狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

172.「……あなたの男たちは止めただろうか」

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触れる肌の感触、じわりと浮かんだ汗を見つけて戸惑っていたらクチャリ卑猥な音が口の中で響きだす。赤い髪が指に絡まる。身体を押し離そうとして失敗した手はジルドの背中を叩くしかできなくて。
なんでこうなったんだろう。もう魔力は十分だしこんなことしても無駄──あれ?
おかしなことに魔力が少ないことに気がついた。最近自分でも迂闊と思うぐらいキスで魔力交換をしてるうえそんなに魔力を使った覚えはないのにどういうことだろう。かけたままの魔法がまた沢山魔力を取っていったのか?かけたままの魔法はそんなにあっただろうか。勇者召喚をした奴らにかけた呪い、リーフにかけた魔法、梅にかけた魔法、翔太にかけた魔法、契約……他にはと考えたとき熱い息が唇に触れた。私を見下ろす顔はまるで観察でもしているようだ。
かと思えばなぜか笑みを浮かべて、やっぱりジルドはよく分からない。ただその口元に伝う涎が明るい部屋によく見えて、私も、濡れた感触を見つけてしまう。

「俺には特別な力とやらはなかったが幸い周りに恵まれて自分を鍛えることができた」

口元を拭う私を見てなにを思ったのかジルドが急に話し出す。メリットの話だとは思うけれど、どうだろう。それでも会話が出来るのならと身体を起こそうとすれば、唇に触れた親指がそれを許さなかった。陽に照らされた赤い髪がところどころオレンジ色に光ってゆらゆら揺れている。

「勇者の子供、魔物の子、化け物」

静かに続けられた言葉にドキリとする。
『僕の化け物』
オーズの記憶で聞いた声が脳裏で囁き出す。化け物、化け物……化け物?化け物ってなんだろう。

「俺が生まれた日、勇者の子供に歓喜していた奴らが俺の髪を見て魔物だと騒いだらしい。俺が物心ついたときには面と向かって言うような奴らはいなかったが、それでも魔物の子と、化け物と言う奴らは多くいた」

人と魔物の区別は赤い瞳だ。魔物を殺せる存在とするため、目が赤い人を魔物とするような奴らがいるんだ。血のような真っ赤な髪をしたジルドは奴らにとって魔物でしかなかっただろう。

「……なんで髪伸ばしたの」

髪を指に絡めながら聞けば嬉しそうに笑う顔を近くに見つけてしまう。手が握られて、恋人にでもするように深く口づけられる。

「望み通り化け物になってやろうと思ったんだ」

服を脱ぎ捨てるジルドに心臓が跳ねてしまったのはきっと恐怖のせいだろう。もう消えないだろう傷跡がある肌は見ていて痛々しくなるものばかりだ。魔物か動物の噛み傷や爪跡だけではなく、剣で斬られただろう傷も、火傷もそこらじゅうにある。
『化け物とはよく言われてきたかな……こうやって時々魔物をよぶから』
レオルドも身体のあちこちに傷があったっけ。赤い瞳を細めて笑う顔を思い出してドキリとする。


「あなたは俺を煽るのがうまい」


低い声。肌を撫でた囁く声はどんな感情を孕んでいるんだろう。そう思うのに確かめるのが怖くて顔を逸らしてしまう。怖い?
『私からすればお前らが化け物だ』
『それにもう手遅れだ──歓迎するよ、化け物』
『近づくなこの化け物が!』
怖いっていうのはあいつらのような存在だ。思い出してしまった記憶に化け物になろうとしたジルドが重なるようで重ならない。それでも当時のジルドが化け物になろうとしたことを考えるとなんとも言えない気持ちになる。

「ジルド」

こめかみにキスしてきたジルドに手を伸ばして見えなかった顔を私のほうに向ける。驚いているような、不思議そうな顔だ。赤い髪に隠れた茶色い瞳。

「アンタは化け物じゃない」

ジルドは化け物たちとは違う。化け物たちは皆どこかおかしいんだ。傲慢に笑って弱い相手を見下して恐怖を浮かべながら卑屈に笑って武器を向けながら私は悪くないって言うんだ。大事なものを簡単に奪ってその痛みを知ろうともしない。傷つけるつもりはないなんて偽善ぶって、結局、血を流しながらこんなつもりじゃなかったんだって泣く。ぜんぶ壊して奪って、ぜんぶ無かったことにしてしまう。ただ頭が割れそうなほどの悲鳴や怒号、憎しみや恐怖の声だけを残していくんだ。

「……まさか化け物じゃないと言われて傷つく日が来るとは思わなかったな」
「……?」
「泣きながら何を考えている。俺はあなたと違うと言って何を思っている……勇者が魔物だから自分は化け物だと言っているのか?それならあなたは随分、この世界の人間のようになった」

おかしなことを言うせいで口づけを拒否することも忘れてしまう。お腹に触れた手が、熱い。

「魔物が化け物なんてこの世界の人間が考えるようなことだぞ?」
「……実際、魔物は化け物でしょ。イメラの化け物じみた力だって異常だし、怖い」

沢山の魔物を見てきた。その姿は一目見ただけで死を連想してしまう恐ろしさを持っている。黒い塊で動く謎の魔物は生物というより化け物という言葉がしっくりくる異形な姿。死んで生き返ったイメラたちの抱える記憶や力は、素直に怖い。
それなのにジルドは面白そうに目を細めるだけだ。ああそういえばコイツ魔物が好きなんだっけ。慰めるなんて気持ちは別に要らなかったらしい。呆れて、少し肩の力が抜ける。
けれど肌を撫でる手が脚をすくいあげてしまって、見下ろしてくる瞳が変わってしまって。外気に触れる肌に驚いてしまえば口づけられてしまう。

