狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

169.「私からすればお前らが化け物だ」

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ラスさんから貰ったリオさんの日記とカリルさんの日記は興味深かった。
ラスさんの考えの元になったことが十分わかるだけじゃなくて2人の関係性が面白い。2人は仲がいい友人関係だったようだ。


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俺はただ生きてほしかったんだ。何も知らず笑って生きてほしかった。
でもあの目が忘れられなくて今でもこれでよかったのかと思わずにはいられない。

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話しに聞いていたあの子は随分と可愛らしい子だった。望み通り安全な場所で愛されて育ったんだろう。けれど腕に覚えはあるらしく闇の者の話をしても怯えるどころか楽しそう。
これならこの先も安心かしら?

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どうやって、なんで帰って来れたんだ。

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さっさと話してしまえばいいものを馬鹿は毎日悩んで後悔している。そんな暇があるならさっさと闇の者を1匹でも多く倒してほしいところだ。

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真面目なリオさんと違ってカリルさんはあっさりとした性格らしい。けれど続けられる言葉の端々にリオさんを気遣うところがみえる。
それにリオさんがあえて書かなかっただろうことを拾ったカリルさんの言葉は大きな手掛かりばかりだ。
──確かに禁呪を使ったのはリオさんの可能性が高い。
読み進めていくうちに何度も出てくるのはカリルさんが言うあの子のことで後悔しているリオさんの独白とあの子とまた会えた喜び。



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世界を渡って来てしまったのはもう、どうにもできない。
俺は俺に出来ることをしよう。
ただもう少しだけこの時間を楽しみたい。

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きっと猶予は数年もないだろう。この国の王は優しく、弱すぎた。せめて犠牲になる民が少なくなるようにしなければならない。
あの馬鹿はそのうち過労で死ぬんじゃないだろうか。一度ぐらい死なないと分からないのだったらそれもいいかもしれない。そのうえまたいざとなったら魔法を使う気でいるらしい。呑気に旅してる暇はないでしょうに。

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そのあと続けられた話はあの子と再会したリオさん達による旅のことでいっぱいだった。旅の仲間の名前は載っていなかったけれどその話しぶりに少なくともリオさんとその子を除けばあと3人はいるだろうことが分かる。
ページをめくるにつれて分かったのはリオさんが意図的に彼らの名前を載せないようにしていたことと、あくまでこれは日記で省いた情報が多いということだ。不自然な空白に本当は書きたかった内容はなんだろう。
日記に数ページ空白が続いて……一言しか書かれていないページを境にあの子はリティアラとなった。



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戻って来てしまった

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リティアラは憑き物が落ちたような顔をしていた。確かに彼女ならこの戦争を終わらすことが出来るでしょう。この戦争のきっかけであり隠れ姫を継いだ彼女なら、この世界を救える。彼女が死ねば。

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リティアラが祈った神木を探したのに見つからない。リティアラを救ってほしいのに。ダラクはどこかに姿を消してしまった。もうあいつしか手掛かりはないのにどうすれば。

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リティアラとダラク=カーティクオは神木のふもとで願いをかけたらしい。あの神話好きは神木と聞いただけで手がつけられないのに、神木にリティアラを救う最後の望みを見出して救いようがない。
リティアラが言うには神木に前にも願ったことがあるらしい。そんなことを言ってくれたせいであの馬鹿は俺にもチャンスがあると言って聞かない。そんな不確かなものに縋るぐらいなら闇の者を一匹でも多く殺したほうが有意義だ。それにリティアラが言うことはなにかおかしい。なぜ黙っていたのか。リティアラはリオがなにを願ったのか聞いても答えなかった。リオが予想するにこの世界に戻ることだそうだが、どうだろう。
きっと廻ると微笑むリティアラはなにを考えていたのか私には分からなかった。

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リティアラが戦死した。
彼女の望み通りラミア国は惨劇を起こしたキルメリアと罪を共にして滅んだ。闇の者や人の手によってオルヴェンは多くの命を失って──しばらくは戦争を起こそうなどと思いはしないだろう。すべてが終わってしまった。すべて、無くなってしまった。
俺は俺の出来ることをしよう。
闇の者を一匹でも多く討伐しよう。

