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第四章 狂った勇者が望んだこと
204.『あなたの願いが叶いますように』
しおりを挟むこの契約には穴がある。
『キューオってぜったいなんか企んでんねんで。わざわざ契約結ぶより全員殺してもうたほうが明らかに楽やしなあ』
契約の内容を初めて知ったときは嫌がらせかと思っていた。加虐趣味がある奴か、アルドさんが苦しむのを見るためなのか。
契約ではキューオとフィラル王がそれぞれ魔法をかけて、その魔法の維持には紗季さんの魔力が使われている。1つの魔法に2人の魔力が使われているけど、その魔力を払い続けているのは紗季さんで、アルドさんたち家族それぞれが人質だからこそ契約が維持されてきた。
『試したさ……試したが────』
けれど、へたに解こうとすると死ぬといわれていても、ジルドを自由にした魔法を試すぐらいには2人とも諦めていない。アルドさんは紗季さんが死ぬ間際になって一矢報いると腹を決めたぐらいだから、ぎりぎりまで紗季さんのことを優先してきて、きっとこれからもそうだろう。
だけど例えば、誰かが死んだとしたらどうだろう。
順番で言えば、ジルドが魔物討伐の過程で死ぬか魔力欠乏症で紗季さんが死ぬかだ。ジルドが死ねばある意味重荷はひとつ減って、紗季さんはアルドさんにかけられた契約の維持に魔力を払い続けるだけになる。
それなら紗季さんが死んだとしたらどうだろう。フィラル王はじめフィラル王国に危害を加えることができない契約を結んでいたジルドはその危険因子として判断しているアルドさんとは会えず、フィラル王国の利益となる者はすべて情報提供もすることになっていたから手を組むことも今まで出来ていなかった。ジルド側の情報は共犯者のライとの契約で伝えることはでき、それは役立つことはあってもアルドさん側からの情報をジルドは手に入れることができない。そんな意思疎通が正しくできない状況下でも、紗季さんが死ねば契約は解け、2人はある意味自由に行動できる。
その対策として、フィラル王国と古都シカムと分けて監視下のもと管理してきたんだろうけど、果たしてあの2人はお互いだけが人質になったとき大人しくするだろうか。あの2人のことだどちらが死んでもいいから、両方死んでもいいから一矢報いてやろうとするだろう。
それなら紗季さんが死んだとしたら、誰が最初に気がつくだろう。
「監視者と言っていましたが、決まった役割を契約で結んだんですか?」
最初に気がつくのはジルドじゃなく、古都シカムにいるアルドさんのほうが確率は高いだろう。けれど普段は執務室で古都シカムを取り仕切っていることを考えれば、普段から神殿にいて紗季さんを看病しているウシンが最も確率が高い。
「私は契約を結んではいないが、フィラル王国から追放されたアルドたちが古都シカムから出ることがないよう監視するように言われておる。禁じられた森も近いからアルドに古都シカムの管理をさせ、紗季の様子を見てやれと。万が一フィラル王国に歯向かおうとするような素振りをみせたらば報告することはもちろん、何かあれば逐次報せるようになっている。でなければアルドたちは契約を違えたとして古都シカムの侵略を開始し紗季とアルドを殺すことになると……そうならないように監視しておけと言われた」
「そうですか……ありがとうございます」
友人の命の安全と古都シカムの侵略を防ぐために、紗季さんが死ねばウシンは必ず報告したはずだ。そして報せを受けたフィラル王国側は、自分たちに攻撃することができるようになったジルドを野放しにはせず不意を打って捕らえるか殺すかのどちらかを必ずする。
紗季さんが死んだ瞬間たまたまアルドさんが居合わせて即行動したとしても、魔物討伐第一人者として活動しているジルドがフィラル王国に必ずいるとも限らないし、ライにジルドへの連絡を任せて直接フィラル王国に転移するも、転移先はトナミ街のときのように控え室に強制移動されたり、思っている場所に転移できなかったりするだろう。ライのところに転移してそこからジルドの場所へ転移する手は、フィラル王との契約が解けたいまとれる一番有利で確実なところだけど、フィラル王国から逃亡するときいっぱい食わされたキューオが作った森のことを考えれば、専用対策もあるかもしれない。
