狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

197.「死ぬまで秘密にしないと」

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「──里奈!これ凄くない!?凄いよね!」
「確かに凄い。普通に息ができるしどうなってんの」

【亡国の女王】の本やリオさんとカリルさんの日記を読み直したくてウズウズする私を制したのは最近聞いたことがある人たちの声だった。
千堂さんと里奈さん。
思わずライを見れば突然始まった瞬間に目を瞬かせていたものの、明るく動く映像に穏やかな笑みを浮かべた。

「ぅわー動揺してる里奈とか可愛いい!」
「千堂、黙れ」
「──汝、なにを望む」
「え」
「っ」

明るい空間に響いた石像の問いに2人は一気に表情を変えて辺りを警戒する。千堂さんの前に出た里奈さんは問いかけた人物が石像とあたりをつけると他に誰かこの場にいないか確認しだす。緊張する背中に手を置いた千堂さんはゆっくりと首を振った。

「ここには私たち以外誰もいないみたいだよ」
「そう。千堂がいうなら間違いないか」
「うん、安心して……それより里奈ってやっぱり私のこと大好きすぎないっ?ふふ」

ニヤニヤと笑みを浮かべる千堂さんは梅そっくりだ。ここで適当でも相槌打ったり同意してしたりしてしまえば調子に乗ることは間違いない。そう思う私はやっぱり里奈さんと似てるんだろう。里奈さんは面倒臭そうな顔をしたあと薄く微笑んだ。

「どうやってここから出たらいいと思う?」
「え……無視?」
「汝、なにを望む」
「問いに答えたら戻れそうだけどなんかやな感じだしなあ。転移するにしてもちょっと調べてからにするか」
「う~、でもまあいいもん。ねえねえここってアルドが好きそうじゃない?」
「あー絶対好きだな。帰ったら教えてやるか」
「えー絶対ダメっ!最近里奈ってずっとアルドといるじゃん!ここは私との秘密の場所にしよっ!?ね!?じゃないと紗季にあることないこと吹き込むよ!?」
「ないこと吹き込むなよ」
「汝、なにを望む」
「ほら、そんなことより望みだって。なににする?」

慌てる千堂さんは最初の警戒が嘘のように石像に寄っていって友達のように手を回す。慌てたように手を伸ばした里奈さんもにっこり笑う千堂さんに毒気を抜かれたようだ。
千堂さんは胸を張って言う。

「私は里奈と死ぬまでずーっと一緒かな!」
「いや、それは無理があるだろ。もっと現実的に」
「えーちゃんと現実的なんだけどなあ。それに里奈もなんだかんだいって私とずっと一緒にいたいでしょ?だったら両思いだからやっぱり死ぬまで一緒!」
「こわ……。どんだけ死ぬまでにこだわってんの」

冗談抜きでドン引きする里奈さんに流石の千堂さんもショックを受けたらしい。固まってじっと里奈さんを見続ける目が潤み始める。

「え、ちょ」

情けないぐらい戸惑いの声をあげた里奈さんは低く唸って頭をかく。揺れるポニーテールは迷うようだ。

「あーうん。はい。私の望みは千堂が後悔なく死ねますように」
「ええー!なにその願い!」
「私の座右の銘は知ってるでしょ」
「自分がしたことに後悔しない、だよね」
「それ。このままじゃ千堂って凄い未練もちそうだし……これが叶うってことは結局アンタの願いも叶ってるってことでしょ」

逸れていく里奈さんの視線に目をぱちくりとさせた千堂さんは、いわんとすることを理解すると満面の笑顔を浮かた。そしてすぐにニヤニヤと隠し切れない嬉しさを口元で震わせながら里奈さんの顔を覗き込みに行く。あんまりからかいすぎると怒られるのが分かっているから我慢しているんだろうけど、すでに顔が五月蠅い。

「それじゃ私やっぱり死ぬまで里奈の近くにまとわりつくよう頑張るね!」
「こわ」

明るく怒る声が響く遺跡は楽し気で、一瞬ここがどこだか忘れてしまう。石像でさえ横やりいれるのが気まずかったんじゃないだろうか。ずいぶんゆっくり時間をとったあと千堂さんにお決まりの台詞とともに契約をもちかけた。
そして水に満ちていく世界を見上げた2人は「秘密の場所」と約束して手を握る。





「本当に不思議な場所」

次の映像に現れたとき千堂さんはいなくて里奈さんだけだった。里奈さんは水を含んだ髪を手でかるくしぼりながら辺りを見渡して、以前と変わらない石像を見上げる。
そして前回と同じ問いを口にした石像に少し口元を緩めたあと、視線を落とす。

「……私さ、自分がすることがもう、本当に自分がしたいことか分からない。そもそも失敗しても成功しても絶対千堂たちに影響が出るし、アルドたちのところにも子供が生まれたし巻き込むわけにいかないしなあ」

なにを考えているのか呟く里奈さんの表情は暗い。ここに里奈さんだけで来たのはきっとこの姿を見せないためだろう。石像と自分しかいない孤立した世界は自分のことを考えるのに最適な場所かもしれない。好都合なことに石像は何度も問いかけてくる。

「汝、なにを望む」
「やっぱり私は運命の人なんて分からないけど……ただ、なんだろう。そうであってほしかったなって思ってしまったんだ。言ってもしょうがないしもうどうしようもないし……どうするつもりはないけど……ははっ。本当に、これは誰にも聞かせられない。死ぬまで秘密にしないと」

いつだっただろう。里奈さんは似たようなことを前にも言っていた。でもあのとき言っていたこととなにが繋がるのか、分からない。
眉を寄せて笑いながら弱音を吐いた里奈さんが祈るように目を閉じる。まるで懺悔でもしているようだ。誰にも言えないことを口に出して──区切りをつけて。

「汝、なにを望む」
「フィラル王を殺す」

さきほどまでの迷いや恥じらいはどこにいったのかと思うぐらい強い言葉だった。はっきりと言い切った里奈さんは静かに石像を見上げる。

「汝願いし言葉、確かに聞き入れた。契りを」

厳かに差し出された手に触れた里奈さんは魔力を渡し、契約は完了する。離れていく手を見送った里奈さんの顔は固く、水に埋まっていく世界の先を見続けていた。



「う、わ……!」



驚く声が聞こえた瞬間、色んな奴らの声がどっと割り込んで映像に所狭しと人が現れる。とうとうここまできたらしい。映像は最後の、梅が願いをいうところまできた。列に並んで一緒に映像を見ていた大地が「俺がいる!」と微笑ましいことをいっている。私も映像のなか異常現象じゃなく周りの観察をしている自分を見つけて、非情に不本意ながらジルドが言っていた拗ねているという表現が当たっていたことを思い知る。

「私の望みはリーシェと一緒にいること!それで……まあ、ラスとも一緒に、かな」

そして続けられた言葉に緩む口元を自覚してしまえば、言い逃れもできなくなる。
──梅、いまどこにいるんだろう。
寂しいような気持になって俯けば、さきほどの里奈さんと重なって妙に笑えた。里奈さんは千堂さんに子供ができたときしばらく会えなくなると考えていた。さきほどの望みと関係してるのか分からないけれど、久しぶりに会ったときライが9歳だったことを思えば長く会っていなかったようだ。アルドさんたちとも距離をとろうと考えていたみたいだし、里奈さんは1人の時間が長かったのかもしれない。そのあいだ記憶を見ることはあったんだろうか。もし私が同じ立場なら……耐えられる気がしない。レオルドたちのような存在が里奈さんにもいたことをただただ願う。

「あーもう!ラスってば考えすぎ!」

石像との一連の流れが契約か宣誓かでラスさんと言い争っていた梅が思い切りよく石像の手を叩いて魔力を渡す。慌てるラスさんの後ろではすでにシールドに穴が開いて水が流れ込んできていた。梅はラスさんの小言から逃げるためか、ラスさんを通り越して感動に叫ぶ大地の隣に並ぶと楽しそうに声を上げる。

「いえー!ほらっ、ラスも……」

そして振り返った顔が笑顔のまま固まって、くしゃりと歪む。隣に立っていた大地も梅の様子がおかしいことに気がついて視線を辿り、やっぱり固まった。
たぶん、もしかしなくても、ジルドとのことを見てしまったんだろう。映像に映っていないのがせめてもの救いだ。
ただ、色を無くしていく映像に安堵して溜め息つく私を責めるような梅の顔が、少し悲しい。遠くに映る梅の唇が動く。まっすぐに私を見た梅は泣きそうに顔を歪めて──


「おいてかないで」


──確かにそう言った。




 
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