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第三章 化け物
162.「……片割れが泣くぜ?」
しおりを挟むジルドの館に戻って皆食事をとったあとは雑談もそこそこに解散することになった。検証したいことは沢山あるけど流石に皆疲れたようだ。唯一元気なリヒトくんは「シーラたちを探してくる」と森に行ってしまったし、梅とラスさんは既に部屋で休んでいる。大地はウシンに泣きつかれたとのことで明日も来ると笑って神殿に戻った。ジルドはしんどいのを堪えてコーリアさんやアルドさんに今回の件を報告するらしい。主は大変だ。
メイド達は掃除してくれた部屋にお茶とお菓子をセットしたあと、私達を気遣ってそっとしておいてくれた。至れり尽くせりで申し訳ない。静かな廊下を一人歩きながら窓の向こうで夜に隠れる森を眺める。風のない夜らしく、森は動くことなく静かなものだ。それなのに風のざわめきと一緒に悲鳴が聞こえてくるようだ。助けて痛い苦しいと叫ぶ声が聞こえてくる。
――レオルド達は今なにしてんだろ。
急にそんなことを考えてしまって、そんな自分が笑えた。矛盾した自分の行動。分かってるのに足は止まらない。きっと連絡球ひとつ送れば返事もしないままレオルドもセルジオもリーフも飛んできてくれる。レオルドなんか闇の者を喚ぼうがおかまいなしだろう。分かってる。分かってるけど、今あいつらに会ったら私はきっと色々諦めてしまう。歩くのを止めてもういいって、全部見なかったことにしようとしてしまう……それは嫌だった。
「……起きてる?」
小さく部屋をノックしたけど返事はない。ドアノブに手を回せば不用心なことに鍵をかけていなかったらしい。ゆっくりドアが開いて廊下と同じぐらい暗い部屋が見えた。部屋の主はベッドで眠っていたらしい。身体をこちらに向けてくる。
「……寝てんだけど」
「そう。はよ」
「……おはよーさん」
オーズが溜め息を吐いて身体を起こしながら「そこ」と強い口調で私に言ってくる。
「椅子がある。座れば」
「どーも」
ドアを閉めて椅子に座れば暗闇のなかオーズが身体を起こしたのが見えた。黒い塊は目を擦ってだるそうに壁に身体を預ける。思ったとおり昼間神聖な場所に転移してきたときの反動が大きいようだ。そのうえ結構な数の闇の者ダーリスと戦闘したしなかなか堪えているんだろう。
「それで?俺、もう寝たいんだけど」
「お前の望みってなに」
「俺の望みのために言わねえよ……何度も言わせんじゃねえ。来んな」
予想通りの答えに立ち上がってオーズに近づけば語気は強くなる。いずれ私はサバッドの記憶に魘されていたかもしれないけど、早めたのは間違いなくコイツだ。その知識でラスさんを導き、私もどこかへ誘導しようとしている。少しぐらい知ってもいいだろう。
「サバッドの記憶、あれはなんだ」
「お前がいま自分で言っただろ。サバッドの記憶だ。そして勇者の記憶で、化け物の記憶」
「なんで見る記憶に個人差がある」
「……さあ?」
「私にイメラたちを成仏させろって?救ってやれって?」
「……さあ?」
記憶にはそれぞれの悲劇が詰まっていた。その記憶の持ち主は死んだはずなのに生き返って、いまだその悲劇に囚われ続けている。可哀想だと思う。リヒトくんもイメラもなんとかしてやりたいと思う……だけど私の手に余る。自分のことでもういっぱいいっぱいだってのに人の悲劇を解決してやれる余裕もない。まして過去は変えられないんだ。
「人の負の想いで作られたのが闇の者、その中で倒せるものだけを指して今の時代の人が知っているものを魔物という。魔物はほとんどがクランという闇の者が憑き始めた状態のもので、憑かれたものは徐々に色を奪われ最後は全身が真っ黒になってその目は赤くなってしまって……獣はダーリス、人型をユラメという」
「それが?あと、ベッドからおりてくんねえ?」
「ユラメとなったもの、なりかけたものが色を、本来の姿を取り戻したものがサバッド」
「……」
「なあお前って死んだことある?……ぜんぶ当てずっぽうに言っていると思うか?それにいつか話そうと思ってたことなんだろ。さっさと答えろ」
皮肉を浮かべた笑みが息を吐き出す。
だらしなく垂れていた手が私の頬に触れる──温かい。
「生憎まだ死んだことはねえよ。不死身じゃなくて不老なだけなのかもな?だけど試すつもりもねえ」
「あっそ。過去死んだ勇者は本当に全員死んだのか?」
「全員じゃないな」
リヒトくんが生き返ったとき、あれがサバッドの生まれる瞬間だった。
