狂った勇者が望んだこと

夕露

文字の大きさ
上 下
174 / 250
第三章 化け物

174.「汝、なにを望む」

しおりを挟む
 



苦々しく吐き出された言葉をすぐに信じることは出来なかった。けれどオーズは今まで全てを話すことはなかったけれど嘘も言っていない。また謎が増えたけれど、覚悟を決めて差し出された手を取った。

「ここ……」

オーズの転移でついた場所は神聖な場所だ。森の天井がなくなって太陽の光が差す神聖な場所はつい先日の争いが嘘のような静かさと神秘さに満ちている。大きな湖を囲う森は静かに私たちを見守っているようで風に揺れることもない。塚を埋め尽くさんばかりの真っ白な花が鬱蒼とした森を照らしていて。
きらきら、きらきら。水面が揺れて、止まっていた時間が動き出したように風が吹く。ラシュラルは水面揺らす人の心を慰めるような優しくて甘い香りをしていた。


「ここは皆のお墓」


湖に足をつけて背を向けるイメラが静かに語り始める。どうやら今日は理性があるようだ。少なくともいきなり殺しにかかってくるような状態じゃないらしい。

「あんま油断すんなよ」
「分かってる」

自分に身体強化の魔法をかけてイメラに近づく。綺麗な金色の髪が湖にまで垂れて、あーあ、濡れてる。隣に立てば見上げてきた赤い瞳は涙を浮かべていて微笑みかければ泣いてしまう。本当、黙っていれば絵になる美女だ。
隣に腰かければしばらくしてイメラは視線を湖に戻す。

「お墓?」
「そう。私が皆埋めたの」
「皆って?」
「……」

イメラは答えなかったけど皆はきっと皇帝アガサルによって滅ぼされた村人のことだろう。

「そっか……それで?私にどうしてほしい?何か用があったから呼んだんでしょ」
「私を殺して」
「そっか」
「殺して」
「ロイさんにもリヒトくんにも会わないの?」
「会いたいから、殺して頂戴」

冷たい手が私の手に重なる。
隣を見れば真っ赤な目が憎らしさと望みをかけて歪んでいて随分と物騒な表情だ。

「ロイさんは知らないけどリヒトくんは生き──私は会った。ここに居るんだけど」
「そんなはずない、そんなはずないのよ。だって私が皆埋めたのよ?みぃんな。ロイは湖の下に1人きりで可哀想だったから連れて行ってあげたわ」
「連れて行った?」
「だって死ぬときは一緒がいいでしょ。ああでも起きたらどこかに行っちゃうんだから酷いわよね?でもお相子だから許してあげるわ。私だってロイを置いていったんだから……ねえ、お願い」
「アンタはもう死んでるだろ?」

私を殺してと言いかけたイメラにはっきり言えば私の手を握り潰そうとしていた手が力を無くしていく。瞬いた眼は無害な子供のように驚いていた。

「あなた酷い言い方ね。でもそうね、そうなのかしら?だって私はここに居るわ?」
「ですよね」
「ねえ、リーシェ。やっぱり私は許されないのね?ずっと1人で彷徨うしかないのね?」
「さあ、分からない。私も聞きたいんだイメラ。464年前に国を滅ぼしてからずっとその状態か?誰にも見られず?」

リヒトくんの言動にみられる矛盾がひっかかって問えば、イメラは「464年前」と小さく呟いたあと、嗤った。

「知らない、知らないわ?なんでそんなに経ってるの?それじゃあ私はどうすればいいの?皆を殺した奴らなんてもういないんじゃないあ゛ああぁだからそう、そうなのね!やっぱり私は許されないんだわ」

泣きながら立ち上がったイメラは私を呪い殺さんばかりの顔をするのに、一瞬くしゃりと歪んだ顔は悲しくてたまらないと叫んでいて怒るに怒れない。


「もう会えないのね」


心に棘を作ることを最後に残してイメラが目の前から消えてしまう。言いたいこと言ったうえ好きなように解釈して本人は満足なんだろうけれど付き合わされるこっちの心労は半端ない。堪えきれない溜息を吐きながら項垂れてしまえば、イメラの代わりに隣に座ったオーズが背中を叩いてきた。慰めてるつもりなんだろうけど湖に落ちかけたんで止めてもらえますかね。

「こういうのカウンセリングって言うんだろ?お優しいこった」
「私は知りたいことがあっただけなんで」
「へえ?何か分かったか?」
「イメラを殺す……っていうか、イメラが言ってる死ぬための方法」
「……へえ?」

興味深そうに私を見るオーズから顔を逸らせば顔を覗き込まれて鬱陶しい。湖につけている足を蹴ってやったら近くを泳いでいた魚が慌てて逃げて行った。その先には湖に沈む古びた遺跡があって心奪われる光景だ。明日行くはずだった場所だけど今回のことは不可抗力だししょうがないだろう。ジルドには悪いけど先に色々調べさせてもらおうか。
決めたらさっさと行動するに限る。邪魔な髪をくくってさあ湖に飛び込もうとしたら手が捕まって赤い瞳を見つける。イメラとはまた違った子供のような表情をしていて面倒なことだ。

