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第四章 狂った勇者が望んだこと
215.「お前は本当になにも知らないのか」
しおりを挟む初めてラスさんと会った日のことを思い出す。
ホーリットで対峙した謎の魔物を不思議な方法で倒してしまったと思ったら言葉少なく去ってしまって、次に古都シカムで会ったときは私を見て悲しそうに笑った。
『あなたは勇者なんですね』
あのときはまだラスさんが禁呪とされる勇者召喚を始めた人だとは知らなかった。
「一応確認なのですが、どんな格好をした人ですか?」
「どんな格好といっても昔の話だからな、今は知らんが……ああでも、現れる旅人のなかでも異色な格好をしておった。紺色の長い羽織を着ていて、長い黒髪をひとつにまとめていたな」
「私が知っているラスさんと間違いなさそうですね」
「……あやつめ、今もあんな恰好をしておるのか。まさかまだ旅を続けているのか?」
「え?ああ……はい、そうですね。少し前から別行動しているので今どこにいるかは分かりませんが」
「いい年して……」
やれやれと溜め息をつきながらもその目は優しい。これはきっと、そうなんだろう。ユルバの話しぶりからするに、ユルバの記憶にあるラスさんは、きっと、今私が知っているラスさんと変わりない人のはずだ。
「……ラスさんが若いときって、どんな感じでした?私は彼からいろんなことを教えてもらったのですが、あなたに会ったときも闇の者について話を?」
「ああ、そうだ。陰気な顔して謝ってばかりのくせに闇の者について知りたいのだとそれだけは譲らず、この村にしばらくのあいだ住ませてほしいと言って聞かなくてなあ……懐かしい。思えばあの頃が一番……いや、今日で変わったな。たった数分で村の空気を変えてくれたからな。騒々しい貴様らのせいで最悪な1日だ」
「そうですか……ラスさんはしばらくこの村に住んでいたんですか?」
「貴様らにそんなこと許しはしない」
「ええ、もちろん。約束は守ります。明日、出ていきますよ」
昔を思い出していたユルバは懐かしさに笑みさえ浮かべていて、どう見てもその頃に対して好意的な感情を抱いている。それを飲み込んでまで急に敵意をあらわにしてくるのは興味深いけど、この人相手に気にし過ぎていたら無駄に時間を使ってしまう。
適当に流せば眉をひそめられたけど、理性が残っているのかわざとらしい重い溜め息を吐いたあと会話を続けてくれる。
「ああ、そうだ」
「その頃からあなたは闇の者について調べていたんですね」
「……儂は魔族で、貴様らとは違う。一緒になりたいとは思っていないが……、儂らだけこんな理不尽な目に遭うのが許せなかった。いつか自分の子が生まれたときに少しでも良い未来を渡したかった……だから儂は物心ついたときから闇の者を、闇の者を形作る魔力を、闇の者を作る魔法について調べていた。ディナと一緒に」
ディナさん。突然の名前にドキリとしたけど、口を挟む気がおきなかった。
違和感。
ユルバとラスさんの話しをしてから、どうにも気持ち悪い違和感が心に巣くってしまって、それが、私を混乱させる。
「ディナは……ゴルドの妹だ。あの化け物と関われる数少ない人間で……儂の研究を手伝ってくれた。時にしきたりを破りあの化け物に情けをかけるぐらい優しい……お前のいうとおりこの世界の者は魔力を持っている。儂は外のすべてを知らんが、ここに訪れる旅人は必ず魔力を持っていた。扱える魔法の程度の違いや、使えないものもおったが、魔力は必ず持っておる……そしてそれは、この村の者も同じ。儂も魔力を持つものを闇の者だと思うておる」
違和感。
最初はそうじゃなかったこの世界の人。初めて魔を持つ人が現れ、その呪い子が世界を変えた。そんなことをしてしまえる魔力を動力源に魔法を使った。
違和感。
「そしてそれは人に限らない。魔力は水のように生きるものすべてに欠かせないものになった。当たり前に存在するもので、生きているあいだ必ず触れてそれに生かされる。魔力は生きているものにしかない生命エネルギーだ。個人差があるのはその魂の容量によるものだろう。またはどれだけ魔力というものを受け入れられるかという耐性だろうな。とにかく、死んだものは魔力を持たない。それを前提とすると魔力は生きていくうえで必ずソレに宿っていなければならない。魔法として使えるのは余剰分だけだ。目に見えるもので表すのならソレの身体だろう。魔力で身体が作られているのだ。であるならばどこまで魔法として使えるだろう。余剰分なら問題なく使える。だが、枯渇するまでなら?枯渇してもそれでも使うなら……身体を作っていた魔力が消えたなら、どうなると思う?」
恨みを感じる目を見ながら場違いに思い出すのは、危ない笑みを浮かべつつも静かに話していたレオルドの声。