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国は無くなっても残っている人は意外といるものだ。彼らをまとめておかなければ略奪行為を始めるか闇の者に呆気なく殺されるだろう。面倒だけれど馬鹿を使ってでもまとめていかなければ。
価値ある本の多くが無くなってしまったのが痛手だ。私の暇つぶしが無くなってしまった。これも、出来るだけ早くに解決したいところだ。

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もう会えない彼女のために祈ろう。
どうか穏やかに笑っていますように。どうか、幸せでありますように。

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馬鹿はなにか殊勝なことを言って微笑んでいた。
まあ、生きる気持ちが持てたのならいいことなのでしょう。でもコイツ諦め悪いはずだったのだけれど……

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本を作るにしても足りないものが多い。安全な土地を作ることは最優先だがリティアラが生きた証を必ず本にして残したい。彼女のためにもこれは必ず後世に残しておかなければ

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やはり馬鹿は暴走して馬鹿は諦めが悪かった。
けれど幸せそうでなによりよ。祝福するわ。

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カリルさんの日記はリオさん観察日記と言えそうだ。その後カリルさんによるとリオさんは38歳で結婚して子供が3人出来たらしい。カリルさんは25歳で結婚して、その子供がゆくゆくはリオさんの子供と結婚したというところまで日記は続けられていた。
悲しいところもある内容だったけれどどこか微笑ましくて、日記を閉じたあと笑ってしまった。
知らない人たちの生きた時間を想って、彼らが幸せであるように願ってしまう。もう、過去のことなのに。

「色々納得」

日記を読んでラスさんが言っていたことが分かって目を閉じる。どこかへとあの子を送ったリオさんの言葉と空いた時間は重なる。あの子がリティアラになるまで旅した期間はどんなものだったろう。リオさんの日記から楽しいことばかりじゃなかったのが分かるけれど聞いてみたい。

「だけど分からない」

世界を渡ったというリオさん。きっと召喚のことを言っているんだろうけど、リオさんはいつあの子を私が住んでいた世界に送ったんだろうか。リティアラは以前にも神木に願ったそうだけどカリルさんが言うようにおかしい。ラスさんが言うようにリティアラではない存在としてあの子はこの世界でしばらく生きていて、その間に神木を見て願った?だから世界を渡っても戻って来れた?なにかがおかしい。
あの子と別れたあとのリオさんは後悔を綴っていてその内容から彼があの子を違う世界に渡らせた人だろうことが分かる。でもそれは召喚魔法とは言わないはずだ。召喚魔法は術者のもとに喚ぶ魔法で、違う世界に渡らせる魔法じゃない。
『空が勇者召喚と名付けたあの魔法は私が誰かを求めたことでその働きをしているんじゃないかという考えがぬぐえないんです。禁呪に使い方があるとするならば、もしかしたら逆を願えば出来るのでは……と』
正しい使い方が喚ぶんじゃなくて送るためのものだったということなんだろうか。
だとしてもなんでリティアラは禁呪として封印したんだろう。それに、カリルさんが言うようになんで願いを言わなかったんだろう。リオさん達とは旧知の仲のようなのに口にしなかった理由は?
『……叶わない』
イメラが否定に言わなかったのとは違って微笑んだリティアラ。



「分からない」



溜め息吐けば楽しそうに笑う声が聞こえてくる。振り返れば2つくくりをした茶髪の女の子が微笑む――梅。見慣れないヘアスタイルだけど凄くよく似合っていた。

「なーにしてるの?リナ」
「え?ああ、別に」

梅?私はなにを考えているんだろう。
千堂は今日も歩くのに邪魔なぐらい腕に抱きついてきてニヤニヤ笑っている。

「その笑い方止めたほうがいいと思うけど」
「でも好きなんでしょ?」

ニヤニヤ笑う千堂は自慢げに胸を張り出した。もうこうなったら何を言っても無駄だと言うことが分かってるから適当に流しておく。黙って微笑めば可愛くて守ってあげたくなるような女の子なのに調子に乗るとすぐこれだ。


