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第二章 旅
89.「アンタはこれをするつもりだったんだろ?」
しおりを挟むダルダという男が私に話しかけたんじゃないことを期待して辺りを伺い、分かったことがある。
私のすぐ近くにはお姉ちゃんらしき人どころか誰もいなくて、なぜか大通りにいる人は、どう見てもトラブルごとだろう私とダルダたちのやりとりを、大きな円陣を作りながら野次馬している。
女性が少ないこの世界で、トラブルに巻き込まれている私を助けず野次馬するのはどういう理由だろう。ディオのせいで私は「お姉ちゃん」と周りに認識されているのに。
「話し聞いてんのか?……へえ、いいじゃねえか」
顔を覗き込んできたダルダがニヤリと笑う。……鬱陶しいな。
コウイウ言動の意味を知ってる。品定めしていいご身分だ。舌舐めずりする姿に、頬が緩む。
「いいぜ、相手してやる」
そう言って馴れ馴れしく肩を組もうと手を伸ばしてくる。連れらしき野郎共も一緒で、ダルダの指が肩を掠めた。
それで十分だろう。
「ぐあ!――っ!?」
「てっ、てめえ!」
「ダルさん大丈夫ですか!」
「あれ、お前ダルダじゃなくてダル?まあ、どうでもいいけど」
いい理由が手に入ったからダルダ……ダルを思い切り払いのけたら、野次馬の円陣に届くまで倒れ込んだ。前に大地をぶん殴ったときと同じように、手に防御魔法をかけただけなんだけど、この魔法は結構凄く効果は見ての通りだ。
誰も私に触れないように、自分自身にダメージがこないように願ってるだけの防御魔法。
それだけといってしまえば終いだけど、結構怖い魔法だと思う。例えば、私を殴ろうとした奴は鉄よりも堅くて決して壊れない物を殴ったときと同じダメージを負うだろう。
そんな防御魔法を膜のように変えて身体に纏わせ、彼らを殴ったら?更に威力は増すし、弾く属性もプラスしたら今のように軽く吹っ飛ぶことになるのはしょうがない。まあ、この魔法を全身にかければ、自由自在に動かせる鈍器みたいなものになったってことだ。
それを彼らが分からなかったらいい。もっといえば、気絶するか気が挫けてしまったらよかった。
「舐めやがって……っ!俺はっ!覇者7位の男だぞ!?」
多分子分らしき奴らの手を借りてダルが起き上がり、憎々しげに唸る。
おかしなことにそれを見て野次馬どもは驚く人だけじゃなく、興奮に顔を上気させる奴らが多くいた。「いいぞっ!」なんて声も出てくる。
まるでプロレスでも見ているような熱気が生まれ始めていた。ダルが胃液を吐いた瞬間、野次が飛び、渇を入れる声が響き渡る。
いや、そいつ応援してもらっても困るんですけど……。
長引きそうな事態より、嫌な盛り上がりの中心に立っていることを終わらせたくて、わざとらしく大袈裟に溜め息を吐いてみせる。それでもまだ小さな野次がとぶけれど、それは無視することにした。子分に支えられてこちらを見るダルを嗤う。
「それがどーした。うっせーな……。大体はしゃってなんだよ?7位?1位で威張るならまだしも7位でそんな威張ってどうしたの?お前」
「――っ」
言い切った瞬間、ダルは問答無用で殴りかかってきた。どうせ当たっても意味がないからっていう余裕があったからだろう。鬼気迫る表情のダルの拳は簡単に避けることができた。そのまま、丁度良い場所にあったダルの背中を地面に殴りつける。どこかいわしたのか骨の音が聞こえて、ダルの叫び声が響く。
そして同時に野次馬共から歓声があがった。
この街の人間、どっかおかしいんじゃねえの?
