狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

67.「え、なんすかその不穏なフリ」

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古都シカムの任務が終わってから数日。驚くほど平和な時間が続いている。
メイドに声をかけられる回数がぐっと減ったことや、ちょくちょくあった城の人間からの誘いが減ったこと、魔法訓練の回数が減ったことが大きい。すべて大地さまさまだ。
お陰でリーフと一緒に情報共有できたりして穏やかな時間を過ごしつつこの城を出る計画を練れていたんだけど、気晴らしに外に出た瞬間騒ぎの人物大地に捕まった。
なんにもしてないはずだけど私の腕を掴んだ大地はキレる寸前ですごいメンチきってくる。

「とりあえずお疲れ」
「サク。俺を助けろ」
「すげえ台詞」

捕まれた腕から伝わる力が本気度を伝えてくる。苛立ちが限界を超えてきているんだろう。とはいっても元々大地は苛立ちを抱えられる容量なんてそんな持ってないだろうけど。
遠くから声が聞こえてくる。
馴染み深い黄色い声や複数の足音にメイドに追いかけられてることが推測できた。

「しゃあねえなあ」

お陰で助かってるし。
それは言わないようにして私も同じように大地の腕を握ってから転移する。複数仕掛けた転移場所のうちメイドたちがいない場所を望んで転移すれば訓練場近くに出た。訓練場近くはメイドたちがあまり近づかない場所らしく大抵ここに転移する。見慣れた景色だ。とはいっても初めて一緒に転移した大地はそうではなかったようで、私の腕を掴む力が呆けたように緩まった瞬間、大声ではしゃぎだした。

「おいすっげーじゃん訓練場!うっぉ、そうか!転移か転移だなっ!」
「わがったから、いってえんだよ!腕!」
「俺も同じようにしてえな……でも転移って意味分かんねえし。どうして人が消えるんだっての……おいサク!俺に転移を教えろ!」

面白い話に興味がひかれた瞬間、大地が私の両腕を掴みながら揺さぶり始めた。なんだかカツアゲされてる気分だ。

「知るかよ……ああ。お前ならできる。やれる。何事も努力で?まあ、多分?っておい!ギブギブ」
「サクッ、俺に、教えろ!おいハース!お前からも言えっ」

曲がり角から現れた不幸なハースは私たちの様子を見たあと心底嫌そうに首をひいた。隣にいるセルリオは困ったように笑っている。

「いや、俺にそんなこと言われても」
「大地。落ち着いて」
「だってよ!……ん?あ、そうだ。ってなんだよサク!」
「お前が悪い」

話している間にも前後に振られたせいで頭がまわった。仕返しに膝で軽く大地の背中を蹴れば大地がなにしてんだコイツと見てきやがる。こいつの私の扱いはなんなんだ。
大地は仕方ないとばかりに大きく溜息を吐いたあと、今度は私の両肩に手を置いて睨みあげてくる。

「いますぐ話がしたいんだった」
「緊急のようでそうに感じないって凄いな」
「忘れてたししょーがねえだろ。いいからどっか人が来ねえところ、どうせあんだろ?」

本当に大地は私のことをどう思っているんだか。
両肩に置いてある手をどけながら笑ってしまう。ふと、見えたのはセルリオとハース。話が見えないようでじっとこちらを見ていた。正直2人には聞いてほしくない話がある。

「あー。じゃあ俺らちょっと話あるからこれで」
「待って」

そのまま転移しようとした私を止めたのはセルリオだった。え、と自分を見るハースを無視して一歩近づいてきたセルリオは柔らかな笑みを浮かべる。

「僕も聞きたい」
「え?あー、っと」

どこか有無を言わさない響きを感じて戸惑う。ただ横目に見えるハースだけはいつも通りで1人遠くを見て微笑んでいた。

「俺は別にどっちでもいいんだけどな」
「んー」

大地の周りの様子を考えればこうやって話せるのはこの先そう何度もないかもしれない。勿論転移とか魔法を使えばできないこともないけれど、問題の種になるようなことはなるべくしたくないし。
言葉を濁して悩む私の背中を押してくれたのはセルリオだった。

「僕も大地と話したいことがあるんだ。きっとサクも知りたいでしょ?」

セルリオが持っていた古びた本を鞄から取り出して微笑む。
なんだ?
古びた本には表紙に題名もなにも書かれていない。カバーもない本はところどころ汚れているどころか破れていた。持ってみようとして手を伸ばしたら、すっと離れてしまう。
セルリオを見ればさっきよりも距離は縮まったのにひどく小さな声で話した。

「喜ぶ人々、希望を声に願いをかけた──知りたくない?」

質問しながらも答えは分かっているようで、驚く私を見ながらセルリオは微笑んだまま本を鞄に戻した。釈然としなくて黙り込んでいたら頭にふわりと重さを感じさせない手がのって撫でられる。これでも私は年上なんですが。