「私、私ね、好きな人が出来た!」


そんなアンタに好きな男が出来て、そいつと幸せそうに笑う。
おめでとう。
アンタが幸せそうだと五月蠅いけど私も嬉しいよ。


「えへへぇー可愛いでっしょー!将来はリナの子供と結婚したらいいのになあ」
「はいはい」


しばらく会えなくなるのは寂しかったけどアンタの子供が生まれて、私も本当に嬉しかったんだ。
だからアンタのお願いをなんとしてでも叶えてやりたかった。

「この子にもリナみたいな運命の人が現れますように」
「アンタの運命の人は私じゃないだろ」
「私の運命の人だよ!私の人生になくてはならないっていうのかな?リナがいなかったら私生きてけないもん」
「んなこと言ってたら私見てアンタの旦那が泣くことになるから止めてくれ。しかしまあ、運命の人ねえ」

白馬の王子様なんて柄じゃないけど子供に魔法をかける。かけた錯覚魔法が効いていることにアンタは喜んでたけど、誰に見えるか知ったらアンタはどんな顔するだろうな。私の初恋の人だってバレたらやばそうだ。うん、死ぬまで秘密にしよう。


「死んじゃったの」


アンタは力なくそう言って、私は頷くしか出来なかった。アンタの近くにいる子供もなにも言わない。
久しぶりに会った子供は大きくなってもう9歳。黒髪の君は時間が経過しても君のままだ。久しぶりに会えた嬉しさ以上に悲しくなるのはもう会えないと君を見るたび痛感するせいだろう。子供は父親が死んだことをちゃんと分かっているのか泣きそうで、けれど必死に堪えている。聡い子だ。アンタのことを頼むと言えばしっかりと頷いてくれた。君の顔、ちゃんと見てあげたかったな。
私がしようとしていることに気がついたアンタの手を君が握る。

「アンタのせいじゃない」

そう言ってもアンタは自分を責めるだろう。
それが分かってるのに、ごめん。

「私が決めたことだから」

笑ったのは強がりでもなんでもなかったんだ。私もあいつらが許せなかったんだ。これは私のためでもある。私がアイツラを許せなかったんだ。
殺してやる。
魔物の怖さを教えてやる。城の奥であぐらかいてのんびり生きるお前らには分からないだろうな?それとも化け物の恨みなんてどうでもよかったか?化け物はどんな扱いをしても当然か?


「私からすればお前らが化け物だ」


恨み一言吐き出せば魔物が沸いてきてどんどん人が死んでいく。私らをこの世界に喚んで縛り付けた奴らの末路だ。ざまあみろ。当然の報いで――ああ、なんでだろう。
なんで私は泣いているんだろう。

なんでお前は生きてるんだ?

胸を貫いた槍は見たことがあるものだった。
『やっぱり耐久力があるやつがいいよね』
微笑むアンタが何時間もかけて選んだやつだ。ほら、名前も書いてある。ゆっくり振り返ればいつも穏やかに微笑んでいた藍色の瞳を歪ませて泣き笑う男がいた。
――ああそっか……そうか。せめてアンタは知らないままでいたらいいのにな。
血が喉に詰まって息が出来ない。肩や腹部を射貫かれたときとは比べものにもならない痛みで涙が止まらない。それなのにしばらくしたら痛みも苦しさもなくなって。


「おい」
「……ぇ?」


呼びかけられて、ハッとする。
出そうとした声が自分のものとは思えないぐらい掠れていた。息を吸えば体中に走った痛みに息が詰まる。思わず胸に手を伸ばすけれどそこは血に濡れていなければ穴も空いていない。夢。ヒュウヒュウと鳴る喉を押さえながらゆっくりと息をすれば感じていた痛みが嘘のように引いていく。夢だった。

「……大丈夫か」

私の頬を流れる涙を拭ってオーズは心配そうな顔をしている。私は梅に似た顔を思い出しながら力なく笑うしか出来なかった。彼女たちは女勇者千堂と女勇者リナだ。
イメラたちに引き続き厄介そうな内容に項垂れてしまうけれどオーズの手をどかして涙を拭う。

「別に」

立ち上がって服を着替える。正直一日引きこもって寝ていたい気分だけど、今日はようやくアルドさんに会えるし散策の続きが出来る。
そのはずだ。



「私の妻に会ってもらえないだろうか」



それなのに久しぶりに会ったアルドさんが開口一番そんなことを言ってくる。
どうやら夢はまだ続いているようだ。






 
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