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第四章 狂った勇者が望んだこと
200.「歴史をなぞっていて思ったんだが」
しおりを挟む今まで悩んでいたことや確証のない憶測をすべて話すことは、抵抗を覚えていた時間をもったいなく思うほど変化を起こした。
勇者召喚を無くす手掛かりを探すためにこれからも英雄伝を解き明かすことは変わらないけど、新たにイメラたちや神聖な場所の映像の真相を突き止めることが加わった。これにはリーフとセルジオとジルドと私が歴史の前後関係を調べながら奮闘している。
「歴史をなぞっていて思ったんだが、最初のとしを……0年を定めたものは誰なんだろうな」
ベッドに横になりながら歴史表を見ていたジルドが面白いことを呟く。確かに、そういえばそうだ。時代を把握するために何年前の出来事かは確認していたけど、最初の年を定めた人って──そう思って連想した人はジルドも同じらしい。
「「オーズ」」
神聖な場所で姿を消してから一度も姿どころか連絡さえもない。それよりもあいつを探しに行ったラスさんどころか梅とさえ連絡がとれなくなったのは誤算だ。渡した連絡球は万が一のことを考えて複数持たせたし、もし無くしたとしても梅なら転移してくる。それがないということは梅自身の意志だから心配はないかもしれないけれど、やっぱり、何があったのかっていう身の安全よりも何もやらかしてないかが心配になる。
下着をつけながらワンピースを探せば、でかい身体ごしに椅子にのっているのが見えた。
「彼がロストだと気づいていれば……」
「質問攻めにしたでしょうね」
「もちろん」
寝転がっていて邪魔な身体に膝をつけて手を伸ばせばワンピースはとれたけど、意識をこちらに向けてしまった茶色の瞳を見つけてしまう。思わず眉を寄せてしまうけど気にした様子もなく、むしろ楽しそうに微笑んだ。子供のように思える可愛らしい表情だ。生きていくために必要な情報として調べていた魔物のこととはいえ、すっかり魔物と英雄伝のオタクに育ったジルドからすれば、生き字引に直接話を聞けるかもしれないのは楽しみでしょうがないんだろう。なにせオーズは英雄伝をまとめた可能性もある、長年謎に包まれていたロストだもんな。
「でもまあそんな機会があっても無視か逃げるかだろうけど」
「当てずっぽうが嫌いなだけだろう?それなら問題はない」
「まあ確かに……持たない者だって成すためにあがくべきで全て用意するのは許せないって主張はずっと一貫してるから、自分で調べたことに対する質問なら話ぐらい聞いてくれるかも」
「それにわざわざ問題を作るような奴は必ず答えを話したくてたまらないんだ。もちろん、誰も解けないことを楽しみにするような奴もいるが、話を聞く限り彼は前者だと思うな」
ヒントをいたるところに作ってきた言動や、なんだかんだハトラの答え合わせをしたことを考えれば、そうだろう。
自分の願いを叶えるため、答えに辿りつく人を待って、長い人生を生きて、
『止まるなよ』
絶望したあと狂気を感じる笑みを残して消えた。
銀髪に見え隠れした赤い瞳。きっとオーズが想定していたシナリオと違ったあのときのことを考えれば、想像できることもある。
「とはいえロストの情報は少ないし長く生きるというのは彼の証言以外に証拠がない。自分で望んでサバッド……もしくはロストになったというのなら、やはり、オーズに救われたというヴェルのことや2人に関りのある詩織についてもより深く調べたほうがいいだろうな」
「ん、任せて」
「……頼む」
「はいはい」
私のワンピースを奪うとそのまま着せてきたジルドがくしゃりと悔しそうに顔を歪める。俺も調べたいと思っているのがよく分かる。実に可哀想なことだ。
「あっちに帰るのに、こんなのんびりしてていいんですかね」
意地悪に言えば、瞬いた目が機嫌をとりもどして笑い始める。実に不愉快だ。思っていることが分かる顔を消すためにシャツを着せれば、くしゃくしゃになった赤い髪。これは別に嫌いじゃない。触れた唇が余韻をのこして離れる。
「──今度はもっと、なるべく早く戻る」
「すべきことを優先なさってください」
宣言通りひと月ぶりに戻ってきたことを思えば、今度はそれより短いんだろう。別になんでもいいけど、一応見送りしていることだし、余所行きに微笑みながら応えれば楽しそうな顔。ほんとこういうところはライと似てる。ニヤニヤ、ニヤニヤ。しっしと追い払うように手を触れば笑顔のまま消えて行った。
がらんとした部屋に数秒立ち尽くしてしまう。フィラル王国に行ったジルドはいいようにこき使われながらも、いつか仕掛ける戦争に向けて情報収集や根回しに尽力するんだろう。
フィラル王国関連や戦争のことに関してはライとジルドに任せきりになっている。ときどき会う春哉からフィラル王国の現状を聞くことはあるけれど、私は……勇者召喚を無くすために話を聞いてくれそうな人や影響力のある人を探すことさえできていない。できたことといえば、勇者召喚を無くすことが戦争の一助になることを認めて受け入れたことぐらいだ。ついてまわる葛藤も”もしも”も一生背負っていくしかない。
「それでもまあ、正直だな。アンタも」
目の前に現れた真っ黒な道に思わず話しかけてしまう。
どうせジルドの部屋でトゥーラと顔を合わせたら面倒臭いことになるから使おうとは思っていたけど、落ち込んで暗いことばかり考えていたら勝手に現れた黒い道の行動には笑うしかない。以前は魔物と魔物を繋げ、行きたい場所へ繋げるだけの黒い道だと思っっていたけど、この魔物は獣の魔物ダーリスたちと比べれば随分と人の感情を読んで動き、それでいて意志を見せてくる。
黒い道の存在を皆に明かしたとき、すぐに危険性がどれほどのものか検証することになった。誰にも気がつかれず魔法にも感知されない移動手段といえば聞こえはいいけれど、一歩間違えれば精神がひきずられてそのまま立ち尽くし黒い道に同化しかねない状況に陥るデメリットが大きすぎる。けれど悲しいことに黒い道は私以外の人がいる場所では姿を現さなかった。シャイといえば可愛らしいが、発動させるのに明確な条件があるわけでもなく、ただ感情的に判断しているように思う。これが厄介だ。少なくとも分かっているのは、私が1人だけのときかリヒトくんたちのようなサバッドと一緒の場合にのみ姿を現すことだ。
死んで魔物のサバッドとして生き返ったリヒトくんたちと私は同類だと黒い道は判断しているんだろうか。勇者が魔物で魔物同士を繋げるのであれば大地にだって姿を現してもいいだろうに。それに春哉はともかく、この黒い道はジルドの前にも姿を現したことがある。私が望む場所に連れて行ってくれるはずが、アルドさんたちと別れたあと、何故か思ってもみなかったジルドの場所に私を繋げた。ジルドも勇者同様の扱いなんだろうか。
なんにせよこの黒い道が自分で考えて選んでいることは間違いない。
意志を持って動く魔物という判断が下ってから使用は控えるように言われたけど、すでに口は開いていて、その先に見つけた小さな光の先がどこなのか見当がついたんだからしょうがない。
「ありがとう。今日も使わせて」
黒い道は返事のかわりに私を飲み込んだ。
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