狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

181.「うわー凄い!え?!なにこれ凄い!!」

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切り取られた空の下にある静かな神聖な場所は人が来るたび賑やかになる。風に揺れるラシュラルの花が歓迎しているように見えるのは感傷に浸っているせいだろうか。昨日映像で見た子供たちの笑う姿を見つけてしまって目を閉じる。
もう一度目を開ければ見えたのは子供たちでもナーシャさんでもナナシの村の住人でもなくレオルドたちだった。美しい光景に梅たちと同じような反応をしていて、湖に飛び込むのにも躊躇がない。


「汝、なにを望む」


石造が動き出したことに一番感動していたのはセルジオだ。リガルさんからよく物語を聞かされて育ったからこういうことに目がないんだろう。かねてからの打ち合わせ通りなにも答えないように気を付けていたけど、ハースの肩を揺さぶる興奮ぶりはジルドと並ぶものがある。案外この2人は気が合うのかもしれない。
そして始まったヴェルと詩織さんの映像を見て楽しそうに会話をするセルジオとハースと大地の仲良し3人組は映画観賞でもしているようだ。私とレオルドとリーフは離れたところで並んで座りながら映像と賑やか3人組を鑑賞だ。

「確かに凄いけどあいつらテンションあがりすぎだろ」
「気持ちは分かるけどなんも聞こえないわな」
「それよりリーフもあっちに混ざったらどう?」

呆れたリーフに同意すればレオルドがにっこりと微笑む。私を挟んで不穏な空気を放つ2人も十分邪魔なことがよく分かった瞬間だった。

「それとも赤い目を冷やしたほうがいいかもね?氷を作ってあげようか?」
「あ゛?うるせえなニコニコニコニコうざってえんだよ。言いたいことあんならはっきり言えよな」
「フラれたんならサクにつきまとわないでどこか行けばいいのにね」
「桜の真名も知らねえ奴がなんかうざってえこと言ってんなあ?」

……本当に仲良くなったな。
恐らくきっと多分レオルドなりの励ましに悪態吐くリーフを見てなんともいえない気持ちになる。とりあえず2人とも無視することにしてまだ見てない映像に辿り着くまで資料の検証をすることにした。私が持っているものからクォードに関連するものを検索してみると出てきたのはフィリアンの日記と英雄伝【描かれなかった物語】と【伝説の勇者】の本だ。【描かれなかった物語】はクォードたちが生きていた時代の物語が詰まっていて、【伝説の勇者】はその一つ。黒髪の勇者が世界に平和を取り戻したという話をピックアップしたものだ。
勇者が世界を救ったお話。
フィリアンの日記と映像を見た今となってはそれだけが真実ではないことを知った。勇者を夢見た少年ヴァンと世界を救ったのにも関わらず自分を卑下していた勇者クォード。2人とも最期は殺されて、なにを思ったんだろう。
──私は最期にありがとうなんて言えないだろうなあ。
死ぬ直前になにを言うかは分からないけれど、そんな優しさに満ちた言葉を吐くとは思えない。

「聖剣っていってもただの金色の剣にしか見えねえんだけどなんか切れ味とか違うのかな」
「どうだろう?これも詩織さんの浪漫の1つかもな」
「浪漫ってのがよく分かんねーけどさ、それだけでこんな場所作れるんだから結構やばい奴だよな」
「確かに。ここに来た人の魔力で動くようになってるみたいだけど、それでも維持し続けられるのって凄いよな」

創作魔法はそれを構成するものがなにか分かっていたら簡単にできるし実体を作ってしまえば維持するのに魔力はいらない。とはいってもそれを構成するものが分かっていなかったりイメージが十分でなかったりしたら食う魔力は大きくなってしまう。やっぱりこの場所はおかしい。形が少し変わってしまっているといっても何百年も残って一連の儀式を行い映像として残し続けるのは──まるで勇者召喚のよう。
『実行する魔力は別に要するとはいえ、有り続けるための魔力には事欠かない状態なんです』
ラスさんの言葉が頭から離れない。イメラたちと会ってからずっとなにか見落としてるような気がしてしょうがない。

「この詩織って人は桜と同じ世界の奴なのかな」
「え?」
「この世界以外にも他の世界があるんだったらまだまだ知らない世界があってもおかしくないだろ」
「あー……確かに。でも詩織さんはたぶん私と同じ世界の人だと思う。この遺跡に似た場所があるんだよな」

