狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

177.「いつかあなたが見たものを教えてほしい」

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屋敷に戻ってから読書の続きや資料の見直しをしていたら次の日になるのは早かった。1人きりの夜は安眠を運んでくれて朝の目覚めは爽やかそのもの。今日はワンピースじゃなくてズボンに半袖とラフな服を着たし準備も完璧だ。
昨日見た映像は英雄伝【描かれなかった物語】に出てくる人たちが多かった。一番昔の映像から再生されているようだから最後に見る映像は最近のものになるだろう。それは一体誰だろう。この時代の人だろうか。
考えるとワクワク落ち着かなくなる心臓に手を当てれば緩む口。ジルドのことを笑えないぐらい楽しみでしょうがないんだろう。そんな私に聞こえてきたのは最近ノックを覚えた人の声と──

「リーシェ様、アイフェ様たちが戻られ、わ!ちょっと!」
「ただいまリーシェ!」

──相変わらずノックを知らない梅だ。トゥーラを押しのけて部屋に入ってきた梅は私を見るなり抱き着いてくる。

「お帰りアイフェ」
「ふっふふーただいまっ。読書は捗った?」
「んー、まあね。そっちは楽しかった?」
「楽しかった!ラスと一緒にいろ~んな場所に行ったんだ。美味しいものもいっぱいあったし次は食べ歩きメインで周りたいなあ。ね、ラス」
「ええ、いいですね」

微笑み合う梅とラスさんは私とジルドが一緒に過しているあいだ色んなところに調査とかこつけた旅行へ行っていたらしい。沢山の思い出を楽しそうに教えてくれる梅に相槌を打ちながら目が合ったラスさんに感謝を込めて会釈する。それで分かってくれたラスさんは微笑んでくれてホッとしたけど同時に居た堪れない気持ちになって心が落ち着かない。なにせラスさんが梅と急な旅行に出かけたのはトゥーラ経由で私とジルドが一緒に過していることを知ったからのようだ。自業自得とはいえジルドとの関係を知った梅の反応を考えるだけで眩暈がするから本当に助かったけど……にっこり微笑むラスさんに勝てないなんて妙な気持を抱いてしまう。

「さあさあ楽しそうなのはいいですがジルド様がお待ちです。準備がまだとのことでしたら伝えてきますが」
「いや、いい。行くよ」
「そうですかそうですか」

満面の笑みで応えるトゥーラに口元ひくつかせてしまうのは大人げないだろうか。
ジルドとの一件以来久しぶりに会ったトゥーラは満面の笑顔を浮かべたけどそれだけでジルドとのことを詮索はしてこなかった。大人な対応をしてくれたことは嬉しいけどとにかくずっと笑顔なのが鼻につく。まだ会っていないコーリアさんにまで同じ表情をされたら現実逃避で壁に頭をぶつけてしまいたくなりそうだ。
──あれから紗季さんはどうなったんだろう。
きっとコーリアさんはアルドさんたちの傍にいるはずだ。今度会ったら様子を聞かせてもらおう。静かな時間が流れる部屋。思い出すだけで頭のなかに浮かぶ千堂さんの泣き声と嬉しそうな笑顔に胸が痛む。
『召喚は、召喚は人々の救いで……我らの救いなんだ』
ウシンさんの絞り出すような声まで思い出してしまったのは執務室のドア越しに楽しそうな声が聞こえてきたからだろう。現実なのか記憶なのか夢なのか、ときどき境界線が曖昧になる。トゥーラが開けてくれたドアの向こうは眩しく、案の定、元気に笑う大地とそんな大地に眉をひそめるジルドがいた。

「おはようございます」
「よおリーシェ待ってたぜ!あの場所に行くんだろ?俺も行くぜっ」
「おはようリーシェ。待たせてしまってすまなかったな、行こう」
「ジルド様気が急くのは分かりますが……」

大地と同じぐらいテンションの高いジルドにトゥーラが肩を落とすのが笑えるけど、これからも期待しているような光景は見られないだろう。満面の笑みを浮かべて「いってきます」と言えばむくれる口を見つけた。それでも転移のため一か所に集まる私たちを見てトゥーラは微笑み、頭を下げる。