プロレスを見ているかのよう、という予想は当たりで間違いないようだ。野次馬全員が拍手したり拳をあげたりして楽しんでいる。「姉ちゃんいいぞー!」なんて言って口笛まで吹いてくる。
乱闘騒ぎにこうもノルってのは変なもんだ。元の世界じゃないことだから新鮮すぎる。とりあえずここから離れよう。
楽しんだ野次馬共が話しかけてくるのを避けて歩けば、元凶だろうディオがにこにこ笑いながら足下についてきた。
「お姉ちゃん、さっすがー!」
「それで、なにがしたかった?」
「そんなの言ったらつまんねーじゃん」
「さっさと言え。すみません、通りますんで」
テレビで芸能人に詰めかける記者団のように野次馬共が話しかけてきて前に進めない。なによりうざい。ディオもこの混雑には負けたらしく、姿が見えなくなった。
「アンタ、レヴィカルに出てたんだろ!?顔を見せてくれよ」
騒ぎに乗じてフードをとろうとしてくる奴まで出てくる。しょうがない。
立ち止まれば、ついて回ってきていた野次馬共も同じように止まり、だけどなにか察したように距離をとる。こういうことには察しが良すぎて笑える。
力自慢の大会レヴィカル、そこでの順位のことだろう覇者、上から7番目の成績を残した奴の言動、乱闘騒ぎを好んで観戦――力こそすべてのようなこの街の連中。黙らせるてっとり早い方法があった。
息を吸って大きな声を上げる。
「さあ!なにかある奴はさっきの奴と同じように言ってみろ!同じように応えてやる!」
らしくないことをすると疲れるけれど、ここにいる奴らには有効だろう。芝居や刺激を求めてるんだから、それに合わせて、
「うぉぉぉおおおお!ぐぇあ」
ぶっ潰せば多少なりとも黙る。
ノリよくすぐに応えた若い男を、一応手加減しつつもすぐにぶん殴ってKOさせる。今度は意識して野次馬共のほうに飛ばせば、こりもせず歓声は上がったけど、私のほうに積極的に近づいてくる奴らがぐっと減った。
お陰で進みやすくなったけど、計算違いが2つあった。
この短い時間の間に私の話が広まったのか、イベントのように私に挑戦してくる奴らが現れるようになったのだ。しかも、そんな奴らを撃退する私の姿を酒の肴に、人が私の後ろに列を作っていた。
どんだけ暇、っていうか乱闘好きなんだろう……。
かなり不本意な見世物だ。どうせなら応えてるぶん、お金か情報が欲しいんだけど。
転移を考えてしまうぐらい疲れたから、多少心残りはあったけどこの街を離れることにした。出口に向かえば、察した野次馬たちが好き勝手に文句を言う。家に招待する声も上がったけれど、ゆっくり休めなさそうだから断った。
ようやく辿り着いた城門は大通りと違って人気が少ない。そのせいでご一行状態になった私たちが城門に姿をみせた瞬間、見張りのために立っているだろう兵士が目をパチクリさせた。
賑やかな光景に2人の兵士は首を傾げるも、トナミ街のようになにか聞いてくることも手形を求めることもない。普通に通り抜けしてもいいらしい。
内心安心しながら、ようやくお別れとなる五月蠅い奴らに手をあげてさよならの代わりにする。悪意のない迷惑な野次馬共は、意味の分からない声援を送ってくれて、手に持つ酒を零しながら掲げてくれた。賑やかで乱闘が好きな彼らでも、そこから出たら闇の者に襲われるということは骨身に染みているらしい。城門の外を出てまで追ってくることはなかった。
その代わりギリギリまで城門に張り付いて「来年のレヴィカルに出ろよっ!」といつまでも叫んでいた。五月蠅いもんだ。
のんびり、のんびり歩く。
何人かすれ違えど、進行方向から歩いてくる人はすぐにいなくなった。賑やかな声も聞こえなくなる。レヴィカルという祭りがあっても、人通りはこのぐらいのものだ。
さあ、どうしようかな。
フィラル王国とは離れた場所だから、どんな闇の者が出るかも分からない。さっきの街みたいに、この地方ならではの危険だってあるだろう。
それでも頬は緩んで楽しい気分だ。
良い天気で、半袖でも問題ない気候、時々する花のにおい、鳥の声、静かな時間――気持ちよさにフードをとれば眩しい太陽が見えて、くくっていた髪が風に揺れた。
「見つけたぞっ!」
静かな時間をブチ壊したのは、街で派手にやりあった男だった。叫ぶ奴の指示に従って、襲いかかってきた子分をいつも通り避けて殴る。だけど子分は気絶どころか倒れもせず受け止めてみせた。そして間合いをとる。
……ああ、もう対策してきたか。
子分と私との様子を見ていた男がニヤリと顔を歪める。
「俺が女に負けたなんて認めねえ……っ!この俺をあんな場所で恥じかかせやがって!まどろっこしい魔法なんて使いやがったせいだろーがっ」
「複数で襲いかかってくんのは別にいいんだな」
「ああくっそ痛かったぜえ?!逃げれないよう両足折ってから2度と舐めた真似ができないようにしてやる……っ」
「……」
「最初は俺だ。そのあとコイツラにも楽しませてやる。飽きたらイイ店に売ってやるからせいぜい泣き喚きゃいい。あーん、ごめんなさぁーいってよお!」
男たちは笑いながら下らない妄想を捗らせて私の全身を眺める。
さあ――どっちがいいだろう。
「それって私の両足を折って痛めつけて、アンタらで犯して、風俗店に売るって話?」
「アンタらがじゃねえっ俺が犯すんだよ!いや、それじゃ物足りねえ……っ。生きたまま魔物に食わせてやる」
「どっちでも変わんねえだろ。……しかし、そう。へえ……」
先に上を叩きのめして、虎の威を刈る狐の子分たちを挫くか、
子分を叩きのめして孤立無援になった上を叩きのめすか……どっちがいいんだろうな?