「なあお前らってデ「さあ行こう。どこでもなんでも俺はいいからさっさと行こう」

いつかのように大地の話を遮ったハースが圧を感じさせる笑顔を浮かべながら私の肩に手をまわしてきた。ハースの片方の手は大地の服を引っ張っていて大地の首を絞めている。魔法で周りを探れば誰もいない。
私は……。
セルリオの腕を掴もうとしたけど、まだ悩んでいた手は間違えてセルリオの手を滑って指を捕まえる。指先は少し冷たかった。
なんとなく顔が見れなくて、条件は揃ったと自分に言い聞かせながらそのまま転移する。ついた部屋はさっき出たときと変わりなく、温かい。

「お帰りさ──ぅっわ!え!?」
「急にごめんリーフ。ちょと色々ついてきてる」
「みてえだな」

ベッドに寝転がりながら本を読んでいたリーフが私たちを見て飛び跳ねる。そういえば伝えていなかったなと思ったのと同時に、セットしていなくても可愛いリーフに内心安心と感心を覚えた。

「よっ、リーフ!邪魔すんぜ!へっえーサクの部屋ってこんな感じか!まあ俺とほとんど一緒だな」
「リーフさんこんにちは」
「お前部屋だからって気抜きすぎだろ。なんだその恰好!」
「てめえにんなこと言われる筋合いはねえんだよっ!ここは私とサクの部屋なんだからなっ」

いつもくくっている髪をおろして暖房がきいた部屋のなか薄着でくつろいでいたリーフをハースは咎めているが、彼は話すたびに心にダメージを負うという悲しいことになっていた。
騒がしい奴らが歩き回る。いい加減慣れてしまった部屋は広いものだったけれど、大の男が3人増えて少し狭苦しく感じた。部屋の隅にあった机を魔法で部屋の真ん中に移動させれば、言い合いしながらも彼らしく周りを見ていたハースが足りない分の椅子を出してくれる。

「んでさ話なんだけどさー」
「大地タンマ。話す前に言っとくわ。ハース、セルリオ。とりあえずここまで連れてきたけど帰るなら今だから」

騒がしいリーフとハースを無視して話し出す大地を制してハースたちに忠告する。
変な話だと思う。
だけどセルリオは動揺を見せなかった。予想はしていたけれど理由が分からない。対してハースはリーフとの言い争いも止めて戸惑いに眉を寄せた。

「え、なんすかその不穏なフリ」
「僕は残るよ」
「ちょっと待て。なんだこの流れ」
「いいからお前はさっさと部屋を出て行け」
「お前はっ!……サク班長、話ってどんな話なんすか」
「言えない。ただ、まあ。聞いてもいいけどお前が巻き込まれても俺はなんもしてやれん」
「巻き込むって」

ジルドたちがどんな報告を城側にあげたのかは知らないけれど城側の監視は前よりもさらに増えて悪質なものも出てきた。私が城側に対していい気持ちを持っていないのはあちらも重々承知だろう。
それにもう3月4日。私たちの召喚から8か月が経った。
だとしたらラスさんの情報が正しければ次の召喚はあと4か月後に迫っているわけで、城側としては私が春哉と同じようなことをしでかさないかさぞ不安な頃だろう。
私に関わる人物のチェックは欠かさないはずだし、私が部屋に招いた人物となったら尚更だ。もともと私の班ということもあって関りが大きいから既に城側はハースたちに探りを入れている。それをハースたちが気がついているのかは知らないが。

「そんならここまで連れてきてほしくなかったんすけど」
「この面子であの場にとどまり続けたくなかったし。いまならさっきの場所まで戻すけど?」

椅子の背もたれに顎をのせてハースを見上げる。沈黙の間にリーフが隣にあった椅子に腰かけて紅茶を淹れ始めた。

「ああもう、くっそ」
「別に帰っていいんだぜー?」
「てめーは黙っとけっ」

ヤケクソだと椅子を動かして席に座ったハースを見てリーフは鼻で笑いながらも人数分の紅茶を淹れる。それにまた眉を寄せて難しい顔をするハースをお茶うけにするのもいいけれど、甘いものが食べたくて机にのっていた小さな菓子箱を魔法で出した大きな皿に広げた。
お菓子箱は古都シカムの任務に持って行ったポーチと同じく四次元ポケットのようにしていて大量のお菓子を保存している。冷暗所だからチョコレートだって大丈夫で魔法が使えて嬉しい理由に大きく貢献している最高の代物だ。
机には大量のお菓子と紅茶。なんだかティーパーティーみたいだ。
前、いつだったかにしたティーパーティーなんてお洒落な感じが似合わない騒がしいお茶会を思い出して笑ってしまう。





 
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