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第二章 旅
81.(三人称)『なにがあった』
しおりを挟むその日、フィラル城は静かな興奮に満ちていた。今年の勇者召喚が行われるからだ。
それは城に出入りする者の中でも限られた人間しか知らない神聖な儀式で、彼らは開いてしまいそうな口を必死に閉じて心を奮わせていた。
選ばれた者だけがその場に居合わすことが許され、選ばれた兵士だけがその場を守護できる。国を、世界を守る勇者を召喚する偉大な王の傍に立つことはこのうえない名誉だった。
選ばれた者たちは神聖な儀式について決して口を割らない。声を上げ自慢を語ることはない。沸き立つ愉悦を抑えながら、選ばれた者とだけ話す。
私たちは特別なのだ。
選ばれたのだ。
この世界を救うために私たちも力を貸し成し遂げるのだ――見ろ、勇者が魔物を倒す様を!見ろ、勇者が繁栄をもたらす。
見ろ!私たちが、勇者を召喚した。
彼らは信じていた。世界の平和を作るのは私たちなのだと。勇者召喚は人が生きるうえで当たり前にする呼吸とまるで同じだった。勇者召喚をする理由を考えることはなかった。
なぜならそうしなければ世界は滅びるからだ。
なぜならそうすることは当たり前だから。
なぜ、疑問に思う必要があるのだろう。
彼らは信じていた。
だから”なぜ”という疑問さえ抱かなかった。
――この日、フィラル王国に衝撃が走った。
フィラル城に魔物が襲撃し、勇者サクが死んだのだ。遺体は無残なもので形を成していない。勇者サク以外にも死傷者を出したこの事件はフィラル王国のみならず各国に動揺を走らせる。
勇者が死んだ。
『あの勇者が』
『勇者サクが』
『あの国で』
人々は驚きと悲しみに声を上げる。
人々は戸惑う。
フィラル城を出入りする多くの者が謎の病にかかった。噂ではフィラル王もその病にかかったらしい。それは不思議な病で、一見健康そうに見えるものが急に奇声をあげたり、のたうちまわったり、うずくまり動かなくなる。ひどい者となると全身を戦慄かせ一日中なにごとかを呟くのだ。
『なぜ』
人々は疑問を抱いた。
『なにがあった』
あの日、フィラル城でなにがあった。
好機の視線を浴びるフィラル城は怒号がとびかっていた。事情を知る彼らの反応は大きく2つに分かれていた。
勇者サクを探せ、この呪いを解け――怒りを声にのせ叫ぶものの、勇者サクが崖から落ちしばらくして広がった呪いに絶望し、しかしまた希望を持ち勇者サクを願う。
そしてそんな様子を傍観する彼ら。
彼らもまた勇者サクの呪いに悩まされていた。彼らは勇者サクの言葉が頭から離れなかった。
『選ばれた王よ。俺たち勇者をこの世界から救ってほしい。ずっと悪夢を見るんだ』
白く輝く巨大な契約文様は常人ならば作り出すだけで命を削る代物だった。そうまでして作り出した契約文様を掲げながら言った勇者サクの言葉は、偉大な王が勇者たちに述べてきたものとそう変わりない。
けれど彼らにとって意味がまったく違うものに聞こえた。
当たり前だったのだ。
けれど言われただけで意味が変わってしまった当たり前は彼らの心を奮わせた。
『勇者なんて名目で人をさらって、帰りたきゃ魔物殺せって』
勇者は”そう”あるべきものだった。帰る場所はここだ。魔物を殺すのが勇者だ。勇者は偉大な王に選ばれ導かれ――召喚されて来るものなのだ。
『本当は帰せないくせに俺らの命握って、勇者って!』
だって勇者はこの世界を救うためにいる。なにを言っている。私たちの世界を救うのが勇者だろう。
『最後は邪魔なら殺すって』
殺すなんて。
そんなつもりじゃなかった。
彼らは勇者サクの血を忘れられない。笑い声が耳から消えない。泣いていた顔が、崖から落ちていく姿が何度も何度も夢に出る。
勇者召喚は――
悩む彼らは疑問を抑えられず口を開く。
『サクさんあのとき攫われたって言ってたんだよな……』
『え、なにお前もしかして召喚の儀式に出てたの?』
『知ってるか?勇者春哉は奴隷にされてるらしいぜ』
『されてた、でしょ?』
『あんなの酷すぎる』
『勇者サクは魔物に殺されたんじゃない。勇者サクは――』
『勇者サクの班員も行方不明ときた』
声が声を呼び重なっていく。
『お兄ちゃんは死んでないもん。お兄ちゃん……お兄ちゃんのお父さんお母さん、心配してるよ。帰ってきてぇっ』
『シーラ……』
『お兄ちゃんが死ぬはずないって。……お姉ちゃんは死んでない』
『彼がこうなる前にこの国に来てほしかった』
『親父には悪いけど俺はあの国の奴隷にされる前に死ねたのはよかったんじゃねえかと思う』
『嘘だ。嘘、嘘、嘘だよ』
人々が疑問を叫び出す。噂が憶測を呼び、憶測が答えを求め始める。
なぜ
なぜ
なぜ
埋まらない答えが不満を呼んで広がっていく。
それは勇者を人間にした瞬間だった。
人々はあの日を考える。
勇者召喚が行われたあの日――
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