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第二章 旅
82.(別視点)「リーフさん、サクはどこっ!」
しおりを挟む時間は昼になろうとしていた。
窓の向こうで光る忌々しい太陽を見上げながらリーフは苛立ちを隠そうともせず舌打ちする。本当ならばもう部屋に戻っていて、仕入れた情報を桜に話すはずだった。
「申し訳ございません。サク様よりこちらでお待ちいただくよう言付けを頼まれています。どうぞこちらでお待ちくださいませ」
それなのに、これだ。
もう何度聞いたか分からない言葉に拳を作っていた手が血で滲む。嫌な予感がしていた。この様子だと仕入れた情報は確かだろう。
勇者召喚は今日行われる。
こういうときのために準備はしてきていたが、リーフは早く桜と合流したかった。桜がなにをしでかすか分からなかったからだ。桜は落ち着いている。自分で考えて行動することも、いざというときには切り捨てることだってできる。
でも、捨てきれないときがある。
悪意には悪意を返せるし、いっそ思い切りがいいほど相手を踏みつぶせるのに、伸ばされる好意をふりほどけない。助けてしまう。手を伸ばしてしまう。笑ってしまう。
――俺のじゃないって分かってる。
それでもリーフは嫌だった。
桜のソウイウところがいつか桜の首を絞めそうな気がした。今日召喚されることを知ったら止めようとするだろう。現状把握をしてそれが難しそうだったとしても、次回を防ぐためや元の世界に帰る手段を探すためにもなにかするのは間違いない。
きっと桜は一人で動こうとするだろう。
それでもリーフは一緒にいたかった。そうしたら、いざというときに身代わりになれる。だが、こんな場所にいたらそれさえできない。
「失礼します」
「……てめえ」
実力行使で部屋から出ようかと考え始めたとき、固く閉ざされていたドアが開いた。姿を現したのはミリア。こんなときでも表情を変えず普段通りの彼女の姿は癪に障ってリーフの眉間にシワが寄る。
危ない女。
それがミリアに抱くリーフの判断だった。
ミリアがメイドを下がらせ、今度は部屋にミリアとリーフだけになる。なにを思っているのか、なにを考えているのか、なにを腹に隠しているのか――リーフはミリアを睨みつけ人差し指にはめている収納武器の指輪を親指で撫でる。
「サク様にお会いしてきました。用事が長引いているとのことで、もうしばらく時間がかかるとのことです」
「へえ」
「どうぞいましばらくこちらでお待ち下さいませ」
「……え?」
ミリアが発した言葉は予想通りのものだった。同じ言葉を繰り返し、操られるままに動く人形のような姿は覚えがあるもので見るたび虫唾が走る。けれど驚くことにミリアはそのまま部屋を出てしまった。
一人部屋に残されたリーフは罠ではないかと勘ぐる。しかし、しばらく時間を置いてドアを開けるもミリアどころかメイドも兵士もいない。
念のため少ない魔力を駆使して辺りを探るもなにも問題はなさそうだった。
「まあ、いいか……?」
納得いかない疑問はすぐに可能性をつれてきたが、リーフはそんな気に入らない可能性は捨ててすぐに部屋へと走る。魔法で探るのが馬鹿らしくなるぐらい誰もいない。遠くで訓練にいそしむ声が聞こえるぐらいのものだ。
それは都合がいいのと同時に気味悪さを抱かせる。
「くっそ、行ったか」
ようやくの思いで開けたドアの向こうに桜はいなかった。それどころか物が消え生活感のなくなった部屋はかねてから話していた”いざというとき”を言葉無く訴えてきてリーフは無意識に拳を作る。
「……っ!なんだ……?」
くぐもったような声が、悲鳴が聞こえた気がしてリーフは身構える。しかし部屋は耳鳴りがしそうなほど静かで、強く脈打つ心臓の音が聞こえるだけだ。気が立っているのかもしれない。
リーフは大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせたあと手早く荷物をまとめる。自分が作った魔法を解いて、城の奴らがあとでここの部屋を調べたとき混乱するよう仕掛けを作って――慣れた魔法がブレる。
リーフはこのときの為に何度も練習した魔法が失敗して消えていくのを見ながら、場違いに喉が渇いたことを思い出した。
ゆっくり顔を上げる。そして、耳を澄ませた。
――部屋が揺れている。悲鳴が聞こえる。
聞き間違いじゃない。リーフはまとめた荷物を乱暴に掴んで部屋を出た。なにが起きてる。なにがあった。
桜っ!
