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第四章 狂った勇者が望んだこと
211.「発想が大地じゃん……」
しおりを挟む魔物の正式名称は闇の者で、現在、この世界に住む多くの人々が知っている魔物の姿は獣や植物や物に憑くタイプのクランだ。不定形なクランに憑かれると対象者は少しつずつ色を奪われて、最後には全身真っ黒で赤目になる。基本的に闇の者は真っ黒で赤目であるが、その姿になるまでに排除することが各国の決まりごとになっているらしく、せのせいで一般人が知る魔物は闇の者のなかで最弱なのだそうだ。
おかげで外で闇の者と大きな声で言うのは危険を伴うため、基本的には魔物や謎の魔物と呼ぶことにしている。
意図的に行われている情報操作の理由はパニックを防ぐためとあったけれど、問題の先送りと、太刀打ちできる手段がないこと……自分たちの権力を揺るがすことがないようにするためだろう。
けれどそんな涙ぐましい努力をもってしてでも手が回らず闇の者が姿を現すことがあって、人々も一応、闇の者の存在を知ってはいる。ソレは人々のあいだでは謎の魔物と呼ばれている。とはいってもその恐ろしさ故に実際に存在するらしいがどこか物語じみた話という認識で広まっているため、権力者がたにはまだ都合よく扱える範囲らしい。
ふと、そんなことを思い出してしまったのは異常な強さを持つと呼ばれる闇の者をなんなく倒すリーフたちの姿を見てしまったからだろう。
「強くなったなあ」
「さすがに前よりは強くなった自信はある」
「だろうなあ」
「……子ども扱いすんなよ」
「うんうん」
交代で後ろにさがったリーフが私の呟きにどや顔してくるのが可愛いくてしょうがない。頭を撫で続けていたら口が尖りだしたけど、凄いすごいと頭を撫でまわさないだけよかったと思ってほしい。
リガルさん家から別れてレオルドに特訓してもらうことを選択したとき、リーフは自分に力がないことを気にしているようだったから自信を持ってくれたのは嬉しい。
顔が緩む私に言葉を飲み込んでくれたのかリーフは無言で遠くからこちらに向かって走ってきたダーリスを射抜く。いち、に、さん……どれも命中しているけれど核には当たっていないらしく、まだ口を開けて走ってくる。それでも関節を射抜かれ態勢を崩したダーリスに、セルジオが振り下ろしたメイスがめりこんだ。
えぐ……。
目に優しくない光景だけど、慣れたセルジオたちはすぐさま次のダーリスと対峙していて、私たちも歩きながらその後ろに続く。赤い血で濡れた道に漂うのは腐臭だ。
人々が知っているダーリスは獣に憑いたクランの姿で、獣はまだ生きている。闇の者ダーリスは死んで腐った獣を改造して動かしていて、完全に自分のものになった身体を好きに動かせるように核を1つ以上どこかに置いている。それを潰さなければ頭を潰しても心臓を取り出しても死なない。
今回は腹に核があったらしい。核は臓物に紛れて判別できなかった。
「んなの見て、なに考えてんの」
「ん?……いや、核ってどんなのかなって。闇の者の命みたいなものだってことは知ってるけど、どんな色でどんな形してるのかリーフたちも見たことないでしょ?」
「まあ、そうだな。とりあえず手あたり次第潰していったら動かなくなるし、動かなくなったらそこに核があったんだろうなってだけ」
「発想が大地じゃん……」
「アイツと同じ……っ?」
さっき可愛かったはずの子が物騒なこと言いいだして頭を抱えていたら、リーフもショックを受けたらしく矢の補充を止めてまで落ち込んでしまった。いくら強くなったとしても周りが見えなくなりすぎるのは危険だろうし、気をそらせるためにも話を続ける。
「いままで魔物を殺してきたけど核ってなかったでしょ?普通に頭や心臓を打ち抜くだけでも殺せたし」
「……クランが憑き始めただけの生きてる獣ってのが関係してるとか?」
「クランが憑いた瞬間に核ができるわけじゃないみたいだしそうだろうけど……じゃあ、逆を言えば死んだら闇の者で、動くために核が必要で、核が作られるんだったら」
ホーリット任務のとき遭遇した謎の魔物のことを思い出す。地面から湧き出た黒いしみが形を変えながら大きくなってユラメになろうとしていた。そしてラスさんによって殺されたあと音を立てながら溶けて消えた。
最後に残ったのは真っ赤な血。
血。
『ただの獣をあんな化け物に変えちまう力を持った奴の血肉だぜ?』
ディオが殺したダーリスの臓器を食べたときそう言っていた。
『すべてのものから得ればいいのです。手っ取り早く身体に馴染むのは同族から。交わることであなたの身体もこの世界に溶け込めます』
魔力はその対象に宿っているものだ。生命エネルギーで肉に、体液──血にも宿る。
「核が魔力の塊なら」
「……それなら核がない魔物は塊になるまでの途中って感じか。拠り所の血が流れることで獣は勿論、クランも死んでしまう。だから獣の身体は残るし核は残らない……でも植物とか物はどう説明すんだよ」
「そこだよなあ……いい線いってると思ったんだけど」
「確かにダーリスの説明はついてると思う……リヒトたちもだな。死んで生き返って赤目になってるし、桜の魔力食って動いてるわけだし」
「そういえば、そうだ」
それならリヒトくんたちが死んでしまうとき溶けて消えてしまうんだろうか。そのとき私は──考えて、首を振る。
それはきっとずいぶん先の話になる。いまは他のことに注意しよう。
植物の魔物スーセラは炎で焼き殺したから血の色を知らない。今度対峙することがあったら気をつけて見ることにして──物の魔物コスボハはまだ対峙したことがなかったな。一度お目にかかりたいもんだ。
『こいつ昔本のコスボハに襲われてからトラウマになってるんだよ』
そういえばセルジオはコスボハに遭遇したことがあったんだっけ。手が空いたときにでも詳しく話を聞いてみよう。
セルジオはトラウマ話を振られそうになる危険を察したのか、呼びかけても気がつかなさそうなほど闇の者対峙に勤しんでいる。その動きはレオルドのお墨付きで、なんの迷いなく前衛を任されるほどだ。
当のレオルドは大地と一緒に後衛で、後ろも前に負けず騒がしい。そのはずなのに振り返れば、散歩でもしているようなレオルドと目が合う。そのすぐ真後ろで大地がダーリスと奮闘していることに思うところはなにもないようだ。
その証拠に大地を置いて近づいてきたかと思えば、呑気に話し出す。
「そろそろいいかもね」
「おいリーシェ!こいつマジでなんもしねーしマジで俺に丸投げしてんだけど!」
そしてすぐさま追いついた大地がやかましく叫ぶけれど、レオルドは完全無視してセルジオたちを手招く。
血だらけの鉄パイプが大地の握力で軋む。
「あー、うん。お疲れ」
「ぜってえいつか痛い目遭わせるぜってえいつか──」
今とは言わないあたり実力差がよく分かっているんだろう。私にできることは大地が自分の気持ちを整理できるまで後ろから姿を現した魔物を一匹残らず殺すことぐらいだ。
あと気になるんですけど、その恨みが魔物を引き寄せてるか生んでませんかね?数が多すぎるんですが……。
嫌な予想に大地を見ていたた肩に手を置かれる。レオルドだ。顔をあげればにこりと微笑んで。
「ちょうどいいからこのままで」
「あ……、了解」
一体レオルドが行こうとしている場所はどんなところなんだろう。私の予想が正しければ闇の者を呼ぶような状態でようやく転移できる場所らしい。
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