絶対ではないとはいえ、紗季さんが死んだときの対応はフィラル王国としてはとりやすい。
そもそも魔力欠乏症状態にある紗季さんに魔力供給をしてきただろうアルドさんがそのとき十分な魔力をもって単身挑めるような状態とは思えない。大勢を道連れにはできるだろうけれど、一番殺したい人は大勢に守られて手が届かなさそうだ。
最後に、アルドさんが死ぬとしたら自殺か暗殺か事故だろうけれど、どれも起きる確率は低い。どちらにせよ3人を比較したら一番リスクが低く安全なのはアルドさんだ。言い換えればお互いを守るためにのんだ契約で一番最後に残って、それほどまでに大事な人たちが死ぬのを見る人になる。
ウシンの言葉を信じてキューオがそういう人でないというのなら、契約を結んだ場にいたフィラル王にアルドさんたちは恨まれているんだろう。
『お前だってさっきから憶測で決めつけてばっかりじゃねえかっ』
前提が変わる。
キューオがフィラル王の奴隷だから逆らえないのであれば、そういう人でないのに従わなければならない状況でジルドさんたちを縛った契約魔法を作ったのだとしたら──穴のある契約はきっとこの日のためのものだ。
アルドさんたちを縛りたいのであれば契約魔法じゃなくて奴隷魔法のほうが確実だろう。それなのに契約魔法を選ばせた。
それに魔力が減っていくことは当事者がよく分かる。だからフィラル王かキューオが契約の魔力を支払い続けていれば、契約が解けたときすぐに分かって対策が打てたはずだ。払い続ける魔力にその価値は十分あるといえる。でもキューオはわざわざアルドさんたちを恨むフィラル王に紗季さんの魔力を使えばいいと提案した。そのために面倒な対策を打ってリスクを背負うことにもなるのに、それを上回るメリットをフィラル王が優先したのだとしたら?
不穏な存在を見せしめに殺さずに生かした理由。
『誰よりも自由が好きな親父さんが紗季さんを守るため飼い殺される道を選んだ』
妻は苦しみ、息子は奴隷のように自由を奪われフィラル王国のために働かされるなか、なにもできない安全な場所でただ静か閉じこもって生きるしかできない状態のアルドさんはフィラル王の目にどう映っただろう。
それを隠れ蓑に、結果的にアルドさんたち家族を全員生き永らえるようにし、チャンスを作ったのがキューオだとしたら。
『……紗季、ごめんね。あなたがかけられた魔法を完全には解けなかった』
千堂さんの声が聞こえる。
私の目の前にはお互いを支え合うアルドさんと紗季さん、紗季さんに腕をひきよせられたウシンの姿がある。昔はその隣にキューオやロセがいたんだろう。そして私の隣には里奈がいた──いいの。あなたが決めたことだもんね。
しょうがないと笑う声が聞こえて隣を見れば、千堂さんが眉を下げて微笑んでいた。どうせ姿を現すのなら紗季さんたちにも姿を見せてあげればいいものを、私にしか見えていないらしい。困ったことだ。私を見る視線が増えてプレッシャーが増してしまう。
「ウシンさん。私は今日のことに限らず、この世界で生きていくあいだ起きることに後悔したり悩んだりすると思います。それでも私が決めたことだから、しょうがない」
──あなたは昔からそうだった。
千堂さんが恨めし気に語りかけてくる。お陰で肩身が狭くて笑みが保てない。
──強くて眩しくて……私ね、いつも追いつこうとしていたの。でもあのとき、私のことを想ってくれてるってことは分かってたけど……私、一緒に行こうって言ってほしかった。1人じゃ危ないでしょう?結局1人じゃできることなんてたかが知れてるって、里奈が言ったんじゃない。
「……そうだね、これは私が望んだことだ。アルドさん、私を信じられますか?」
「ああ。それでなにが起きたとしても私が決めたことだ。君には関係がない」
里奈さんへの非難なのか私への非難なのか分からない言葉に苦笑してしまう。自分が決めたことに責任を持つといえば聞こえはいいけれど、その呪いに長年苦しんできたアルドさんからすれば突き放されているように感じた言葉だったんだろう。