「俺からすれば人も魔物も化け物と大差ない。擬態できるぶん人のほうが化け物らしい」
「え?……ん」
「魔物はシンプルだろう?人を襲う、それだけだ。なのに人は笑顔を造り、騙り、自分さえも偽る。何を考えているか分からない。まあ俺はそういうのも好きだが」
「ちょ、話しながらどこ触って」
「どこって」

笑みを含んだ声は言葉を作らない。
それどころか首元に顔を埋めてしまった。

「それにあなたが人の言う化け物だったとしても俺には関係ない。好きだと言っただろう?」

足先に引っかかった下着がどこかに行ってしまう。膝を撫でた手に目を瞑ってしまって、ずっと近くにあった熱い身体が離れて──秘部に触れた生暖かい感触に身体がはねる。
ゾクリとする感覚にまさかと思って身体を起こそうとしたら、また、舐められて。

「やめ!このばっ──!ソウイウの止めろ!っ」

肌を撫でるように触れていた舌が身体の内側に入ってくる。
──なにがどうなってるんだろう。
怖くなるような感情が身体の芯を震わせる。
──魔力回復になるんだから別にもうそれでいい、そのはずだ。
腰をおさえる手の力はきっとそれほど強くない。
──ああ嘘だ。やっぱりジルドは怖い。
足を好きに撫でているほうの手は油断しているし引き剥がせるはずだ。魔法、魔法を使えばいい。でもどうしたらいいんだろう。抵抗しようとした身体は続けられる愛撫に麻痺してしまったのか力が出ない。レオルドは止めてくれたのにジルドは止めてくれない。


「止めろと言って……あなたの男たちは止めただろうか」


永遠のように思った時間が終わって聞こえた声。睨んでやろうと思ったけどそんな力さえもなかった。その上ぼやけた視界のなか笑みを浮かべるジルドに言い返してやろうとしたけどそれさえもできなくなる。そういえばレオルドは舐めるのは止めてくれたけどその代わり恥ずかしいことを言わされたうえ気絶するまで抱かれたんだった。セルジオもセルジオで優しいけど優しくなかったし……そういえば私、止めてくれないせいで最後いっつも気絶してんな。

「それでも、あなたの男たちは随分優しいらしい」
「ぁ、もう」
「未知の感覚は苦手か?」
「もういいっ、から」

さっさと抱けばいい。
それで全て終わりにしたいのに言葉は食べられる。ああまただ、これは駄目だ。もう何度も何度も覚えがある。眩暈がするほどの魔力が口から垂れて肌を濡らす。胸元までたくしあげられていたワンピースが脱がされて、顔を覆う息苦しさから逃れられたと思ったらジルドを見つけてそのまま何度目か分からない口づけ。駄目だ。汗ではりついた髪も、くらくらする意識さえも鬱陶しい。

「ぅあ」

足が押し広げられて、やっと。秘部にあてがわれたソレはすぐに中に入ってきて身体を打ち付けてくる。これでもう終わる。必死に声を堪えて……それなのに終わってくれない。口を抑えこむ手は引き剥がされて、ああまた、気が遠くなるほどの魔力と快感に気が狂いそうだ。きっとこれは浅ましい肉欲なんだろう。卑猥な音を出しながら身体を打ちつけあって互いを食べ合う。羞恥心も忘れて見悶えて言葉も忘れてただただ──

「っ」

当然のように身体の奥に吐き出された欲が身体を満たしていく。濡れた感触が奥をなぞってべったりと絡みついていくのが分かるんだろうか。腰を押さえていた手が安心したように力を抜いて、かと思えば満足そうに肌を撫でてくる。止めてほしい。それだけのことでも声を抑えるのが辛くて身をよじってしまえば、男の手がまた力を取り戻してしまった。ああそれでも、見下ろしてくるジルドも余裕がなくて辛そうな顔だ。
きっと少しの時間とはいえ解放されたことが分かって呼吸を思い出すけれど、まともに息が出来ない。漏れる声を聞いて口元緩める男を殴ってやりたいのにそんな力もない。優しさなんてものを感じる口づけをしてくるジルドの舌を噛んでやる力もない。

「もう、や、いらない」

舌足らずになってしまう私を見たあとまた口づけてくる男の正気を戻す魔法はないだろうか。圧し掛かっていた身体が、動いてしまう。

「俺は」

呟いた声に目を開けると茶色の瞳。頬を覆ってくる手が熱い。空いた隙間がなくなってグチュリと泣きだしてしまいそうだ。熱い魔力はすぐに私の頭をおかしくして。

「魔力の交換なんて今までしたことがないのがよく分かった」
「──っ」
「今まで、魔力がないぶん奪ってやると……本当に、補給でしか」
「やっ、あ!」

交換なんて、なにを言ってるんだろう。ああでもお互いに魔力が余ってるのは確かだ。もういらない。もう、十分だ。どうすればと考えて思い出したのは返せと言ったオーズだ。返す。そうだ、ジルドも思い知ればいい。他人の魔力は頭がおかしくなるんだ。恥ずかしくて熱くて色んな感情をひきつれてくる。
……ああ、なんで止めてくれないんだろう。
曇る視界が揺れる身体に晴れて熱に浮かれるジルドの顔を見つけた。ジルドは笑う。大事に大事にといわんばかりに触りながら止めてくれといっても止めてくれない。愛していると言いながらジルドは口づけてきて、私を追い込む。



「俺の化け物」






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