狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

182.「一緒に遊び――一緒に」

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女の子、リルカはどうやらとても元気な女の子らしく、相槌を打つ人もいないのに1人でよく喋る子だった。湖の下に落ちるという異常な現象よりもこんな不可思議な場所を見つけた自分を天才と褒めては探検してもっと凄いものを見つけてやろうとニヤニヤ笑っている。かと思えば「ここってなんだろう?」と当たり前な疑問にようやく悩み始める。

「あっ!分かったここって神様のおうちだ!だってここって湖の下……わあーきれー」
「汝、なにを望む」
「ぎゃあっ!」

シールドを隔てた向こう側で優雅に泳ぐ魚を見ていたリルカは話し出した石像に飛び上がって近くの物陰に隠れる。だけどそれも石像だったことに気が付くとまた飛び上がって走り出す。本当に、ずいぶん元気で切り替えの早い子だ。冷や汗流して走り回っていたくせに急にぴたりと動きを止めて「望み?」と考え始める。

「望みって言われても……なりたいもの?ほしーものとか?」

石像は答えない。
リルカは手を空に掲げる石像と同じポーズをしながら眉を寄せていて、そんなリルカに石像はまた同じ質問をするシュールな光景が出来上がった。

「望み……ランダーのお嫁さんになりたい、とか?キャー!あ、ダメダメ今のなし!なりたいとかじゃなくてなるんだし!へへへーっ」

可愛い望みを照れ笑いとともに否定したリルカは見下ろしてくる石像にまた眉を寄せて低く唸りだす。けれど数秒後には「あ!」と閃いて満面の笑みを浮かべた。

「お兄ちゃんに片割れができますように!私の望みはこれ!だってね、お兄ちゃんってお父さんとお母さんが死んでからずーっと私の世話してるんだよー。ちっちゃな村だしさー別にそんな頑張らなくていいのにさー……私のことばっか優先しなくてもいいのにさー……このままじゃ私とランダーが片割れになったあとお兄ちゃんが可哀想。そもそもランダーってお兄ちゃんのこと好きすぎるからお兄ちゃんが片割れ見つけないとぜっったい自分のことは二の次だもん」

10歳ぐらいの年頃にもかかわらず健気な願いに凄いなと思っていたらがっつり自分の打算も入っていて笑ってしまう。リルカはまだ愚痴を言い続けていた。

「メアリーお姉ちゃんがいいと思ってたんだけどな~パン美味しいし面倒見いいし~お兄ちゃんが悪いよなあ」
「……汝願いし言葉、確かに聞き入れた。契りを」
「だいたいさーえっ?何々?なに?ちぎりを?」

混乱するリルカに石像は答える代わりに手を差し出した。その手には金色のネックレスがある。

「なにか欲しいんだ!?えーでもなにもないよ……あ、そうだ!魔の力はどう?あげるっ!」

ポケットに手を突っ込んだあと首をひねるリルカは思いつくなり石像に触れる。きっと魔力のことを指すんだろう魔の力が石像に移ったようだけど、石像は動かない。

「えーどうしたらいいの?……これくれるとか?ぎゃあ!」

リルカが金色のネックレスを冗談半分に手を取るなり石像が動き出す。待ちかねたような動きをみせる石像が定位置に戻るとシールドに穴が開いて水が流れこんできた。リルカは感嘆の声を漏らしながらその光景を眺めていたけど、これで終わりなのだということが分かったらしく石像にニッコリと笑みを浮かべる。

「お兄ちゃんのことお願いね!」

無邪気な笑顔だった。
そして、映像が変わってしまう。



「……リルカが言ってたことは本当だったんだ」



暗い声で呟くのは15歳ぐらいの少年だ。どこかで見たことがあると思った瞬間、リヒトくんの記憶で見たサバッドになってしまったランダーなのだと気がついて、リルカが言っていたランダーなのだと分かった。記憶より若い姿とはいえひょろりと背が高く黒髪のランダーが見せる諦めを浮かべる笑みは同じだ。

「同じ奴は駄目だっただけか……」

多分、リルカはこの場所のことをランダーに話して夢物語を再現しようとしたのだろう。そして自ら行ってみせたものの条件が合わず失敗に終わった。そのときランダーは挑戦を試みるリルカを離れたところで見るか湖を覗き込んで見守っているかしていたんだろう。

「ロイに言っても神様がいる場所なんて来ないだろうな」
「汝、なにを望む」
「ははっ、本当にリルカの言ってた通りだ……望み?言ったら叶えてくれんのかよ。それならリルカを生き返らせろよっ!なんでアイツが死ななきゃならなかったんだ……俺でよかっただろっ!代わりに俺が死ねば……っ!」

ロイ。
もしかしてという期待が当たってこみあげた嬉しさが、消えていく。この時点でもうリルカは死んでしまっているんだ。あんなに元気に動いて笑った女の子の今を想うと心が沈んで泣きたくなってくる。『私なんていなければよかった』なんて、そんなことランダーが聞いたら怒るだろうに。
なんでそんなことを言うんだ。


