狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

176.「……汝願いし言葉、確かに聞き入れた。契りを」

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ところどころに僅かなブレのある映像に映し出される遺跡は今と違うところが多々あった。そのなかの一つで極めて目立っていたのは祠に恭しく収められている金色に輝く豪華な造りの剣だ。きっとあれが話に聞く聖剣なんだろう。それで、聖剣に向かって手を伸ばす黒髪の男性はきっと伝説の勇者と言われているクォードだ。英雄伝【描かれなかった物語】にある状況と酷似している光景に確信する。
ジルドの興奮が目に浮かぶようだ。

「汝、なにを望む」

石像がお馴染みの台詞を言ったあと水が消えてクォードは湖の下に落ちてしまう。どうやらこれはお約束事項らしい。だけど私のときとは違ってなんなく着地してみせたクォードでもこの現象は異常なことだったようだ。動揺にあたりを見渡す姿に親近感を持ってしまう。身のこなしの良さと長身に全身黒尽くめの格好はなかなか近寄りがたい強者の雰囲気があったけれど普通の人だ。それがクォードの印象だった。

「あなたは神か?」
「神は創られしもの」
「では、あなたは一体何者だ」
「汝は、己を何者とする」

面倒なことを言う石像だと思うけど会話が出来る時点でかなり凄いことだと思う。詩織さんがこの場で魔法を使って石像を操ってる訳じゃないのに臨機応変に動くのは興味深い。

「汝、なにを望む」

悩むクォードに石像は同じことを言っている。恐らく詩織さんが言っていた石像の前で望みを言わないことという条件はこの問いに何回答えずにいるかが目安なんだろう。

「汝、なにを望む?」
「……幸せを望んだんだ。俺のエゴだ。ただ……泣く姿を見たくなかったんだ」

誰のことを考えているのか悲しい顔で笑うクォードに思い出すのはフィリアンの日記だ。
『二人は昨日から一緒に旅をするようになったって話が信じられないぐらい仲が良さそうな──兄弟に見えたわ』
フィリアンがクォードに聖剣へと、この場所へ続くネックレスを渡したと書いてあった。それなら何故ヴァンはここにいないんだろう。

「……汝願いし言葉、確かに聞き入れた。契りを」

仰々しく言った石像が石像とは思えないほど滑らかに手を動かしてクォードに向ける。見下ろしてくる石像を見返したクォードはハッとした表情を浮かべたあと首にかけていたネックレスを外して石像の掌に置いた。契りがなにをさすのか分からない私を置いてけぼりにして石像は満足したように身体を動かして定位置へと戻っていく。そして最初に見たときと変わらず手を空へ掲げて石像らしくピクリとも動かなくなった。金色のネックレスが遠くにある太陽の光でキラリと輝く。
クォードはその光景を言葉なく眺めていたけど、おもむろに聖剣のほうへ向かっていってついにその手に聖剣を握った。きっとこの瞬間ジルドは泣いてしまうだろう。感動的にも思う光景なのにそんなことを思っていたらどうやら録画は終わりに近いらしい。クォードが聖剣を手に取るや今まで水の侵入を防いでいたシールドが一つ二つと小さな穴をあけて空間に水の侵入を許し始めた。水浸しになっていく世界から空を見上げるクォードの背中を見ていた石像の口が動く。

「汝、幸せであれ」

石像の言葉に微笑んだクォードは想像する伝説の勇者とは違っていて──映像が途切れる。とたんに詰めていた息を吐いてしまう私はどうやら緊張していたらしい。最近とはいえ調べに調べた英雄伝に登場している人物の実際の出来事を見れたんだから当然か。

「……やっぱこれ見たらジルド狂喜乱舞だろうな」

それはなかなか面白そうだけど鬱陶しそうだ。でも英雄伝に詳しいジルドが見れば何か発見があるかもしれない。それにこの映像は色んな奴からの意見が欲しいし、一度中断してまた見に来るほうがいいかもしれない。



「わあーすっげー!ねえねえ見て見てー!守り神が動いた!」



悩んでいたら映像の続きが再開されたようだ。といってもクォードの続きではなく別の誰か、子供たちの映像だ。映像に映る子供たちは7人ぐらい居てそれぞれが目を輝かせながら像を見上げ、走り回ったり声を上げたり飛び跳ねたりと忙しい。

「汝、なにを望む」
「なんじって何―?」
「望みって言ってるよー?」
「望み?望み!はいはい!俺、お菓子が食べたい!」
「ばっかだー!お菓子なんて食べれるわけないじゃん」
「えー」

賑やかな声は続いて「妹が元気に生まれますように」「お父さんの足の臭いがなくなりますように」「背が伸びますように」可愛い望みが次々と上がっていく。面白いのがクォードのときでは会話をしていたのに石像が応えなかったところだ。子供たちの元気に押し負けたように黙り続ける石像は子供たちが変化を期待して黙ってようやくお決まりのことを言う。