騙し討ちのように子分が仕掛けてき攻撃魔法を避ける。相変わらず分かり易すぎたから、簡単に避けることができた。
レヴィカル7位か。腕自慢が集まった戦いでその戦績は、闇の者とどこまでやりあえるレベルなんだろう。城門を出て私を追ってきたってことはそれなりに戦えるみたいだけど、さっきからしてくる攻撃がぜんぶフィラル王国の三等兵士か二等兵士と同じようなもんに思える。セルリオのほうがよっぽど強い。
思い出にふけっていたら、またもや稚拙な攻撃をしてこようとしたのが見えて、先に攻撃を仕掛ける。綺麗な景色を破壊しないことに特化した魔法だ。
自身が体験した最悪な出来事が頭の中で、それも大音量に、実際にいま体験しているかのように流れる精神魔法。
「ひ、ぅあ゛」
進藤にも効いた精神魔法はコイツらにも効いたらしく、頭を抑えながら膝をついた。なんの違いなのか力の限り叫ぶ子分と違って、リーダーらしき男は歯を食いしばって声を殺そうとしている。どうでもいいけど最悪なコイツらが体験した最悪な体験ってどんなもんだろうな。地面にのたうちまわる姿を眺めていたら、肩とお腹がじくりと違和感を訴え痛み出した。
ああ、崖から落ちたときの傷だ。
ある程度予想できていたこととはいえ、なかなかにあれは最悪な出来事だったもんな……。服に浮かび上がる真っ赤な血をすくえば、指に色がつき、流れる感覚さえする。
でも、これは幻覚だ。
「それで……なんだっけ?私の両足を折って?」
全員が悲鳴を上げる。
幻覚に錯覚魔法を混ぜて、足が折れたように思わせただけ。いつ彼らは気がつくだろう。早く気がつかないと、この騒ぎのままじゃ闇の者が寄ってくるだろう。
「犯す?」
彼らにとっての最悪な相手を作り出し、後は彼らの想像に任せる。これで終わり。もうなにかしてくる気配もない。
どうでもよくなって歩き出したら、わざわざ歩き出したところでダルとか言った男が声をかけてきた。なにかと戦いながらこちらを見た彼は、うめき声のよう吐き散らかす。
「この、化けもの、っ!」
化け物、なあ。私がどういうふうに見えているんだか。もしかしたら、かかっている幻覚で私の姿が歪められているのかもしれない。
でもきっとそのままの私が見えてるだろうから微笑んであげる。
「アンタも同じだろ?アンタはこれをするつもりだったんだから」
応えてあげたけど、それぞれの悲鳴や罵声にかき消されてしまう。とりあえず、進行方向に闇の者を見つけて襲いかかってきたら射殺した。
「怖い女だな、お前」
「笑ってるお前のほうはどうかしてるよ」
また当然のように突然隣に現れたディオは、笑って異常な光景を眺めている。私に転移魔法を禁止しておきながらよくこうも転移魔法を使うもんだ。
まあ、いいか。
楽しそうなディオは放っておいて、遠目に見えた森に向かって歩き出す。すぐにディオもついてきた。
「森を通るなら俺の助けがいるからっ、もうちょっとゆっくり歩けって!」
「足の長さの違い」
「子供に容赦なさすぎだろっ!ここはちゃーんと合わせてさー」
「はいはい、ガキぶるな」
「ひっでーの!」
風が吹いて、また髪が風になびく。
後ろでのたうちまわる奴らの声に加えて、現実を突きつけるように見えた長い髪が、この世界で女として生きる難しさを訴えてくる。でもああも油断してくれるのは事実で。
「そういやお前ってさ、名前何にすんの?」
「あー?そうか、サクじゃ駄目だしな……面倒だな」
通称が増えるのはいただけないけど、こればっかりはしょうがない。本名を名乗るわけにもいかないし、万が一の措置として、サクを連想させない名前がいいだろう。
どうしたものか悩んで歩いていたら、隣にディオがいないことに気がついた。一応振り返ってみれば、ディオは立ち止まっていて俯いていた。じっと見ていたらディオは顔を起こして大人びた表情で微笑む。
「詩織は?」
馴染みある言葉だった。言葉というより、発音。
そういえばこの世界は召喚される勇者が日本人が多いからか、日本ならではの名前でも、違和感のない発音をする人が多い。昔、外国に行って桜と呼ばれたときイントネーションが違って、呼びづらいものなんだなって実感したから余計に違和感。
「日本人って感じの名前だからパス」
「ははっ!勇者ってバレたら駄目だもんな。じゃあ、シィーリは?」
「……やめとく」
「くっ、なんで?」
「尻しか出てこない、ってか、なんか、なあ」
「ぐくっ、はっ!」
何がおかしいのかお腹を抱えて笑い出したディオに、先に進むべきか否か悩んで空を見上げる。楽しそうな笑い声に混じって、まだ悲鳴が聞こえた。
「んじゃ、リーシェは?」
笑い声混ぜて提案された名前は最初に出されたものよりもよかったからそれに決めた。
「ん、それにする。どーも」
「……どういたしまして」
微笑むディオを見て、これまでの経験からさっさとコイツと別れたほうがよさそうだと直感する。
とはいっても転移も強制的に禁止されて監視されている状態だ。この状況を変えるためにすべきことは1つだろう。
ラスさんを探そう。
恐らくラスさんに弱いだろうディオを見れば、これまで通りにこにこ楽しそうに笑っていた。
思わず出た溜め息1つ、大きく吐きだして歩き出す。
もう後ろから声は聞こえなかった。
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