「私が住んでいたディバルンバ村にはね、時々旅人が来たの。旅人から話を聞くのが楽しかったなあ」


女の子の、リルカの声が聞こえる。
それは私だけじゃなくて他の奴らもそうだったらしい。皆声がするほうを見て、なにもない光景に眉をひそめる。その間も映像は流れ続けてランダーの後悔が響き渡る。

「俺は見てるだけでなにもできなかった。俺が殺せなかったせいでリルカが……どうかリルカを生き返らせてください」
「ランダーは悪くないのにね。私が旅人を案内しちゃったんだ。それで、村のことも話しちゃった……私が魔を持つ人だって知られちゃった……」

神に祈るように石像に跪いて手を合わせるランダーに小さな手が伸びる。手から腕へと徐々に形を作って現れたのはリルカで、触ることのできない映像を確かめると大人びた表情で悲しげに微笑んだ。

「旅人は私を転移の媒体にしようとしたみたい。魔の森じゃそんなこと意味ないのにね……旅人はそんなことも知らない。やっぱり旅人は危険なんだ……リヒトのときだってそうだもん。ねえ?」

映像から目を逸らして私を見たリルカは私以外の奴らを一瞥するとおかしそうに笑う。はあ。疲れた溜め息だして歩き出すリルカはまっすぐ私のほうに来て。


「お互いしんどいから、もうお終いにしよう?」


不穏な言葉を言うリルカに大地が小さな肩に手を伸ばすけど、その手は擦り抜けて意味を成さない。私の前に立つ人を擦り抜けて現れる姿は小さな女の子なのに、焦りと少しの恐怖で喉が鳴ってしまう。

「サク。あいつ消していい?」
「……駄目。なにも手を出すな」
「そう」

レオルドを制すれば他の奴らも警戒を残しつつ見守ることにしてくれたらしい。有り難いけど、かといって私に出来ることは少ない。聞くことぐらいしか私がしてやれることはないんだ。

「リルカはランダーたちに会わなくていいの?」
「……会わせる顔がないもん」
「なんで?」
「私が旅人に殺されちゃったせいでお兄ちゃんは壊れちゃったの。村のことだけ考えて村を守るためならなんでもするって……本当に、色んなことしちゃった。お兄ちゃんもね、それを分かってるの。だけど自分だけが悪いって、それでいいんだってさ。弱いくせに馬鹿、馬鹿お兄ちゃん」
「そっか。それを言わなくていい?」

きつく口を結ぶリルカが瞳を潤ませて睨んでくる。会いたいんだろうな。それでも、過ぎた長い年月に突然沸いた選択肢はすんなりと手を伸ばせるものじゃないんだろう。旅人に裏切られた傷は消えていないだろうし簡単には信じられないはずだ。


「望みを叶えてはくれないのですか」


涙混じるランダーの声にリルカが身体をびくりと震わせる。衝撃に涙が落ちて地面を濡らした。
ランダーは苦しそうに言葉を続けていく。

「それなら……それなら、せめてロイをあの村から解放してやってください。あいつはずっと外を夢見てたのに今じゃ村のために死ぬ気なんだ。あいつを……救ってください。俺の望みはロイをあの村から解放することです」

必死に祈り続けるランダーの目に石像はどう映っただろう。ランダーを見下ろすだけだった石像が空に掲げた手をおろしてランダーに声をかける。

「……汝願いし言葉、確かに聞き入れた。契りを」

涙を流すランダーは操られでもしているように金色のネックレスを石像の手に置く。契りは交わされた。きっとその代わりにとばかりにランダーに魔力が移ったんだろう。以前、リルカが代わりにと差し出した魔力だ。

「リルカ……?」

呆然と呟くランダーの目に神殿を埋めていく滝が映る。
リルカは視線の合わないランダーを見てくしゃりと顔を歪めていて、悲しい寂しいと訴えてくる。頭がおかしくなりそうなほど響く悲痛な声がどんどん強くなっていって息をするのが苦しくなる。それでもリルカに手を伸ばして、私がしてもらったように頭を撫でれば無言で泣き続ける顔を見つけた。髪を撫でて、頬に流れる涙を拭って……少しは安心してくれたら良いなと思って笑ってみる。


「確かにしんどいけど、お互いもうちょっと頑張ろ?……リルカ」


目を見開くリルカは子供のくせに私の心配をしたらしく姿を消してしまう。ああでも長い年月を生きているんだから私より大人か。でもずっと意識があるわけでもなさそうだし――

「サク」

――レオルド。
ぼおっとしていた意識が戻って目が覚めたような感覚になる。どうやら、また引きずられていたらしい。気がつけば私の周りに全員集まっていてそれぞれ色んな表情を浮かべながら私を見ている。その合間から映像を見ればどうやら停止しているようだ。こんなことが出来るのは大地だろう。