「いってらっしゃいませ」

その顔をまた見る前に景色は一瞬で変わって、森に囲まれた湖のある神聖な場所についた。風に吹かれて揺れる木の音がする。

「わあ……やっぱりここいいなあ」
「昔ここに村があったんだろ?なんで無くなったんだろーなー」
「襲われて村を放棄せざるを得なかったという説が有効だな。リヒトはここを限られた人しか来ることができない神聖な場所と言っていたから、もしかしたらリヒトの先祖はナナシの村の住人なのかもしれないな」

神聖な場所は相変わらず時間が止まったような美しい場所だ。朝になり夜になり風も吹けば眩しい太陽の日差しもある。きっと雨だって降るし動物が来ることもあるだろう。それなのに姿を変えない。ここには戦闘のさい私とイメラがかけた守りの魔法以外にも特別な魔法がかかっている可能性が高い。詩織さんとヴェルの魔法──それか、闇の者が憑いてる。
『怨嗟が積もってあそこは闇の者の巣窟になってるんだよ。いや、あの崖の下の空間が闇の者そのものになってる』
笑うロウの声につられてあの川の音が聞こえてくる。滝のような音だ。あのとき私は指に絡む赤い血にうんざりしてたっけ。だるくて眠くて仕方がなかった。真っ暗な空間のなかひたすら音を、声を聞き続けて──助けて、なぜ、辛い、苦しい──あのとき聞いたナニカの声は闇の者の声か、闇の者が憑く原因になった人たちの声なのかもしれない。サバッドの記憶と同じようにその人の惨劇が詰まった声。


「リーシェさん、オーズがいないのですが彼がどこかご存知ですか」


──ここでは聞こえない。

「オーズですか?」

梅と違って転移前に誰かを探して辺りを見渡していたラスさんは予想よりオーズのことを気にかけているようだ。さて、どう言ったものか。私に止まるなと言って姿を消したオーズは屋敷に戻っていなかった。一日が経った今日もまだ顔を見ていない。

「いえ、どこかは知りません」
「そうですか……」

監視がなくなったと素直に喜べないのは銀髪のオーズが赤い瞳を歪ませて笑うのを見てしまったせいだ。あいつは私がどこに向かうことを待っているんだろう。どこに。あいつが望んでいるものは?
『止まるなよ』
止まるな?私が今していることを言っているのなら、英雄伝を辿って戦争が起きるかもしれない未来を考えながら復讐を想う私は……どこがゴールなんだろう。


「リーシェラス何してるの!早く行こっ」


暗く黙り込む私たちを動かしたのは梅だ。私とラスさんは手をひいてくる梅に苦笑して、それでもお互い連れられるままその背中を追いかけてしまう。「えい」と可愛いかけ声が聞こえたときにはもう足は勝手に動いていて、既に湖に浸かっている奴らを無視して飛び込んだ。ばしゃんと飛び跳ねた音はあのときと違ってキラキラ輝いていて笑う声も聞こえてくる。冷たい水。その奥底に見える神殿。
顔を見合わせた私たちはそれぞれ期待を胸に息を吸い込んで湖の底にある神殿へと泳いでいく。皆我先にとばかりに泳いでいて、このあとに起こることを知っている私はそんな後ろ姿を追いかけた。まるで映像に見た子供たちのような姿で──視界をよこぎる魚や水泡に別れを告げたのは梅だった。指先が水を抜けて宙をきる。身体が落ちて湖の底へ足がつき、半円描いたシールド越しに湖を見上げながら呼吸が出来ることに驚いて、感動して、理解ができない現状に少しの恐怖。

「汝、なにを望む」

そして話し出した石像に息をのむ。
ジルドは警戒に身を構えたものの、これが絵本の通りだということに気がつくと感動に頬を上気させ口をあんぐりと開けながら石像を見上げた。大地は最初からアニメでも見ているように興奮しっぱなしで、梅もラスさんも石像に害がないと分かると興味津々になって辺りを観察し始める。石像の首が軋んで梅に向いたときはラスさんが梅を守るように立ったけど、嬉しそうに表情を緩めた梅が大丈夫と言ってその背を軽く叩いて──なんともまあ、微笑ましい光景だ。