「……イメラは村の人を殺した奴ら全員殺したら自分は許されるって言ってただろ。多分、許されたら最後は自分って言ってたし、許されたあとロイさんたちに会うことがイメラの本当の望みなんだと思う。おかしなのは許されたら自分で分かるみたいだけど自分が国を滅ぼしてから464年が経ってることは分かってなかったことだ。しかもさっきそれだけの年月が経ってることが分かったのにイメラはこれで自分が最後だって思うことはなかった……多分さ、最後の1人はリヒトくんだ」

閉鎖的な村に外の人間を、村を滅ぼした連中を招き入れてしまったリヒトくんはずっと『僕のせい』と言って縛られている。イメラと同じように自分のせいだって──この予想が合ってるなら本当に救えない。いつだったかオーズが闇の者を救えない存在って言ってたのに同意してしまうのが悔しい。
手を振りほどけば今度は止めなかったオーズが疲れたように微笑んでいて。

「潜んの?」
「っそ」
「その恰好で?随分大胆なことで」

湖に浸かってぷかぷか浮かぶワンピースを指差すオーズにそういえばと呟けば呆れた溜息。しょうがねえなと恩着せがましいこと言うオーズに眉を寄せればジルドがしたようにオーズも創作魔法を使ったんだろう。素足が真っ黒に塗りつぶされたと思ったらズボンが出来上がって一瞬でズボンを穿いた状態になった。やっぱり便利……だけどこうもサイズ感に問題のないものばかり出来てくるとなんか嫌だな。とりあえず感謝をすれば私の顔を見て笑いやがって、落ち込んでいたのが嘘のようだ。

「そんじゃ」

楽しそうに笑うオーズに言い捨ててドボンと湖の中。ぶくぶく泡が空に向かっていくのとは逆に湖の底に沈む遺跡へと泳いでいく。透き通る水のなかは綺麗で、水の膜ごしでもすべてがよく見えた。揺れる草、泳ぐ小魚に苔の生えた石像、ところどころ壊れたところあれどしっかりと形を遺した遺跡。
もう少し。
まだ余力があったから欲を出して手を伸ばしてしまう。あともう少しで辿り着きそうだった。


「汝、なにを望む」


──突然、誰かの声が響き渡る。
驚いて口の中から漏れた空気が大きな泡になってしまう。水を通して聞こえてきたとは思えないほどはっきりとした声に危険を覚えて地上へ戻ろうとすれば、手が掴んだのは水じゃなくて空気だった。

「うっ、わ!あぶな」

湖の中のはずなのに身体が落ちて地面に、湖の底に足がつく。結構な高さから落ちてしまったけどイメラ対策をしたたまだったのが功を成して怪我はない。これは初めてイメラに感謝だ。
馬鹿なことを考えながら異常な事態を把握しようと辺りを見渡す。遺跡を中心として湖のなかシールドが張られてそれが水を絶っているようだ。全身濡れ鼠のようになってなきゃ信じられない光景だけど、どうやら転移した訳じゃなくただ湖に落ちただけで間違いないらしい。呼吸が出来ることを考えれば、錯覚魔法で隠されていただけでもしかしたらここはずっとこんな場所だった可能性もある。
落ちた場所は湖の底にあった遺跡の中で一番低い場所で、祠を背に立つ石像を崇めるようにしてある沢山の石像のすぐ近くだ。石像は1人1人凝ったもので服どころか表情まで違っていた。何かを望むように手を伸ばしたり祈ったりする者もいれば悲鳴を上げたり笑みを浮かべたり幸せそうな表情をしている者もいる。
さっきの声はこの中の誰かだろうか。
そんな恐ろしいことを考えてしまうぐらい生きているかのような詳細な造りをしている。念のため魔法を重ねがけして探知魔法で辺りを探るけど誰もいない。上を見れば湖につけた足を気持ちよさそうに動かしているオーズを見つけた。もしかしてあいつが仕組んだことなんだろうか。

「オーズ」

一応呼んで手招いてみれば私を見つけたらしいオーズがピタリと動きを止めて首を傾げる。まるで奇妙なものでも見たような素振りに眉を寄せればオーズが湖に入ってきてこっちに向かって泳いでくる。黒い髪が湖に浮かび上がって眩しい太陽を隠した。必死な顔をしているように見えるのは気のせいだろうか。
視線を石像に戻せば彼らは相変わらずで──違う。彼らの視線の先にある石像が私を見ていた。階下にいる彼らと違って豪華な造りの服を着ている石像は、本当なら彼らに応えるように両手を広げつつ見下ろしているはずだ。それなのに彼らに向けていた手を私に向けながら石像は動かない口で聞いてくる。


「汝、なにを望む」







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逆ハーレムエンドは凡人には無理なので、主人公の座は喜んで、お渡しします

猿喰 森繁
ファンタジー
青柳千智は、神様が趣味で作った乙女ゲームの主人公として、無理やり転生させられてしまう。 元の生活に戻るには、逆ハーレムエンドを迎えなくてはいけないと言われる。 そして、何度もループを繰り返すうちに、ついに千智の心は完全に折れてしまい、廃人一歩手前までいってしまった。 そこで、神様は今までループのたびにリセットしていたレベルの経験値を渡し、最強状態にするが、もうすでに心が折れている千智は、やる気がなかった。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。 生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。 優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。 男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。 自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。 【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。 たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...