『魂は壊れたら治らない』
古都シカムのパーティー終わり、欠乏症に陥ったせいで強制的に転移させられて、暗い部屋のなかレオルドから聞かされた話。
違和感が分かって、思わず手を口で覆ってしまう。
「魂が壊れる」
堪えきれない動揺は震えた返事で伝わってしまっただろう。
ああきっと、あのときレオルドはディナさんの話をしていたんだろう。
「ディナはそうして死んだ。あの化け物を殺そうと魔力を振り絞り……そのまま息絶えた。あの化け物がディナを殺した」
きっと、レオルドがあのときした話はユルバから教えてもらったことなんだろう。学者はユルバで間違いない。
学者。ユルバは幼い頃から闇の者について調べていて、そのうえでユルバはレオルドを呪い子とさえ言っていた。私が自分じゃない他の奴の記憶を見ている姿に、呪い子が憑いていると言って、レオルドもそうだったと言っていた。果たして、闇の者について知りたいからこの村に居させてくれとラスさんが懇願したのは、偶然だといえるだろうか。
「……それは、いつのことですか?」
元の世界じゃ考えもしない予想が外れていないのだと分かったのは、私の顔を見て目を丸くしたユルバが嬉しそうな暗い笑みを浮かべたせいだ。
「お前は本当になにも知らないのか」
ラスさんを思い出す。
『ラスとは128年の付き合いだ』
いつまでも変わらない姿。
『昔からずっと彼らはこうなんだ。俺はいないものとして扱われているからね。存在を見つけてはならないらしいよ』
『違うよ、俺はこの世界の人間。だけど化け物とはよく言われてきたかな。こうやって時々魔物をよぶから』
レオルドはこの村を俺が住んでいた場所と言っていた。
「前言撤回しよう、今日は最高の一日になる。ああそうだ。お前の予想は正しい。あの化け物は儂が言い続けていたように化け物だ。ディナが死んだ日、あの化け物は15歳だった。ディナも同じ年で、儂とゴルドは18歳……ディナとあの化け物が死んでもう63年が経つ」
63年。
明らかに、今のレオルドと流れている時間が違う。
違和感の正体は当たっていた。
それだけでも十分驚くのに、また、余計な情報がでてきた。
「ディナさんが死んだ日にレオルドも死んだ……?」
「そうだ!儂がこの手で殺してやった……っ!」
聞き間違いじゃない証明をしたユルバは肩で息をしながら目を血ばらせる。おかげで今日一日何度聞いたか分からない殺せという言葉が耳に聞こえてきて、もう、嗤うしかない。
「だがあいつはまた姿を現した。少し前に姿を現したかと思えばディナの名を口にし儂にディナのことを聞きよった!解呪でもしたいのかあの呪いについて話せとな!」
きっとそれが『確認してくる』と言って姿を消したあとの行動だろう。その前になにがあったっけ?ああそうだ、確か、私がホーリットの件でブチ切れてレオルドを禁じられた森に強制転移させたんだ。そこから帰ってきたレオルドとフィラル城にある森で会って──
『半分頂戴?辛そうだから僕が持つよ』
──あいつ、なにを確認したんだろう。
「あいつは死なない。儂が殺すよりも前にもう他の者に何度も殺されたのに死なず……だが、お前はあの化け物の真名も知っているのだろう。あの化け物から教えられるほどに……あの化け物はお前を愛した。ディナに祝福された者。お前にはディナの祝福がかかっておる。お前の魔法ならあの化け物に効き、あの化け物の魔法はお前に効かない。お前だけがあの化け物を殺せる」
長年の願いが叶うと興奮を昂らせるユルバには悪いけど、早く話を終わらせて空を見たくてたまらない。重たい。最初から最後まで重たい。そのうえ祝福であり呪いという厄介な代物の期待までかけられて息苦しい。
『唯一俺を殺せる人』
そう言って今にも泣きだしそうに笑った傍迷惑な男はいまなにをしてるだろう。
「あの化け物を殺せえ!」
レオルドとはまったく違うのに、同じように泣きながら笑うユルバに微笑む。
正確には、その後ろにいた人に向けて、だ。ゴルドは静かに頷いたあと、ユルバに魔法をかけたらしい。叫んでいたユルバは最高の1日だと言ったように歪んだ笑みを残しながらゆっくりと目を閉じていく。そしてついに意識を失ってしまった。その身体を魔法で支えたゴルドさんは、数秒の沈黙のあと、そらしていた視線を私に向ける。
「私からも、話がある。今言わねばきっと……きっと、話すべきことだろう」
過去に想いを馳せる人に私は微笑を崩せない。
旅人を恐れ暗い雰囲気になっていた村の気持ちは伝染するのかもしれない。さすが、闇の魔物はびこる魔の森の中というべきだろうか。
どうやらまだ重たい話が続くらしい。
聞き終わったらとりあえずレオルドを一発ぐらい殴ろうと考えながら「喜んで」と思ってもない返事をした。
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