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第四章 狂った勇者が望んだこと
212.「化け物」
しおりを挟むレオルドが住んでいた場所にそのまま転移して行けたらなんの問題はなかったんだけど、そうはいかなかった。レオルドが住んでいたという集落の1つは魔の森の穴にあって、シールドで囲われた禁じられた場所のなかにある。そのうえ集落の誰かが間違っても転移の術式を村の中に作ることがないよう厳重に管理されているため、レオルドでさえ村の中に転移の文様を残すことができなかったらしい。
そのうえ集落では、転移が魔物の道を作ると言われているらしく、転移をしたものは重罪扱いなのだそうだ。集落に転移したとしてもすぐに捕まるのなら協力どころの話じゃなくなるし、オーズでさえ魔の森から魔の森の穴に転移するだけで疲労困憊になってしまったぐらいだから、そもそも転移することが命がけになってしまう。デメリットが大きすぎる。
「前回もこの方法で行ったの?」
「集落の外れのポイントに転移したあと歩いて行ったよ」
いろいろと常識がないレオルドのくせに集落の掟を守っているところをみるに、それなりに故郷に思い入れがあるのかもしれない。無理に転移した場合のメリットデメリットを比較したうえでこの選択肢をした可能性は高いけど、ちょっと意外だ。
『やっと君に会わせてくれた人を紹介できるよ』
故郷には親しい人もいるようだし、心なしか浮かれているようにも見えるレオルドの顔に人間味を感じて妙な気持になる。
「まあ今回は人数が多いから近くまで歩いて移動してるし裏技も使ってるけどね」
「裏技って魔物で道を作るってことですかね」
「そうだよ」
人間らしさを感じた途端にこれだ。レオルドが微笑みながら大地をおちょくって闇の者を呼んでいたのは、道のように連なる魔物の死骸を使ってイメラが神聖な場所に来たのと同じことをするためらしい。
つい、横たわって動かない闇の者を見てしまう。
死んで腐った獣の身体から血が流れている。けれどその量は多くなく、斬られた瞬間に飛び散るときが一番多い。もしかしたらあれは血というより形を失いつつある臓物かもしれない。核が魔力の塊だとすると、それは血で形成された可能性も考えられる。
『なぜ我らを殺す』
亡骸を前に、同情も抱かず分析していたせいかラスさんの話を思い出してしまった。差別に利用され殺せる対象とされたサバッドが生き残る道を模索するために、闇の者で最上位の力を持つロストと会話を試みてかえってきた言葉。
なぜ襲うかの答えが、なぜ。
「それじゃ転移するよ」
安全のため隣に立つ人の服や身体を掴んで輪になった私たちを見回してレオルドが笑う。楽しそうな顔。それに笑えた瞬間、景色が消えて一瞬のうちに変わった。魔の森の中に転移しているから薄暗いのは変わらないのに違う場所に来たのだと分かったのは、さっきまでなかった大きな石があったからだ。天井を覆う木の半分以上はある高さを持つ石には緑色の文様が描かれている。見覚えのある文様だ。大きな石はところどころ削れた痕がある。
「身代わり石だ……こんな大きいもの初めて見た」
「えっこれが?うわ、こんなん売ったらすげえ高値つくじゃん」
「高値?」
「マジ?」
感動するセルジオとリーフと違ってハースと大地は俗物的な反応だ。石に駆け寄ってパワースポットに訪れる人のように石に触れて興奮気味に話している。
『この石を通してサクをこの部屋に連れてくるとき、サクがいた場所に魔力を残してるんだ。だからここに魔力を通せばまた同じ場所に戻れる』
ダンスパーティーの夜レオルドからもらった石はこんなところから取ったものだったのか。
「禁じられた場所には身代わり石と呼ばれるこんな石が多く残ってるんだ。ここまで来れる奴がいないからね。ときどき市場に出回っているのは管理している奴らが取りに来ているか、禁じられた場所以外で見つかったかだね」
「昔からある手つかずのものか……それなら神聖な場所みたいに詩織さんたちが作った物かもしれないな」
「そうだね。僕もあの映像を見てそうだと思ったよ」
──僕?
