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第二章 旅
87.「へーその格好にするんだ」
しおりを挟む鞄の中に保存していたパンを食べながら情報整理をする。
ディオがいうには私が勇者召喚の儀式をメチャクチャにしてから2日が経過したらしい。2日、なあ……。あいつらどうやってんだろ。……梅も。
「なあ俺にも飯くれよ」
「あー?いいけど、その代わり私が川に落ちてからのこと教えて」
「いいぜ?どうせ話すつもりだったし」
ディオは投げたパンを受け取って「バターが欲しい」と贅沢ぬかしたあと、ひどく簡単に説明してくれる。
「まず、お前は死んだことになってる。といっても呪いを解きたい奴らが、お前が生きているほうに賭けて秘密裏に探してるけどな。春哉はまだ目が覚めてねえ」
突然出てきた思いがけない名前にドキリとしたけど、そういえばラスさんは昔春哉とコンタクトをとっていたんだ。それならラスさんと一緒に動いているだろうディオが春哉のことを知っていてもおかしくない。
ちらりと私をうかがい見る目を見返して、先を促す。
「あの国の城下町をはじめ各国でもこの騒ぎは広まってる。騒ぎっていうのは、フィラル王国に魔物が襲撃し、その騒動のなか勇者の1人、あのサクが死んだってことだ」
「悪意あるな、いまの言い方」
「あのサクだからな」
「噂話が好きだよな。……けど、そうか。魔物が襲撃して死んだってことになってんの」
「大方そうだ。でも一部には、勇者召喚を妨害した勇者サクを、フィラル王が殺害したと伝わってる」
「……それは意外」
「あの国でも疑問に思う奴はいるってことだ」
思い出そうとして、止める。いま答え合わせしてもしょうがない話だ。
とりあえずどっちにしろ私は死んだってのが共通した考えらしい。正直動きやすくなるからラッキーだ。
「いまあの国は半壊した城や、呪いの対処におわれて「待った」
聞き捨てならない台詞に話を遮る。勇者召喚場所を少しは壊した覚えはあるけど半壊までさせてなかったはずだ。多分。
「半壊ってなに?」
「言ったろ?フィラル王国に魔物が襲撃してきたって」
「あ、それ本当の話?私が川に落ちたあと魔物が襲ってきたんだ」
「そうだ。お前が呼んだ」
「……呼んだ?」
怪訝に思って聞けば、ディオは最後の一口になったパンを口に放り込んで私を見上げる。人差し指をくるくると動かして、器用なことに指先に黒いシルエットをした人を作り出した。黒い人形は人差し指が動くままに動く。
「魔物は闇の者。俺たちが暗い思いを抱いた相手の形を作りながら、俺たちが願うだけにとどめていた願いを実行する。闇の者は戦場に、その跡地によく現れる。今回はお前の憎悪に呼ばれた」
「へえ……」
古都シカムでラスさんから聞いた言葉だ。ディオの口からつらつらと出てきた言葉に違和感を覚えながら、ディオが動かす黒い人形を眺める。
私の憎悪に呼ばれた、ねえ……。
「罪悪感はねえの?」
「罪悪感?」
「お前があの国に闇の者を呼んだんだ。そのせいで死傷者が出てる。死んだのはお前だけだけど」
怪我人は出たのか。
「ちなみに城下町の被害は?」
「ねえ。あの闇の者はフィラル城だけを襲撃した」
「そ。なら余計、なんで私が罪悪感持たないといけねえのか疑問なんだけど」
黒い人形が消える。
そして今度はディオが私を見てくるから、私も最後の一口になったパンを食べた。
「私が呼んだ?個人の憎悪で簡単に姿を現す魔物――闇の者がいる世界で生まれ育ったくせに、現れてなんの対処も出来ずにいるのはどうなんだ?だから人を誘拐するようになったんじゃねえの?そもそも気にしてられるかよ。勇者がどうのってだけじゃなくて、自分がしたことが誰にとってもいいことなんてありえねえだろ。あの国が勇者召喚をして、この世界の奴らが喜んで、私が恨んだってのと一緒だ。なにしたって誰かにとって悪いことになって恨まれるんだ。1つ1つ気にしたってしょうがない」
「じゃあ結局、お前らが先に始めたことだから自分は悪くない的な?どうでもいいって?」
「あー、そうかもな。好きにとったらいい。私を召喚しなかったら、今回闇の者の襲撃で被害を受けた奴らは傷つくことがなかった。少なくともそう思うし。まあ、結局どこかで闇の者に襲われるだろうとも思うけどな」
