狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

189.「朝から賑やかやなあ」

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瞼の向こうに見える光がもう朝になったことを教えてくる。きっと早い時間じゃない。それが分かるのに起きたくないのは身体がだるくて仕方がないからだ。
何度か経験がある状況にすぐ原因に思い当っていたたまれない気持ちになるけど、その犯人であるライガ──ライはというと私を抱きしめながら呑気に眠りこけている。紐がほどけてばっさばさの髪のうえ、だらしなく少し口を開けていて──規則正しく上下する胸をなんとなく数えていたら二度寝してしまいそうになる。

『──なあ、俺で最後にしい』
『桜』 

ふいに思い出してしまった言葉は目を閉じかけた私を叩き起こす。ドクリと鳴る心臓は情けないほど分かりやすく焦って……ああくそ、こういうのは嫌だ。らしくない。
別に、もともとここまで関係を持つ奴とか片割れを考える奴を作るはずじゃなかったし。
らしい自分を考えて浮かんだ言い訳は昨日と同じで舌打ちしたくなったけど、面倒な奴を起こさないためになんとか堪える。服を着ながらどうやって帰ろうかと考えて思い出したのは黒い道とリヒトくんからもらったラシュラルの花だ。

『だってそれを目印にリーシェ姉ちゃん探してたのにこんな場所にあったんじゃ分からないもん』

リヒトくんがしたようにラシュラルの花を目印にして帰ろうと思って、違和感。ラシュラルの花はリヒトくんから貰った。初めて魔の森で会ったとき私とまた会うことを望んでくれて……保存の魔法をかけたと言っていた。私が投げナイフに転移玉と同じ役割を持たせたときと同じように、リヒトくんも自分の魔力を残した場所に転移できるんだ。
違和感。
『魔法!?リーシェ姉ちゃん魔法使えるの?』
リヒトくんは魔法を見る機会が少ない人の反応だった。自分では保存の魔法と転移魔法しか使えないからそれ以外の魔法が物珍しかっただけか?もしかしたら、名前についての考え方もそうだけど昔と今では根本的に違うことは少なくないのかもしれない。
違い。

『あ、内緒だよ?僕ってね魔を持つ人なんだ。凄いでしょ?』

昔と今では違う言葉。
魔の力はきっと魔力を指していて、魔を持つ人は勇者で……いや、違う。別に魔力を持ってる人イコール勇者じゃない。魔法を使える人から使えない人まで程度の差はあれど、魔力はぜんいん持っている。それなら現在、魔を持つ人がさすものはなんだろうと考えて思い出したのは旅人が読み上げた罪状だ。魔を持つ化け物を匿ったと言っていた。旅人も兵士たちも、村人たちのことを人ではないもののように見ていて……勇者が化け物だと結論付けた自分の考えにまた余計な情報を付け加えてしまう。
まあ、これはいい。問題なのはリヒトくんが当たり前に転移魔法を使っているところがだ。生きていた頃は外へ強い憧れを持っているようだったのになんで外に行かなかったんだろう。怖くて行かなかったと言っていたし、試す前に殺されただけか?できるなら確かめておきたい。もしかしたら、転移魔法は魔物と魔物を繋げる道なのかもしれない。サバッドになってから使えるようになったっていうならその信憑性は高まる。そうじゃなかったとしたら──……それはそれで笑えない。


「いや、笑いどころか?」


呟いて、すぐため息がでる。
後ろで寝る人を見たけど相変わらず起きる気配はない。身体についた汚れをとって、人の家だということを気にせず部屋をあされば食材を見つけた。小さなキッチンに火をつけて肉を炒めながら思い出すのはセルジオと過ごした山小屋の時間だ。どうやらあのときより私はこの世界に慣れたらしい。キッチンをなんなく使える自分に少し気分が上がる。焼いたパンのうえに半熟の目玉焼きをのっけて──

『僕が悪いんだ』

──そして聞こえた声に気分は一気に叩き落される。
私の魔力を食って存在してるわりにサバッド達はずいぶんと私に手厳しい。そんな思いがいっぱいだからサバッドになったといえばそれまでだけど、いや、それも違うか。大地が見たラスさんの記憶は悲しいだけのものじゃなかった。となると私が抱え込んでるサバッドたちが最悪な記憶ばっかり抱えてるってことか?やっぱりこの原因は知っておいたほうがよさそうだ。

「リーシェ姉ちゃんどうしたの?変な顔」
「……おはよう、リヒトくん」

振り返れば、無邪気に笑うリヒトくん。
変な顔になる原因はとつぜん現れただけでなく、自分の顔をグイッと引っ張って私の顔真似らしきことをしてきた。可愛いらしい行動に応えるべくキッチンの火を止めてパンを皿に移したあと笑顔を作る。そのままこっちを見て目をキラキラさせるリヒトくんにデコピンしてやった。

「痛い!リーシェ姉ちゃんひどいや」
「今のはリヒトくんが悪い」
「朝から賑やかやなあ」

お互い文句を言い合っていたら流石にライも起きてきた。リヒトくんを見ると眉を寄せたけどそれだけで、上半身だけ起こしたかと思えば私を引き寄せてくる。力の強さにベッドに座らざるをえなくなって、文句を言うかわりに前髪をかきあげれば藍色の瞳がにんまりと笑った。どうやら寝ぼけているらしい。そのうえまた寝ようとしているのか腰に抱き着いてくる。ひどく邪魔だ。頭をはたきついでに目の毒だと情事のあとを消せば、それには文句を言ってきて厄介なことこのうえない。

「ねえねえお兄ちゃんなんで裸なの?それに」

本当に、厄介だ。
興味津々に私とライを交互に見るリヒトくんに頭痛がしてくる。純粋な質問に瞬きしたライはようやくちゃんとリヒトくんを見て、にっこりと唇を吊り上げた。

「なんでやろーなあ?」

この野郎……。
尋ねるように見てくる視線を無視してベッドの下に落ちていたライの服を取りに行く。残念なことに顔に投げつけても楽しそうな顔は変わらなかった。そのうえリヒトくんが私の行動を非難してきてひとり口を尖らせたくなってしまう。見えすいた泣き真似するライに「ひどいよねー」と笑いながら相槌するリヒトくんは楽しそう。まあ、それはそれでいいことだ。

「でもリーシェ姉ちゃんが本気だったらもっと痛かったよ!お兄ちゃん手加減されてよかったね」
「せやなあ。でもその理由、知ってる?」
「理由?」
「俺たちが仲良しやからやで。あ、これ他の人らには内緒な?」
「うん分かった!」

パンを食べながら穏やかな光景を眺める。
あー、おいしい。






 
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