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第三章 化け物
199.それはよかったことやねん
しおりを挟むレオルドは微笑みリーフとセルジオは不安そうに口を曲げライは怪訝そうに眉を寄せる。予想通りの顔ぶれのなか予想よりもショックを受けていたハースと悩み続ける大地が印象的だった。
「桜、次からはもっとちゃんと話せよ」
「リーシェ、絶対だからね」
黒い道の存在やそれを使ってフィラル王国に行ったことを怒ったリーフとセルジオは最後にそれだけ言うと「話してくれてよかった」と微笑む。ほらみろと笑うライは無視するに限るけど、終始微笑み続けるレオルドはただただ不気味だ。
「サバッドたちが桜のなかにいるのって実体を得るために魔力食いながら休んでるってことか?」
「多分そうだと思うから早くサバッドの問題を片付けたいんだよな。魔力食って実体持つのは別にいいんだけどずっと私を通していろいろ見てる奴がいるってのはどうも気になる」
「それでリヒトくんも連れてきたんだね」
「どっか行っちゃったけどな」
「ああ、あの子を待ってるんだったら上に行ったほうがいいかもしれないよ。ここはシールドが張られている状態だからね。君から離れた状態のあの子がここに来ることは難しいだろうし」
「シールド……」
確かに見上げれば水を隔てる存在が見える。ここが湖の底だと忘れさせるシールドの向こうで泳ぐ魚は契約が果たされるまでここに来ることはできない。
──いつの間にか日が傾いてる。
水面の向こうは眩しい太陽ではなく夕焼けを滲ませた空が映っていた。ぼうっと眺めていたらシールドに穴が開いて水が流れ出す。大地が早くも止めていた映像を再生して──完全に終わったらしい。最後にもう一度詩織さんの声が聴きたくなったけど、もう石像は動かなくなって水が満ちていく。
足元撫でた水にドキリとしながら静かな世界が壊れていくのを眺める。3度目の光景は怖いでも安心でもなく、今まで映像で見てきた人たちの顔を思い出して胸が震えた。
なにができるだろう。
それはきっとこれからの希望で、きっと、私の願いだ。
「あーっずるい!みんなで遊んでたんだ!」
湖から顔を出した私たちを見つけて叫んだリヒトくんは楽しそうにしながらもズルいと口を尖らせて駆け寄ってくる。そして躊躇なく湖に飛び込んできたリヒトくんは私を見るとバチャリと水をかけて悪戯に笑った。揺れる空気に運ばれて甘い香りが鼻をくすぐる。ラシュラルの花だ。ついさっきまでラシュラルの花に囲まれた塚のまえ座り込んでいたからだろう。どれぐらいそうしていたのかは笑っている顔を見ていると聞く気がなくなった。
「子供たちは元気だね」
「確かに……ありがと」
先に陸にあがっていたレオルドの手をとって湖からでれば、水遊びをするリヒトくんたちがよく見えた。大地とリヒトくん筆頭に水をかけあって沈めあってと楽しそうだ。どちらかといえば熱い気温とはいえ日が傾いたこの時間に水遊びに熱中できるのは凄い。ライはリヒトくん専用の乗り物になっていて随分楽しそう。
「あの子の村に行こうと思ってる?」
尋ねてくる顔を見ることはできなかった。服を魔法で乾かしたあと手持ち無沙汰になった手は意味もなく宙をきる。
「……うん、そうする。イメラはリヒトくんに会えないって言ったとき願いを叶えていないから駄目だって言ってたんだけど、自分が最後ならいいとも言ってたんだ。願いが叶ったと分かるイメラの基準が分からないからとりあえずいつでも行けるようにリヒトくんの村に──ディバルンバ村に行けるようにしときたい。サバッドが思い入れのある場所にいる傾向があるんならロイさんも村にいるかもしれないし」
「それでうまく願いが叶ったらあの子は消えるかもよ?」
「……それは、いいことなんじゃない?」
楽しそうな顔、嬉しそうな声。キラキラ輝きすぎて目をそらしてしまう。そのせいで見えてしまった塚の周りに咲くラシュラルがなにか訴えるように風に揺れる。
『ただ……泣く姿を見たくなかったんだ』
クォードさんはナーシャさんの願いのようにここでヴァンと一緒に安らかに眠っているだろう。サバッドとして生き返ることもなく静かに眠ってもう動かない。長い年月のなかナナシの村の住人たちが徐々に英雄クォードとヴァンという存在を忘れていったとしても、ついに忘れてただ塚に眠る人を敬って祈りを奉げるだけになっても、ナナシの村自体がなくなっても──死んだ人は何も変わらない。土のなか眠り最後は形さえ無くなって存在自体見失う。死ぬって、そういうことだ。未練にしがみついて新たな生を得ればそれはそれで新しい人生の始まりかもしれないけど、過去に起きたことは変えようがない。
「未練に囚われるんじゃなくて背負ってでも歩いていけるんならいいんだ。でも、私のエゴだけど……同じ時間を生き続けるリヒトくんたちをどうにかしてあげたい」
例えば未練を解消すると消えてしまうのなら、新たな生を得たいまそれは悪意に満ちた行為で殺す行為なのかもしれない。でも、それは本人が決めることだ。それまでのことを私のエゴでどうにかしたい。
「君はそういう人だね。そのあとのことまで考えてるんから君は本当に救えない。抱えるのはいいけど君が傷つく必要はないからね」
「それならそうならないように手伝ってよ」
ニヤリと強欲に笑えば、瞬いた目が嬉しそうに緩んで笑う。
「そうだね。その村には闇の者がいる可能性も高いしこの時間から行けば夜戦の訓練にもなっていいかもしれない」
「……そう簡単に見つけられないとは思うけど日を改めるか」
楽しそうな相槌に自分がしようとしていることが危険なことだと思い出す。命がかかった肝試しをするつもりは一切ない。なるべく安全に調査は進めたいから残念だけど撤収したほうがよさそうだ。
まあ、今日分かったことを整理するにはいい。
「大地のせいで鼻に水が入ったー」
「リヒトだって同じことしただろ」
「お前らいくつだよ。いいから早く上がってこい」
文句を言い合いながら笑うリヒトくんたちはようやく遊び終わったらしく、水で随分と重たくなった身体を陸にあげる。立っているだけで地面を濡らしていくひどい有様だというのに面白がって駆け回り始めるもんだから泥が飛び散ってどこもかしこも汚くなっていく。
「今日はもう帰るよ。調査はまた明日」
ぜんいん魔法で服を乾かして終わりを告げれば、魔法に驚いていた顔がつまらなさそうに文句をいう。まだ暗くない、検証したい、実験したい、遊びたい。駄々を聞きながして危ないから駄目と言い切ればようやく聞き入れてくれて肩の力が抜ける。
母さんって凄いよな……。
こんな異世界のこんな場所でそんなことを思ってしまった。
「アンタはジルドの館に戻るん?」
「そのつもりだけど」
「俺はちょっと用事ができたからここで別れるわあ」
リヒトくんに手をひかれて身体を傾かせるライがへらりと笑う。遊ぼうとせがむリヒトくんの手をとったのはレオルドだ。
「こんな時間なのに君は元気だね」
「え?ほんとだ!でも僕この時間も好きなんだ。あと夏が好きでね──」
遠くなっていく声を見送ってもう一度ライを見れば「楽しそうやね」と呑気に笑う顔。頷こうとしたのに、伸ばしてしまった手がライの服を掴んでしまう。どう言おうか迷ったけど、結局思ったことをそのまま口にするしかできなくて。
「大丈夫か?……映像のことだけどさ、もし私なら嬉しいけど悲しくなるほうがたぶん、強いから」
もしあそこで流れる映像がもう会えない人を映し出すものだとしたら、もし……父さんや母さんたちの日常や響や太一たちとの学校生活が映ったとしたら……私は泣いてしまう。会えないことを痛感して触れない映像に響く懐かしい声に喉が潰れるだろう。
過去にひきずられるのはよくない。未練を持つのだってそこに縛られるのならやめたほうがいい。
他人にはそう思える自分の情けなさに手が離せない。
「そうやなあ。俺もそうやけど……久しぶりに元気な顔見れたからそれはよかったことやねん。こんな顔して笑っとったわって思い出せたんや。だから、大丈夫やで」
「そっか」
「せや」
私の手をすくった大きな手が重なって、ぎゅっと握られる。
微笑む顔。
映像を見ているあいだ、思案の底に沈んでいた顔はサクのときに見たことがあるものだった。
「ここで見たことが用事にどう関係すんの?」
「戦争に関係することやけど聞きたい?」
戦争。
思わず固まる身体に手を離して食えない笑みを浮かべたライは返事を待つように数秒黙る。それでも答えは分かっていたようで「それじゃまた」と軽く笑って転移した。
こういうとき、自分がすごく嫌になる。
アルドさんもジルドもライも覚悟を決めていて復讐のために動くことに躊躇がない。私の知らないところで根回しに尽力する彼らの働きで進んでいく戦争はもしかしたら私が知らないうちに終わってしまうかもしれない。嫌なのが、それをきっと彼らは許してくれる。それ以前に聞けばラインを引いて教えてくれて、直接関わらせないようにもしてくれている。
──もし、私が関わることで戦争が有利になる可能性があるなら。
頭にこびりつくそんな"もしも"が、そうしなかったときに出る死人に見知った顔を想像させてくる。そのくせ震える手は初めて人を殺した感触を思い出させて、耳にこびりついた断末魔の主が嗤いながらまた人を殺せるのかと聞いてくる。
闇の者を殺すことに慣れてきたのに、躊躇する私はどっちつかずだ。
「なぜ」
呟いて、ハッとする。考えに没頭しすぎてこのままじゃまた誰かの記憶を見てしまいそうだ。夕焼けに夜が混じり始めた空の下それは避けたほうがいいだろう。
息を整えて、振り返る。
楽しそうな顔、嬉しそうな声。
世界が姿を変えてもキラキラ輝く光景は私を惑わせようとしているらしい。
「リーシェ姉ちゃん帰ろっか!」
駆け寄ってきたリヒトくんが手を伸ばしてくる。
小さな手。
「帰ろっか」
頷いてその手を取れば嬉しそうな顔。
温かい手の感触にわいた"もしも"を、私はきっと死ぬまで悩み続けるだろう。
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