狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

158.「お先に」

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ということで今日の散策はジルドもついてきた。

リヒトくんが不穏なことを言っていたためトゥーラたちも護衛をかってでたけど、危険があるからこそ少数精鋭でという話にまとまって6人で向かうことになった。私と梅とリヒトくんとジルドとオーズとラスさんだ。大地は1度神殿に戻らなければならないらしい。「待ってろよ」と念押ししてきたけど無理な話だ。なにせ人のこと言えたわけじゃないけどジルドはずっと口元が緩んでいて足元はソワソワしている。ということで今日も留守番を任されたロナルは抗議を隠そうともしない笑顔で見送ってくれた。
どうやら聞くところによるとジルドがここに居る間ディーゴとロナルはフィラル王国を中心に働いているらしい。ロナルのほうは事務仕事も出来るもんだからジルドとフィラル王国の橋渡しのようなこともしていて、今回のようにジルドが仕事を投げたときはロナルが肩代わりする羽目になっているとのこと。梅が笑いながら教えてくれたけどロナルの様子を見るにジルドが報復を受ける日は近そうだ。

「サバッド、案内を頼む」
「いいけど僕の名前はリヒトなんだけどー」
「……リヒト案内を頼む。俺の名前はジルドだ」
「……ジルドおじ……ジルド兄ちゃん!」

相手から自分に名前を名乗られて初めて相手の名前を呼ぶ、そんなオルヴェンらしいジルドの挨拶。だけど昔は今より名前に対してそこまでこだわりはなかったのかリヒトくんの名前に関する考え方は私の元の世界と同じようだ。面白い。小さいながら察して言い直すリヒトくんの頭を撫でれば照れ隠しに笑いながら手を繋いできた。私も手を握り返す。


「へへっ、一緒だね」


ジルドも流石にリヒトくんの素直さに絆されたのか手を握られたことに嫌な顔はしていない。

「まるで親子みたいですね」

ラスさんも子供には弱いのかその顔は穏やかに微笑んでいる。けれど気が緩みすぎると人は余計なことを言うらしい。なんとか微笑むことは出来たけどリヒトくんの手を離したくなってしまった。

「そいつの子供じゃないことは間違いないよねー」

梅もにっこり笑いながら余計な言葉を追加して、ジルドは照れに逸らした視線を梅に投げて眉を寄せている。オーズは1人魔物を片付けていて不公平だと叫んでいた。
私達がいる場所は以前ジルドに連れてきてもらったキルメリア跡地だ。リヒトくんは地図が読めなかったものの話しからこの付近が入り口になるらのが分かってとりあえず移動してきた訳だ。でもどうもこの面子になると油断してしまうらしく遠足のように会話をしてしまう。お陰でオーズがよく働いてくれる。

「ここら辺だったと思うんだけどなあ」
「入り口になにか目印ってあるの?」
「ないよ?なんかね、ここって分かるの」
「ん-じゃあとりあえず歩き続ける感じがいいのかな?」
「うん!歩き続けたらどこかに繋がるってリーシェ姉ちゃんも言ってたもんね」
「よく覚えてたね」
「へへへ」

薄暗い森の中はどこも同じ景色に見える。そんな場所を勘だけで進んで辿り着ける神聖な場所。クォードも勘で行き着いたんだろうか。


「リヒト、よかったらクォードたちのことを教えてくれないか?」


ジルドが遠くにいる魔物を魔法で倒しながらリヒトくんに話しかける。リヒトくんは最初こそ次々現れる魔物や魔物を簡単に倒すジルドたちに驚いていたけどもう慣れたもんだ。「クォードたち?」と首を傾げる。