となるとあの時点でリヒトくんは既にクランに憑かれていたということで、死んだあとクランを使って生き返ったということになる。リヒトくんの手には体温があって見た目には普通に生きている人とまったく変わらないことを思えば、言葉通り死んだけど生き返っただけに見える。クランは元々魔力で出来た存在で魔力は生命エネルギーだ。それが上手く功を成したということだろうか。
──それなら私も死なないのかもな。
全員生き返った訳じゃないらしいしオーズが言ったように私も試すつもりはないけど。
「そう。お前さ、イメラやリヒトのようなサバッドを何人知ってるんだ?」
「さあな」
「そう。銀髪に赤眼のロストは見たことがある?」
「ああ」
「そう。お前は誰の記憶を見てほしいんだ?」
黙るオーズが喉を鳴らす。
オーズは私が記憶を見る度「誰を見た?」と聞いてきた。ソイツに悲劇の記憶なんてないほうがいいだろうに。ああ、でも大地と見たあの記憶は大地が言ったように悲劇でもなんでもなかった。暗い鍾乳洞で3人の男女が話している記憶──あれはラスさんの記憶だろうか。それならラスさんと空さんと一緒に居たあの女性は、ラスさんの妹であり空さんの奥さんであるスーラさんなんだろう。そしてあの場所はきっと、現在空さんのお墓がある場所だ。
「……救ってほしいのはお前か?」
「なに言ってやがる」
鼻で嗤うオーズの顔を覗き込んで微笑む。
「『お前が救われることを祈る』」
ビクリと震えた身体が失態に固まった。目を見開くオーズは憎まれ口叩くことなく、口を閉じる。
これはオーズの記憶で合っていたようだ。
「ああ、でも『とうに救われてる』んだったよな?」
「お前は何が望みだ」
「望み?望みと言われてもな……お前は自分の望みの為に私を利用してんだろ?」
「……そうだ」
私が何を言うのか恐れてるみたいに固い言葉がゆっくりと吐き出される。呼吸が唇に触れる。私の体重を支えるベッドが軋んで音を鳴らす。分からないとひそめられた眉が、私を映す赤い瞳さえも見える。
いい気分だ。いつも私ばっかり謎かけを言われて混乱させられている。たまにはこういうのも悪くないだろ?
私の口は緩んでいくばかりだ。
「少しぐらい対価を払えよ」
言って、口づける。
舌を入れて魔力を奪って離れて、オーズを見る。されるがままだったオーズは私を見て眉間の皺を増やした。
「……片割れが泣くぜ?」
「私に片割れはいない」
ベッドに膝を置いてオーズをまたぎながら胸倉を掴む。すうっと細められた目は口元と同じように弧を描いていく。はあ。余裕のない呼吸が聞こえた。
「レオルにセルリオ。この2人は間違いなくお前に交換じゃなく捧げるでも喜んでするだろうに」
「知ってる。でもあいつらだから利用したくない」
「……そりゃ光栄」
オーズなら利用できる。コイツも利用してくるんだし私が遠慮する必要はない。なんの同情も要らないしコイツは私を監視して傍にいるんだから丁度いい。
『私の男達に難癖つけんの止めてくれる?共有とかも、ないわ』
あいつらにはもう情が出来てしまっている。あのとき、自分で言ったことに自分で驚いてしまった。言われて自分が言ったことに気がついたぐらい本心だった。それなのにあいつらを片割れにして一緒に暮らしていく未来をまだ考えたくないんだ。まだなにも終わらせていないし踏ん切りもつけてないのに、あいつらに甘えてずるずる生きたくはないし止まりたくない。
「つってもお前いま魔力ねーんだろ。意味ねえか?」
「何年生きてると思ってる。魔力は事欠かねえぐらいある」
「その魔力で私んとこに転移して欠乏症になってやがんだろ?」
もう一度口づければオーズの舌をすぐに見つけた。ぐに、と互いを押して舐め合って、息が漏れる。私の背中を抱く手の力を感じる。ギシリと音が鳴って沈み込む身体。
口のなか苛立ちを吐き出したオーズの手は熱い。触れる鼻さえ熱くて、近くで聞こえた唾を飲む音は余裕がないのが分かる。
「煽んなっつってんだろ」
「『僕の化け物』」
「っ!」
ラスさんがハトラだと分かった日に聞いた誰かの声。これも、オーズの記憶。
熱い息を漏らしていたのが嘘のようにオーズは驚きで全てを忘れてしまったようだ。そんなオーズに口づけてまた、魔力を奪う。
ああいい気味だ。
「だーれだ?」
「人の気も知らねえでっ」
この記憶はどういう意味を持つんだろう。分かるのはよほど大事な記憶だということだ。飄々としたオーズの言動を簡単に変えてしまうこの記憶はオーズの望みに繋がっているんだろうか。それなら、良いことを知った。
「お前は私の化け物?」
──視界が反転する。
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