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第二章 旅
100.「はいはいウルセエ」
しおりを挟む約束の場所に着いたのは身体のどこかに触れようとしてくるレオルドからなんとか少し距離を保ちつつ歩けるようになった頃だった。レオルドと再会したときと違って人で賑わっている。そういえばと周りを見渡したとき、相変わらず音でいっぱいの街中に見知った声と聞き慣れない言葉が聞こえてきた。
リーシェ。
声のほうをみればラスさんと、ディオとロウらしい男が一人立っていた。どうやら今回は分裂?していないらしい。ラスさんは困り顔、ディオとロウは眉を寄せかなりの不機嫌顔。とりあえずラスさんにお疲れ様と言いたい気分になった。
「リーシェを渡せ」
「五月蠅い化け物だね」
「ラスさんお待たせしました」
「あ……いえ」
お互い視線バラバラに答える。素晴らしいことに厄介な奴らは今から魔法ぶっ放すんじゃないかって雰囲気を醸し出しながら睨み合い始めた。それとなくラスさんの傍に移動しても気がついていないぐらいの熱中ぶりだ。結構なことだ。
見た感じのヤバさはともかく、話しの邪魔しかしないだろう奴らが折角外れてくれるんだ。これを機に話しを進めておこうと後ろ髪引かれているラスさんをつれて近くの喫茶店に入った。
テラス席だから万が一のことが起きてもすぐに動ける。その考えはラスさんも同じだったらしく、視線はレオルドたちを捕らえている。よほど心配なのか、私が食べ損ねた昼ご飯を頼んでいるあいだも視線を一切こちらに移すことはない。
彼がはっとしたようにこちらを向いたのは、注文した食事が届いたときだった。彼の長い真っ黒な髪が揺れて紺色の羽織に重なる。暑くないんだろうか。
ラスさんのぶんで頼んでおいたお茶を渡すと「すみません」と苦笑いが返ってくる。よく謝る人だ。どちらかといえば今回謝らなければならないのは私のほうだ。
「断りもなく離れてすみませんでした。迷惑かけたでしょう」
「迷惑など……ああ、どうぞ召し上がってください」
「ありがとうございます」
私の前にある食事を見てラスさんが気を遣ってくれたから、遠慮なく頂くことにした。口いっぱいに広がるジューシーな肉の味に口元が緩む。なんだか久しぶりにちゃんとしたご飯を食べた気がする。
ラスさんはそんな私を見てようやく微笑むと、また、レオルドたちのほうを見る。苦労性に加えて心配性な人だなと思っていたらどうやら違ったようだ。
ラスさんはディオたちじゃなくてレオルドを見ていた。そして感心するように呟く。
「それより彼は……ディオたちのことを信じるなら……生きていたのですね」
「……?」
「ああ、あなたには彼に見えているんですね。私には見えていません。恐らくそうとは見えないよう錯覚魔法をかけているのでしょう。彼はどこでも有名ですから」
違和感のある言葉に首を傾げれば、つらつらと返ってきた答え。とりあえず口の中に残っていた肉を飲み込む。
「あいつそんなことしてたんだ」
「リーシェさんは勿論、ディオたちには効果がなかったようですが」
「……そういえばアレはどういうことなのか聞いても?アイツはディオとロウで間違いないんですよね」
先日ラスさんにディオたちといつから旅をしているかを聞いたとき、ラスさんは答える判断をディオたちに委ねていた。だから今回も答えられないかなと思ったけれど、迷うように泳いだ視線は私を見る。
「はい、間違いありません。彼のときはオーズと呼んだほうがいいでしょう」
「オーズ、ね。いいんですか?話しても」
「既に彼があの姿になっているのですから問題ないかと」
「……元々はオーズなんですかね。それともロウとディオが合体?した結果でしょうか」
「元々はオーズですよ。行動範囲を広げたいときに自分の分身を作り出そうとしてできた結果がロウとディオなのだとか。まったく同じ自分を作り出そうとして失敗したとき、自分を半分にすればいいと考えたそうです。ロウとディオは言いませんでしたか?自分の年齢が10歳だと。ある意味それは正しいんです。彼を半分、ですから」
「半分……また、なんともグロい魔法ですね」
肉体も精神も年齢も半分?