「クォードさんだけじゃなくてロイ兄ちゃんやイメラ姉ちゃんのことも教えてって言ってるんだよ」
「え~?へへ、なんか何回も聞かれると恥ずかしいなー。ロイ兄ちゃんはカッコよくて、イメラ姉ちゃんは女神様みたいに綺麗な人」
「女神様?」
「うん!僕の村には時々語り人が来てくれて色んな話をしてくれたんだ。外にある美味しいご飯とか綺麗な景色とかいっぱい教えてくれるんだよ。えっとね、”神木”と”伝説の勇者”と”女神の許し”っていうお話もしてくれてさ、イメラ姉ちゃんは”女神の許し”に出てくる女神様みたいに綺麗な人なんだ」
「ああ、確かにイメラは絶世の美女だもんなあ」
「リーシェさんそのことなんですが彼女はもしかしたらラディアドル皇女イグリティアラ=メルビグダ=ラディアドルなのかもしれません」
「ラディアドル?」

長い名前のうえ最近よく聞く国の名前に足を止めそうになったけど、様子を見てくるジルドを見つけて止まらずにいられた。ゆっくり歩き続ける。
イメラがラディアドルの皇女?ということはフィリアン王女と同じ時代の──っていうかイメラって頭文字をとっただけ……随分適当につけたな。レオルドもセルジオも……まあ人のこと言えないか。思えば通り名と真名は近いものが多い。

「はい。あなたがリヒトに目の色を変える魔法をかけていたのを見て気がついたんです。イグリティアラ=メルビグダ=ラディアドルの特徴は人を惑わすほどの美しい女、白い肌に腰まで届く金色の髪、青い瞳、聡明で国を滅ぼせる力を持つと記されていました」
「美しい女……すべて彼女に当てはまりますね」

むしろイメラ以外にこの言葉がすべて当てはまる人はいるんだろうか。聡明は狂う前?それは分からないけど外見は一緒だ。なんでジルドはイメラとすぐに一致させなかったんだろう。
私の疑問を見てジルドが言いにくそうに視線を逸らす。

「俺は彼女を美しいとは思わなかった。俺は……そ、それに青い目ではなかったからな。だが彼女もリヒトのように昔は青い目なのだとしたら身体的特徴が合う……あの力も」
「力?イメラ姉ちゃんも魔法使えたの?」
「……そうみたい」
「へえー!なんだよイメラ姉ちゃん酷いなー。僕にも教えてくれたらよかったのに」

拗ねるリヒトくんは私たちから視線を逸らす。今がチャンスだ。話しは気になったけどジルドに続きを話すのは止めてもらうよう無言で首を振る。これ以上ジルドがイメラの話を続けたらリヒトくんはまた暴走することになるだろう。なにせラディアドルはもうない。聡明と謳われた彼女が狂うほどの惨劇はリヒトくんを動揺させるには十分なものはずだ。
だけど意図が伝わらなかったらしくジルドは微笑みながら首を傾げてしまって、仕方ないから人差し指を口元に持っていき内緒とお願いしたら顔を逸らされた。……うん、伝わったらしい。だけどいい加減コイツの扱いが面倒になってきた……。

「リヒトくん”女神の許し”ってどんな話?」
「”女神の許し”はねー、むかーし昔、1人で寂しかった人間が傍に一緒にいてくれる人を願いました。だけどうまくいかなくて人間はずっと泣いてて……そんな人間をアワレに思った女神様が人間の傍に現れて人間によしよししてあげるの。人間は嬉しくって嬉しくって女神様を捕まえちゃう。そしたら今度は女神様が泣いちゃったんだけど、人間は女神様の傍に居たくて女神様を逃がしてあげられないんだ。人間はごめんなさいって毎日謝って女神様は毎日怒って、でも最後お別れの日女神様は人間を許すんだ。人間は泣いちゃうけど笑ってありがとう……それでおしまい」

きっと色々省略されてしまったところはあるんだろうけれど、これはなんともハッピーエンドとは言い切れないお話だ。子供にも少し難しい内容に思える。そういえば”神木”の絵本も子供向けじゃなかったな。

「あははロイ兄ちゃんもそんな顔してたよ」
「ロイ兄ちゃんも?」
「うん!この話を聞いたときロイ兄ちゃんも居たんだけどリーシェ姉ちゃんと同じ顔してた」
「そっか。ロイ兄ちゃんもこの話は難しいなあって思ったのかもね」
「リーシェ姉ちゃん難しかった?僕は分かるよ。だって1人は寂しいもん。だから僕も──」

