狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

91.「……また会ってくれる?」

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入る前に十分分かっていたことだけど、森はとても広かった。
しばらく歩いてから周りを見れば、どこを見ても木と薄暗い景色しか見えない。いま歩いている道もあまり利用する人がいない山道だからか、道といえば道かなといえるレベルのものだ。砂利どころか岩や倒れた木々まであって歩きにくい。
案内人がいなかったら簡単に迷ってしまえるだろう。

「リーシェ。なーリーシェ」

その案内人はというと、さっきから何度もリーシェと五月蠅い。この世界で増えた名前、リーシェ。まるで慣れない。
そんなことを思っているあいだにもまたディオがリーシェと呼んでくる。

「なに」
「やっと反応したよ」
「慣れないからな。で、なに」
「ははっ!ん~、この国の首都と雪国だったらどっちに行きてえ?」
「……雪国?それ、すっげえ遠いんじゃねえの?」
「どっちも同じ距離ぐらい」
「マジか……」

空さえ隠す大きな木々とその葉で太陽の日差しは森の中にない。それでもまだちょっと蒸し暑いぐらいで、まさか向かう先に雪国なんて連想できない。

「ちなみに今のペースで歩き続けてどれぐらいで着くの」
「一週間」
「マジか」
「抜け道通るしな。俺に感謝しろよー?で、どっち行く?」

確かにそこはありがたいところだ。
これで黙ってくれたら完璧なんだけど。

「んじゃ、首都」
「へえ?寒いとこ好きじゃねーの?」
「無理」

速攻で否定すればディオは笑って、私に古びた紙を渡してきた。
地図だ。

「これやるよ。そんでもって地形覚えとけよ。後で俺に感謝するから」
「はあ」

ニコニコ笑うディオにお礼を言って地図を受け取る。この国の首都か……変な感じだ。フィラル王国の首都はフィラル王国っていうのは知ってたけど、王国を首都って違和感。地図を折りたたんで収納ポケットにしまう。
……そういえばこの国の名前ってなんだっけ?
宿を出る前にディオが言っていた気がするけど、思い出せない。なんだったか聞こうと思って顔をあげれば、不思議な現象が起きていることに気がついた。少し先を歩いていたディオがいなくなっていた。ほんの少し視線をそらしただけなのに。

「ディオ?」

面白半分で近くに隠れて様子を伺っているのかと思ったけど、いないようだ。まさかまた転移したのか?この森で?いま?
辺りを見渡せば、先ほどと同じように薄暗い森しか見えない。
……この森を通るには案内人がいないと駄目だとか言っていた気がするけど、もしかしてだから私に地図をくれたんだろうか。これで通れるだろうと。
いや、この国の名前も忘れたし首都も知らないんだけど。突然の事態に八方ふさがりになって立ち尽くす。
でも焦ってもしょうがないし休憩することにした。丁度良い岩にこしかけて、水分を摂りながら地図を眺める。そして現在地すら分からないという新事実を発見し、焦ってもしょうがないことが裏付けされた。
どうしようもないわ。

「あー……」

ふと、静かな森と気候がそうさせたのか、古都シカムを思い出した。大地とリーフが追いかけっこをしているあいだ、神殿の前にある岩に寝転がっていた時間が懐かしい。
リーフに早く無事な姿見せないとな……。
きっと今も心配しているし、もうあの城を出て動いているはずだ。1人で大丈夫だろうか。魔法もかけているけれど心配だ。
梅も……。
でも梅はまだ魔法が使えていないらしく、私の魔力は十分にある状態だ。できればもう少しこのまま持ってくれればいい。今後のことを考えれば、ラスさんに会うことだけじゃなくて、魔力の補充が当面の課題だし――
え?


「……っ!」


ぼんやり森を眺めていたら、森に紛れて人がいたことに気がついた。
驚きすぎて言葉を失う。最初人かどうかも分からなかったぐらいだ。その人は視界を埋め尽くす木々のように立っていて、微動だにしない。遠くてよく見えないけれど、こちらに顔を向けているのだけは分かった。金色の髪に、前と似た状況もあってレオルドかと思ったけど違うようだ。随分幼い。同時にディオの兄弟かと思ったけど、金髪じゃなかったし違うだろう。
ただ、私と同じようにこの道を通りすがった旅人なのかもしれない。
だけどそう流してしまえないぐらい、その人は視線をそらさず動かない。この山奥でこういう対峙はなかなかに怖さを煽る。
とりあえずなにかあったときに動けるようにしておく。
そして、なにかはすぐに起きた。


「お姉ちゃん、なにしてるの?」


地図を折りたたんでポケットにしまい、魔力計測器の指輪を親指で撫でた直後だった。聞こえた声に肌が粟だつ。さきほどと同じように、地図をポケットにしまうとき視線を逸らしただけなのに、それだけの間に、遠く離れた場所にいたはずのその人が目の前に立っていた。
この地図はディオのような子を召喚する呪いの地図なのか……?
目の前で私をお姉ちゃんと言ったその人は、ディオと同じ年代だろう子供で、赤い眼をしていた。サバッド?とりあえずなにがなんだか分からないし、かなりホラーだ。お陰で心臓の音が五月蠅い状況だったけど、目の前の子供はなにかしてくる気配もないし、それどころか不安そうだったから、慣れれば落ち着いてきた。努めて冷静に答える。

