狂った勇者が望んだこと

夕露

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第四章 狂った勇者が望んだこと

205.「いい夢見てるみたい」

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どこか遠くから騒がしく笑う声が聞こえてくる。五月蠅い……ああそうだった、父さんたちが宴会してるんだった。昔話に花を咲かせながら、コップが割れそうなほど乾杯して、お酒だつまみだと言葉が飛び交う。私はソファに寝転がりながら大人は五月蠅いなと思いながら寝てたっけ。両親たちが自宅に友人たちを呼んでホームパーティーなんていえば聞こえはいいけれど、私からすれば子供たちは早く寝なさいというわりに五月蠅い大人たちのせいで寝れやしない厄介極まりないイベントだった。
ああだけど、いつまでも聞こえてくる楽しそうな声になんだか安心していつの間にか眠っていたっけ。



「いい夢見てるみたい」



まだ五月蠅い声は響くのに、瞼ごしに聞こえてくる優しい声はいやによく聞こえた。本当に寝てるかどうか確認しているんだろう。まだ気配は消えなくて、我慢が出来ない唇が緩んでしまう。笑う声──頭に触れた手。たまらず身じろぎしてしまったけれど離れなかった。よかった。頭を撫でる手にまた意識がまどろみはじめる。ふわりふわり、贅沢で最高の時間を味わいながらもう一度眠ってしまおうか。
母さん、ちゃんと寝てるから楽しんできていいよ。
そんなことを言いながら目を開ければ「起きてるじゃない」と笑ってまた頭を撫でてくれたっけ。ああ……懐かしい。
懐かしい。
そう、そうだ。ここは元の世界じゃない。
気がついた瞬間夢が終わって、ぼやけた視界が覚めていくのと同時に意識がはっきりしていく。久々に夢見た元の世界はもうないことを実感して寂しくはなるけど、もう、懐かしさのほうが上回る。思い出せてよかった、そんなことさえ思う。


「……」


そして私は軽くパニックだ。
目を開けた瞬間見えたのは、床に膝をついた紗季さんが天を仰ぐ異常な光景だ。梅が1人の世界に入っているときと似ていて、何かブツブツと呻いている。そのほとんどが形にならなくて変質者の息遣いによく似ていた。こわ……。
そんな異常な紗季さんを放置する罪深き人たちは、私のパニックをよそにお酒を掲げて宴会していた。すでに出来上がっているのかウシンは泣きながら酒をあおっていて、大地とアルドさんは肩を組みながら大笑いしている。うわ……。
寝起きに優しくない光景はいったん目を閉じて見なかったことにする。そして伸びをして欠伸をして──その間も聞こえる変質者の息遣いに大笑いに泣き声。ああ、やだやだ。大人って五月蠅い。

「おはようございます、紗季さん」
「……おはようっ!リーシェちゃん!」
「……?」
「リーシェちゃん!!?だっはは!リーシェちゃあん!!」

語尾にハートでもつきそうな勢いのうえ慣れない呼び方に思考停止していたら、目ざとくいまの言葉を聞いた大地が涙目になりながらからかってくる。酔っ払いどもはそのまま楽しく飲んでおけばいいものを、私が起きたと騒ぎ立てて、いいから飲めよ食えよと五月蠅い。大地に引っ張られて席につけば頭上で鳴る乾杯の音。このまま放置していたら瓶ごとお酒を飲まされそうな気がする。すぐさま四次元ポーチから葡萄ジュースを取り出して乾杯に参加した。そのまま飲めば拍手喝采、気を良くした面々は自分もと酒をあおりだす。

契約から解放されてお祭り騒ぎになったのは分かるけど、私としては寝て起きてあまりにも変わった光景に頭がついていかない。分かるのは酔っ払いに絡まれたら面倒だってことぐらいだ。一応あたりを探ってみたらシールドが張ってある。きっとこの騒ぎが外に漏れないようにしているんだろう。その理性を持てたことに乾杯だ。はい、かんぱい。


「あっ!お前これ酒じゃないだろ!?葡萄ジュースじゃねえか!」


乾杯大好き人間の大地に適当につきあった結果、はねた中身が大地の鼻か口に触れたのか楽しそうな顔が一瞬にして変わって非難してくる。

「気のせいじゃないですかね」
「だってほら……やっぱりそーじゃねえか!」
「人の勝手に飲まないでくれませんかね」
「それならおかわりを注いであげよう」

人のよさそうな笑顔を浮かべたアルドさんがお酒を注ごうとしてくるけど、一応未成年なので……。にしてもあなたこの世界に馴染みすぎじゃないですかね?

「すみません、友達からお酒は禁止されてるんでやめときます」
「ああー?友達ぃ?俺の酒は飲めねーのかよ」
「あはは、すげーうぜー酔い方でウケる。あ、でもお腹空いたのでご飯はいただきます」
「ああいっぱい食べなさい食べなさい!ウシンお前も食え食え!」
「私はあ、私は偉大なるう……あっはっは!今日ぐらいはよいか!」
「リーシェちゃんこれも美味しいわよ!ほらほら」
「いただきまーす」
「ふぐぅっ」

紗季さんも随分と酔いがまわっているのか、真っ赤な顔で机に突っ伏しながら拳を震わせている。千堂さんの記憶から解放されて一ヵ月療養に専念していたとはいえ、病み上がりなのにこの出来上がりよう。良い意味で図太い……?これまでの反動……?もともとの性格なら本当に、随分と印象が変わる。梅と話が合ってそのまま仲良くなったら耳栓が必要になるかもしれない。
あ、このお肉すっごく美味しい……。
お腹が空いているからかどれもこれも美味しくて箸が止まらない。おかげで酒飲みたちのウザ絡みも気にならなくなるし、笑いながら話されるこれまでの経緯や、重たすぎる話もすべて飲み込むことができる。


「いやあ、こんなに楽しい気持ちになったのは久しぶりだ!実に気分がいい!」
「あっはは!そりゃ面倒な契約から解放されたんだからそーだろーよ!自由に乾杯!」
「はははっ!違いない!乾杯っ」


大地とアルドさんは似た者同士なのか実に楽しそうだ。私ならあんな最悪な契約のことを大地のようなノリで語れないわ……すご……。黒い道を勝手に陰キャだって評価したけど、アイツのことをそう思えるぐらい分かる身だったということを痛感する。
紗季さんがとりわけてくれる料理をまた口に運ぶ。
楽しそうに語られる昔話は遠い記憶を丁寧に掘り起こすというより、昨日あったことを話しているみたいだった。

「召喚されたときは状況が飲み込めず腹が立ったものだが、過ごしていくうちに悪くないと思ってきてな。なにせ腹の底はどうあれ周りはやたらと持ち上げてきてそこそこ良い気分になっておったし、なにより自由だった。少なからず面倒もあったが、魔法を使えば周りは黙るし、転移してしまえばすぐに最高の景色に出会えるしな!」
「私からすれば反抗期が魔法なんて危ない道具をもってる感じで怖くてしょうがなかったわ」
「ははは!」
「笑い事じゃないからね!?初めて魔物の調査しに行ったこと覚えてる!?」
「紗季も襲撃を受けたときやらかしただろう!」
「そういえばあの事件からしばらくのあいだ、紗季が来るぞといえばあの子は泣きやんでおったな」
「え?ウシンちょっとそれ初耳なんだけど」
「アルドが言っておった」

裏切りものと慌てるアルドさんを無視してウシンはちびちびとお酒を飲み始める。3人の関係性は楽しくて、同じ気持ちだったらしい大地と目が合った。カチャン、グラスが鳴って葡萄ジュースが飛び跳ねる。






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