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第三章 化け物
164.「なあアイツラって」
しおりを挟む結局大分不本意ながら風呂に一緒に入ることになって身体まで洗われる始末。オーズから魔力を貰うのはデメリットのほうが多い気がしてきた……。それでも身体はすっきりしてシーツも魔法でさっと綺麗にしてしまえばもうなにもおかしなところはない。
文句を垂れるオーズを無視してそういえばと話を切り出そうとしていたら、ノックもなしにドアノブを回す音が聞こえた。そして開かないドアに驚いた梅の声が聞こえてくる。なによと叫ぶ声を聞くにオーズは普段ドアに鍵をかけていないらしい。
「ちょっとアンタ……あれ?リーシェ?」
「おはようアイフェ、ラスさん。ちょっとオーズと話してたんだ」
なんでここに居るんだと訴えてくる梅に答えれば「そっか……?」と納得してくれたようだ。よかったことだ。このまま疑問は忘れてくれたらいいんだけど。
「あ、そうだ梅。この地図見て」
「地図?……え?これって家の近く……これ」
「一部だけど元の世界の地図」
「わー!やっぱり!懐かしいなあっ」
机に地図を広げれば梅が隣に座ってくる。2人一緒に地図を眺めながら相槌打てば、地図に書いた店の名前や道筋をなぞった梅はすぐに分かってくれた。それから元の世界の話に花を咲かせるけど、顔を見合わせたオーズとラスさんが興味深そうに地図を覗き込んできて我に返る。
「アイフェたちが住んでいた世界ですか」
「そうですこの前春哉に……はい、勇者として召喚された春哉です。彼に会って話していたら面白いことに気がついたんで地図を作ってみたんですよ」
「いやいやアイツに会ったってどういうことだよ。アイツはまだフィラル王国に居るだろ」
「ちょっとアンタ五月蠅いんだけど。それでそれで?何に気がついたの?」
春哉という名前にハッとした表情を見せたラスさんに説明していたらオーズが眉を寄せて絡んでくる。面倒だな。
「勇者召喚のオカシナ点に気がついたんだ。ね、梅。梅はどこで召喚された?」
オーズを無視して梅に答えれば梅は満面の笑みを浮かべて地図をなぞり始める。可愛い反応のお陰で肩に手をまわしてきたオーズも気にならない。そして数秒後、梅は「ここ」と指差した。
「この黒い点があるとこ!」
「……コロッケが売ってる店が近くにあったよな」
「そうそう、この公園に肝試しに行ったよね……一緒に行ったのってリーシェだよね?」
「……そうだね、行ったよ。昔2人の女の子と1人の男の子が神隠しに遭ったっていう公園」
「うんっ……!へへ、懐かしいなあ」
幸せそうに微笑む梅は懐かしさに元の世界のことを話し続け、ラスさんはそんな梅を見て微笑んでいる。梅はそんな視線に気がついて更に頬を緩めて──おかしい。
梅の耳元で揺れるイヤリングを見て思い出すのは梅とリガーザニアで話したときのことだ。
『あの日から私ずっとなにか足りないって、誰か忘れてるってずっと探してた』
『やっぱりサクで間違いなかった』
梅は私のことを完全に忘れていなかった。梅によると太一も響も誰かを探してるって言ってたしどういうことなんだろう。梅はあのときも誰かが私のことじゃないのかと記憶をすり合わせるように話していたけど、そもそも記憶が無くなってしまうのなら誰かの記憶もないはずだ。梅だから、では終わらせられない何かを感じてもやもやしてしまう。
「なに考えてんだよ」
「え?いや……召喚される場所ってやっぱり決まってそうだなって思って」
「場所が決まってる?」
「そ。まあ分かったところでだけど、多分合ってる」
人の頭に顔をおいてもたれかかってくるオーズを押し離しながら梅が召喚された場所……私が召喚された場所をなぞる。加奈子たちに聞くのは難しそうだけどアルドさんと大地には聞けるしそれで裏付けもとれるだろう。
「多分ソレはお前の救いになるだろうな」
「え?」
「または絶望か、どっちだろうな」
「どういうことだ」
救い?絶望?
