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第三章 化け物
174.「汝、なにを望む」
しおりを挟む苦々しく吐き出された言葉をすぐに信じることは出来なかった。けれどオーズは今まで全てを話すことはなかったけれど嘘も言っていない。また謎が増えたけれど、覚悟を決めて差し出された手を取った。
「ここ……」
オーズの転移でついた場所は神聖な場所だ。森の天井がなくなって太陽の光が差す神聖な場所はつい先日の争いが嘘のような静かさと神秘さに満ちている。大きな湖を囲う森は静かに私たちを見守っているようで風に揺れることもない。塚を埋め尽くさんばかりの真っ白な花が鬱蒼とした森を照らしていて。
きらきら、きらきら。水面が揺れて、止まっていた時間が動き出したように風が吹く。ラシュラルは水面揺らす人の心を慰めるような優しくて甘い香りをしていた。
「ここは皆のお墓」
湖に足をつけて背を向けるイメラが静かに語り始める。どうやら今日は理性があるようだ。少なくともいきなり殺しにかかってくるような状態じゃないらしい。
「あんま油断すんなよ」
「分かってる」
自分に身体強化の魔法をかけてイメラに近づく。綺麗な金色の髪が湖にまで垂れて、あーあ、濡れてる。隣に立てば見上げてきた赤い瞳は涙を浮かべていて微笑みかければ泣いてしまう。本当、黙っていれば絵になる美女だ。
隣に腰かければしばらくしてイメラは視線を湖に戻す。
「お墓?」
「そう。私が皆埋めたの」
「皆って?」
「……」
イメラは答えなかったけど皆はきっと皇帝アガサルによって滅ぼされた村人のことだろう。
「そっか……それで?私にどうしてほしい?何か用があったから呼んだんでしょ」
「私を殺して」
「そっか」
「殺して」
「ロイさんにもリヒトくんにも会わないの?」
「会いたいから、殺して頂戴」
冷たい手が私の手に重なる。
隣を見れば真っ赤な目が憎らしさと望みをかけて歪んでいて随分と物騒な表情だ。
「ロイさんは知らないけどリヒトくんは生き──私は会った。ここに居るんだけど」
「そんなはずない、そんなはずないのよ。だって私が皆埋めたのよ?みぃんな。ロイは湖の下に1人きりで可哀想だったから連れて行ってあげたわ」
「連れて行った?」
「だって死ぬときは一緒がいいでしょ。ああでも起きたらどこかに行っちゃうんだから酷いわよね?でもお相子だから許してあげるわ。私だってロイを置いていったんだから……ねえ、お願い」
「アンタはもう死んでるだろ?」
私を殺してと言いかけたイメラにはっきり言えば私の手を握り潰そうとしていた手が力を無くしていく。瞬いた眼は無害な子供のように驚いていた。
「あなた酷い言い方ね。でもそうね、そうなのかしら?だって私はここに居るわ?」
「ですよね」
「ねえ、リーシェ。やっぱり私は許されないのね?ずっと1人で彷徨うしかないのね?」
「さあ、分からない。私も聞きたいんだイメラ。464年前に国を滅ぼしてからずっとその状態か?誰にも見られず?」
リヒトくんの言動にみられる矛盾がひっかかって問えば、イメラは「464年前」と小さく呟いたあと、嗤った。
「知らない、知らないわ?なんでそんなに経ってるの?それじゃあ私はどうすればいいの?皆を殺した奴らなんてもういないんじゃないあ゛ああぁだからそう、そうなのね!やっぱり私は許されないんだわ」
泣きながら立ち上がったイメラは私を呪い殺さんばかりの顔をするのに、一瞬くしゃりと歪んだ顔は悲しくてたまらないと叫んでいて怒るに怒れない。
「もう会えないのね」
心に棘を作ることを最後に残してイメラが目の前から消えてしまう。言いたいこと言ったうえ好きなように解釈して本人は満足なんだろうけれど付き合わされるこっちの心労は半端ない。堪えきれない溜息を吐きながら項垂れてしまえば、イメラの代わりに隣に座ったオーズが背中を叩いてきた。慰めてるつもりなんだろうけど湖に落ちかけたんで止めてもらえますかね。
「こういうのカウンセリングって言うんだろ?お優しいこった」
「私は知りたいことがあっただけなんで」
「へえ?何か分かったか?」
「イメラを殺す……っていうか、イメラが言ってる死ぬための方法」
「……へえ?」
興味深そうに私を見るオーズから顔を逸らせば顔を覗き込まれて鬱陶しい。湖につけている足を蹴ってやったら近くを泳いでいた魚が慌てて逃げて行った。その先には湖に沈む古びた遺跡があって心奪われる光景だ。明日行くはずだった場所だけど今回のことは不可抗力だししょうがないだろう。ジルドには悪いけど先に色々調べさせてもらおうか。