違和感に思い出すのはレオルドが初めてトチ狂ったことを言った日だ。
『唯一俺を殺せる人』
あのときもおかしかった。
レオルドを見れば呑気にセルジオたちに指示を出していて、現れた闇の者を始末させた。進む方角を示したあとようやく私に視線を合わせ、目元を緩めて──まるで私がなにか言うのを待っているよう。
『半分頂戴?辛そうだから僕が持つよ』
確か、最初に僕と言ったのは強制転移させた禁じられた場所から血だらけで戻ってきたときだ。
ほかには──春哉が奴隷だと知ったあの日。
『僕を片割れにして』
レオルドを殺せるのは私だけだと断言したうえ、真名を明かしたあの日、一人称が僕だの俺だの変えて話が嚙み合わなかった。
『……うん。もう大丈夫。俺はレオルドだよ』
その感覚に陥る瞬間を、私は知ってる。
伸びてきた手が私の手を掴んでそのまま前に引っ張る。足はふらふらするけど、支えてくれた手のおかげで倒れることはなかった。目の前には唸り声をあげる闇の者、断末魔、枝や地面を踏む音、闇の者に対応するリーフたちの声。
「レオルドは誰の記憶を見てるの?」
これじゃまるでオーズだ。
不安ではやる心はドクドク五月蠅くて──嫌な気持ちだ。あいつの気持ちがよく分かる。
今まで見てきた記憶のなかで僕という人は少ない。
「記憶か……俺が住んでいた場所はね、リヒトたちが住んでいたディバルンバ村と同じように閉鎖的なところだった。すぐ隣に闇の者が現れてもおかしくないような場所だったからしょうがないね。お互いしか信じず、たまに姿を見せる他の集落の人間や紛れ込んだ人間を旅人と呼んでいた」
旅人。
『旅人は危険なんだ』
後悔に呟くリルカとリヒトくんの最期を思い出す。旅人を危険視する村が、私たちを見てどう思うか想像に難くない。
「よそ者を受け付けないのは怖くてたまらないからだろうね──俺は羨ましかったよ」
「羨ましい?なにが」
「怖いと思われるのは、ちゃんと存在しているって認められてるってことでしょ?」
不穏な言葉を吐くレオルドが振り返って笑うと、なにも言わず前を向く。
響いていた音はもう止んでいて、息遣いしか聞こえない。
「レオル」
「お疲れ、ありがとう。お陰でサクとゆっくり話せたよ」
「あなたはそういう人だね……目的の場所で合ってる?」
「うん、そうだよ」
マイペースなレオルドにセルジオは割を食ったくせにおかしそうだ。レオルドを見て尻もちついて怯えていた日が夢だったかのような光景。
笑い合う2人を見て、ほかの奴らはそれぞれらしい表情をしつつもバリケードの張られた場所に意識を向ける。人の声が聞こえたからだ。古めかしい音を立てながらゲートが開く。
「お前らはなぜここまで来れた……?!どうやって、ここはこの村の者しか辿りつけぬはず……っ」
武器をもつ屈強な男たちに警護された老人が姿を現す。その後ろには魔法を唱えている者たちもいて、いざというとき私たちに攻撃できる状態にしているようだ。
私たちを見る彼らの表情は驚きよりも恐怖の色合いが強い。サバッドではないことも一役買っているんだろう。同じ境遇でサバッドであっても集落が違えば関わろうとしない彼らにとって、私たちはまさしく旅人だろう。
それでも言葉が通じるのなら会話ができるし、会話をしないと話は進められない。
ピリリと空気が張り詰めるなか、架け橋にはなってくれなさそうなレオルドの代わりに話を切り出そうとしたら、レオルドを見た老人が目を見開いた。
「化け物」
老人の呟きに周りにいる人たちも気がついたようだ。そしてレオルドを見た瞬間、全員が目をそらす。
誰もかれもが警戒や恐怖を忘れて俯きだす。
それは、あまりにも異様な光景だった。
「レオルドこれは……なに、どういうこと?」
「昔からずっと彼らはこうなんだ。俺はいないものとして扱われているからね。存在を見つけてはならないらしいよ」
