら今までに幾度となくあったことで問題はないが、今回はそれだけじゃ済まなかった。窓から入ってきた風がさきほどまで情事があったことを知らせてくる。胃痛だけじゃなく頭痛もしてきた。
しかも、自分のためにも気がつかなかったことにして話しを進めようとしたら、わざわざベッドから降りてきた女が薄着をまとっただけの状態で現れた。パーテーションで隠れているのだからそのまま姿を見せなかったらよかったものを。これには流石にロナルも「折角ごまかそうと思ったのに」と笑う始末だ。
女――件の女勇者は自身の格好に恥じらいを持つことなく俺を見る、というより観察してくる。驚いたことに、女勇者は以前とは違って人間味のある表情をしていた。

「この人がジルド兵長なんだ」
「そうですよ。あ、ジルド兵長。一応言っておきますと合意の上ですからね。あとどちらかといえば襲われたのは俺のほうなんで」
「はあ……はあ?」

聞いてもいないのにロナルが無罪だと手を上げながら話した内容に、女性の前だというのにも関わらず素が出てしまう。慌てて口を塞げば、今度は女勇者がこちらを動揺させてきた。


「ねえジルド兵長。あなたはこの国の味方?」
「……それはどういう意味でしょうか」


女勇者の目はまだ俺を観察し続けている。そうじっくり見なくても俺の動揺は簡単に見て取れるだろうに。力の入る眉間にひくつく口元。こんなんだからロナルに「あなたは分かりやす過ぎるんです」と小言をもらう羽目になるんだ。それならと無難に返そうと思うがどう答えたらいいか分からず押し黙るしかない。女勇者がなにを意図してこんなことを聞いたのか分からない。ロナルが何か話したか?好奇心か?聞いて、どうするつもりだ。


「この国の味方なのか、そうじゃないのか、どっち」


召喚される女勇者という者はどいつもこいつも癖がある奴なんだろうか。勇者加奈子といい、この女勇者も少しおかしい。
女勇者の質問は俺にとって危険なものだ。
それを知ってか知らずか、わざわざシールドをはって聞き出そうとしている。しかもこのシールド、崩せるとしたらこの国では数人ぐらいのものだろう。こんなに強度なシールドがはれることにも驚きを隠せない。


「はあ……もういいや」


恐らく、黙っている時間が長すぎたんだろう。
女勇者はあからさまな溜め息を吐いて俺から視線を逸らした。

「ロナル、私寝るから起こさないでね」
「そうですか。分かりました」

そして黙って突っ立っている俺を放って言葉どおりベッドに戻って眠ってしまった。同じ部屋とはいえ姿の見えなくなった女勇者に呆然とし、ロナルを見る。
ロナルは無言で何度か頷いた。

「残念ですねジルド兵長。ふられましたね」
「ああ゛?なんでそうなるんだよ。元はと言えばお前が厄介ごとをだなあっ「あれ?俺、彼女を預かるって言いましたよね。そしたらジルド兵長『好きにしろ』って言いましたよね」
「それを狙ってあんな糞忙しいときに話しをもちかけてきやがったんだろうが!今どういう状況か分かってんのか」
「やだなあ~。ジルド兵長より分かってますって」

服を着ながらにこにこ笑うロナルは、どんなに言っても堪えた様子がない。
こうなったらしょうがない。

「ロナル班長」
「はっ」

姿勢を正したロナルがまっすぐに俺を見る。ロナルはこうなることが分かっていたようだった。特に動揺はみられない。
故郷をでる前でもはっきりとあった主従関係は今でも絶対で、ロナルが俺に刃向かうことや偽りを語ることはありえない。友として関わっていきたいと思うが、この線引きを崩すことはロナルが許さなかった。そして俺もこういうときには使ってきた。……半端者だ。
出そうになった溜め息をなんとか堪えて、代わりに命ずる。


「お前があの女を囲う理由を言え」
「すべては古都シカムのため」


迷いなくかえってきたロナルの返答に言葉が詰まる。古都シカムという言葉が出てきたこともそうだが、説明を要求したのにも関わらずロナルが曖昧に返したからだ。
今までロナルは線引きをしたうえでの問いには必ず詳細を述べた。こちらが一つ一つ尋ねずとも――いっそ余計だと思う情報でさえ付け足して――理由、背景、損得、計画などつらつらと答えてきたのだ。
これはただの面倒ごとではないらしい。
ロナルは続きを待っている。恐らく追求し続ければロナルも正直に答えるだろう。そして恐らく、それは俺にとってよくないことだ。