決めたらさっさと行動するに限る。邪魔な髪をくくってさあ湖に飛び込もうとしたら手が捕まって赤い瞳を見つける。イメラとはまた違った子供のような表情をしていて面倒なことだ。
「……イメラは村の人を殺した奴ら全員殺したら自分は許されるって言ってただろ。多分、許されたら最後は自分って言ってたし、許されたあとロイさんたちに会うことがイメラの本当の望みなんだと思う。おかしなのは許されたら自分で分かるみたいだけど自分が国を滅ぼしてから464年が経ってることは分かってなかったことだ。しかもさっきそれだけの年月が経ってることが分かったのにイメラはこれで自分が最後だって思うことはなかった……多分さ、最後の1人はリヒトくんだ」
閉鎖的な村に外の人間を、村を滅ぼした連中を招き入れてしまったリヒトくんはずっと『僕のせい』と言って縛られている。イメラと同じように自分のせいだって──この予想が合ってるなら本当に救えない。いつだったかオーズが闇の者を救えない存在って言ってたのに同意してしまうのが悔しい。
手を振りほどけば今度は止めなかったオーズが疲れたように微笑んでいて。
「潜んの?」
「っそ」
「その恰好で?随分大胆なことで」
湖に浸かってぷかぷか浮かぶワンピースを指差すオーズにそういえばと呟けば呆れた溜息。しょうがねえなと恩着せがましいこと言うオーズに眉を寄せればジルドがしたようにオーズも創作魔法を使ったんだろう。素足が真っ黒に塗りつぶされたと思ったらズボンが出来上がって一瞬でズボンを穿いた状態になった。やっぱり便利……だけどこうもサイズ感に問題のないものばかり出来てくるとなんか嫌だな。とりあえず感謝をすれば私の顔を見て笑いやがって、落ち込んでいたのが嘘のようだ。
「そんじゃ」
楽しそうに笑うオーズに言い捨ててドボンと湖の中。ぶくぶく泡が空に向かっていくのとは逆に湖の底に沈む遺跡へと泳いでいく。透き通る水のなかは綺麗で、水の膜ごしでもすべてがよく見えた。揺れる草、泳ぐ小魚に苔の生えた石像、ところどころ壊れたところあれどしっかりと形を遺した遺跡。
もう少し。
まだ余力があったから欲を出して手を伸ばしてしまう。あともう少しで辿り着きそうだった。
「汝、なにを望む」
──突然、誰かの声が響き渡る。
驚いて口の中から漏れた空気が大きな泡になってしまう。水を通して聞こえてきたとは思えないほどはっきりとした声に危険を覚えて地上へ戻ろうとすれば、手が掴んだのは水じゃなくて空気だった。
「うっ、わ!あぶな」
湖の中のはずなのに身体が落ちて地面に、湖の底に足がつく。結構な高さから落ちてしまったけどイメラ対策をしたたまだったのが功を成して怪我はない。これは初めてイメラに感謝だ。
馬鹿なことを考えながら異常な事態を把握しようと辺りを見渡す。遺跡を中心として湖のなかシールドが張られてそれが水を絶っているようだ。全身濡れ鼠のようになってなきゃ信じられない光景だけど、どうやら転移した訳じゃなくただ湖に落ちただけで間違いないらしい。呼吸が出来ることを考えれば、錯覚魔法で隠されていただけでもしかしたらここはずっとこんな場所だった可能性もある。
落ちた場所は湖の底にあった遺跡の中で一番低い場所で、祠を背に立つ石像を崇めるようにしてある沢山の石像のすぐ近くだ。石像は1人1人凝ったもので服どころか表情まで違っていた。何かを望むように手を伸ばしたり祈ったりする者もいれば悲鳴を上げたり笑みを浮かべたり幸せそうな表情をしている者もいる。
さっきの声はこの中の誰かだろうか。
そんな恐ろしいことを考えてしまうぐらい生きているかのような詳細な造りをしている。念のため魔法を重ねがけして探知魔法で辺りを探るけど誰もいない。上を見れば湖につけた足を気持ちよさそうに動かしているオーズを見つけた。もしかしてあいつが仕組んだことなんだろうか。
「オーズ」
一応呼んで手招いてみれば私を見つけたらしいオーズがピタリと動きを止めて首を傾げる。まるで奇妙なものでも見たような素振りに眉を寄せればオーズが湖に入ってきてこっちに向かって泳いでくる。黒い髪が湖に浮かび上がって眩しい太陽を隠した。必死な顔をしているように見えるのは気のせいだろうか。
視線を石像に戻せば彼らは相変わらずで──違う。彼らの視線の先にある石像が私を見ていた。階下にいる彼らと違って豪華な造りの服を着ている石像は、本当なら彼らに応えるように両手を広げつつ見下ろしているはずだ。それなのに彼らに向けていた手を私に向けながら石像は動かない口で聞いてくる。
「汝、なにを望む」
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