……一緒に、なあ。1人より難しいから問題だ。
「アルドさん……いえ、篤人。私の命令に従え」
「っ」
「なっ、なにを言っている!?「ウシン、黙っとけ」
私が血迷ったと怒りを露わにするウシンを大地が抑える。その手を振り払おうとするぐらいだから、ウシンもなんだかんだアルドさんが大切なんだろう。真名を使って相手を魔法で縛るなんて奴隷魔法と変わらない。許せないに決まっている。
『魔法の契約に載せた言葉の解釈は人によることも覚えておいたほうがいい』
でも、奴隷魔法も契約魔法も誓約魔法もたいして変わらない。奴隷魔法は所有者ができ自由に命令ができる明確な違いはあるものの、悪用されるかの違いであって、結局のところ表明した意志が相手や自分を縛ることになるものだ。人は勝手に縛られたがる。その意志を後押しすることにもなってしまう真名は、この世界では身の危険にも繋がるから滅多なことでは人に教えない大切なものだ。
『静かにしてクラリス』
クラリスが春哉の命令に逆らえなかったことを思い出す。春哉の主人でありながら誰かの奴隷でもあったクラリスは、一瞬でも春哉との主従関係が切れると自分の主人の命令に縛られていた。私が主人なら春哉が私にも逆らえないようにするだろうけど、奴隷の数が多すぎたらどうするのが一番いいだろう。私なら数人を代表として自分の奴隷とし、その内容に、お前が奴隷にしたものも私に危害を逆らえないと定めておく。契約にかかる魔力量が一緒だというのならそのほうが効率もいいし、タンクに使えて便利だ。
でも、それなら1人の奴隷に対して主人が2人いたらどうだろう。どちらの命令が優先されるだろうか。
『この子を守れ』
ロナルに梅を託したときにかけた魔法は、もしロナルが奴隷魔法をかけられていたとしても関係なく私の伝言を守れるようにした。
どれか1つでも効果があったらいい。
主人が誰であれ複数であれ等しく命令に従わなければならないのなら、面倒で危ない方法をとらなきゃいけなくなる。
「命令はなんだろう」
「命に危険が及ばないことなら答えろ。いまあなたが結んでいる契約をすべて解けば誰か死にますか?」
アルドさんとキューオがしている契約の内容が分からない。へたに解けば死ぬといわれているものを1度解こうとしたことから考えるに、それ自体は死に直結する行為じゃなかった。だから契約が解けたら誰かが死ぬわけじゃない。それでも、なにが死に関わるか分からず確信できないのは大きな不安要素だった。自分のせいで人が死んで悪夢が増えるのは勘弁だし、成功する確立をあげるために保証がほしい。
それなら、アルドさんに答えてもらえばいい。
「死なない」
「そうですか……ウシンさんはあなたやジルドの契約の内容をご存じですか?」
「知らない」
「教えられますか?」
「……」
なにも知らず、知らされず、知る術もない。
アルドさんの契約内容の1つがまた分かった。アルドさんたちはウシンに頼れなかっただけなのか。ウシンを見るアルドさんが申し訳なさそうに表情を歪め、ウシンは「私だけ」と悔恨に呟く。
その光景はつい一月前のことを思い出させる。
『話さなきゃなんないことが沢山あるんだ』
自分を縛ったたくさんの経験や言葉が解けたあの日、これでよかったんだと悲しそうに呟く声に私は同じ気持ちになった。その機会を奪った契約が解けたなら、ウシンのなかで呪いのように積もった言葉はきっと馬鹿な悩みだったと気がつけるだろう。
「ウシンさん。里奈さんが単身復讐に向かって殺された日、アルドさんと紗季さんも殺されるところだったそうです。それを駆け付けたジルドが紗季さんの命と古都シカム侵略の中断を対価に、自分の命を期限としてフィラル王の奴隷のようになると誓ったことで回避しました。契約の内容はフィラル王国に危害を加えず、勇者召喚に関わらず、フィラル王国に有利となる情報提供者となり、危地であろうと魔物討伐に赴き名声をフィラル王国にもたらすこと。そしてアルドさんは……私は契約のすべてを知りませんが、いま分かったようにあなたに契約の内容を話さないこと、里奈さんたちのことを話さないこと、紗季さんのことを話すにあたり定型文のようなことしか言えないことなどがあるようです。そしてその契約の魔力を支払い続けているのは紗季さんです」