「……そう長くこの状況ではいられないからな」
「あと数日もあれば」

ロナルが微笑んで頭を下げる。そのせいで女勇者が呑気に伸びをしているのが見えてしまった。あの女、寝たんじゃなかったのか。
ああもう、既に面倒ごとで溢れている。城の連中の妬みや小言ぐらいなんだ。そんなものどうでもいい。
この国に来てもう10年以上。面倒も厄介ごとも慣れたもんだ。腹心のロナルの行動ぐらい些細なことだし、結果なにが起きても受け入れられるぐらいには今まで助けてもらった身だ。


「お前を頼りにしている」
「……これからもあなたに変わらずの忠誠を」


返ってきた懐かしい言葉に笑ってしまう。
ガキの頃にロナルが言った言葉だ。この国に行くと決めたときロナルはそう言って俺についてきた。あのときは最後まで反対したが、故郷とあまりにも違う敵しかいないこの国で、ロナルの存在は非常に大きく本当に何度も助けられた。

「言ってろ」
「ええ、何度でも言い続けます」

俺もあのときと同じ言葉で返せば、ロナルも分かっているとばかりに笑った。こういうところに助けられる。多く喋らずとも理解してくれる奴がいるってのは居心地がいいもんだ。

とりあえずこの件は保留にしよう。なにせ忙しい身だ。数日ぐらい先延ばしにしてもあいつらもそう強くはでれないだろう。いざとなったら生きた魔物でもあいつらに見せて警備の強化が優先事項だってことを納得してもらえばいい。
時間もおしているしロナルの部屋から出る。
部屋に入ったときとは違って清々しい気持ちでドアを閉めた。最後にベッドにいる女勇者が「これは、いいカプだ」と呟くのが聞こえが、意味はよく分からなかった。しかしあの女、寝る気ねえだろ。


そしてそれが……俺が聞いた女勇者の最後の言葉になった。






――ピンクに色づく空を見上げ、たったいま焼き殺した魔物を踏みつける。
声にならない声ってものがこの世の中にはあるらしい。魔法のコントロールが乱れるぐらい、怒りや苛立ちが堪えきれない。
歯ぎしりしながらまだ降ってくる魔物を見上げる。警備を増やし訓練をしていたのがせめてものの救いか。まだ魔物討伐に慣れていない者が多いとはいえ、死者は出ていないようだった。



「いや~どこ行ったんでしょうね、彼女」
「ロナルてめえっ!あの女はどこに行きやがった!」
「いや~だからどこ行ったんでしょうねって言ってるじゃないですか」



ロナルと話しをしたあの日から三日後、女勇者は俺とロナルの目の前で姿を消した。
なにも持たず――いや、白い花を持っていたか――ただ『じゃあね』とそれだけ言って。もう一つ付け加えると、そのとき丁度通りがかった魔物に反応して国の周りに張ってあるシールドが薄らと色づいていた。そして女勇者はそれを見続けていたかと思うと『なくなってしまえ』と簡単な言葉――恐らく魔法――を落として、シールドを粉々にしていった。

フィラル王国にいる者全員が声を失った瞬間だ。

鏡が割れるように、ピンクから赤に色づいたシールドの破片が空から降ってくる光景は、恐ろしくもあり美しくもあった。破片は地上に降りる前に解けて消えていく。そこだけは見る者すべてに薄気味悪さを抱かせたことだろう。空が血の涙を流しているような錯覚を抱いた者も多かったはずだ。
不吉な光景は恐怖をつれてきた。意識を奪われていた者達がこれからを考えて恐ろしさに叫び出すのは早かった。城の人間からは勿論、遠くにある城下町からも悲鳴が聞こえてくる。
この国を魔物から守り続けていたシールドが壊れたのだ。当然、魔物が襲ってくる。

それは正しかった。
そして予想外だった。

シールドが壊れてすぐ、魔物が続々と現れたのだ。シールドが破壊されたことをどのように魔物が察したのかは不明だが、一匹だった魔物が数匹増え、かと思えば数十の数になってフィラル王国を襲い始めた。
ストレス発散のため魔物との戦闘は確かに望んだ。だがこんなことは望んじゃいなかった。


「ジルド兵長報告致します!避難誘導とシールド、完了しました!」
「よくやった」


魔物と戦闘しただろう兵士があげた報告に、堪えていた魔力を解放する。
これで好きなように戦える。
そう思ったのは俺だけじゃないようで、遠くで大きな破壊魔法が放たれるのが見えた。魔物どころか建物さえ巻き込んでいる。恐らく勇者加奈子だろう。後先考えないでいい身分ってのは羨ましいもんだ。
フィラル王国が物理的に消えていくのを眺めながら、魔物以外に被害が出ないよう魔法を弄っていたら、場違いに明るい声が聞こえてきた。