レオルドは異様な光景に疑問を抱いていないらしい。レオルドを存在しないものとして扱うのは連れがいても、連れが旅人だとしても例外ではないらしく、含めてなかったことにするようだ。
老人たちはみな言葉を発することなく静かに集落の中へ戻ろうとしている。
「ふざけんなよお前ら……っ!」
状況を理解した大地がキレて絡みに行っているけれど、それさえ無視だ。老人は大地に掴まれ肩を揺さぶられるけれど何も言わず、警護につきそっていた人たちも大地を引きはがそうとするだけで、目を合わしたり会話をしたりといった反応をしない。
辺りが騒がしくなって闇の者が姿を現し始めたのに、闇の者の対応はしてもやはり私達と関わろうとしなかった。
レオルドはここに来る前と変わらない表情で話を続ける。
「まあでもなかには俺に贈り物をくれた人もいるんだ」
「……それが紹介したい人?」
「そうだよ」
こんな異常な環境下で育ったなか、唯一レオルドに与えてくれるような存在。そりゃ懐くだろう。もしやレオルドにとって親みたいな存在なのかもしれない。というより親の可能性もある。
「まだ生きていたかこの化け物めっ!」
そんなことを思っていたら、聞き捨てならない言葉が聞こえてきてすぐさま魔法を使う。ゲートのほうから鋭い威力をもった魔法が飛んできた。シールドで防ぐことはできたけれど、それなりに魔力を注いだシールドだというのにヒビが入る威力だ。
魔法は集落を襲おうとしている闇の者や旅人にではなく、まっすぐにレオルドに向けられた。
それなのに、警戒に構える私の肩に手をおいたレオルドは幸せそうに笑って首を振る。大丈夫?信じられなくて眉を寄せる私にレオルドはだらしなく表情を緩めて──どうやら本当に大丈夫らしい。馬鹿みたいな顔に納得して魔法を使うのを止める。
……さて、この人は誰だろう。
私の疑問にレオルドはすぐに答えてくれた。
「久しぶりだね。ユルバ爺」
「貴様に呼ばれるなど虫唾が走る……っ!」
レオルドに反応を見せているところから考えるに、この人が件の紹介した人なんだろう。白い顎髭を蓄える老人は震える身体を杖で支えながら憎々しげに吐き捨てている。身内のじゃれあいでは片づけられないほど、ユルバ爺と呼ばれた老人は言葉に等しい表情をしていた。もっといえば愛のムチだとか照れ隠しだとか一ミリも感じさせない明確な殺意を持っている。
「また会えたね。元気そうでよかったよ」
「なぜまだ死なない……っ!?」
温度差が激しすぎる2人の表情に眩暈がするけど、ここは流石レオルドだというべきだろうか。
面倒ごとに巻き込まれる予感がして、私も非難を覚えたばかりの無関心になりたくなる。闇の者の対応に心を砕こうか、無関心を貫こうとしつつもレオルドとユルバの会話に聞き耳を立てる集落の人々の対応をするか迷うところだ。
「サク」
ドン引きしながら迷っていたらレオルドが私を見て目を細めた。愛を告白してくるときのように優しげな表情をしながら──
「ほら、連れてきたよ。この人がまえ言っていた人」
「お前がかあ!?なぜこの化け物をすぐに殺さない!?殺せ、殺せえ!!」
──やばい人に私を紹介した。
唾を吐き散らかしながら叫ぶユルバは真っ赤な目を血走らせる。その興奮ぶりに集落の人たちはついに無関心でいられなくなったらしい。ユルバの身体を抑えて落ち着くようにと必死に声をあげている。
「早くこの化け物を殺せえ!」
「……ねえ、マジでこの人に私を紹介したかったわけ?」
「うん。紹介できてよかったよ」
「さよですか」
おかげで私に殺意が向けられる羽目になったんですけど、どうしてくれるんですかね?
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