狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

159.「僕の村はちっちゃいけどいいとこなんだよ!」

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湖の底には年月を感じさせるもののしっかりと形を保った遺跡があった。何かを置いていただろう祠に人々を象った大小さまざまな石造、古都シカムにあるような神殿を思わせる建物。祠に続く石段の上には階級の高そうな男が眼下に並ぶ人たちに応えるかのように両手を広げている。地上にあっても見ごたえがあるだろう光景に心が震えた。
嬉しそうに語ったジルドの言葉を思い出す。
『遺跡には沢山の像があるんだそうだ。王とその民を象ったらしいもので王が勇者に問答をする。『汝、なにを望む』と』
きっとあれが、そうだ。
鼻や口から零れた空気が泡になって浮かんでいく。視界を小魚が遮ったかと思えば赤い髪が漂う。私の肩に触れた手は人差し指を地上に向けていて──その顔は無言ながらはしゃいでいた。頷いて地上に向かって足を蹴れば私たちよりも深く潜っていたリヒトくんが追いかけっこするように隣に並んで。

「ぶはっ」

もう少し潜れたけれど早く上がってよかったかもしれない。なにせ興奮し通しで鼓動が早い。それは隣の人も同じようだ。

「リーシェ間違いなくここは聖剣が眠る場所だ!聖剣はすでにないがクォードの証言を元に作られた絵本とまったく同じ光景……っ!これは凄い発見だぞ!?」

だけど自分より感動している人がいると冷静になれるものらしい。がばっと抱き着いてきたジルドに身体が沈みかける、というより沈んだ。「沈めあいっこー?」と笑うリヒトくんが居たことが救いだろう。すぐに私を引き上げたジルドが気まずげに俯くのが笑える。


「アンタ早くリーシェから離れてくんない?」
「アイフェ?!」


刺々しい声に顔を上げれば湖を覗き込む梅を見つけた。その後ろにはラスさんもオーズもいる。やっぱりこの3人は心配する必要がない。

「よかった、弾かれたんだと思った」
「弾かれたんだよ」
「え?」
「お前のお陰で辿り着けたってこと」

笑うオーズはどうやら私を軸に転移して来たらしい。人にはするなと言っていたのに自分は必要なときに使うんだからズルイもんだ。それならここにも魔物が来る可能性が高い。湖から上がればリヒトくんは遊ぶのはもう終わりなのかと不満そうだ。

「まだ潜るけど先に魔物がこの場所を荒らさないように魔法をかけとくんだ」
「……そんな魔法があるの?」
「うん、あるよ」

空が見える範囲を設定してシールドを張ろうか。ああでもそれだとここに来づらくなる……?それならリヒトくんが言っていた弾く対象を魔物にすればいい?でもそれじゃあ私が入れなくなるか?
どんな魔法にしようか悩む私にオーズが首を振る。

「ここには必要ない。ここは魔の森にある穴だがここに印をつけて飛んでくるだけでとんでもない魔力が奪われる。普通の魔物じゃ辿り着けず死ぬ」
「普通じゃない奴なら辿り着けるって?」
「ああ。俺はもうしばらく使いものにならねえからな。帰りの魔物はラスたちを使え」

言う通り多くの魔力が奪われたのかオーズが地面に座り込む。そんなオーズを湖から上がったジルドは訝し気に見下ろした。

「ここが穴だとなぜ分かる?」
「まず文字通り森に穴が開いているうえ、ここではリスクが高いとはいえ転移魔法が使える。穴以外に考えられるか?」
「魔の森でも転移魔法は使えたが?」
「試しに魔の森から魔の森に転移してみろ。数日は余裕で寝──思い当たるんじゃねえか。なら今度はここに転移してきてみろ。違いがよーく分かる、マジで」
「そうか。教えてくれて感謝する」

律儀に頭を下げるジルドにオーズはひらひら手を振ったあと項垂れてしまう。オーズがあれだけへばるのか……興味あるな。
服を絞りながら呑気なことを考えていたら梅が私とリヒトくんと、ついでとばかりにジルドの服も乾かしてくれた。

「感謝する」
「……」
「ありがとう」
「どーいたしまして!」

無視されたジルドは梅が自分に対していい感情を抱いていないことが分かっているせいかリヒトくんを連れてこの場所の検証を始める。正直気になるけど梅はにこにこ笑いながら私の腕にしがみついてきて、そんな梅を見るラスさんは困ったように眉を下げてとどうも不穏な空気だ。不安に首を傾げればラスさんはオーズを一瞥したのち教えてくれる。

「あなたを縛りたいわけではありませんが知っておいてください。あなたの姿が消えてしまった瞬間、アイフェは異常と思えるぐらい不安定になりました」
「異常……」
「ちょっとラスそれひどくない?」
「あなたも自覚しているでしょう。あなたはリーシェさんに依存しすぎている。リーシェさんが……いなくなってしまうことがあったときあなたはどうするつもりですか」
「そんなところ興味ないよ」
「アイフェ」