「よおージルド!暑苦しいからさっさと魔法使えよ!その魔法マジで暑苦しいからっ!!」


血がべったりとついた鉄パイプ片手に大地が手うちわしながら叫んでくる。
どいつもこいつもっ!!
今度こそ怒りに任せて見える空一面に炎を走らせる。そのままフィラル王国全体をシールドのように覆ってこれ以上魔物が侵入してくるのを防いだ。ゴオッと音を立てて広がった炎は近くにいた魔物どころか遠くにいた魔物でさえ燃やしその命を奪っていく。パラパラと、真っ赤に燃える空から魔物が灰となって落ちてきた。
異常な光景を作った俺から、周囲の兵士が距離をとるのが見える。そうでないのは大地だけだった。口を開けて呆然と……いや、目を輝かせている……?なんだあいつ?やっぱ勇者どもは皆頭がおかしいのか?

「うっわ、すっげー……なあ、なあっ!今のどうやってやったんだ!?おいジルド教えろ「大地おまえ馬鹿か!こんなときに何聞いてんだ馬鹿かっ!」
「馬鹿じゃねえよ!」
「馬鹿だったわ!」

本当そうだな。
大地に怒鳴る兵士たちに同意しながら、視線を隣に移す。隣にいたロナルは大地を微笑ましそうに眺めていたが、すぐに俺のほうを見て食えない笑みを浮かべた。

「……ロナル。この国がまだ形を成していたのはあの女勇者がいたからだ。止めはしたがこの国の奴らは既にあの女勇者をこの国の象徴として使う気で動いていた。その女勇者がいなくなった」
「当然混乱が起きるでしょうね」
「国を守るシールドさえなくなった」
「そのまま滅びればいいのですが、そこは持ちこたえるでしょうね。ジルド兵長、あなたのお陰でほら。新しいシールドが作られていく」
「……魔物に対抗できる勇者召喚を持つ唯一の国として権威を持っていた国が、頼りの勇者の一人を殺害したとされ、希望の象徴とするはずだった勇者には見捨てられる」
「これから大変ですね」
「それで、その花はなんだ」

ロナルはいつの間にか女勇者が持っていたはずの白い花を手にしていた。それどころじゃなくて気にも留めていなかったが、女勇者は去る前にロナルに花を渡したんだろうか?となれば、それなりに情があったということか。
そんなくだらないことを考えてしまうぐらい気になってしまうのは、ロナルが、魔物に襲われる国の光景を背後に心底嬉しそうに花を見たからだ。
なんの変哲もない白い花。どこかの地域でよく咲く花に似ている。

「これは彼女の世界に咲いていた、彼女が好きな花ですよ」
「……あの女が作ったのか」

元の世界を懐かしんで作ったのだろう。
そう思って聞けば、香りを楽しむように花に顔を近づけたロナルが「違いますよ」と穏やかに答える。

「もう魔力は残っていないようですね」
「なんの話しをしている」
「ジルド兵長」

なにをするかと思えば、ロナルが花を手渡してくる。
いまだ魔物が灰となって落ちて、叫び声や大地の楽しそうな声、兵士たちの雄叫び聞こえるなか、なにを考えているのか。
奇っ怪な行動に眉をひそめれば、なおも諦めないロナルが花を顔の近くまで差し出してきた。


「なにしやが……っ!」


白い花弁が鼻元をくすぐり甘い香りを運んでくる。
なぜだ……?
最初に思ったのがそれ。
そして直後発動した魔法に意識が完全に奪われる。白い花から発動した魔法は俺を縛って脳に直接言葉を伝えてきた。

「あなたは自由です」

なぜかロナルの声で。
訳が分からずロナルを見る。

「お前はなにがしたい……?わざわざ魔法を使って、いや、この状況でどんな伝言ゲームってか、なにがしたい?」
「ふふっ。言葉通りです。あなたはもう自由です」

満足そうに笑うロナルの額には汗が伝っていた。いまも空を焼く強力な魔法で気温が上昇しているせいだろう。だが、原因はそれだけじゃないようだった。ロナルが膝をつく。
おかしなことに何もしていないはずのロナルは魔力切れを起こしたようだった。

「おい!このあとの処理をするのは誰だと思ってる!お前だろうが!」
「ひどいなあ、ジルド兵長。俺の心配よりそっちですか。まあいいですけど……。ああ、それとさっきの花はサクさんが作ったもので、彼女は彼に会いに行ったんだと思いますよ……あっと、そうだ。これ、内緒ですから」
「は?いや、おい。おい!だから寝るなっ!」