色々細かく考えたらなんともいえず眉をひそめてしまう魔法だ。というか、肉体はともかく彼らの精神年齢は大人びすぎていないだろうか。とても精神を半分にしているようには思えない。オーズの考えを二人とも持っているみたいだし、つっこみどころはまだまだある。
20歳、なあ……。
遠くでレオルド相手に言い争いをしているらしいオーズを眺める。これまでのことや先ほど近くで見た顔も思い出しながら抱いてしまうのは違和感。20歳に見えない老け顔だからとかじゃない。
「オーズとはどこで会ったんですか?」
「それはお答えできません」
「そうですか」
本当におかしな、それでいて怪しい人達だ。
けれど他人の事情に踏み込む気はさらさらないし、メリットのある関係を築いていきたいから放置することにした。お互い利用してされて、だ。
「話しは変わりますが、ロウが言っていた貴重な文献についてなにか詳しく聞いていませんか?どれか分からなかったのでとりあえず図書館にあった該当しそうな本を魔法で探してすべてコピーしてきましたが」
「……確かにオーズが言った文献は図書館にあるものだと思いますが、すべてコピー、ですか」
「はい」
「そうですか……。ではそれをオーズに見せればなにかしらヒントをくれるかもしれません。彼が落ち着いてから聞いてみるといいでしょう」
「そうします。それではこの件は一応片付きますので、この国はいつでも出られるのですが……ラスさんはこれからどうされますか」
「気になることがありますのでここから東に向かって進んだ町に行こうかと」
「東……」
思いだしのはディオから貰った地図のことだ。食事が終わった食器を端に寄せて地図を広げる。ラスさんは丁寧にも私たちがいまいるカナル国とこれから向かう町の場所を指し示し教えてくれる。来た道を戻る形になるらしい。
「リーシェさんは防寒着は持っていますか?雪国になりますのでそれなりの装備もあったほうがいいかと思います」
「雪国。……ちなみに2週間ほどで着く距離でしょうか」
「抜け道を使えば、可能かと。ご存じですか?リガーザニアというのですが」
「リガーザニアというのは初めて聞きましたが、その雪国というのは恐らくディオが話していた雪国と同じじゃないかと思いまして。私が旅をしようとしたときディオが提案した場所がここ首都と雪国だったんです。位置的にも多分このリガーザニアのことだったんじゃないかと」
「それならリーシェさんにとってここに向かうことは良いことだと思いますよ。彼が提案するものは結果として必ず私の助けになるものばかりでしたから、リーシェさんに提案されたものもそうでしょう。リガーザニアにあるものがきっとあなたの助けになります」
「――そういうこと。感謝しろよ、リーシェ」
ラスさんの労るような優しい声を、横柄な雰囲気がのった声が遮る。オーズだ。ニヤリと笑う顔はロウとディオにも見たものだ。大人びた顔が皮肉めいた笑みに色気をのせているのが少し違うところか。
「ねえサク?この化け物殺していい?」
「お前が俺を殺せるわけねえだろ?あ゛?」
「はいはいウルセエ」
左隣に座ってきたオーズを見ながら薄く笑ったレオルドが右隣に座る。非常に五月蠅い。
一気に狭苦しくなった空間にどうしようかと考えているとレオルドが私の身体を抱き寄せて、勝ち誇ったような声でオーズを嗤った。
「お前はお呼びじゃないんだ」
「はいはい、レオルドいちいち煽るな」
言いながら腰に絡んだ手をつねるものの、引く気はないらしい。それどころかますます笑みを深めた。そして不思議なことにオーズとラスさんが目を見開いて黙る。
ラスさんはともかく、オーズはレオルドが私に絡んでくるのを知ってるだろうに。
「リーシェ。いまこいつの真名を呼んだのか」
「真名?」
どうやら彼らが驚いた理由は違うものだったらしいが、よく分からない。なんの話しだと眉をひそめる私にラスさんが戸惑いながらも教えてくれる。
「本当の名前のことです。魔法で利用されないように真名は滅多なことでは明かしません。あるとすればよほど信頼をおくものか、か、片割れぐらいのもので」
「リーシェ。お前コイツと片割れになったのか?」
「片割れ……。ああ、違う。なってない」
なにかと思えば片割れというのは結婚相手のことだ。慣れない単語が続くうえよく分からない展開に、これを狙っただろうレオルドを見上げれば額にキスされる始末。
……今度はどこに飛ばしてやろうか。
「そ、そして真名を送られた相手は真名を口にしお互い耳にすることができますが、それを知り得ない他人には聞こえないようになっているんです」
「ん?」
「じゃあコイツはただお前に真名を預けたのか……。リーシェ教えてくれ。それでコイツを殺しやすくなる」
身を乗り出してきた邪魔なオーズを押しのける。二人が一人になったぶんまだマシだけど、でかくなっても邪魔だなコイツ。
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