狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

74.「やっと俺を見てくれた」

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「サク、馬鹿だね」
「春哉こそ」

相変わらずそんなことを言うためにギリギリしかない魔力を更に削って奴隷魔法を打ち消してる。もう生きるつもりがないっていうよりも死にたがってるようにしか見えない。
手はもう拳を作っていなかったけれど震えていて、自分で手を動かすこともできなさそうだった。

「悪いな春哉。やっぱ俺、気にするわ」
「やめて……くれる?」
「無理」

念のためシールドを張って誰にも何にもこの会話を聞くことも見ることもできないようにする。

「放っておいてほしいって言ってるだろっ!?」

はだけた衣服から見えた骨のラインにキスマークがついていた。きっと彼女は春哉が嫌がることを知っていてわざとつけたんだろう。
見ていたら視線に気がついた春哉が自嘲的に笑った。

「もういいんだよ」
「知ってる」

春哉の胸倉掴んで、視線を合わせようとしなくなった春哉の顔を起こす。
目尻に涙が滲んでいた。


「これは私のエゴだ。私が嫌なんだよ」


春哉は気力を振り絞って震える手を動かし、胸倉を掴む私の手を引き離そうとする。寄った眉が、歪む目が動けないぶん必死に訴えてきていた。
ごめんな。

「だから勝手に奴隷魔法を解く。ああ、そのあとは春哉の好きにしたらいいよ。任せる。また奴隷になるのもそうじゃないのも……死ぬことだって、任せる」
「……はは、ひどいね……」
「だろうな」

春哉はこの世界に何年もいて、奴隷で過ごす時間も長かっただろう。そういうことも重なって生きるつもりはないという気持ちに至ったんだろう。
でも私に助言をしてくれたのは、主人の彼女の命令に従順に従わなかったのは、まだここにいるのは──少しでも生きたいって思ったからで、あいつらの思う通りになりたくなかったからだろう?

「……っ」

魔法を解いた私を見上げて春哉が息を呑む。何度も閉じそうになる目を開いて、私の手を掴んでいた手はベッドに横たわらせた。


「初めまして春哉。私は新庄桜。まあ、見ての通り女だ。よろしく」


絶賛魔力欠乏症の症状に見舞われて辛いだろう春哉にニヤリと笑えば、口を開いて驚いてくれる。

「お前が今日までずっと体を張って耐えてきたのに、エゴっつっても一方的なのはフェアじゃないだろ?だから私も同じだけ体を張るわ。まあこれもエゴだしそもそも私基準でのだけどな」

いよいよ限界なのかどうなのか春哉が力なくベッドにもたれかかる。冷や汗で肌に張りついている髪をよければ、春哉は瞬きするだけでなにも言わなかった。

「まあ、なんだ。悪いけど諦めて」
「……アンタってほんとに」

ついに春哉の頬に涙が伝う。
親指の腹で拭いながら顔をのぞきこめば、春哉は掠れた声で笑っていた。

「馬鹿だよね」

唇を重ねて笑う声を飲み込む。温かい舌が私の舌をぺろりと舐めてきた。目を開ければ、同じように目を開けた春哉と目が合う。さっき彼女から奪い取った魔力はすぐになくなってしまった。魔力を回復した春哉に抵抗されたら大変そうだから春哉が動くより先に、そして確実に奴隷魔法を解くことを考える。抵抗する気持ちのほうが大きいだろうから魔力を食うんだろうなあ。
まあ、もうそれでもいいか。
私の頬を触る春哉の手に私も手を重ねながら、確実に春哉の奴隷魔法が解けることと、害がない程度に春哉の魔力が回復すること、春哉を害することができないようにするシールドを1週間分春哉自身にかけることを願った。
反動は一気にきた。ベッドにのせていた足が力をなくしそうになるほど魔力が削られる。だけどエゴは満たされて最高の気分で笑えた。
ぼおっとする春哉から離れた瞬間ずり落ち始めた体を支え、そのままベッドに横たわらせる。

「春哉が目を覚まして自分からこの部屋を出ようと思わない限り誰もこの部屋に入れないようにしとくから……なにも考えずに、お休み」

壁でうずくまって固まった状態の彼女は先ほどかけた魔法の数時間分、誰にも見つけられない場所に移動させておく。
これで大丈夫だ。
肩の力を抜いて眠れる場所があるとゆっくり眠ることができる。

「サク……」
「よい夢を」

布団をかければ春哉はそのまま目を閉じて眠った。小さな寝息が聞こえる。静かで、穏やかな、安心する光景。
ああ、駄目だ。
また症状がでてきた。指輪を見ればごっそり減った数字が見える。ホーリットの任務が終わったときと同じぐらいじゃないか。最近魔力が十分にあった状態でこれだからかなりキツイ。完全に情緒不安定で涙が流れて止まらない。
ほんと、勇者召喚なんてもん最初にした奴ってどんな奴なんだろうな。
最悪な魔法を考えてくれたもんだ。使う人に善悪が委ねられるもんだからそいつは本当に救いを求めただけなのかもしれないけど、本当に、ひどいわ。


この城の奴らに思い知らせてやりたいなあ。
同じ土俵にたって一緒に当事者になろうじゃないか。私も喜んでそっち側に行ってやるから。


想像して口元が緩んだとき、頭がぐらりと揺れて床に倒れこんでしまった。カーペットの感触。違和感を覚えて目を開ければ明るい部屋が見えた。
……今日は部屋、明るいんだな。
春哉がいた部屋とは違う、見慣れた部屋。ベッドを頼りに身体を起こせば、がらんどな部屋が見えた。部屋の主がいないことは初めてで、不思議だと思ってしまった自分が笑える。
ガチャリとドアが開く。

「なんで君はそう、魔力が枯渇しちゃうんだろうね?サク」

私がこの部屋に来たことに気がついたレオルが身体を拭くのもそこそこにお風呂場から出てきたらしい。上半身裸で濡れた髪をタオルで拭く彼は器用に右側だけ唇をつりあげてニヒルに笑う。

「あの石、持っててよかったでしょ」

石といわれて思い出したのはレオルから貰ったこの部屋に転移できる緑色の模様がついた小さな石だ。魔力交換のためとは言っていたけれど、もしかしたら私の魔力がなくなったら自動的にこの部屋に転移されるようにもなっていたのかもしれない。
ベッドにもたれるようにしがみつく私のところまできたレオルは床に座り込んで私と視線を合わせる。

「君はよく泣くね」

喉で笑うのを聞くのが結構好きになったのはいつからだろう。頭がおかしくて、子供のような残酷さを持っていて、意外と人を観察していて面倒見がいい奴。

「やっと俺を見てくれた」

震えだした私の手をとって掌に口づけたレオルはひどく嬉しそうに私を見ている。
手を、伸ばした。


「君が欲しい」


キスをした瞬間、泣きそうになったのをなんとか堪えた。こいつはこうやって重荷を軽くしようとする。逃げられるように──
思い出した笑う顔に手を握りしめる。
違うだろ。

「頂戴──レオルド」

結局決めてるのは私だ。私が望んだんだ。
驚くレオルドを見続ければ、レオルドは微笑んで私の頭を撫でた。

「君は馬鹿だね、サク。利用すればいいのに」

囁く唇を塞いでレオルドの首にかかっていたタオルを捨てる。
冷たい水滴が指に落ちてきた。







 
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