「これ私に聞いてるんだよね?」
「そうだと思いますが……」
「なにを望む……望みかあ」
「すっげー石像が喋ってる!これも魔法だよな!?すっげー!」
「英雄伝は正しかった……っ」

五月蠅い外野に石像は子供たちに囲まれたときのように黙り続けている。
そして3回目の問いで──梅は答えた。

「私の望みはリーシェと一緒にいること!それで……まあ、ラスとも一緒に、かな」

私を見て幸せそうな笑みを浮かべた梅がラスさんを見て微笑む。らしくなく照れて目を逸らす梅にラスさんは破顔して、ほんと、つっこみ辛いラブラブカップルだ。仲良く恋人繋ぎして見つめ合う2人は凄く絵になっていて石像でさえ熱にあてられたようだ。望みを言われたのにすぐに応えられずたっぷりの時間をとってようやくお決まりの言葉を口にした。

「汝願いし言葉、確かに聞き入れた」

ああ、そういえばもう石像の手には何もなかった。約束の代わりに置くものはともかく代わりに持っていくものはどうしたらいいんだろう。映像を見たらその理由も分かるだろうけどどうせなら楽しく謎とき──楽しく?
おかしなことだ。今朝あんなにワクワクしてたのに、今はただぼんやり突っ立って2人の楽しそうな後姿を見てる。ああでもないこうでもないって検証をしたかったはずなのに、なんで。


「あなたは今どんな顔をしているのか気がついているか?」


隣に立っておかしなことを言ったジルドを見上げれば、さっきまで子供のようにはしゃぎまわっていたジルドが皮肉めいた笑みを浮かべる。

「今にも泣いてしまいそうだ」

そう言って目元に触れてくるけど見当違いもいいところだ。手を払いのけて梅たちに視線を戻す。どうやら契りがなにをさすのか話しているらしい。ラスさんもこの場所は初めて目にしたようで梅と同じような顔をして実に楽しそうだ。
隣に立つジルドはまだ私から目を逸らさない。

「……この神殿調べなくていいんですかね」
「勿論あとで調べる。だが今はあなたのことが気になる」
「そうですか。あそこの祠が聖剣を祭ってたところじゃないですか?」
「なら一緒に調べにいこう」
「私はここで結構です」
「あの者はあなたの大事な……家族のような存在なんだろうな。あの男に盗られたと思っているのか?」

盗られた。
また変なことを言い出したジルドを睨めば微笑ましいとばかりに目を細めやがって随分と鬱陶しい。頬に触れてくる手も鬱陶しい。払いのけようとしたのに今度は防いでくるのも鬱陶しい。

「あなたもこんなふうに拗ねるんだな」
「さっきからいい加減鬱陶しいんですけど。あと手、離してくれませんかね?なんでこういちいち触ってくるんだ」
「分からないのか?そうだな……理由はいくつかあるがあなたが納得する理由を教えてあげようか。魔力の回復は人からとったほうが早いだろう?だが奪うより交換したほうが、触れたほうが早い。それにいつまでも味わっていたい魔力もあれば緊急時以外は口にしたくない魔力もある。俺はあなたの魔力が心地いいんだ。欲しくて、つい触れてしまう」
「……さよですか」
「あなたが納得したくない理由もある。むしろこっちのほうが理由としては大きい」
「さよですか。もうそろそろ終わるみたいですよ」

梅が石像に契りとして出したのは魔力らしい。私が石像に触れて魔力を流したように梅も石像に魔力を流して──あれ?おかしい。梅が代わりになにもとっていないのに石像が元の位置に戻っていく。これも後で映像を確認する必要がありそうだ。一度地上に戻ったあとまたここに来て皆で映像の検証……なんて考えていたら頬にある手が私の顔を無理矢理動かして見たくもないのにジルドを見てしまう。茶色の目は弧を描いていて、私が何も言わないのをいいことに口づけてくる。

