狂った勇者が望んだこと

夕露

文字の大きさ
上 下
188 / 250
第三章 化け物

188.「アカン。ちゃんと言い」

しおりを挟む
 







「──なあ、俺で最後にしい」



掠れた声が降ってきたのは自由なはずの足が動かなくなって身体が揺れるたびに喘ぐしかできなかったころだったように思う。

「あっ」

話しながら奥まで挿れてきた男は私の腰を抱き上げてさらに身体を沈めていく。互いの涎でいっぱいになった秘部はだらしない音をたてていて、奥を突かれるたび溢れるものが股を伝っていくのが分かる。羞恥心よりも終わりを与えられない快楽に怖さが混じって頭がおかしくなって。

「アンタが釘刺したようにな?俺は……正直不安やし、アンタが片割れに思う奴らは、嫌やで」

大事な話。
話を聞こうとなけなしの力でライガを見ようとしたのに、緩やかに動き出した身体のせいでままならない。狂いきれない卑猥な時間に意識さえ定まらなくて。

「レオル、セルリオ、オーズ、ジルド……どっかで減ったらいいと思ってん、ねんけどな」

言いながら身体を打ち付けてくるせいで話が聞こえなくなるぐらい声が出てしまう。やめてほしくて腕に爪を立てても笑う声が降ってくるだけでなんの効果もない。

「やめっ」

身体を繋げて情事に溺れているはずなのに、ライガの口からつらつらとあがる他の人の名前に羞恥心で脳が焼かれていく。複数と関係をもっていることを、逃れられない快楽とともに指摘されるのは辛くて恥ずかしくて恥ずかしくて。

「だからなあ?俺で最後。俺で最後にしい。これ以上は……我慢できへんで」
「っ」
「分かった?」

こんなのは卑怯だ。まともに考えられないようにして脅迫に近いことして。

「それともまだこれ以上の男を許してまうん?受け入れんの?助けんのか」

低い声。
離れていたはずなのに近くで聞こえて、そのぶん身体のなかにいたソレは行き場所求めて壁をなぞってくる。痺れて、身悶えてしまう。

「ふ、ぅあ」
「アンタが欲しい男は他にもいるで?アンタは利用やいうても受け入れてもうたら見捨てられへんからなあ。そいつら全員とはいかんでもアンタなら助けてまうやろ?でもなあ、ほんとにもう十分やで」
「たすけっ……?っ」
「まだ足りへんのんやったら、これ以上なんて考えられんよう俺が、他の奴らのぶんまでアンタを抱きつぶしたる」
「やっ、だいっ、大丈夫、しない」

恐ろしい発言に取り繕うなんてことは思いつきもせず首を振って否定する。舌足らずな私はさぞおかしかったんだろう。笑うライガは火照った顔を楽しそうに緩めて。


「アカン。ちゃんと言い」


額に触れた唇が顔じゅうにふってきて、最後、唇に触れる。

「ん?」

甘い声。
優しさ感じる低い声がつりあがる唇から落ちてくる。両頬触れる手は私をおさえつけた手と同じとは思えない。

「ライガで、最後」

……別にこれ以上ほしいわけじゃないしそのつもりもなかったし、そもそもこんなに作るはずじゃなかった。
言いたいことをぜんぶ飲み込んでライガが望むように言えば、嬉しそうな顔。藍色の瞳がきれいで。

「俺で最後?」

頷けば、また、怒られて。

「ちゃんと言い」
「……ライガで最後」
「嬉しいなあ。アンタの色んな一面も知れたし、アンタとこうやってぐちゃぐちゃになるまで溺れて、アンタは約束してくれた」

優しいキス。
熱でもでてきたのか顔が熱くて、くらくら、ぐらぐら。

「嬉しいついでにもういっこお願いしてええ?」

足がすくいあげられて、淫らな音。震える身体にあがる上擦った声はカラカラ。頬を撫でる親指の感触にホッとして、



「俺の名前、ちゃんと呼んでえな。カタカナでライ。千堂ライ」



告げられた真名に身体が固まる。
それが分かっていた男は笑みを浮かべていて。

「アンタの真名も教えてほしいとこやねんけどなあ」
「ぅあっ、ちょっ、んん」

すくいあげられた足が男の肩におかれて、重い身体が押しつけられる。圧迫感に息が詰まって思わず首をふったものの、男は苦しげに詰めた息を吐くだけで優しくしてくれることはなかった。
応えない私に男も応えずそのまま果てるまで身体を貪りあう。どうにもならない現実の代わりに身体を求め合って快楽にすべて流してしまえることを望んでいるようだ。真名、最後、片割れ、結婚、復讐。浮かぶ言葉は口づけのたびに消えていく。
打ち付ける身体と軋むベッドに押し殺した声が混ざるだけの時間。そんな狂った世界が終わったとき、乱れた息のまま互いの呼吸を奪いあえばもう、すべてがどうでもよくなって。