部屋を出て悲鳴が大きくなった。複数の足音も聞こえる。この揺れは城が崩れているんだろうか。魔法?それなら桜は。
次から次に出てくる疑問は最悪のことばかりを連想させてリーフは音がするほうへ走ろうとした。しかしそんなリーフを止める声がかかる。
「おい!お前なにやってんだよ」
振り返ればハースがいた。そして憎たらしいセルリオもだ。最近よくセットで見かける大地はいない。
「おいっ」
無視をして走ろうとしたリーフの肩を掴んでハースは行く手を塞ぐ。この異常事態になにかしら勘づくものがあったのだろう。ハースの眼はリーフが持つ荷物へ、そして、切羽詰まったリーフの顔に移った。
余裕のない二人を見てセルリオは努めて落ち着きながら話しかける。
「リーフさんどうしたの?……サクは?」
「うるせえ離せっ!それどころじゃねえんだよっ!」
「なにがあったんだ!いいから言えって、ぅわ!」
「ほっとけ」
怒りさえのせた低い声でリーフはハースに”忠告”する。ハースは斬られた手から眼を離し、自分を見るリーフを見て呆然とした。冷静でいられなくなったのはセルリオだ。
リーフがこうも向こう見ずになって動くのは全てサク絡みだ。城でなにか起きているだろうこの事態に、ただならぬ空気を背負って、遠征でさえ持たないような大荷物を手に城を走る。文句を言いつつも気心知れているハースさえ斬るリーフの近くにサクがいないのはセルリオに恐怖を覚えさせた。
「リーフさん、サクはどこっ!」
「うるせえ糞がっ!……あ」
「え?」
リーフが怒りを消してセルリオの横を、窓を見た。赤い線が空を走っている。あれは炎だ。誰かがフィラル王国領域内で、訓練場ではない場所で攻撃魔法を使っている。
一瞬大地の可能性を考えたが、セルリオはすぐにその考えを打ち消す。リーフが顔を青くして荷物を放り投げ走る姿に、アレにサクが関わっているのだと分かった。
「ハース!その荷物持ってきて早くっ!!」
「お、おう……」
ショックを受けて固まるハースの顔も見ずにセルリオは叫ぶと先を行くリーフを追う。その間も攻撃魔法が空を飛んでいた。襲撃を受けている?
なら、サクはどう関わってる?……襲撃している?この国に?
否定しきれない可能性に冷や汗をかきながらこれからを考えたとき、セルリオはこんな事態にも関わらず昔のことを思い出した。森の中だった。もう顔も覚えていない捕虜をつれていたときで、静かな森に怒鳴り声が響いていた――
『俺は恨んでるよ』
スリャ村でラウラの誘拐事件を解決したあと、サクが嗤いながら言った。召喚をしたこの世界を、この世界に生きる人全員を恨んでいると言っていた。
感情的に怒鳴るハースとは対照的に諦めたように、けれど怒りを堪えて話すサクの言葉は、ハースとの会話のはずなのに一人言のようで記憶に焼き付いた。言っても意味が無いと、関係が無いと見下ろしてきた眼に壁を感じたのを覚えている。
ショックだった。
初めて会ったときとは違って雑談もできるようになって砕けた態度もとれるようになっていた。
仲良くなれたと思っていたのだ。
だけどそうではなくて、よくよく見てみれば一線ひかれていることに気がつく。
気がつかなければよかった。
もっといろいろなことを話したいと思っていたから。
魔物の討伐のことや、食事処や、ハースや、他の兵士たちのことや、他の勇者のことだっていい。知りたいと思っていた。
知りたくなかった。
僕はサクに勇者であることを望んでいたのに、いまはサクであることを望んでいる。
――なんて身勝手な。
セルリオはリーフが入って行った部屋に辿り着く。グチャグチャになっていた気持ちが身体を遅らせたのか、息の荒い自分とは違って既に部屋にいたリーフは息1つ乱れていない。
淡く青に色づく白髪が陽の光で輝きながら揺れる。置物のように微動だにしないリーフは窓を見ていた。
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