「愛しているから触れたいんだ。あなたをこの手に感じたい。あなたの見るものに俺を加えてほしい。俺を意識してほしい。俺を見てほしい──だから触れるんだ」

とち狂ったようなことを言い出したジルドはまた口づけてきて、また。身体を押す手は笑われて、酸欠でくらりとする私を抱きしめる身体はドクドクと熱くて。

「あなたは今どんな顔をしているのか気がついているか?」
「そういう……もうなんでもいいです」

いつかと同じやり取りを思い出して口を噤めばシールドに穴が開いて水が流れ込み始めてきた。壮観な景色は最初1人で見たときと同じなのにあのときと違って恐怖は沸かない。水が足元を撫でても、あっという間にお腹にまで届いても怖くはなかった。シャツがぷかりと水に浮かんで髪が漂う。私を抱きしめる熱い身体は動かなくて。

「いつかあなたが見たものを教えてほしい」
「……なんのことですかね」

ここに来てずっと傍観しているのを見てなにか勘づいてしまったんだろう。悪戯がバレてしまったような妙な気まずさを抱いていたら飽きもせず口づけてきて、胸元にまで水が届いたのにそれでも手を離してくれない。脚が水に浮かんで身体がバランスを崩す。シールドに空いていく穴がいくつか繋がって大きな滝を作ったのが見えた。


「あなたのことも」


パチンとシャボン玉が消えるようにシールドが消えて水がすべてを覆っていく。赤い髪が水に漂っている。水泡が空へとのぼっていって、私を抱きしめていた手が私の手を引いて同じ場所へ行こうとする。

「汝、幸せであれ」

背後から聞こえた声に口元が揺るんでしまったのは何故だろう。先に地上へとあがる皆を追いかけて、私も手を伸ばした。


「リーシェ!」


ようやく湖から抜け出せたところで梅の声が聞こえた。視界を邪魔する髪をかきあげながら新鮮な空気を吸い込めば先に地上にあがっていた梅が手を差し出してくれた。有難く手を借りて地上にあがれば梅が抱き着いてくる。勢いが強くて踏ん張りが甘ければ湖に落ちていたところだ。

「アイフェ……?」

お腹に顔を埋める梅はなにも言わずに顔を押し付けてきて、その頭を撫でながらラスさんを見れば困ったように微笑む顔。

「さっきのあなたと同じような顔をしているんでしょうね」

私のあとに地上にあがったジルドが私たちを見て「妬けるな」と笑った瞬間、梅が威嚇する猫のようにジルドを見て唸り声をあげる。それはともかく抱き着いてくる力が強すぎてかなり痛い。呼吸さえ止めかねない力の強さに煽ったジルドを睨めばニッと笑って背を向けてしまう。どうやら大地と神殿でのことを検証するようだ。死んだような目を私たちに向けていた大地は近くにやってきたジルドを見るや背中を蹴りにかかってなんなく防がれている。何してんだ?アイツ。

「リーシェ」
「……なに?どうした」
「リーシェは私と一緒にいてくれる?」

くぐもった声は真剣だ。必死に抱き着いてくる力は相変わらず強いままで、私の返事を待つ小さな身体は緊張に固い。ドクドク、ドクドク。心臓の音が伝わってくる。
『あの男に盗られたと思っているのか?』
瞬間、気に食わないけどジルドの言葉がすとんと腑に落ちた。時々鬱陶しくなるぐらいずっと一緒にいて当たり前のように隣にいたのに、最近、梅の隣にはラスさんばっかりだ。元の世界では梅と距離を置こうと思ったしこの世界ではパートナーが出来たからって牽制もしたのに随分自分勝手なことだ。梅は石像に私と一緒にいることが望みだって言ってくれたのに私はラスさんに嫉妬して……。

「……一緒にいるよ。前も言ったけど、別の世界でも会えたんだし間違いなくこの先ずっと一緒だから」

この世界で変わって、変わらない梅を見て私もそうなりたいと思った。だけどそれだけじゃ駄目なんだ。私もいろいろ変わってしまったんだ。
それを、受け入れなきゃいけない。
抱き締めてくる力が緩んでようやく梅の顔が見える。見上げてくる目はパチパチと瞬いて、目が合うとそのまま動かなくなった。額にはりついている濡れた髪をすくって梅の耳にかければ、プレゼントしたイヤリングがゆらゆら揺れる。指先触れた頬の熱さが気になって頬に手を置けば増々赤くなって。

