狂った勇者が望んだこと

夕露

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第四章 狂った勇者が望んだこと

214.「やはり勇者は化け物だったか……っ!」

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魔の森の穴にできた場所とはいえ、今日は雲が多いせいか、はたまた突き刺さってくる視線がそう思わせるのか、村は異様に暗い雰囲気を持っていた。
最初からトラブルに見舞われたものの、村の人と話す時間を明日までもらいそのための場所も確保できた。私とレオルドを見て子供を隠す親の姿を見ながらだといまいち成果を実感できないけれど、まあ、少なくともレオルドの目的は達成できた。
レオルドに贈り物をくれたというディナという人の墓参りだ。村の端にある墓地は故人の名を刻んだ石が積み重ねられていて、共同墓地のようになっている。安全な土地がそう広くないせいだろう。
そんなたくさんの人が眠る場所を前に立つレオルドは、水をかけるでも花をたむけるでもなく、ただ無言で立ち尽くしている。

「やっぱり石を見ても意味がないね」
「お前はそういう奴だよな……」

神妙な空気を壊したレオルドは微笑むと「俺が住んでた場所にでも行こっか」と軽く提案してくる。気負った感じもなく、本当に、言葉通りの感情しか抱いていないんだろう。

「でもレオルドが墓参りなんてこというぐらいには思い入れがある人だったんだし、もうちょっとぐらい、いいんじゃない?」

後悔する姿は想像できないけれど、もう2度と来ることが出来なくなる場所なのだから、もう少しぐらい時間をかけてもいい気はする。私なら──そんなことを考えながら辺りを見渡していたら、暗い森のなかじっとこちらを見るユルバを見つけた。見間違いかと思ったけれど間違いないようだ。厳しい表情をしていて、私と目が合うと顎を森の奥に向けて背中を向ける。
まるでこっちに来いと言わんばかりで、きっとそうなんだろう。
レオルドがいても大丈夫な話ならとうに目の前で叫んでいたはずだ。最後に見たユルバの姿を思えば1人で会いに行くのは危険だけど……気になる。

「もうすることないし」
「あー、ほら、ディナさんと会ったときのこととか、贈り物をくれた日のこととか……そういう記憶を思い出してみたら?墓参りは墓石を見ることじゃなくて、忙しい日々を忘れて、亡くなったその人といるための時間だから」
「……」
「そのあいだ私は村の人に話を聞いてくるし」
「ふうん?まあ、いいけど」
「はは……」

レオルドのことだからユルバのことには気がついているだろう。唇をつりあげるレオルドに同じ顔を返して背中を向ける。レオルドが問題ないと判断していることに安心した訳なんだけど、森の中で待つユルバの顔が私に魔法を放ったときと同じものになっていて信憑性は一気に揺らいだ。十分な距離を保ったまま、話しかける。

「なにか私に話したいことがあるんですか?」
「早くあの化け物を殺せ」
「……自分の望みだけを押し通そうとするなんて虫が良すぎません?私はあなたが思うよりもずっと何も知らないので、この現状に頭が追い付かないんですが」
「早く」
「同じ話を繰り返すつもりはありません。化け物とやらを殺せる私を説得するチャンスを捨てるんですね」

歯を食いしばり肩で息をするユルバが気持ちを持ち直しているあいだ、聞かずに帰る選択肢が私の中でキラキラと輝きだす。長い葛藤の末、重苦しい溜め息を吐くユルバはまるで冷静さを取り戻せと自分に言い聞かせているようだ。これはきっとサバッドに負けず暗い話をしてくれることだろう。

「儂は、あの化け物を一刻も早くこの世から消し去りたい。おぞましい呪い子でなくとも、あの化け物は死ぬべきだ」
「……呪い子はどういう存在なんですか?」

言いたいことは色々あるもののいちいちつっこんでいたら話は終わらないだろう。そう思って最低限知っておきたいことを聞けば、ユルバは身体を震わせ、私を見上げたあと少し後ずさる。

「闇の者はびこる世に変えた忌まわしい者の末裔だ」
「変えた……?それじゃ昔は闇の者は存在しなかったんですか」
「そうだと伝えられている。魔法さえなかった時代、魔を持つ人が現れ、世界を変えた。その最初の人を呪い子と呼んでいる」
「魔を持つ人……リヒトくんが言ってた。魔力を持っている人」

リヒトくんたちが生きていた時代は歴史書【オルヴェン】によると大体464年前だ。リヒトくんの記憶を思えば、魔法を使える人は異質な扱いを受けてきたことだろう。その最初の人となると、その苛烈さは想像に難くない。ライも言っていたように崇められるか迫害されたはずだ。
最初に魔力を持ち魔法を使った人。
『なぜ、魔法がつかえるようになったのか――最初に魔法を使ったのは誰なのか』
その力でもって世界を変えたのなら、以前にした予想は間違いないのかもしれない。最初に魔法を使った人が、この世界にあるルールを作った。
魔力は想いで魔法はお願い。魔力を足しさえすれば、思えば、願うだけで奇跡を形にしてしまえる。生命エネルギー。この世界のルール。
『願った人のぶんだけ想いが詰まった召喚でこの世界の人として作られるのが勇者。負の想いで作られたのが魔物なら同じく想いで作られた勇者も魔物』
それだけのことができる力を、魔力を持ってしまった人。


「おぞましい」


吐き捨てるユルバに恐ろしさを共感してやれないのは、きっと今まで見てきた記憶がそうさせるからだ。ひたすらに惨いものも悲しいものもたくさんあった。けれど人を繋いで、助け、奇跡を作りもした。
魔法は、奇跡とだけで片付けられないほどに理解できない怖さを持つものだ。魔力の罪深いところは惑わすところにあるだろう。でもそれだけで、どちらの結果を招くかは使う人次第のものだ。