でも、本当にそうだろうか。
古都シカムも似た雰囲気の場所だったし、知らない世界にだってこんな遺跡はあるのかもしれない。

「そういえば2人が映像を撮ってる時代ではまだここは神聖な場所って呼ばれてないみたいなんだ。だから少なくともラディアドル帝国が滅んだ464年前……映像にクォードたちが出てくることとかフィリアン王女が聖剣のことを御伽噺で知ってたってことを考えたら更に前になるんだよな」
「最古の英雄伝の時代なら約614年前だな」

さらりと答えたリーフに驚いて顔を見れば「昔習わされた」と眉を寄せて視線を逸らす。アルドさんやハトラ教のことに詳しかったのは奴隷時代の名残だったらしい。

「614年以上前なあ。気が遠くなりそう」
「そんな昔から勇者召喚してたなんて俺は知らない」
「召喚が勇者召喚として初めて行われたのは約155年前だな。それより前の勇者召喚の記述は私も見つけてないけど……306年前ぐらいに起きた大戦で亡くなった亡国の王女リティアラが召喚されてるのは確かだ」
「亡国の王女が勇者?だったら大陸を4つに分けたって説は当たってるのかもな」
「勇者というより召喚されたみたいだけどな。もっといえばこの世界から離れるため他の世界に移って戻ってきた可能性が高いんだけど……大陸を4つに分けたって話、英雄伝【約束の場所】でも言ってたな」

シルヴァリアで聞いたおどろおどろしい音楽を思い出す。
『その日がくる 私たちはただ待つだけ あの日がくる 忘れるな その日はくる 私たちが望むのだ』
“その日”というのは大戦のことを指してるんだろうけど、きっと、個人にとっての”その日”も指しているんだろう。
その日。
『残念、俺はロディオじゃねえ』
楽しそうな顔を、思い出す。
ディオから貰った一番古い地図はラディアドル帝国が存在した時代の大陸が3つしかないもので、現在の地図と見比べたときなにか天変地異があって現在のように大陸が4つに分かれたのかと考えていた。あのときはまだディオから貰った地図の信憑性も低くて確信はしなかったけど、間違いない。
『地を変え魔物を喚んだ大戦は女王の死と引き替えに終わりを迎えた』
イメラが国を滅ぼした力をリティアラも持っていて、大戦のとき大陸を分けたのは彼女だ。

「……英雄伝は実際にあったことなんだ」

英雄伝が人々に親しまれるよう作り替えられたものではなく、そのまま、事実を載せているのだとしたら?ジルドの予想のようなものじゃなく言葉通りあったことをそのまま載せているのだとしたら?
クォードさんのことも当たっていた。でも、クォードさんとヴァンの姿が思っていたものとは違ったように、それが全てじゃないだろう。
でも。
本のページをめくって著者を探せば──無記名。どの英雄伝もそうだ。昔のものだからか?だとしても誰かが物語を書いて誰かが広めたはずなんだ。ある程度事実に基づきつつも尾ひれがついて伝わっているのなら理解できるけど、614年前に起きたことを正確に口伝や物語として伝えられるものだろうか。
英雄伝はオルヴェンに住む人々が歌物語として楽しむぐらい当たり前のものとして親しまれている。

「ディオに関係するもの」
「桜?」

持っているものに検索をかければ突然のことにリーフが眉を寄せる。だけどレオルドがしいっと微笑んで、リーフは不満そうな顔をしつつもなにか言いかけた口を閉じた。

「ロウに関係するもの。オーズに関係するもの。ロウディオ=オーズに関係するもの」

全てなんの反応もない。
だけどこの英雄伝をまとめあげたのが誰かという話になったら長く生きてきたアイツの可能性が高いんじゃないだろうか。見てきたことをそのまま書いてきたのなら?例えば、自分の代わりにロディオのような人に歴史書を書かせていたのなら。その目的はまったく予想がつかないけど、英雄伝や戦争に地図関連の言動を思い出せばあながち間違ってはないはずだ。アイツの真名が欲しい。それがあれば検索しやすくなるはずなのに。

「今のってあの化け物のこと?」
「今の……?ああ、そう。オーズが名乗ってる名前。あいつが色々鍵になるはずなんだけどな……ってかレオルドはオーズのことずっと化け物って言ってるな」

そういえばオーズもレオルドを見て化け物と言っていた。
確かにどっちも化け物じみてるなと思っていたら真っ赤な目を見つける。弧を描く瞳に思い出すのは同じように笑ったオーズ。

「サクにはアレがどう見えるの?俺は初めてあいつに会ったとき化け物ってこういう奴を言うんだろうなって思ったんだけど」
「お前が化け物って言うとか……そいつってどんな奴だよ。お前も大概化け物だろーが」
「酷い言い草だね、リーフ。あんなのと一緒にしてほしくないなあ」

誇張している訳ではなさそうなレオルドの発言にリーフは口元をひくつかせる。でもそれよりも、まるで同族嫌悪でもしているようなレオルドにドキリとしてしまう。
『違うよ、俺はこの世界の人間。だけど化け物とはよく言われてきたかな。こうやって時々魔物をよぶから』
化け物。
化け物ってなんだろう。
この世界の人間じゃない奴?魔物?理解できない力を使う奴?普通とは違う姿をしてる奴?
『私からすればお前らが化け物だ』
ああでも化け物なんてそんな、分かりやすい違いを持ってる奴らだけじゃない。人を襲って犯して売り飛ばそうと考える奴らも、自分には手に負えないからって他の世界から人を浚う奴らも、それを当たり前と考える奴らも──そこらじゅうにいる。
『それにもう手遅れだ──歓迎するよ、化け物』
私も化け物に違いない。
生き物を、人を殺すことに抵抗を覚えなくなった。自分の目的のために人を殺すことだって視野に入れるのが普通になってしまった。
『とうに救われてる……よかった』
ヴェルを想って泣くオーズは化け物なんだろうか。


「あいつは化け物だけど……普通だよ。そもそも皆化け物みたいな一面持ってるし、なあ」


うまく言葉に出来なくて悩んでいたら痛いぐらいの視線を感じて顔を上げる。レオルドが食い入るように私を見ていて、赤い瞳にそういえばと思いつた。

「レオルドには私がどう見えるの?」
「君が見える。愛しくてたまらない君が、見える」
「……ノーコメントで」

なにやら上機嫌に顔を緩めるレオルドは何を言っているんだと口をあんぐり開けるリーフが視界に入らないらしい。そのうえ頬にキスしてくるもんだから本当になにがレオルドの琴線に触れるのか分からない。調子にのるレオルドを見てリーフがセコムになって動いてくれたけど、レオルドは押しのけられてもまるで堪えていない。多分、オーズに対する同族嫌悪は当たっていたようだ。自分のことのように喜ぶ馬鹿な顔に呆れて笑ってしまう。


「……英雄伝のことだけどさ、あれが事実を載せたものならカナル国民が泣いて喜ぶだろーから教えてやったら」


私を見て拗ねたように口を尖らせたリーフがあからさまに話を変える。レオルドを押しのけるのを止めて私の隣に座りなおす姿を見ていたらなんだか無性に頭を撫でたくなってしまう。そんなことを言ったら間違いなく怒るだろうからここは話にのっておく。

「カナル国民が?なんで?」
「英雄伝【レヴィカル】に出てるレヴィカルをカナル国民は崇拝してるんだよ。カナル国民の間ではレヴィカルは実際に存在したっていうのが信じられてるけどあまりにも人間離れした強さが文献に残ってるから本当かよって言う奴も出てるんだよな。英雄伝が事実ってんならお祭り騒ぎになるだろーな」

聞いたことのある言葉に思い出すのは『レヴィカルであれ』と笑顔を浮かべたカナル国民だ。力の象徴の大会で名前を使われているとのことだから、確かに、レヴィカルが実在してその強さが本当だったと分かれば喜ぶに違いない。
気になって英雄伝【レヴィカル】を取り出して読んでみる。


----------


──昔、カナル大陸最強の男がいた。

見上げるその姿二メートルになり対峙するもの熊のような男に畏怖を抱く。大木のような腕には目を背けたくなる傷を見ることになるだろう。大地を鳴らす足が動く。恐ろしさに逃げ出す者は多いが、狙われた者が逃げられたためしなどない。
けれど男を慕うものは知っている。青色の瞳が優しく弧を描くことを、茶色い髪が太陽に照らされ美しく光ることを、男が豪快に笑うことを知っている。
男は闇の者から人々を守っていた。一度闇の者見つけるや相棒のバトルアックスを担いで走り出す。人二人分あるバトルアックスを片手で振り回す様は人のようには思えない。歪な笑み浮かべる男こそ化け物と叫ぶ者は多いが、男は一切を気にせずただ闇の者を屠っていく。強者であり続ける男は人々に英雄と呼ばれその人外なる様に永遠に生き続けるのではと囁かれる。しかし男は生を全うする。
男がこの世を去ったとき人々の悲しみ凄まじく地が揺れる。眠る男に人々すがりつき男を想う。
男のようになりたい。男のようであれ。
英雄は子に語られいつしか伝説へと姿を変えていく。そして男を称えるために、男のようになるために、人々は年に一度男の名にちなんだ大会を開く。男の名は──レヴィカル。


さあ、始まる。


年に一度、大陸最強の者を決める戦いが。集え、集え。そして名を知らせろ。
我こそが、レヴィカルにならんと!