「どういうことか説明してくれる?」
「まだ確信してないんだけど」
「いいから」
「……勇者は魔法で作られた魔物で、だから魔物のサバッドと繋がる。魔物と魔物が道を作って行き来するように記憶を見るってのが前提なんだけど」

レオルドの圧に負けて答えていたら疑問が浮かぶ。私がイメラたちの記憶を見るようにイメラたちも私の記憶を見るんだろうか。今度聞けそうな奴に聞いてみよう。

「魔法の元になる魔力って生きるのに最低限必要な魔力を越えた余分なものだろ?学者によっては寿命と言うぐらい精神や身体に結びついたもので生命エネルギーといわれる……だったよな?」
「そうだよ」
「死んで身体を無くしたリヒトくんたちに実体を与えてるのは私の魔力だと思う」
「……幽霊を生き返らせてるってことか?」
「生き返らせてるってのはどうだろうな……創作魔法のほうがしっくりくる。触れないソレに形を与えて動くことができる魔力を、生命をあげてるって感じ。あー、魔法として使える余分な生命エネルギーをあげてるって感じ」

ピリリと嫌な気配をだしたレオルドに釘をさせば「そう」と微笑みが返ってくる。あまり信用ならない笑みだ。

「リルカの名前も分かったしこれでまた来れるだろうな」

契約で対象をはっきりさせるため名前を使うように、あやふやなソレに名前を与えれば形になってくれる。形になれば死してなお強い気持ちで蘇った彼らのことだ。魔力さえあげれば勝手に動いていく。
いつだったかライガが物に魔力を残すことは割に合わないと言っていたけどその通りだと思う。あげてもあげてもすぐに消えていく。最近すぐにネガティブになったり魔力が枯渇したりする理由の大きな原因かもしれない。
そういえばあいつにも聞いておきたいことがあるな。

「映像の続き、見よう」
「でも」
「お願い」

体調を心配するセルジオに頼めばセルジオが頷くより先に大地が映像を再生する。
予感がする。
この場所が、神聖な場所が、これからの私の道になる。


「うわー!ランダー兄ちゃんが言ってたことって本当だったんだ!はいっ!僕のお願いは――へへ。内緒だよ」


石像が望みを聞く前に答えたのはリヒトくんだ。リヒトくんは石像に駆け寄ると高すぎて届かない耳の代わりとばかりに膝あたりでコソコソ呟いて笑う。それから動き出した石像が手を差し出した瞬間、リヒトくんは「言ってた通りだ!」と感動にガッツポーズをしている。

「……汝願いし言葉、確かに聞き入れた。契りを」

そしてようやくまともに言葉を言えた石像にリヒトくんはにんまりと笑みを浮かべると、何かを渡す前に金色のネックレスを手に取って、それをまた石像の手に戻した。

「汝、幸せであれ」
「うん!幸せだよ!ありがとう」

契りってあれでもいいんだ……。
子供ならではの柔からい発想に笑ってしまう。そして見える満面の笑みに心が洗われるような、悲しさに覆われるような……妙な気分になった。


「汝、なにを望む」


そして次に映ったのは血だらけで地面に突っ伏す男の人だった。男の人は聞こえた声に反応をみせて、ゆっくり、ゆっくりと顔を起こす。
――ロイさん。
頭からも血を流すロイさんは虚ろな目で石像を見上げている。

「村を、守りたかった――もう誰も、怖い人がこないよ――」

掠れた声は言葉を作りきる前に消えていく。イメラの記憶で聞いたことがある声なのに、耳を塞ぎたくなるほどいつもと違う声。もう長くはないのだと分かってしまう。同じ問いかけをしてくる石像の声をロイさんはもう聞こえていないのかもしれない。石像に話しかけているというより一人言を言っているようだった。
情けない姿。なに呑気に寝てるのよ。

「ロイ」

風に揺れる髪を見るのが好きだった。ひとつくくりにするのが面倒なら切ればいいのに切るのが面倒ってよく分からない事を言っていたわよね。ねえ、返事をしなさいよ。ロイ。

「一緒に遊び――一緒に――イメ、ラ」

弱々しい声がイメラを呼んだ瞬間、怯えきった心が泣き出してどっと身体が重たくなる。私の頬に流れる涙は止まらないのにそうさせた本人はどこかへと消えてしまったようだ。好き勝手人の魔力を使ったあげくこの仕打ちだ。今度会ったときちゃんと怒らないといけない。


「あい、た、い」


悲しい言葉を最期に残して神殿は水に埋まっていく。ぷかりと水に揺れた身体はもう動かなくて――止まらない涙に視界が揺れてぐらりぐらり。
世界が真っ暗に沈んでいく。
黒く轟く道に凄く似ていたのに、身体を支える手の温かさのお陰か悲しい気持ちにはならなかった。遠く、遠くに意識が飛んでいく。





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