「──俺、たぶんアンタの名前知ってるで」


時間が、止まったような気がした。
え?
言葉は音にならなくて、だらりと垂れた足を撫でた男に驚きだけじゃなく怖さを覚えてしまっていた。それも分かっていたんだろう。男は微笑んで、ゆっくりと口を開く。

「リーシェ」
「……」
「サク」
「……なに、当てずっぽうなわけ」

心臓に悪いことを言った男は目尻に伝う涙を見つけて笑みを深める。
思わず目を逸らした。

「サク」
「……」
「やっぱり真名に近いんはサクのほうやね。最初に名乗ったんもそっちやしね」
「だからなに」
「せやなあ。ちょっと昔話なんやけど聞いてくれる?」

腹を撫でた手が肌をつたって胸に触れてくる。そのまま押し付けられて、どくんどくんと鳴る心臓の音がよく聞こえた。

「皆おったころになあ、毎年春になったら花見しとったんや」

正直者の心臓を隠したいのに手を押してもまるで動かない。
もう顔が見れなくて目を瞑ったけど声はまだ響いて。

「知ってる?桜」

何度も私を驚かせて怖がらせる男が笑う。桜。もう一度言われた言葉に怯えてしまう。

「桜、さくら、サクラ。どれが合ってるんかな?」

ニュアンスが違えど名前と一緒の言葉は私を追い詰めて桜の姿だと言うことを思い知らせる。続けられる確認にたまらなくなって情けなくも素で泣きそうだ。嫌だ。コイツにはいつもぜんぶ惑わされる。暴かれて、らしくなく頼ってしまう。私はまだサクとしてもリーシェとしてもなにも片をつけてない。元の世界に帰ることを諦めれたのだってつい先日のことだ。

「やめっ、ちが」
「……ちょっとアンタを虐めたい気持ちもあるけどな、俺はただアンタの名前を知ってアンタに俺の名前を呼んでほしいだけやねんで?不安やいうの盾にして嫉妬してまうし、アンタを独占したいしで我ながら情けないけどなあ。アンタに好かれてる自惚れをもっと味わいたいんや」
「……」
「俺はきっとアンタに名前を呼んでもらえたらめちゃくちゃ嬉しなる。幸せでたまらんやろな……だからアンタに言うてほしいねん」

ずるい言葉だ。甘い言葉や相手の弱みをついて、だからしょうがないとはならないだろう。本人も自覚しているから性格が悪い。でも、だからしょうがないと言うライガに少しばかり納得してしまう私もそうとう性格が悪い。
『アンタは利用やいうても受け入れてもうたら見捨てられへんからなあ』
ああ、くそ。分かってしまう。
『俺が手に入るんは怖いか?』
悪いか。
初めて好きになった男が変態でストーカー気味でやばいこと考える奴で自分が惚れた女を追い詰めるような我を持ってる奴で独占欲で縛ろうとしてくる男だったんだ。怖いに決まってんだろ。
『気がふれるほど欲しいと思う奴なんて俺には見つからんと思うてた。なのにいま腕のなかにおるねんもんなあ。逃がすかいな』
悔しいし怖いし腹も立つ。でも結局言い訳で、結局……ああっくそ。


「アンタも同じやったら嬉しいしなあ」


きっともうコイツは分かってる。
『ちゃんと分かってくれとるんや』
嬉しそうにそんなことを言ったときと同じ表情を浮かべた男が五月蠅い鼓動を楽しんでいた手を離す。そして痛めつけるように抱いてきたくせに愛情なんてものを感じさせるほど優しく抱きしめてきて、安心したように息を吐いた。動揺に身体を押してもやっぱり動きはしない。


「桜」


耳元囁かれた名前に浮かび上がった涙はどんな感情を含んでいただろう。
桜……私の名前。ああもう、くそ。
私の口からは教えていないから外で言ってもそれは他の人の耳にも届く言葉だろう。けれど顔を見せた男はそれでも十分らしく幸せそうに笑っていて、チョロい私はきっと絆されてしまった。


「勝手に言ってろ変態……ライ」


確かめたかっただけだ。
でも、本当に幸せそうに顔を緩ませたライが言ったとおり勝手に私の名前を呼ぶもんだからむず痒くなって……ああもう。




「ライ」




ちゃんと名前を呼んで、見てられない顔がもう見えないように抱きしめる。同じように抱きしめられた手の温かさに感じたのはきっと。








 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

八神 凪
ファンタジー
   日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。    そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。  しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。  高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。    確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。  だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。  まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。  ――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。  先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。    そして女性は信じられないことを口にする。  ここはあなたの居た世界ではない、と――  かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。  そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。

異世界転生先で溺愛されてます!

目玉焼きはソース
恋愛
異世界転生した18歳のエマが転生先で色々なタイプのイケメンたちから溺愛される話。 ・男性のみ美醜逆転した世界 ・一妻多夫制 ・一応R指定にしてます ⚠️一部、差別的表現・暴力的表現が入るかもしれません タグは追加していきます。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...