「私は連れとはぐれて……まあ、道に迷ったんだ。君は?」
「僕は……僕も道に迷ってる」
「そっか」

あわよくば道案内してもらえたらと思ったけど、そううまくはいかないらしい。それは目の前の子供も同じらしく、落ち込んだように赤い眼が地面を見た。


「でもまあ歩いてりゃどっかに繋がるから」


思わず金色の髪を撫でると、子供はおおいに驚いたらしく、大袈裟なほど肩をびくりとさせた。そりゃ急に知らない奴から頭撫でられたら怖いか。なるべく怯えさせないよう、ゆっくり岩からおりて子供と視線を合わせる。その間も子供は何度か身体を震わせた。

「驚かせてごめんね」
「……大丈夫。撫でられたの久しぶりで……だから、大丈夫。久しぶり……」

あー、これはちょっと危ないかもしれない。
この世界にいて身についた危機感が脳に何度も訴えてくる。子供は「久しぶり」と何度も同じ事を呟きながら小刻みに震え始めた。それどころか妙なものが見え始める。

「これ……?」

子供の身体が僅かにブレたように見えて、よく注意してみれば、子供の身体から黒い湯気のようなものが出ていた。それは闇の者、もっといえば謎の魔物を思い出させた。けれど目の前の子供は人間で、全身真っ黒な陰が轟く物体じゃない。残った可能性は赤目の人間サバッドと、赤目の闇の者、ロストだ。

「僕が悪いんだ。僕が悪い。僕が、僕が」

薄暗い静かな森の中、ひたすら響く子供の声。黒い湯気のようなものは身体まで黒く色づかせていているようで、子供の金髪が黒髪にも見えてくる。
どう贔屓目に見ようとしても危ないだろう。


「……どうした?」


それでもフィラル王のような怒りや恨み、敵意も感じなくて、賊や筆頭魔導師のように殺意も感じない。武器を向けられているわけでもないし、攻撃されてもいない。ディオもいないし、向かう道も分からないし、目の前にはただ泣いてしまいそうな子供。
とりあえず聞いてみれば、子供は私の顔を見て泣き出した。といっても声を上げず、眉間に深いしわを作って涙を何度もこぼし続けるだけ。

「僕が、悪くて」
「そっか」
「僕のせいで、僕が殺した」
「ん」
「僕のせいで」

情緒不安定な子供は、子供らしくなくひたすら涙だけを流し続ける。ディオといい、赤目の子供は子供らしくない子が多いなあ……。
子供は相変わらず同じようなことしか繰り返さないけれど、呟く内に黒い湯気がおさまって消えていくから、とりあえず喋らせておく。こんなに自分を責めてたら辛いだろうに。

「お姉ちゃん……」
「ん?」
「お姉ちゃんはどこ行くの?」
「私は……どこに行こうかな。とりあえずこの国の首都に行こうと思ってるよ」
「……お姉ちゃんは帰ってくる?」
「……どうかな」

誰のことを思ったのか、子供は震える唇を噛みしめながら、私の服の裾を引き留めるように握った。でも子供のいう帰る場所がどこかも分からなかったし、聞いても結局約束できないから苦笑いしか返せない。子供は察したんだろう。暗い表情で俯いた。
それでも数秒後、子供は急に子供らしくねだるように私の服の裾を引っ張った。

「……また会ってくれる?」
「ん?会えたら」
「逃げない?」
「……?うん」
「……約束」

そう言って微笑んだ子供は、5つの白い花弁を持つ小さな花をどこからか取り出して私にくれた。梅の好きな白い花に似ている。
花の匂いをかいでみると、道を歩くときにふわりと香っていた花の匂いと同じことが分かった。

「ラシュラルの花。……ちゃんと保存の魔法をかけてるから枯れないよ。だから、持ってて」
「……分かった。えっと」
「リヒト。僕の名前はリヒトだよ、お姉ちゃん」

誰を重ねているのか、誰かに言うような口ぶりに想い人と似ているかはしらないけれど笑って返す。

「ありがとうリヒトくん。私はリーシェ。ちゃんとこの花は持っておくから」
「……うんっ!ありがとうリーシェ姉ちゃんっ!じゃあ、僕シーラたち探してくるねっ!」
「ん?あ-、うん。分かったまたね」

ちゃんと花を持っておくと言った瞬間リヒトくんは人が変わったように明るく笑った。そしてリヒトくんは反応できないでいる私に構うことなく背中を向ける。私の相づちも聞こえていなさそうなリヒトくんは薄暗い森をものともせず走って、そのまま私の目の前で森に溶け込むようにすうっと消えてしまった。

「え?」

今度は地図に触ることもなく、瞬きさえしていなかったけれど、確かに目の前でリヒトくんは消えていった。魔法があって転移だって出来る世界だ。あまり驚くようなことじゃないのかもしれないけれど、かなり驚いてしばらく呆然としてしまう。
リヒトくんは幽霊だったんだろうか。それとも闇の者のロストって幽霊?いや、あれはただの変わった転移?そういえばリヒトくんが言ってたシーラたちって誰だよ。
色んな疑問が頭を埋めるけれど考えてもしょうがないかという結論に至った。なにせ、垂れるぐらい大きな溜め息を吐いて瞑っていた眼を開けたとき、目の前にディオがいたからだ。
背中を向けて歩くディオは、姿を消してしまったときと同じような会話をしている。カナル王国は他の国と比べて面白いだの、レヴィカルが終わって人は減っているだろうけど十分に遊べる国だと……なんとまあ、随分楽しそうなことだ。
ディオは私がいる前提で1人話を続けていたのか私がいなくなっていたことに気がついていないのか、どちらなんだろう。

「おい、聞いてたか?」
「え?別に」
「……おい」

興味はあったけど聞かないことにした。厄介ごとだろうこの話をわざわざコイツに話す必要はない。
子供ぶってむくれるディオの頭をつついて歩く。白い花――ラシュラルの花の香りがした。





 
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