次から次へ謎が残る言葉を残してロナルが落ちる。こんな最悪な環境でも爆睡できるぐらいの魔力欠乏だ。起きるのは最悪明後日ぐらいになるかもしれない。


「くっそ、なにがどうなって」


ロナルが残した言葉はフィラル王国にとって重要なことばかりだ。
勇者サクと女勇者が知り合いで、なおかつ花を贈るような間柄であること。生死を問われる勇者サクが生きていると女勇者が確信して行動したこと。女勇者がなんらかの方法で勇者サクの元へいける手段を持っていること。

なぜ俺に言った。

ロナルの行動が解せない。
契約のせいで一定を超えた情報はフィラル王に話さなければならないようになっている。この国のために、この国の軍事力として周りを牽制するのだってそうだ。
契約のせいで抗えないのはロナルも重々承知しているはずだ。ならばこの情報を明かせということか?それにしては順序がおかしい。

俺たちの現状は、反逆者の情報を渡さなかったどころか、反逆者に通ずる女勇者を匿っていた。そんな最悪な事実だけが残っている。

どう言葉で誤魔化そうとしても、この情報はフィラル王国に利益があるものだと確信してしまっている。契約に縛られるのは間違いない。抗えば死んでしまう。それでもロナルの言動が気にかかって打開策はないかと考えてしまう自分がいる。
筆頭魔導師やフィラル王に会ってしまえば抵抗さえできない。それまでにどうにかして時間を稼げないか。欲を言えばロナルが起きるまでの時間が欲しい。どうすれば――
そこまで考えて、ふと、気がつく。


なにも起きない。


ラグがあるかと思ったが関係ないようだった。理解できずにいるところに、ロナルの言葉を思い出して愕然とする。
『あなたは自由です』
あれは本当に言葉通りのものだったのか。そんな魔法が、あるのか。


――フィラル王と交わした契約は幾つかある。


俺がこの国の兵士となること。
この国の利益になる情報は包み隠さず話すこと。
フィラル王はじめ城の人間ひいてはフィラル王国に危害を加えることが出来ないよう魔法で誓うこと。
勇者召喚の情報を明かされないことや勇者召喚の儀式の場に立ち会えないのも含まれている。
対価は──、古都シカムへの侵略の中断は勿論、干渉を一切無くすことで、期限は俺が生きている間までだ。違えた代償は命で償うようになっているし、抵抗でもみせようものなら身動きできないほどの痛みが身体に走る。契約は満了になるまで消すことが出来ない。
名前を使った契約魔法は絶対のものだ。

絶対のものだった。

契約に反した行動をしているのに、いつまで経っても生じない痛み。試しに遠くにいる魔物を殺すついでにフィラル城の一部を巻き込んでみたが、やはりなにも起きない。
どう現したら良いのか分からない感情がチリチリと胸を焼く。持てあました感情は、ロナルから渡されたままだった白い花を握りつぶしてしまった。ぐちゃりと潰された茎から垂れた花が、強風にあおられて白い花弁を空に舞いあがらせる。赤い空に紛れた白は焼けて黒くなり消えていった。


「――てめえら」


城の近くに現れた魔物を数人の兵士たちが囲って応戦している。その魔物を、加減を間違えた魔法で消し炭にしてしまえば、ようやく兵士たちがこちらを向いた。


「さっさと魔物を片付けろっ!怠けてんじゃねえぞ!それと勇者……鈴木はどこだっ!?ハースもつれてこいっ!」
「ゆ、勇者様と、ハース?でしょうか」
「そうださっさと連れて来い!鈴木は見つからなかったらいいが、ハースだけは必ず連れて来いっ」
「も、申し訳ございません!勇者様が身の回りを警護するのはハースだけと仰っていまして……その、我々では」
「俺が責任を取るっ。行け!」
「は、はい!」


走り去る兵士を一瞥してまだ数体残っている魔物狩りに向かう。
ここでやるべきことはなくなったが、見捨てられるほど薄情でもいられないし、やりたいことがいくつかある。
そのためには万が一にも勇者――サクが進藤に殺されてはまずい。
行方不明になっている班員と同郷で幼馴染みだというハースなら、土地勘もきくだろう。あいつに動いてもらおう。

それから――

考えて頬が緩む。
自由だ。
なにを考えるのも、なにをしようとするのも、すべて自分の意思で決めることができる。誰も巻き込まない。しかも憎たらしいフィラル王国は再起不能に近い有様だ。

このことを知れば、いつもは穏やかな親父が好戦的に暗い笑みを浮かべるのは間違いない。

いつかと話した約束が果たされるのは、もう近い。



 
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