パンを食べ終わったから出発の準備を始める。だけど武器の状態を確認しだしたところでディオが声をかけてきた。
見れば、先ほどディオが動かしていた黒い人形がちゃんと色のついたリアルな人の形になっていた。今度は1体じゃなくて2人。それも私のよく知る人だった。城下町でリンゴジュースを売っているシーラとその母親だ。
「今回の闇の者の襲撃でこの2人が死んだ、としたら罪悪感はねえの?」
ご丁寧にもディオは作りだした親子2人を血まみれにして消した。それから興味津々にこちらを見てくる。
「……そんなの確認してどうしたいんだって思うけど、助けてもらったらしいから答えとく。なにかさっきの問いと変わりがあんの?」
思い出して、考える。
闇の者を呼んだのが私だったら。今回の騒動でシーラたち親子が死んでしまったら。
「そうだな。多分お前が望む通りに答えると、罪悪感はでるよ。私のせいだとも思う。……それでも私は別に良い奴なんかじゃないし、さっき言った気持ちは変わらない。闇の者なんて私らの世界ではいなかったけど、考えるんだ。もし私なら、とかさ。
私らの世界で似たようなのは野生の熊とかだ。人だけを殺すってんなら、殺人犯にも置き換えられるよな。そんな殺人犯が……しかも、ああ。お前らサバッドは除くからな。赤目とか、見てくれでそうだと分かる殺人犯が家の外に沢山出歩いているのが普通の世界。出会った瞬間、殺しにかかってくるのが普通。家の中でも塀を破って襲ってきてもおかしくはない。そんな世界だったらって。
この世界は、人攫ってきて戦う駒にして、それを当たり前にした。ここでいつも思うんだよ。そうすることは方法の1つとするにしても、なんで自分が傷つく可能性は当たり前にならねえの? 傷つけるのは当たり前で傷つけられるのは当たり前じゃねえ?自分だけは大丈夫?馬鹿だろ。急に被害者面するんじゃねえって思うな。
私はしたいことがあって、そのために動いて今回の騒動もでた。
罪悪感はある。関係ない人を巻き込んでって気持ちもあるし、召喚に直接関わった奴らだけ巻き込めばよかったとも思う。でも正直なところ、この世界の奴らだし、関係ない人じゃねえだろって思ってる。
そうだな――どうでもいい。運が悪かった。
結局これが1番、答えになってる気がするわ。開き直りでも暴論でもなんでも思ってくれていいよ。
ソノ予想は、その結果に行き着くまで私含めてそれぞれが考えて行動した結果だ。悲劇のヒロインぶることはしない。私のせいならそうだろうよ。どうでもいい」
お兄ちゃんと呼んで慕ってくれたシーラを思い出す。この先も死んだり辛い目に遭ったりしなかったらいいと思う。できれば巻き込みたくない。
それでもなんだろうな。やっぱり、突き詰めて考えていったら間が悪かった。それになってしまう。
どうしたって私がしたいことは譲れないから、そうなる可能性だって認めて動くしかない。
「もし私が原因でシーラたちとかが死んだら。……シーラたちを大事にしてた人に殺されるだけの話しだ」
許してもらうつもりも許されるつもりもない。そのとき「ごめん」なんて言ってどうすんだ?復讐をするために動いたことでソレが起きたことなら、私のせいだ。理解してやったことだから、悔い改めるなんておかしいだろう。
「……そんなことになる前に私はやりたいことやらなきゃな」
やっぱり生きて復讐の結果を見たいし気をつけよう。
思い出すのはトナミ街任務で初めて人を殺したときのこと。死んだらそれで終わりだもんなあ。
「へえー。勇者って春哉みたいな天使のような奴ばっかかと思ってた」
「春哉そんな奴だったの?あーまあ、柔らかい言動だし、なあ」
奴隷故か生きるつもりがなかった春哉は天使という表現があまり似合わなくて苦笑いになる。ディオは春哉と会ったときのことを思い出すように目を閉じて笑った。
「天使だろ。あいつ真面目な顔してサバッドの俺に『僕があなたたちを助けます』って言ったんだぜ?しかもあの国まで気にかけて『話をしてきます』ときた。百何年も続けてきた召喚をいまさら勇者の1人が駄目だよって言ってそうだねって終わるわけねえだろ」
「……それは天使っていうか向こう見ずってか馬鹿なんじゃ」
「だな」
「ですね」
奴隷にされる前、春哉はどんな感じだったのか少し気になる。まあ、多少の違いはあれど春哉は昔から今まで見てきた感じだろうな。
「なあ、ちなみに今から俺がシーラたちを殺したらどうすんの?」