「……汝願いし言葉、確かに聞き入れた。契りを」

小難しい言葉に子供たちはみんな首を傾げ、けれど石像はお決まりに動く。最初に望みを言った子の目線の高さに手をおろす石像に子供たちは怖がったり驚いたりしていたけど、その手が要求しているものが分かったのだろう。「なにか欲しいんだって」と1人が囁いて、お菓子が食べたいと言った男の子が悩んだあとポケットからラシュラルの花を取り出してその手に置いた。そのとき見つけた金色のネックレスに「お供え物だ」と誰かが言って「代わりに貰ったら?」と無邪気に言う。そして金色のネックレスを男の子が手に取ると水がゆっくりと空間を満たし始めて──子供たちは守り神と呼んだ石像に「またね」と声を上げる。

「汝、幸せであれ」

石像の声が子供たちを静かに見送った。


「汝、なにを望む」
「子供たちが言っていたことは本当だったのね……守り神様、子供たちが失礼を致しました。こちら、お返しさせて頂きます」


次に現れたのは長い亜麻色の髪を持つ女性だ。その手には金色のネックレスを持っていて、どうやら子供達から話を聞いてやってきた保護者のようだ。
女性は金色のネックレスを石像の手に置いて返したいみたいだが、空に掲げられた手は高く難しい。どうやら望みを言わなければ駄目だと分かったのだろう。もう一度かけられた問いに女性が静かに言葉を続ける。

「皆幸せに……いえ、難しいですよね」

困ったように微笑んだ女性は頭から伝って来た水滴を拭い、空を見上げた。水面越しに映る太陽と湖を囲う森が見える。女性はたっぷりの時間を使ったあと石像に答えた。

「クォードとヴァンが安らかであるように、それが私の望みです」

微笑んでいるのに悲しげで、女性の口から思いがけない言葉が出てきたのに驚きより悲しみが勝る。このときにはもうクォードとヴァンは亡くなったあとなんだ。クォードとヴァンの話が出来てここにこれる女性──きっとこの女性はナーシャと呼ばれた人だ。
石像は了承し手をナーシャへとおろす。けれどナーシャは金色のネックレスを手に持ったまま動かず、石像を見上げた。石像がただの石像でしかないことを分かっているんだろう。それでも言わずにはいられなかっただろうナーシャが拳を震わせる。

「守り神様、ヴァンは幸せだったのでしょうか?勇者になると言って人を殺して私を助けて自分を苦しめて……最後は殺されて。クォードも世界を救った勇者なのに誇らしさより卑下していようでした。何故……殺されたとき笑っていたのでしょう。最期にありがとうと言った意味が私には分からないんです」

石像はなにも答えない。
ナーシャは視線を落とし、微笑んだ。

「話を聞いて下さってありがとうございます。もう泣き言は言いません。私はクォードやヴァンの分もちゃんと生きていきます」

顔を上げたナーシャは力強く微笑み、石像の手にネックレスをのせて代わりにラシュラルの花を手に取る。そしてまた映像は代わり──映し出されていくのはナナシの村の住人たちだ。
彼らの発言から推測を立てるにここで起きることはグループでも体験できるが、その場合像に一番最初に近づいた人物を軸に話が進められるらしい。その人物が願いを言って約束の品を像に置き、像に残っていたものを代わりに受け取るとシールドが解かれて戻れる。ただしそれは1度限りの体験でその人物がもう一度像と話そうとして条件を満たしても失敗に終わる。他の人を軸に話が進められるらしい。その場合見物と言う形で同席することは出来るようだ。
石像は守り神として慕われているだけあって望みを言うというより村の出来事を報告するような話が続く。子供が生まれた報告に来た両親は子供の幸せを願って、結婚した夫婦が互いの幸せを願い──これは時間がかかりそうだ。湖底にいるから時間の流れに気がつかなかったけどさっきから見える太陽の位置を考えるに昼を過ぎている。ただでさえジルドと3日間過ごしたうえ、ジルドと離れた状態で1人姿をくらませたら梅たちだけじゃなくてジルドまで騒ぎ立てそうだ。

「でもどうやって映像止めれるのかな」

ナーシャたちと違って私は願いを言っていないし石像に契りの品を渡していない。代わりにしたことといえば石像に魔力を流したくらいで。

「あ、出来た」

石像に魔力を流した瞬間映像が消えて、同時にシールドに穴が開いて水が流れ込み始めてきた。湖底から水を隔てるシールドを見上げるのは水族館のようで綺麗だし、シールドから流れ込んでくる水は滝のようでなかなか壮観な景色だ。けれど空間に満ちていく水はなかなか怖いものがあって、こんな状況のなか楽しそうに笑って石像に「またね」と言った子供たちを尊敬してしまう。満たされていく水はあっという間に胸ぐらいの高さになって身体は浮かんでいく。届きそうもなかった石像の手を見下ろすことさえできて、なにも持っていない掌を見つけた。

一体なにがあったんだろう。

水で満ちていく世界。
私は湖の上へと泳ぐしか出来なくて──辿り着いた地上に、センチメンタルな気持ちになってしまう。森を彩る白いラシュラルの花に見え隠れするお墓を眺めながら地面に手を置いてしばらく湖に浮かんで……。


「……幸せであれ」


呟いた言葉に応える人は誰もいない。






 
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