「ですが闇の者は負の想いで作られると聞きました。であれば最初の人を呪い子にしたのはその人だけのせいじゃないでしょう?それに、その魔を持つ人ばかりになってしまったこの世界で、いったい誰が化け物じゃないというんですか?魔法を使うあなたは」
「……勇者召喚を無くすためと言っていたが、お前は本当に、よく調べているのだな」

てっきり怒り狂うかと思えば、ユルバは逆に表情に冷静さを取り戻し始めた。理由は分からないがチャンスだ。

「ありがとうございます……もしかしてあなたも魔力を持っている人は魔物、闇の者だと思っていますか?ゲートの前では勇者は闇の者だと言いましたが、実のところ私は勇者に限らずそうだと思っているんです」
「……外ではどうか知らんが、その考えはこの村で言わないほうがいいだろう。どうしても話が聞きたいのならゴルドか直接あの化け物に聞け」

聞き流そうと思っても悪意ある言葉に口が動かなくなって、冷ややかな気持ちで老人を見下ろしてしまう。こんな村の外れで、もしかしたら結界を外れているかもしれない魔の森の中で。

「その目……」
「え?ああ、また赤くなっていますか?ときどき、こうなるんです」
「……儂らからしたら、お前たちのほうがよほど恐ろしい。そのなかでも勇者が、それ以上に呪い子が……。儂ら魔族は魔の森に住むしかなかったせいで魔力にあてられて赤眼となった。この意味が分かるか」

魔族。魔の森に住むしかなかった迫害された赤目の人たちは自分たちを魔族と名乗るようになったんだっけ。追いやった人たちと同じ存在でいたくなかったんだろうか。

「呪い子の姿は銀髪に赤目だった。ただその一部、赤目を持っただけで多くの仲間が殺された。そのうえ呪い子が作ったこの場所にい続けたせいで、子供は赤目で生まれてくる。お前たちが儂らを化け物にした」
「魔力が化け物の証明になる……魔の森は呪い子が作った……」
「……呪い子は人から逃げるため森に魔力をため込んで、でたらめに道をつなげた。外ではどうだ。闇の者は魔の森以外でも姿を現すか」
「そういうときもありますが、確かに多くは魔の森で現れますね」

今までのことを思い出しながらどくどくと心臓が高鳴ってくる。

『魔の森ってね、行きたい場所には正しい道順で歩かないと辿りつけないの。森に溜まった魔力がそうさせるんだって』
『でもあそこは神聖な場所なんだ。限られた人しか行けない場所だし』

禁じられた場所、隠された場所、秘密の場所、大事な場所。たくさんの名前がついた、誰かの場所。

『それなら神聖な場所みたいに詩織さんたちが作った物かもしれないな』
『そうだね。僕もあの映像を見てそうだと思ったよ』

誰かの──ヴェル。
確信した瞬間、心臓がドキリとして、さきほど興奮に高鳴っていた心臓がゆっくりと落ち着きを取り戻そうとし始める。
化け物、ロスト、呪い子、ヴェル──君の名前はなんだろう。

『銀色の髪に赤い瞳、それが最後にみたもの、見つかるな見つかるな、逃げろ逃げろ、ああ見つかった』

どこからか歌が聞こえてきて胸が悲しさに満たされる。このままだとユルバを非難できないほど情緒不安定に泣き出してしまいそうだったけど、嬉しいことにユルバが先に恐怖に顔面を引きつらせながら先手を打ってくれた。

「やはり勇者は化け物だったか……っ!禁呪は化け物を作るためのものだった……おぞましい。離れろ、近くに寄るな!」
「急にどうしたんですか。私からすればあなたのほうが怖いんですが」
「いま、お前には呪い子が憑いておっただろう!儂ら魔族はしょせん紛い物だ。だがお前ら勇者は呪い子がつく。あの化け物もずっとそうだった!」
「憑いてるといえばそうかもしれませんね。でも呪い子は魔を持った最初の人ですよね?私はたくさんの人の記憶を見ていますよ」
「たくさん……記憶?」
「はいそうです。契約に縛られて死んでなおこの世にいる人たちの記憶です」
「契約……」

立場が逆転して単語だけ呟いたあと思案するユルバはさきほどの錯乱を忘れてしまったようだ。どうやら恐怖よりも謎を解きたいほうが勝っているらしい。でもブツブツと呟き続ける厄介な人を厄介な場所で見続けるのはごめんだ。ユルバには悪いけど話を変えてしまう。

「禁呪って勇者召喚のことですよね」
「っ!そう、そうだ」
「確かに、勇者は闇の者ですしそうともいえるかもしれませんね」

だけどあんな急に怖がらなくてもいいだろうに。
そんなことを思っていたらユルバはまた冷静さを取り戻したようだ。どこがポイントなのか分からず眉をしかめてしまったら、ユルバは罰が悪そうに視線を落とす。
そして、声を震わせて胸の内を吐き出した。

「お前は本当に、よく知っておる……儂は、間違っていなかったんだな」
「え?あー……確かに、たくさんの本を読んだり人に聞いて回ったり自分の経験則もありますが、基本的にラスという人から聞いた学者さんの話をもとにしているので──」

私の発言でユルバになにか大きな影響を与えてしまったような気がして慌ててつけ足せば、ユルバは目を見開いて立ち尽くした。魔の森のなか化け物を前にして緊張して恐怖していた人が、すべてを忘れて驚いたのはラスさんという名前が出た瞬間で。



「ラス……懐かしい、懐かしい名前だ。そうか……まだ生きておったか」




優しささえ浮かべて安堵に表情を緩めるユルバに天を仰ぐ。
ラスさんが言ってた学者ってこの人かもしれない。







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