見上げてくる顔がしばらくした後にごめんなさいと謝る。
本当に可愛い子だ。

「私はいまどんな顔してる?」
「……笑ってる」
「そう、なんだかんだ楽しんでるんだよ」
「楽しい?」
「そうそう。ジルドさん、せーのって言ったあとリヒトくんと握ってる手を持ち上げてもらっても構いませんか?なんて言ったらいいのかな」
「……分かります」
「そうですか、よかった」

話してる間にリヒトくんにも伝わったらしい。期待に満ちた顔が見えて笑ってしまう。だから少し声を張り上げて「せーの」と言って私とジルドが腕を上げれば、飛び跳ねたリヒトくんの身体がふわりと浮いて、魔物歩く森のなか楽しそうな子供の声が響き渡る。「もう一回」とせがまれもう1度、また──そして違和感。森の中には笑い声しか聞こえない。魔物がいるはずなのにどこにもその気配を感じない。梅とラスさんの話し声も、オーズの文句を叫ぶ声も聞こえない。

「あれ?」
「なにか……」

ジルドも気がついたようで辺りを見渡している。梅たちがいない。もしかして弾かれたんだろうか。薄暗い森の景色は変わらない──いや、違う。木々の合間にあるとは思えない日が差す場所を見つけた。私たちの間にいるリヒトくんが「あ」と声を上げる。


「ついたね!あそこだよ」


突然の出来事にジルドと顔を見合わせてしまう。行き方を覚えておこうと思ったのに遊んでたらついてしまった。着いた?本当にそうなんだろうか。
3人でその場所に向かって歩いていく。光は強くなってついには陽を隠す森の天井が消えてしまった。森に穴があいたようなそこからは青い空がよく見える。日差しに眩く大きな湖、朽ち果てたなにかの残骸、ラシュラルの花──綺麗。
穏やかな、静けさに満ちた光景だった。
透明な湖を覗き込めば私たちの顔が揺らぐ水面の底に遺跡が見える。湖は怖くなるほど澄んでいて手を伸ばせば遺跡に触れてしまえそうな錯覚に陥った。

「一番のり!」

手を離れたリヒトくんが楽しそうに叫んだかと思えば湖の中に飛び込む。随分思い切りよく飛び込んでくれたお陰で水しぶきが全身にかかった。
──気持ちいい。
気候は亜熱帯のようなジメジメとした暑さじゃなくなっていたけど暖かいものだ。例えるなら水遊びにはもってこいの気候で。
くくっていた髪をお団子にする。


「リーシェさん!?」
「ジルド兄ちゃんの負けー!」


驚愕に叫ぶジルドをリヒトくんが指さしてからかう。私は湖に飛び込んだせいで頭から足先までズブ濡れだ。衝撃が強かったせいか髪も乱れて、ああもう、私もリヒトくんを笑えない。子供みたいだ。
でもここは聖剣が眠る場所、神聖な場所と呼ばれほとんどの人が辿り着けなかった場所だ。今私たちは英雄伝に語られる場所に来れて、その遺跡をすぐ近くで見ることが出来る。

「リヒトくん遺跡を見に行こうよ」
「うん!どっちが深く潜れるか勝負だね!」

2人でガッツポーズをとればリヒトくんは「お先に!」と潜っていく。私は底の読めない湖に少し怖気ずいてしまったのにリヒトくんは慣れたものでどんどん深く、深く……。


「リ、リーシェさん……?」
「お先に」


戸惑うジルドにニヤリと笑って私もついに湖に潜る。身体中を包む水の冷たさ、髪が泳いで手は透明な道を掻く。足を蹴れば更に深く潜れて遺跡が近くなる。
向かう先には随分深く潜ったリヒトくんが私のほうを見上げて手を振るのが見えた。そして後ろからドボンと水が揺れる音が聞こえる。


私たちは地上で心配する人たちのことを忘れて──深く、深く潜っていった。







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