意味の分からないことを言ってくるオーズを見上げようとしたら、顔を覗き込んできていた赤い目をすぐに見つけた。赤い目は笑うことなくじっと私を見ていて冗談を言っているようではない。
「知ることが増えると雁字搦めになっちまうが知ってること増やせば答えが分かってくる。あくまで予想だがな。頑張ってるお前に助言だよ」
「ただ引っ掻き回そうとしてるだけじぇねえの?意味深なことばっか言いやがって……自分の望みがどうでもよくなってきたんなら素直に教えてくれたらどうだ」
「ならお前のすべてを寄こせ」
「は?」
間近で吐かれた言葉はすぐに耳に届いてしまった。
赤い目は笑う。
「俺の望みを絶とうとするならお前を寄こせ」
お前がイイと言ったときのように甘ったるい声でありながら、首に回された手の感触に、触れる唇に背筋が震える。
ああやっぱりコイツに魔力を貰うのはデメリットが大きすぎたらしい。
「割に合わない」
「……ひでえな?お前一人、俺一で人つり合いは取れてると思うけど?」
笑うオーズはまたキスしてきていい加減鬱陶しい。
そういやあのとき言ってた「見つけた」ってどういう意味だ?
『離さないよ……やっと見つけたんだ』
同じことを言ったレオルドのことを思い出す……あれ?コイツもレオルドみたいな奴か?嫌な予感に口元ひくつかせながらオーズを見ていたら、一瞬で目の前から消えた。梅がオーズの頭を掴んでそのまま机に叩きつけようとしたのは気のせいじゃないようだ。オーズは転移したらしい。梅から離れた場所に移動して「こえー」と呟いている。あのオーズにそこまで言わせた梅は私を見てわなわなと震えていた。
「リーシェ選択ミスだよ……!コイツは一番許しちゃいけない奴!」
「ああうん、いまそんな気してたとこ」
「あああああやっぱり遅かったあああぁっ!」
「え?酷くね?」
頭を抱える梅は私とオーズの関係に気がついてしまったらしい。自分のことじゃないのにひどく落ち込む梅に乾いた笑いしか浮かばない。楽しいことが大好きなオーズはニヤリと笑うとまた抱き着いてきて、案の定梅の怒りを買っていた。
「ちょっとリーシェに触らないでよ!」
「あー?コイツと俺のことに口挟むんじゃねえよなあ」
「もっ、ももしかしてやっぱり、まさか」
「そのまさか」
「う゛ああああああ!!」
半泣きになった梅が床に拳を叩きつける姿を見てオーズが「そこまで?」と呟いている。少しばかり傷ついたように見えるのが面白い。
そして始まった乱闘を見ながら部屋に傷が入らないようシールドを張っておく。
同じく傍観に徹することにしたらしいラスさんが隣の席に座った。
「リーシェさん」
「はい」
「私個人としては、彼のことを思えば嬉しく思います」
「え?はい」
男関係を親友に察せられ、親友は男の1人と乱闘騒ぎ。そのうえ親友の彼氏からはおめでとうと言われる。なかなか無い体験に一生こんな体験したくなかったなと思いながら天井を見上げてしまった。
「ですが彼は私と同じぐらい……いえ、それ以上に執念深い男ですよ」
「え?」
微笑むラスさんは乱闘騒ぎのほう、いや、梅を見て微笑む。
この人ほんとなんで波風立たせるのかな?
ツッコミ辛い地雷の話に私も微笑むしか出来ない。だけど外に張っていた探索魔法に足音が引っかかったから五月蠅い2人をそれぞれシールドに閉じ込める。私を見た2人に微笑めば渋々戦闘態勢を治めてくれた。よかったことだ。
ドアが開く。
「オーズリーシェいるかー?」
大地も梅のようにノックはしない主義らしい。
元気よくドアを開けた大地は私を見つけると明るく笑う。
「よっ!ここに居たのか勢ぞろいしてんじゃん。今日どこ行くか話してたのか?またあの場所行くんだろ」
「はよ。まあそのつもりだけど……あ、大地ちょっと教えてくんない?」
周りの視線に気兼ねすることなくやってきた大地は地図を見るなり元の世界のことを書いた地図だと分かったらしい。事情を説明すれば楽しそうに笑ったあと「ここらへん」と地図を指差した。やっぱり地図に書かれた範囲の中で大地も召喚されていたし私たちが召喚された場所とも近い。
「召喚されたとき俺は自分家だったぜ?この公園の通り挟んだとこなんだよなーすげー懐かしー……タロウ元気かな」
「タロウ?……もしかして太郎?ハスキーの」
そういえば古都シカム任務前にも言ってたなと懐かしんでいたらもしかしてと直感する。大地が指でなぞる場所は私の家の近所で、太郎という名前のハスキーを飼い始めた家だ。間違いないだろうと言えば大地は目を輝かせる。
「知ってんの!?そうそうすっげー吠えるやつ」
「めっちゃ吠えるやつな。私ん家ここなんだよ。全然懐いてくんなかったけど可愛かったよなー」