「一緒にいて?……一緒にいたいんだ、梅」
「~~っ!」

言葉なく叫んだ梅がわなわなと震えて何度も頷きながら涙を流す。そんな梅が可愛くて頭を撫でていたら、ラスさんが私から梅を引き剥がしてしまった。らしくない行動にラスさんを見れば気まずげに視線は逸れたものの梅は手放さない。ラスさんの腕のなか足をジタバタさせて「携帯が欲しかった……っ」と悶える梅は通常運転だ。
──大丈夫。
知ってしまった自分のなかにある執着心に思い出すたくさんの出来事が、悲しいような嬉しいような気持ちをつれてくる。変わってしまったんだ。
だから、代わりに捨てたものを受け入れなきゃ駄目なんだ。
──受け入れられる。
以前と違って心は揺らがない。思い出や記憶に生きることができないって分かってるから、進むしかないって知ってるから、手放さないと前に進めないって……もう分かってる。脳裏に何度も響く悲痛な記憶がいやってほど教えてくるし、周りにいる奴らも五月蠅いほど教えてくれた。
──アイツラに会いにいかないと。今日の散策が終わったあとにでも連絡をとろう。
腹を決めて目を開ければ梅はまだ悶えていてラスさんはそんな梅を見ながら強く口を結んでいた。そんな拗ねた表情は私の視線を見つけると無言で逸れていく。傍から見たら私はこんな感じだったのか……。

「そういえばさっき石像と約束したとき梅はなにを渡してなにを貰ったの?」
「約束?……ああそっか、そうだね。約束のほうがしっくりくるかも」
「え?どういうこと?」
「石像が契りって言ってたでしょ。あれどういう意味なのかなってラスと話してたんだ。私は誓いっていう意味だと思ったんだけどラスは契約だっていいはって聞かないんだよね」
「ですが実際アイフェが望みを言って石像が了承し魔力を交換し合った。名前を使ってはいないので効力は薄い可能性はありますが、その人自身を表す魔力を使っている時点で契約としては十分なものです」
「待ってください。それじゃ梅は石像に魔力を渡した代わりに石像から魔力を貰ったんですか?」
「はいそうです。ご覧に……あ、いえ、なんでもないです」

見てなかったのかともっともなことを言おうとしたラスさんが言葉を濁した瞬間、始終ご機嫌だった梅の機嫌が一気に悪くなった。
……。
……ジルドとのこと見られたんだろうな。
梅の様子がおかしかった理由が分かって私は微笑んで頷くしかできない。話を変えてくれたのはラスさんだ。

「リーシェさん、あの石像が宿している魔力は1人2人のものではありません。なのでアイフェは石像と契約を交わしたというよりも顔も知らない複数人と契約した状態です」
「だから契約とかじゃないって。ラスって大袈裟」
「アイフェ、契約を馬鹿にしてはいけません。安易に契約を結ぶのも複数の契約を持ってしまうのも、絶対に、駄目ですからね」
「分かったってば」
「契約の管理……ロナルという男と結んだ契約もそうですが内容を忘れるなんて、絶対に、駄目ですからね」
「ラスってお母さんみたい」
「お母さん……」

過去に何度かしたやり取りらしく梅は耳にタコが出来てるようだったけど、近くでお説教を聞いていた私は耳が痛い。私って契約何個してたっけ……。

「ラスさん、あの石像は契約をするっていうより本当にただ人の望みを聞いてるだけですよ」
「え?」
「ここを作ったのは詩織さんとヴェルって人なんですが、この場所までたどり着いた人がどんな願いを持ってるか聞くために作ったそうなんです」
「待ってください。ヴェル……その2人が?」

息をのむラスさんに眉を寄せてしまったけど、ラスさんはオーズと一緒に長く行動を共にしていた人だ。オーズから2人の話を聞く機会もあったかもしれない。

「はい、そうです」
「リーシェさん、オーズと連絡がとれる手段をなにか持っていませんか?!あの神殿はきっとオーズが探していた場所なんですっ」
「……あいつはもう石像も映像も見ましたよ」
「え??」