「そうする前にお前を止めるし、できなかったら殺すし、止められなかったら――殺す」
「うわー最後の沈黙がこえー!じゃあさっ、お前と同じように反逆者になった団長はどう思う?」
「ん……ん?団長?」
「あ~?ああ!レオル団長。あの金髪のおっそろしー奴。あいつだよな?1番大きかった禁じられた森の闇の者を虐殺した奴」
「いや、それは断言しかねるけど、なに?アイツ反逆者になってんの??」
「だぜ!お前のせいでなっ」
明るい返しに頭痛がしてくる。勇者召喚の儀式を邪魔しないようにとどっかに飛ばされたはずのレオルドがなんで反逆者になってるんだ……。
「詳しく教えて」
「どっかに飛ばされた団長があの国に戻って、お前が死んだことを聞かされて、城の一部を粉々にした」
「……ということは城を半壊にしたのってあいつがほぼ原因じゃねえの」
「お前と闇の者と団長だな」
本当に頭が痛くなってきてお茶を飲む。あいつなにやってんだ……。
……まあ、原因は私か。
「あー……。アイツの考えてることなんて私にはよく分からんけど、あいつがそうしたかったからそうしただけのことだろ。私がどうこう思ってもな……」
「それってさっきお前が言ってた、関係が無い人って奴が言いそうな台詞だよな」
「かもな。……言ったろ?私は別にいい奴じゃないって。どうでもいいもんはどうでもいいって放置するけど、やられたらやりかえすんだ。だからやりかえされるのもしょうがないってだけ」
「へへっいいな!俺、ソーイウノだったら好きだぜ!偽善よりよっぽど好きだ!」
「偽善も善のうちだろ」
「独りよがりの偽善はきしょくわりい」
「……お前何歳?」
「10歳」
「うわー」
どうも子供と話してる感じがしなくて聞けば、予想よりも幼いことが分かってしまった。えー、なに?サバッドの子供ってこんな感じ?環境は厳しいらしいってのは聞いてたけど、みんなこんな感じなの??
まあ、どうでもいいか。
「他はなんか変わったことある?」
「今んとこあっちの動きはそんな感じ」
「そ。教えてくれてありがとう。助かった。あと質問には答えたから、これで助けて貰ったことチャラだからな」
「え?嘘。マジで戻すの大変だったんだけど……」
「大分不愉快な会話につきあったしチャラ」
コイツは危ない。
私としてはのんびり適当に過ごしたいのに、話しているとつい口が滑ってしまう。コウイウ気持ちは私の性格とはいえ愉快なものじゃない。
……どうでもいいだけのことは沢山あるけど、重なってうざくなってきたらぜんぶ潰したくなるんだよな。
「なあなあ、サク。お前いまなに考えてたの?すげー気になる」
「あはは、うぜー。私いま忙しいんで、ちょっかいかけてこないでくれませんかね」
「ひっでー。って、あ!身代わり石じゃん。勇者ってのは随分高価なもん持ってんだな」
「身代わり石?」
ディオは鞄の中に入っていた石の欠片を見て、身体を乗り出してくる。肩にのりかかってきて重い。せがむように手を伸ばすから欠片を手渡してやれば、石の欠片がなにか分かった。緑色の文様がついた石。間違いなくこれはレオルドからもらったものだ。
なんで粉々になってんの?
「それ、なんか他にも細工してるっぽいけど、その石自体は持ち主が負うはずだった致命傷を代わりに受ける石だ」
「……これをくれた人にはなんの問題もないんだよな?」
「それは大丈夫。……おお?なんだよ隅におけねえなー。誰から貰ったんだ?おい?」
「置いていくぞ」
「んだよ、つまんねーの」
ソウイウ話をしだしそうなディオに気がついて、さっさと石の破片をまた荷物の中に戻す。手に残った粉が床に落ちていく。
あいつ、なにしてんだろうな。
気に入らない国にずっと大人しくいたくせに、馬鹿だよな。まあでもあいつのことだから城を壊したときは思い切りがいいほど気持ちを切り替えて楽しくやったはずだ。後ろ指さされて反逆者の言葉を叫ばれても、本人にとっては不名誉にも名誉にもならないどうでもいい言葉だったに違いない。
「へーその格好にするんだ」
パチパチと気の抜けた拍手をしてくれたディオを一瞥して部屋を出る。
変なもんだよな。
この状況でアイツと会ったら、冗談抜きで身の危険を感じる事態になる。それは分かるのに、ちょっと顔を見たいと思ってしまった。
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