私のすぐ傍で修羅場が始まってしまった……。
私も関係しているから他人事じゃないんだけどこれはなんとも首を突っ込み辛い内容だ。梅が恋人を見るとは思えない顔をしているのは見なかったことにして時間が過ぎるのを待っていたら、見かねたらしいオーズが私を救い出してくれた。ラッキーと思ったのも束の間、ラスさんは私を見て皮肉めいた笑みを浮かべる。

「彼もそうでしたよ、リーシェさん」
「……」
「あーいちいちうるせえな」

え?ラスさんなんでわざわざ波風立たせたの?
言うだけ言って梅と問答を再開したラスさんの無責任さに呆然としてしまうけど生まれた地雷はさっさと処理するに限る。

「私の姿が消えたっていってもお前ならさっきみたいに転移して追えるだろ。私はどんな消え方したんだ?私たちは気がついたらここに居たからそこんとこよく分かんないんだけど」
「確かにお前がどこに居ようが俺は追えるがさっきはお前を完全に見失った……死んだのかと思った」
「死んだ、ねえ。リヒトくんが言ってた限られた者しか入れないっていうのに関係するのかもな。人の存在を簡単に消してしまう魔法……ここを隠してる?守ってるのか?」

となると聖剣なんてものはなくてもここにはまだ色んな秘密があるのかもしれない。
でもそんな魔法をかけたのは誰なんだろう。昔から英雄伝は嘘か真か検証がされて語り継がれきた。英雄伝に描かれた場所を探して歩いた人は多かったはずだ。なのに現在でもまだ英雄伝は嘘か真か議論されている。多くの人を騙した魔法をかけた人はどんな人だったんだろう。なにを思ってこんな魔法をかけたんだろうか。いや、もしかしたら人じゃないかもしれない。魔の森に働く魔力がたまたまそうさせただけなのかも。

「……楽しそうだな」
「楽しいよ。遺跡も物語も好きだ。そこに本当にあったこととかそこで生きていた人のことを知るのは面白い。なんでそうなったのか考えだすと止まらないんだ」
「いいな、好きに生きてくれ」
「そうしてるよ」

微笑むオーズはからかうようでもないし羨ましいといった感情もみせない。心からそう願って私に言っているようだった。
『お前もいつかそうなるから』
いつかディオが私に言った言葉を思い出すのはきっと間違いじゃない。なんでか分からないけどコイツはコイツなりに私を心配している。自分の望みの為もあってか執着に似た感情さえ感じてしまう。

「お前も好きに生きろよ」
「……十分好きに生きたさ」

長い時間を生きている化け物は自嘲気味に笑う。あまり突っ込まないほうがよさそうだ。それならいいやと話を終わらせれば「突っ込めよ」と楽しそうに笑われた。元気になってよかったことだ。


「リーシェ!」
「……ジルドさん?」


他の面子もいるのに顔を作るのを忘れたジルドが私を呼び捨てる。オーズと梅が眉を寄せるけどただ事じゃないことが分かってジルドの傍に駆け寄った。
ジルドはこの場所を発見したときと同じ顔をしている。

「クォードとヴァンの墓を見つけたっ」

喜ぶジルドが見る先にはゴロゴロ転がる大小の石を埋め尽くさんばかりのラシュラルの花。甘い花の香りがする。リヒトくんはラシュラルの花を見ながら呆然と固まっていた。
あの石は墓石なのか。
ジルドが膝を地面につけ感動に手を震わせながらも、息を吐き呼吸を整えたあと手を合わせる。私も目を伏せて──その瞬間、見えていたリヒトくんの手が真っ黒になるのが見えた。かと思えば景色すべてが真っ黒に染まる。
私だけじゃない全員の驚く声が聞こえたけど色んな所から聞こえてくるナニカの声にかき消されていく。頭が割れそうなほどの大音量で立っていられなくて蹲る、そのはずだ。右も左も上下もすべてが真っ暗な世界は方向感覚をおかしくさせて、何を考えていたのかさえ分からなくする。
これは、ヤバイ。
真っ暗な道の比じゃない恐ろしさが身体を襲う。悲鳴が聞こえる。身体を掻きむしりたくなるほどの嫌悪感が沸いてきて、叫び出したいほどの怒りも覚えて──絶望に何も感じられなくなる。



「僕の村はちっちゃいけどいいとこなんだよ!」



そんななか聞こえてきた場違いなほど明るい声。リヒトくんは道に迷ったという旅人を笑顔で案内していて、森を歩く2人の足は迷うことなく進んでいく。

ああ、駄目だ。
私はこの先を知ってる。

笑うリヒトくんに手を伸ばすけどその身体に手は触れることなく透り抜けてしまう。止まらない映像、変えられない記憶。
私は目の前で進む光景を見るしか出来なかった。







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