189 / 250
第三章 化け物
189.「朝から賑やかやなあ」
しおりを挟む瞼の向こうに見える光がもう朝になったことを教えてくる。きっと早い時間じゃない。それが分かるのに起きたくないのは身体がだるくて仕方がないからだ。
何度か経験がある状況にすぐ原因に思い当っていたたまれない気持ちになるけど、その犯人であるライガ──ライはというと私を抱きしめながら呑気に眠りこけている。紐がほどけてばっさばさの髪のうえ、だらしなく少し口を開けていて──規則正しく上下する胸をなんとなく数えていたら二度寝してしまいそうになる。
『──なあ、俺で最後にしい』
『桜』
ふいに思い出してしまった言葉は目を閉じかけた私を叩き起こす。ドクリと鳴る心臓は情けないほど分かりやすく焦って……ああくそ、こういうのは嫌だ。らしくない。
別に、もともとここまで関係を持つ奴とか片割れを考える奴を作るはずじゃなかったし。
らしい自分を考えて浮かんだ言い訳は昨日と同じで舌打ちしたくなったけど、面倒な奴を起こさないためになんとか堪える。服を着ながらどうやって帰ろうかと考えて思い出したのは黒い道とリヒトくんからもらったラシュラルの花だ。
『だってそれを目印にリーシェ姉ちゃん探してたのにこんな場所にあったんじゃ分からないもん』
リヒトくんがしたようにラシュラルの花を目印にして帰ろうと思って、違和感。ラシュラルの花はリヒトくんから貰った。初めて魔の森で会ったとき私とまた会うことを望んでくれて……保存の魔法をかけたと言っていた。私が投げナイフに転移玉と同じ役割を持たせたときと同じように、リヒトくんも自分の魔力を残した場所に転移できるんだ。
違和感。
『魔法!?リーシェ姉ちゃん魔法使えるの?』
リヒトくんは魔法を見る機会が少ない人の反応だった。自分では保存の魔法と転移魔法しか使えないからそれ以外の魔法が物珍しかっただけか?もしかしたら、名前についての考え方もそうだけど昔と今では根本的に違うことは少なくないのかもしれない。
違い。
『あ、内緒だよ?僕ってね魔を持つ人なんだ。凄いでしょ?』
昔と今では違う言葉。
魔の力はきっと魔力を指していて、魔を持つ人は勇者で……いや、違う。別に魔力を持ってる人イコール勇者じゃない。魔法を使える人から使えない人まで程度の差はあれど、魔力はぜんいん持っている。それなら現在、魔を持つ人がさすものはなんだろうと考えて思い出したのは旅人が読み上げた罪状だ。魔を持つ化け物を匿ったと言っていた。旅人も兵士たちも、村人たちのことを人ではないもののように見ていて……勇者が化け物だと結論付けた自分の考えにまた余計な情報を付け加えてしまう。
まあ、これはいい。問題なのはリヒトくんが当たり前に転移魔法を使っているところがだ。生きていた頃は外へ強い憧れを持っているようだったのになんで外に行かなかったんだろう。怖くて行かなかったと言っていたし、試す前に殺されただけか?できるなら確かめておきたい。もしかしたら、転移魔法は魔物と魔物を繋げる道なのかもしれない。サバッドになってから使えるようになったっていうならその信憑性は高まる。そうじゃなかったとしたら──……それはそれで笑えない。
「いや、笑いどころか?」
呟いて、すぐため息がでる。
後ろで寝る人を見たけど相変わらず起きる気配はない。身体についた汚れをとって、人の家だということを気にせず部屋をあされば食材を見つけた。小さなキッチンに火をつけて肉を炒めながら思い出すのはセルジオと過ごした山小屋の時間だ。どうやらあのときより私はこの世界に慣れたらしい。キッチンをなんなく使える自分に少し気分が上がる。焼いたパンのうえに半熟の目玉焼きをのっけて──
『僕が悪いんだ』
──そして聞こえた声に気分は一気に叩き落される。
私の魔力を食って存在してるわりにサバッド達はずいぶんと私に手厳しい。そんな思いがいっぱいだからサバッドになったといえばそれまでだけど、いや、それも違うか。大地が見たラスさんの記憶は悲しいだけのものじゃなかった。となると私が抱え込んでるサバッドたちが最悪な記憶ばっかり抱えてるってことか?やっぱりこの原因は知っておいたほうがよさそうだ。
「リーシェ姉ちゃんどうしたの?変な顔」
「……おはよう、リヒトくん」
振り返れば、無邪気に笑うリヒトくん。
