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第四章 狂った勇者が望んだこと
201.「なにが残念なんだ?」
しおりを挟む黒い道の先は思っていたとおりの場所で、ランプが灯された質素な部屋だ。黒い道のなかから様子を伺えば部屋に響くのはメモを取る音だけで、話し声もない。合図がわりに恵みの雫を絨毯に落とせば、一拍おいて笑いを含んだ声で呼びかけられる。
「また来たの、桜」
「また来たけど?こんばんは、春哉」
「こんばんは。もうそろそろ寝ようと思ってたところなんだけど?」
「ごめん?」
「いいよ。お茶でも飲む?」
「飲みたい」
非難するように言うくせに、もう紅茶の準備をしてくれていたから笑い返してお願いする。黒い道から抜け出して部屋の中におりるあいだも続く小言は、甘い紅茶の香りで覆われて、しょうがないことに私は椅子にもたれてだらけてしまう。静かでゆっくりとした時間だ。春哉と過ごすこの時間は、いい意味で欠伸がでるほどぼおっとする。
「はい、どうぞ」
「んー、ありがとう。あ、これお土産。明日の朝ごはんにでもどうぞ」
「ありがとう……桜ってリンゴ好きだよね」
「好きだな。美味しい」
四次元ポーチから取り出したアップルパイを春哉に渡して、私は朝ごはん代わりに自分のぶんをすぐに食べてしまう。うん、美味しい。紅茶とも合うし最高だ。
「あれから特に変わったことはないよ?」
まさか私が密会を目撃されるのを逃れついでに朝ごはんを食べに来たとは思わない春哉が静かに話し出す。内心どうしたものかと思いながらとりあえず頷いておけば、適当さになにか勘づいたのか春哉もアップルパイを食べ始めた。寝る前には重たそうだけど……。
「伊藤さんと法堂くんは最近よくここを手伝ってくれるようになったよ。永山くんも最近、外に出れるぐらいには持ち直したみたい」
今年召喚された勇者は、私のせいではあるが、今までの勇者と比べて精神的に大きなショックを受けたらしくフィラル王国に対していまだ懐疑的らしい。永山くんは引きこもり気味で、伊藤さんと法堂くんは永山くんよりはこの世界に慣れようとしているものの、まだ同じ境遇である勇者としかあまり話せていないとのこと。勇者みんな通ってきた道とはいえ、話す人が偏り過ぎるとちょっと心配だ。危ない勢力に取り込まれでもしたら、大きな魔力を持って狂人じみた魔法を使い盲目的に動く危険な存在になりかねない。その心配は春哉も同じだったらしく、彼らの様子見をお願いしたら快諾してくれた。
それで伊藤さん、だ。彼女は話を聞く限り、春哉に好意を抱いているように思う。こんな環境下だから、同じ境遇であり先輩であり穏やかに冷静に接してくれて常に微笑みを浮かべる春哉は眩しく見えることだろう。
「桜、いますごく腹が立つ顔してるけど気がついてる?」
「へえ?」
面白くなさそうな顔をする春哉のおかげでアップルパイは2個目も素晴らしく美味しかった。まだ話したことがない伊藤さんに感謝する。しょうがないなと諦めて笑うことの多い春哉が、高校生らしく不機嫌さを露わにしてくれるのは嬉しい。
フィラル王国の現状と勇者や傭兵の動き、呪いの状況、今年召喚された勇者の様子見……春哉がしていることは危険なことが多い。春哉はフィラル王国で過ごしている人なら知っていることとして情報をくれるけど、今年召喚された勇者や、春哉の境遇に興味を持って訪れる人たちを拒むことなく受け入れて親しくなるのは、続ければ続けるほど力になるだろうけど自分の首を絞めかねない諸刃の剣だ。
春哉だけに任せておくのは、危険だ。
「……ラドさんってまだフィラル王国にいるの?」
「ラドさん?まだいるよ。アロアさんがフィラル王国を気に入ったらしくて、冒険家業もここを拠点にしてしてるみたいだね」
「げ……そうだよな、アロアは片割れって言ってたし……うん、まあいいや。今度改めてラドさんに会ってみようと思うんだけど、できたらでいいから連絡とってほしい」
「……どっちで会おうと思ってるわけ?」
「リーシェとして。サクとしては様子見」
「そう。アロアさんは最近3日に1回は来るからそれとなく連れてきてもうらうようにするよ」
「無理しなくていいからな……でもアロアって、そんな頻度で来るようになったの」
「僕も姿を見たら声をかけるようにしてたからね。おかげさまで呪いに苦しむ悲鳴が響くなか、アロアさんと伊藤さんの声が混じってなかなか混沌とした日常になってきたよ」
「わあ」
ハーレムものの主人公になり始めている光景を想像して笑えたけど、呪いでのたうち周る人の悲鳴が背景にあるとすれば凄い光景だ。非難の視線がまた突き刺さってきたから退散することにしよう。
「うん、ご馳走様」
「分かりやすく逃げるね」
「あはは、ごめんごめん」
「分かってないよね」
しょうがないなと微笑む顔。
同じしょうがないでもこんなに違うのは面白い。食器を魔法で片付けながらそんなことを考えていたら、春哉まで魔法で楽をしたのか、ランプの灯りが突然消えて部屋が真っ暗になる。白黒する視界。動く気配がして、だけど魔法を使う必要もないからそのまま立っていたら腕に手が触れる。握られて、引っ張られて。
「──ご馳走様」
「……アップルパイの味」
「…………本当に、桜ってときどき凄く無神経だよね」
春哉の非難に以前言われたことを思い出して反省──まあいいかと笑うことにする。春哉は困ったことがたくさんあったほうがいい。死ぬことを考える時間なんてないぐらい馬鹿みたいに笑える悩みをたくさんもってほしい。
「そうだな……うん」
暗闇に慣れてきた目が眉を寄せる顔を見つける。不満をもった顔はきっと赤くなってるはずだ。私の腕を握ったままの手がこんなにも熱い。その手に触れてみればすぐに離れようとするから、今度は私が春哉の腕を掴んで引き寄せた。身体がぶつかって、戸惑うように揺れる身体。止まるまでじっと見ていたら目の動きまで見えるようになった。逸れて、重なって──とうとう観念したように止まって。
触れた鼻先がじわり浮かんだ汗に濡れる。吐息は甘くてそのまま口づければ、怯えたように息をのんだのが分かって……これじゃ襲ってるみたいだ。
「ご馳走様?」
「っ」
「はは、それじゃまた今度」
怒られる前にさっさと転移してしまう。部屋が明るければ顔を赤くして怒る貴重な春哉の顔が見れたかもしれない。残念だ。
「なにが残念なんだ?」
転移した先にすでにいた大地が、突然現れた私に一瞬驚きこそすれ、慣れたもので質問してくる。どうやら口に出していたらしい。
「んー?春哉の怒った顔が見れなかったなーって」
「なにやって……春哉!?えっ!ずりー!会いに行ってたのかよ!?あれか、あの黒い道か!」
「それそれ」
「ずりー!なんで俺んところには出てこねえんだよ!」
「知るか」
黒い道の存在を話してからというもの、大地は自分でも使ってみたいと言ってことあるごとに挑戦している。残念ながらいまだその成果はなく、部屋の隅に向けて両手を構えるように突き出しながら念じる大地の背中は可哀想の一言に尽きる。
これまた残念なことだけど、たぶん、あの黒い道は大地の前に姿を現すことはないだろう。アイツの陰鬱な精神攻撃を食らってる使用者の私には分かる。大地が陽キャならアイツは陰キャで、自分の意志で動くことを考えれば、アイツは大地と積極的に関わろうとはしない。現に大地のところに行こうと思ったとき一度として黒い道は私の前にも姿を現さなかった。
残酷な真実は黙っておくことにして、さっさと大地の無駄な努力を終わらせることにする。
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