そのうえサバッドの記憶に苦しみ続けてきた。
勇者でもその血縁でもなく、契約が結ばれたその場にさえいなかったウシンには分からなかったこと。推測交えて得た真実は少なくて。
そして一番近くに居ながら蚊帳の外だったウシンの気持ちも誰にも分からない。
「そんな、ああ……許してくれ。ああ」
「おいリーシェ」
「責めてるわけじゃないよ。ただ、知らないままでいるのって辛いだろ」
長い時間、板挟みに苦しんできたウシンはアルドさんを責めたこともあっただろう。何故頼らないと、教えてくれと、助けさせてくれと祈ったかもしれない。
そしてそれは誰かの願い通りアルドさんを苦しめ、きっと、誰かの願い通りアルドさんを救ってくれる。
「私は自由になってほしいと思う」
大地の拘束から解放されたウシンは俯き涙を落とし続けている。その手に花をのせれば虚ろとした瞳が私を見た。悪魔にしか見えないだろう私が微笑んでも心休まることはないだろう。それでも泣き続ける人に答えを贈る。
「ラシュラルの花です」
廻り逢い、奇跡、あなたを想う。
大昔から存在し大切にされてきた花、ラシュラル。
『俺にかけられた契約は解けたことに気がつかなかったほどあっという間だった。部下のロナルから渡されたラシュラルに似た花の香りをかいで……その花から発動した魔法で解けたらしい。ロナルがいうには花をくれた女性を信じたらしい』
そう言ってジルドが私に手渡したのラシュラルの花だ。私が作ったハナニラじゃないけれど、込められた魔力はきっと道にもなるだろう。
『その女性はロナルの願いが叶いますようにとこの花を贈ったと言っていた。俺も、あなたに贈りたい』
甘い花の香りをかいでいた私にジルドは真面目な表情で告げて、気のせいか、まるで託すように私の両手に手をそえる。
『あなたの願いが叶いますように』
私の願い……私の願いはたくさんあるけど、これもその1つだ。
ロナルには借りがあるしウシンには負い目もあるし、助けられるなら助けたいし、悲劇にうんざりしてるし……ああそうだな。フィラル王の顔が見てみたい。この残酷な気持ちは魔法をかけたフィラル王と一緒に並べることだろう。
「大地、協力してほしい。ウシンさんと一緒に込めれるだけこの花に魔力を込めて」
「……それだけでいーのかよ」
「うん、そういうもん。解けるよ」
「そんなことで……」
「あなたはどちらに賭けますか?」
問いかけてみれば、私を見ていた目がしばらくして花に魔力を込め始める。
魔法って、お願いだ。
ウシンはなにを祈っているだろう。崩れ落ちて床に座り込むウシンはまだラシュラルの花を手放さない。アルドさんの背中を見て静かに泣き続けていた紗季さんは、私を見つけると泣き笑う。期待が重たくて私も泣きたくなるけど、観念して私の一挙一動を見ていたアルドさんの目を見返す。ピリリとした緊張を感じるのに、思わず詰めていた息を吐きだせばクスリと穏やかに笑う顔。この人もまあ、随分と余裕がある。
「篤人、好きに生きろ。すべての契約は無効だ」
はっきりと命令した。
けれど何かを言おうとしたアルドさんの口から音は聞こえなかった。まだ契約に縛られているんだろう。主人としての命令でも効果はなかった。それならしょうがない。ポケットから取り出した小刀で自分の掌を切りつける。躊躇したおかげで変に深く切ってしまったらしく、すこぶる痛い。浮かび上がった血と訴えてくる痛みに頬がひきつるけど、血のついた小刀をアルドさんに手渡せば、なんの驚きも迷いもなく同じことをするから頬がひきつるどころか、顔が歪んでしまった。
この人きっとここまで予想してたな。
それは正解だったようで、私が手を差し出せばアルドさんは血を流す手で躊躇なく握手してきた。力を込めたぶん普通に痛くて最悪な気持ちだ。それでもリーフや春哉と同じように口づけるなんてもってのほかだ。ジルドの父親とそんなことするなんてありえないにもほどがある……なんて、人の生死がかかっているなか馬鹿げたことで悩む私もずいぶん余裕があるらしい。