----------



どうやら英雄伝【レヴィカル】はその人のことだけを語るものではなく、現在開かれている大会の由来のようなものだった。これに発破かけられて集まった奴らの力自慢の大会か……観に行ってみたいけど参戦はしたくないな。

「人2人分のバトルアックスってどんなんだよ。もう自分の身長よりでかいだろ」
「それを片手だってよ」
「やっぱ英雄伝は一部だけが本当で誇張されてるところも多いのかな」
「面白いのが英雄伝のなかで唯一この【レヴィカル】だけは魔物じゃなくて闇の者って言葉が使われてるんだよね」
「え?あ、ほんとだ」

慣れた言葉だったから違和感を覚えなかったけど、確かに、英雄伝では魔物という言葉が使われていたのにこれだけは闇の者と書かれている。歴史書やほかの文献では闇の者という言葉が使われることはあったけど英雄伝で表記が統一されていないのはおかしい。

「とはいっても闇の者という言葉に対して人は魔物のことを指しているんだろう、ぐらいにしか思ってないけどね」
「情報操作の対象にはならなかったのか……?」
「情報操作するにしても知られすぎてて出来なかったんじゃねーの」

オルヴェンの住人が知っている物語というのだからもちろんフィラル王国の人間も知っていたはずだ。リーフのいうように手がつけられなかったんだろうか。でもそれなら昔と現在とで違う言葉を疑問に思って深堀した人がいるかもしれない。そこからサバッドの真実や召喚や勇者のことまで調べた人もいるんじゃないのか?
それなら──っ。
思いがけない期待に胸が膨らんだ瞬間だった。力ががくりと抜けて悲しい声が聞こえてきた。

『私なんていなければよかった』

泣きながら森のなか蹲っている茶色い髪の女の子だ。

『救いようがないんだよ。無理なんだ』

そんな悲しいことを言ったのはリヒトくんの村の惨劇を見たあとのことだ。感情を感じさせない声で、淡々と話していた。
おかしい。
どうして。
どうしてあのとき私は疑問に思わなかったんだろう。リヒトくんの記憶を見て泣く私に触れた小さな手。蹲る私の頭を撫でた手の感触を覚えてる。リヒトくんを抱きしめることが出来たように、あの子はここに存在して、私に触れたんだ。
魔物に分類されるサバッドは惨劇で死んだ人──死んでしまった人。リヒトくんの亡骸から起きるように立ち上がったリヒトくんは足元にある身体に気が付きもしないで森の奥に走って行った。幽霊のような、身体のない存在だった。
──ああそうか、やっぱり。
疲れを覚えて顔を覆う私にまた声が聞こえてくる。



「うわー凄い!え?!なにこれ凄い!!」



明るく弾んだ声に顔を上げれば茶色い髪をおさげにした女の子が見えた。見覚えのあるその子は今しがた記憶で見たばかりだ。

「え?」

また新しい記憶を見ているのかと思ったけどあまりにも毛色が違うし、女の子の姿が擦り切れたものだったから映像だと分かった。女の子が生きていた頃の映像だ。
顔を見なければ同一人物とは思いもしなかった声を出す女の子は石造を見上げて手を合わせている。ナナシの村の子供たちのように楽しそうな、子供らしい姿。今までさんざん人の望みを盗み見していたのになぜか見てはいけないものを見ているような気持になってしまう。


「リーシェ!多分ここから見てないんじゃないかな?」


セルジオの呼びかけにハッとする私を急かすように映像が流れていく。ふらつきながら立ち上がれば身体に感じる体温。私の腰を抱くレオルドが微笑んで、私の手をひくリーフが面白くなさそうな顔をしながらも目が合うと「行こう」と唇をつりあげる。
──大丈夫だ。
安心した身体は普通に動くようになって、腰にある邪魔な手を叩き落すことが出来た。どや顔するリーフの顔は見なかったことにして手招きするセルジオたちのほうへ移動する。
その間も楽しそうな声は響いていて、映像のなか飛び上がって喜ぶ女の子は「リルカって天才!」と満面の笑みを浮かべていた。






 
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