混乱するラスさんにオーズと見た映像のことやそのあと1人で見た映像のこと、オーズが姿を消したときのことをかいつまんで話す。口元に手をやって真剣に悩むラスさんと違って一緒に聞いていた梅は「なーんだ」と鼻を鳴らした。

「要はアイツ拗ねたんでしょ」
「アイフェ……」
「拗ねたというには随分かわいくない言動だったけどな」

なにせ悪魔の証明のようなことをしてるって指摘したらキレて──あれ?そういえばなんで。

「リーシェさん申し訳ありません。オーズを探しに出てもいいでしょうか?彼と連絡がつかなかったことは今まで一度もなかったんです。私は……」

いつか帰ってくるだろと思う私と違ってラスさんは心の底から心配しているようだ。苦しい表情を浮かべるラスさんの手をとる梅は困ったように眉を下げて、それから私を見上げる。2人とも私の判断待ちらしい。別に私の許可は必要ない気がしたけど、そういえば一応主人という立場をとってるんだった。きっと梅もついていくだろうことを考えれば従者全員いなくなる状態になるわけで、言い訳も面倒臭い。でもまあしょうがないだろう。

「勿論。こっちに姿を見せたときは連絡しますね」
「……ありがとうございます」
「これ連絡球です。はい、梅も念のため持っておいて」
「……いいの?」
「勿論」

迷いなく頷けば梅はラスさんを見たあと私を見上げて小さな声で「いってきます」と呟く。あんまりにも小さな声だったから笑ってしまった。

「いってらっしゃい」

そのまま梅の背中を押せばラスさんと並んだ梅が振り返っていつものような満面の笑みで「いってきます!」と元気よく叫んで消えてしまった。
さあ、どう言い訳しようか。
2人のいなくなった景色に寂しさよりもこれからの面倒臭さが勝って思わずジルドたちのほうを見れば、ジルドも連絡球で誰かと連絡をとっていたらしい。湖に足をつけて寝転がる大地を尻目に連絡球を空に投げていた。

「リーシェいま……他の2人は?」
「あの2人なら調べてほしいことがあったので使いに出しました。先に出たオーズと落ち合ってくれることでしょう」
「……そうですか。なら、丁度よかったのかもしれないな」
「?」
「ここに人を呼んでもいいか?信頼できる人間だ」
「それなら、はい」

ジルドが信頼できる人間となるとロナルかディーゴだろう。ジルドが散策に出るぶんフィラル王国で奔走する羽目になっている2人がこっちに来るなんてどんな理由で──え?


「あなたの警護として使ってほしい」


微笑むジルドの隣に人が転移してくる。一瞬誰だか分からなかったのは服装と髪型のせいだろう。適当に伸ばしているだけだった茶色の髪をワックスかなにかで固めて後ろに流しているのも、腰まである臙脂色のミリタリージャケットを羽織っているのも見たことがない。ああそれでも、転移後ジルドに悪態吐く顔は知ったものだ。

「ジルド団長、次逃げたらマジでディーゴがやばいんで」
「ああ、今から戻る。お前には俺の代わりを頼みたい……これからは彼女の命令に従え」
「は……?彼女……?」

ジルドに言われてようやく自分を見ている私の存在に気が付いたらしい。言葉を忘れて慌てたように居住まいを正すのは前にも見たことがあってつい笑ってしまった。

「し、失礼しました。私はハースと申します。それで……え?」
「お前はこれから彼女の護衛だ」
「ご、護衛となりましたハースです」

ハース。
適当なようで世話焼きで真面目なせいで振り回されて、サクが死んでからどんな生活を送ってきたんだろう。いつの間にかジルド直属の部下になっているらしいハースはぎこちない笑みを浮かべて私を、リーシェを見ている。

「よろしくお願いします、ハースさん」

きっとハースの頭は疑問符だらけに違いない。私も同じ気持ちだ。私を見て微笑むジルドに微笑み返しながら、思い出してしまった言葉を忘れるようにそっと手を握り締める。






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