狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

73.「……楽しい時間を」

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この世界に連れてこられて次の日だっただろうか。古参の勇者進藤たちからの理不尽な暴力にあったときだ。あのとき初めて春哉と会った。薄暗い森のなか春哉は穏やかに微笑んでいて、無理をしてくれてまで私に助言をしてくれた。
『この世界には奴隷制度があるんだ』
自分がそうなのに卑下することもなければ落ち込む様子もなかった。春哉はただ事実を口にしているだけで、あろうことか私がそうならないか心配していた。
『反抗する気もなくなったら大丈夫とみなされるみたいだけどね。僕はまだそうじゃないって判断されてるから魔力欠乏症になってから魔力が補給されるようになってる』
いまも奴隷なのかと聞いた私に軽く頷いた春哉はそんなことを言っていて、私はなにも言えなかった。
『勇者様たちに現れるのは深刻な魔力の欠乏症です』
召喚された初日に聞かされたミリアの話が頭をぐるぐるまわって嫌になったんだ。
命に関わる魔力を魔法を使えないようにするため管理され、十分な量もない状態を強制される。そんな状態でどれだけの月日を過ごしてきたんだろう。
魔力欠乏症が辛いことは身をもって知ってる。嫌な記憶がまとわりついてけだるさや頭痛がひどくなっていく。手が震えてきたことに気がついたときには予感に全身がヒヤリと固まって息がし辛くなるんだよ。
『僕はもう別に勇者だろうが奴隷だろうがどうでもいいんだ。ただ、ここにいなきゃ駄目なだけ』
春哉は生きるつもりがないと知ったとき、気づかされた。
春哉が前の世界でどう生きていたかも、この世界でどう生きてきたかもよく知らない。だけど確かなのは、私は春哉がこんな立場に置かれているってことを知っていた。
だけど見てみぬふりをしていたんだ。


「春哉様起きてください。お食事が冷めてしまいますよ」


クラリスはベッドの隣に置かれていたテーブルにトレイを置いて、湯気ののぼるスープを手にベッドに腰掛けた。スープをすくって、熱を冷まそうと息を吹きかけ、微笑む。そして彼女は枕を背もたれにベッドに座っている春哉の口元にスープを運んだ。
春哉は動かない。スープが零れて顎を伝い、布団にシミを作った。

「飲みなさい」

強い口調なのに声は甘く部屋に響く。春哉が動くのは早かった。口元にあてられたままだったスプーンを口に含みごくりと喉を鳴らす。彼女が唇をつりあげた。

「いつもいつも飽きませんね、春哉様。いい加減諦めてください」

彼女がまた春哉にスープを運び、春哉は無言でそれを受け入れ続ける。それは一見病人を看病するような光景なのに私の目には奇妙なものにしか見えなかった。
言葉が思いつかなくて顔が歪む。叫びだしたい気持ちが喉元に詰まって気持ちが悪い。
耳鳴りがしそうなほど静かな部屋も、咀嚼音も、彼女の笑う声に混じった言葉もなにもかもが気持ち悪かった。

「ああ、申し訳ありません。魔力がなくてお辛いんですよね?」

突然、彼女はスープを飲んでいた春哉の口元から乱暴にスプーンを抜き取ってテーブルに置いた。そして春哉の顔についているスープを舐めて笑う。

「今回はよく持ちましたね春哉様。毎回驚かされますが、私には分かりますよ。もうそろそろ限界なんでしょう?」

春哉にキスした彼女は布団をめくり春哉に跨る。見えた春哉の手は拳を作っていた。きっと彼女はそれに気がついているんだろう。また、楽しそうに笑う声が聞こえた。
『サクさん、知ってますか?勇者の子供って少ないんですよ』
古都シカムに行くまえロナルから聞いた言葉が今までの言葉と混ざって予想を叩き出す──でも私は見てみぬふりをしたんだ。春哉。

「今日こそ子供ができるといいですね」

笑う声が消えリップ音が響く。衣服が擦れ甘ったるい吐息が耳に届いたとき、頬を涙が伝った。
魔力の補給って、ソウイウコトだ。
魔物退治のためにこの世界以外の人間を勇者と名前をつけて拉致するこの世界。奴隷魔法。勇者を奴隷魔法で縛れたならメリット尽くしだろう。魔物退治もさることながら更に期待の大きい勇者の子供を得られる。
『サク、いいんだよ。僕のことは気にしないで』
ふざけんなよ。


「きゃあっ──!」


彼女が悲鳴をあげてベッドから遠く離れた壁に吹き飛ぶ。背中を打ち付けて痛みに呻く彼女は顔を起こして何事かと春哉のほうをみた。

「はる──……サク、様?」

こんなことをしでかしたのは春哉だと思ったんだろう。なのに私がいて、怖いか?
驚くだけじゃなくて口元をひきつらせ、既に背中が壁についているのにも関わらずあとずさろうとする彼女に近づく。

「どうしてここに。ひっ」

目玉と口をのぞいて指1本さえ動けないようにしてやれば彼女は分かりやすく怖がってくれた。
可哀相に。
彼女の顔を隠すピンク色の髪をすくって顔がよく見えるようにする。

「サク様、わたっ、しめは、これは」
「黙れ」

やっぱり五月蠅かったから話すこともできないようにする。
あれ?
動かせるのは眼球だけにしたはずなのに彼女の頬に涙が伝い始める。なんでだろう?そういうもの?まあ、別にどうでもいいか。


「お前らも味わえよ」


彼女に無理やり口づけ魔力を奪う。悲鳴も出せない彼女の口内にある唾液をすくってすぐに口を放した。
気持ち悪い。
でも吐き出す前に、奪った魔力を元に彼女から魔力を奪い続ける魔法をかける。
魔力が血や唾液などの体液にあるもので、人によって量が違い魔法として使えるものも個人差があるというのなら、魔力ってDNAみたいなものじゃないだろうか。だったら一部取って相手を特定出来たら、奪えるだろ?
泣きながら無言で私の動きを観察する目は忙しそうに動いている。
彼女は春哉の主人だから魔力も多いんじゃないかって思っていたのに彼女の限界近くと設定して搾り取った魔力はそう多くなかった。この世界の女性の基準で考えたら多いものなんだろうけれど、指輪に現れた数字をみて計算してみると彼女の魔力は2500ぐらいしかなかい。魔力が少なくても問題ないように管理していただけなのかもしれないけれど、これだけの魔力で人ひとり縛って奴隷にしてしまえるのか。
まあ、とりあえずこの魔力は有効活用させてもらおう。
彼女の頭を撫でるように押して俯かせる。

「……楽しい時間を」

数時間そのまま動けないように魔法をかけておく。きっと彼女は最悪な時間を送るだろう。そしてきっとそのあとには城に報告に向かうだろう。


そして、どうなるだろうか。



 

 
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