『一時的。うち、打ち消してる、だけ、だ』
『僕は奴隷の魔法から逃れられてる。かけられた魔法と同じ魔力量でもって相殺させてるからね』
真名で縛られたとしても契約に抗う術はあった。リーフも春哉も一時的とはいえ自分の魔力を使って相殺させ、契約と反する行動をとることができていた。それなら私の魔力を使って相殺までもっていければいい。そのまま契約を無効化できればいいけれど、それができなくてもせめて時間稼ぎをすればいい。
これを終わらせるのは私じゃない。
『あなたの願いが叶いますように』
あなたの願い。
願い。
「ウシンさん、あなたの願いはなんですか」
祈りを奉げるように蹲っていたウシンが顔をあげてアルドさんを見る。顔に刻まれた皺が泣いていた。ウシン。呟くアルドさんの声に涙がまた頬を伝って。
「自由に……自由になってくれアルド。昔のように人の気も知らず自由に生き、縛られず、お前が望むように生きてくれ」
悲痛な願いが落ちて、涙に濡れたラシュラルの花が揺れる。
震える声。
すすり泣く声が、息をのむ音が、震えた声が。
「紗季」
小さな、掠れた声が聞こえた。
痛みに流れる血が落ちてくる涙に洗われる。ポタリ、ポタリ。紗季。また声が聞こえて、私まで声が震える。
「……私じゃなくて、本人に言ってあげてください」
泣くアルドさんに言っていい加減痛くてたまらない手を振りほどく。
「篤人」
紗季さんの声で我に返ったアルドさんは振り返って、ベッドからおりてよろめく身体を支えた。そして顔を見合わせた2人は笑ってお互いを強く抱きしめる。何度も名前を呼び合う姿に契約から解放されたんだと分かって、ようやく息が出来た、そんな心地になる。ため息が出るほどいい光景だ。泣き声がこんなに幸せなものに聞こえるのは初めてだ。嗚咽を漏らしていたウシンはアルドさんと紗季さんにその背を撫でられて声を上げる。
「……手、貸せ」
「ありがと」
壁にもたれかかっていたら大地がメンチきりながら血を流す手を指さしてくる。治癒魔法をかけてくれるらしいから大人しく言われるがまま動けば、掌を見た大地がさらに不機嫌になってしまった。
「いちいち面倒くせー言い方してジジイを追い詰めんのが趣味かよ」
「趣味じゃないけど……成功する確率はあげたいだろ。契約魔法を打ち消すのにかけられた魔力を超える用意はしてきたけど、全部試して失敗したときの保険はしっかりしときたかった」
「ウシンが保険?」
「うん。自分で願ってほしかった。願われるまま言われるがまま動くのも自分の意志だろうけれど、それじゃ弱い。皆じぶんの全てを使って魔法を使ってるのに、あやふやな望みじゃ力も借りれない。ロナルがジルドを助けたときの再現はできなかっただろうな」
罪悪感から新たに願いが生まれるかもしれないし、諦めた願いがあるかもしれない。アルドさんたちとの長い付き合いから憶測を重ねて責めるように質問して追い込んだのは悪いとは思うけど、そこから希望を持って願ってもらわなきゃならなかった。
『自由に……自由になってくれアルド。昔のように人の気も知らず自由に生き、縛られず、お前が望むように生きてくれ』
にしてもアルドさん昔はどんな感じだったんだろう。すごいヤンチャな人だったようだけど結構な言われようだ。
答えを求めて辺りを見渡せば千堂さんはもういなかった。突然現れた理由を知りたかったのに自由なもんだ。笑ってしまう。それでも私が決めたことがあるように、彼女も彼女でいま好きなように生きているんだ。ぜんぶ知る必要はないだろう。助けてほしいときはまたきっと迷惑考えないで現れるはずだ。
「リーシェ、リーシェさん……」
「はい」
「ありがとう。本当に……心からお礼を言う」
「……どういたしまして」
微笑み返しながら久しぶりに見た幸せな光景に、今日はいい夢が見れそうだと目を閉じる。
もう手は痛まなかった。
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