「へーすっげえ近所じゃん。こいつランニング中吠えてくんのが面白かったんだよなー」
「……もしかして朝早くに走ってたか?」
「5時ぐらい」
「だから早朝ずっと吠えてたのかよ」
召喚される前のことを思い出して笑ってしまう。私の安眠を邪魔した奴と一緒に召喚されてたなんて変な感じだ。
『多分ソレはお前の救いになるだろうな』
絶望にもなりかねない私の救いになるだろうこの事実は一体どういう答えに辿り着くんだろう。
「へーアンタもこの辺に住んでたんだ。どこの中学校?」
「おい俺は中坊じゃねえぞ。今年で17だかんな」
「へー15ぐらいかと思ってた」
「あ゛?」
大地と梅がくだらない喧嘩をし始めたお陰で手持ち無沙汰になったオーズが戻ってきてしまった。隣に座るオーズをしっしと追い払ってみるけど効果はない。しょうがないから地図に大地が召喚されたという場所に黒い点をつけていたら、ふと、気がついてしまった。
……そういえば大地は荻野って名字だった。
思い出したことを当てはめていけば出来上がっていく答え。荻野空。梅と一緒に肝試しに行ったときに出た名前だ。家出したんだと片付けられたけれど、ひょっとして神隠しに遭ったんじゃないかと囁かれた人の名前。荻野空。召喚されてこの世界に来た人の名前。ああ、本当にオーズの言うとおりだ。知ってることが増えると当たりをつけられる。答えが分かってくるようだ。
昔神隠しに遭ったと言われる2人の女の子と1人の男の子はどんな名前だっただろう。女の子と男の子といっても年はそんなに変わらなかったはずだ。この子たちも空さんのように勇者召喚されたのだとしたら?……それなら空さんより前に召喚されたということになるけど、それはどういう意味になるだろう。ハトラが初めて勇者として空さんを召喚した、それより前にも召喚魔法があった?
『ハトラお兄様が封印された禁呪の使用を決意された』
そもそも召喚魔法は禁呪とされていた。なぜだろう。この世界を救う魔法はなんで禁呪なんて暗い響きのする言葉で封じられていた?過去になにがあった?なにが起きた?
『勇者召喚についての、もっといえば、魔法についての文献です。なぜ勇者召喚が出来たのか、なぜ、魔法がつかえるようになったのか――最初に魔法を使ったのは誰なのか』
『魔力を足しさえすれば願うだけで形になる奇跡という魔法の副作用──思い出しのは魔物です』
『魔法という奇跡の代償、俺たちが魔法を使うごとに払う代償……犠牲はなんだろう』
勇者召喚を最初にしたのは、誰だ?勇者召喚を作り出したのは。そんなことが出来る魔法を最初に使ったのは、誰だ?
今まで聞いてきたことが色んな可能性を連れてくる。ただ単にここも時系列が狂ってる可能性もあるけど、確かめなきゃいけない。でも謎を解き明かす喜びより恐ろしさに喉を鳴らしてしまうのは何故だろう。
「……誰かくんぞ」
オーズの忠告にハッとして顔を上げれば、赤い目がドアに移る。
部屋にノックが響いた。
「どーぞ」
「失礼する……ここにお揃いでしたか」
ジルドだ。
挨拶すれば目が合ったジルドが微笑む。その目が机に移る前に地図は消しておいた。
「今日の散策ですが」
「そのことですがリーシェさん、申し訳ありません。あの場所は禁じれた森にあたる場所だという判断に至りました……あなたの能力なら問題はないのだろうが、森を預かる身として、その長たる私の父アルドがあの場所の把握をしたいとのことです。大変申し訳ないのですがアルドは明後日この館に来ることになっています。その間、あの場所へ行くことを控えてもらいたい」
「……そうですか」
「申し訳ない」
そういえば魔物について調べるにあたって禁じられた森やその候補となる場所の把握や管理を務めている、なんてことを言っていた。残念だけど我を通して印象を悪くするより出来たこの時間を有効に使うべきだろう。増えた本もまだ全然片付けていないし図書室の本もまだすべてに目を通していない。
不本意な結果にはなったけどオーズから貰った魔力が早速役に立ちそうだ。
「分かりました。それでは気になることがあるので私は図書室に行ってきます」
「……はい」
「そんなら俺も」
「……オーズが?ついてくる必要がありますか?」
私と同じように立ち上がったオーズに眉を寄せればニヤリと笑う顔。
今まで1度も図書室に来なかったくせにどういうつもりだろう。
「別にいいだろ?」
「……邪魔しないで下さいね」
「俺が邪魔したことあったか?」
笑うオーズを無視してジルドに頭を下げる。
「なあアイツラってできて「そんな訳ないでしょ?アンタ殺されたいの?」
大地と梅の声は聞こえなかったことにした。
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