変な顔になる原因はとつぜん現れただけでなく、自分の顔をグイッと引っ張って私の顔真似らしきことをしてきた。可愛いらしい行動に応えるべくキッチンの火を止めてパンを皿に移したあと笑顔を作る。そのままこっちを見て目をキラキラさせるリヒトくんにデコピンしてやった。
「痛い!リーシェ姉ちゃんひどいや」
「今のはリヒトくんが悪い」
「朝から賑やかやなあ」
お互い文句を言い合っていたら流石にライも起きてきた。リヒトくんを見ると眉を寄せたけどそれだけで、上半身だけ起こしたかと思えば私を引き寄せてくる。力の強さにベッドに座らざるをえなくなって、文句を言うかわりに前髪をかきあげれば藍色の瞳がにんまりと笑った。どうやら寝ぼけているらしい。そのうえまた寝ようとしているのか腰に抱き着いてくる。ひどく邪魔だ。頭をはたきついでに目の毒だと情事のあとを消せば、それには文句を言ってきて厄介なことこのうえない。
「ねえねえお兄ちゃんなんで裸なの?それに」
本当に、厄介だ。
興味津々に私とライを交互に見るリヒトくんに頭痛がしてくる。純粋な質問に瞬きしたライはようやくちゃんとリヒトくんを見て、にっこりと唇を吊り上げた。
「なんでやろーなあ?」
この野郎……。
尋ねるように見てくる視線を無視してベッドの下に落ちていたライの服を取りに行く。残念なことに顔に投げつけても楽しそうな顔は変わらなかった。そのうえリヒトくんが私の行動を非難してきてひとり口を尖らせたくなってしまう。見えすいた泣き真似するライに「ひどいよねー」と笑いながら相槌するリヒトくんは楽しそう。まあ、それはそれでいいことだ。
「でもリーシェ姉ちゃんが本気だったらもっと痛かったよ!お兄ちゃん手加減されてよかったね」
「せやなあ。でもその理由、知ってる?」
「理由?」
「俺たちが仲良しやからやで。あ、これ他の人らには内緒な?」
「うん分かった!」
パンを食べながら穏やかな光景を眺める。
あー、おいしい。
0
お気に入りに追加
346
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました
indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。
逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。
一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。
しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!?
そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……?
元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に!
もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕!
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
異世界転生先で溺愛されてます!
目玉焼きはソース
恋愛
異世界転生した18歳のエマが転生先で色々なタイプのイケメンたちから溺愛される話。
・男性のみ美醜逆転した世界
・一妻多夫制
・一応R指定にしてます
⚠️一部、差別的表現・暴力的表現が入るかもしれません
タグは追加していきます。
男女比崩壊世界で逆ハーレムを
クロウ
ファンタジー
いつからか女性が中々生まれなくなり、人口は徐々に減少する。
国は女児が生まれたら報告するようにと各地に知らせを出しているが、自身の配偶者にするためにと出生を報告しない事例も少なくない。
女性の誘拐、売買、監禁は厳しく取り締まられている。
地下に監禁されていた主人公を救ったのはフロムナード王国の最精鋭部隊と呼ばれる黒龍騎士団。
線の細い男、つまり細マッチョが好まれる世界で彼らのような日々身体を鍛えてムキムキな人はモテない。
しかし転生者たる主人公にはその好みには当てはまらないようで・・・・
更新再開。頑張って更新します。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる