狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

145.「はあ……拗ねんなよ。でもまあ、じゃあ、問題」

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真っ黒な景色──これは夢だろうか。意識がどこかに引っ張られるような感覚がするのに目の前を動く光景から目が離せない。真っ暗な景色のなか人影が動いていた。

「ですがそんなことが出来るでしょうか?」
「出来るんじゃね?」

思い詰めたような声を出したのは地面に座り込む男性だ。そんな男性を笑い飛ばした人はその隣に座っていたようで、この人も男性だった。

「やっぱり私にはあなたが考えてることが分からないわ。なんでそんなことが出来るって……ああもう!」

ブツブツと文句を言う女性はお怒り気味らしく座り込む男性2人の肩を揺さぶっている。仲の良さそうな3人組だった。暗い洞窟に3人の笑い声が響いている。洞窟?
ああそうだ、ここは洞窟だ。
近くにあった壁に手を伸ばせば水が滴っているのか岩肌は濡れていた。

「ねえ、私思うの」

女性がポツリと言葉を落とす。
3人しかいない洞窟なのに内緒話でもするように小さな声だ。

「否定してもそれが全てじゃないわ。一欠片でも望む心はあるはずよ」

なんの話をしているのか分からないが女性は真剣な声だった。耳が痛いほどの沈黙が続く。
そんな息の詰まる空間を消したのはあっけらかんとした声だった。

「まーそれでもいんじゃね?」

先ほど明るく笑い飛ばしていた男性だ。男性は隣にいる女性が「でも」と不安そうに呟くとその頭をぐしゃぐしゃに撫でて怒られている。
それで──ああもう駄目だ。続きが気になるけど夢から覚め始めているみたいで見える光景がぐらぐら揺れ出した。それどころか視界が真っ暗に塗りつぶされていく。意識が引っ張られて明るい男性の声だけが遠くから聞こえてきて──


「俺の願いを超える奴がいつか出るってだけだろ?」


間近で聞こえた声にはっとして身体を起こす。
──夢だった。
驚きに震える心臓の音を聞きながら額の汗を拭けば一気に身体が寒さを思い出した。冷える身体を抱きしめながら外を見れば今日は雪が降っていない。イメラは離れた場所へ行ったんだろうか。

「着替えよ」

今日もすることはいっぱいだしぐずぐずしている時間はない。動きやすい服に着替えて髪をくくる。今日は朝からフィリアン王女が寄った村か聖剣が眠るとされる場所を探しに行く予定だ。といっても手掛かりはラシュラルが咲く丘から北にある魔の森に覆われたダイロドナスへの道中にあるということぐらいだ。あとは聖剣が眠る場所に限って言えば川の先にあるところでラシュラルの花が目印だ。けれど調べる範囲は日本列島の半分くらいの距離になるみたいだし見つけるのには時間がかかるだろう。
朝食までまだまだ時間があったから地図の確認をしておく。
──気になってたんだよな。
昨日ジルドから貰った現在のオルヴェンの地図を見て違和感を覚えた。図書室で見つけた昔の地図を見慣れていたせいかと思っていたけど、これだ。ディオから貰った地図がおかしいんだ。

現在のオルヴェンの地図、図書室にあった昔の地図、そしてディオから貰った地図。比較すれば色々とおかしなことが分かってきた。

昔と現在を比べると現在の地図では地殻変動が起きたのかところどころ形が変わっているし、天災でもあったのか大陸は分かれてしまっている。この地図が書かれた頃に何があったのか凄く気になるところだ。だけど昔の地図と現在の地図が多少違うのは理解できる。
問題なのは現在の地図とディオから貰った地図の内容が違うことだ。ディオはこの地図を使っていたのに地図の内容は昔の地図と似たものだ。
『これやるよ。そんでもって地形覚えとけよ。後で俺に感謝するから』
『知らね。30年ぐらいじゃねえの?』
思えばアイツは既にもう色々助言してくれていたんだ。
昔の地図は島を除けば大陸は3つだけど、現在の地図では4つ。ディオから地図を貰ったとき大陸が3つか4つか判断できかねなかった原因である大きな土地は現在の地図によると島らしい。となるとディオの地図は大陸が3つしかないし昔の地図となる。


「古都シカムは昔森に覆われてなかったんだ……?いや、それにしたって」


昔の地図での森の割合はそこまで大きいものじゃなかったけど、現在の地図では森が占める割合が大きい。それは異常な差といってもいいぐらいで、古都シカムがある大陸に至っては森が占める割合は3分の1程度だったのに今では3分の2を占めている。他にもキルメリア城があったとされるラシュラルの丘も森の割合が増えていた。環境のことを考えれば良いことなんだろうけど増え方が異常すぎる。
──この地図はどれぐらい昔のものなんだ?
どれだけの年月でこんなに差が出てしまったんだろう。それによっては呑気に異常と言ってる場合じゃないように思う。なにせ森と言っても魔力が貯まって出来た魔の森だって含まれてるんだ。ああ、そういえば。


「ディオの地図が一番古い」


昔の地図と比べて森が占める割合が少ないこともそうだけど、表記されている国の名前が違う。何度も見返して文字をなぞる。昔の地図は古都シカムがある場所にラミアと書かれているのに、ディオの地図は間違いなくラディアドルと書かれていた。地図をなぞる指をキルメリアまで滑らせばラーテルンと書かれていて、その北にはダイロドナス。途中森が道を塞ぐようにあってそのなかに川が通っている。その近くに村の名前はなかったし聖剣が眠る場所と書かれているわけじゃない。
だけどきっとこの付近にあるんだろう。
3枚の地図を手にオーズの部屋に移動する。私の部屋と離れた距離にあるのがこんなにもどかしく思う日が来るとは思わなかった。長い廊下にはメイドたちがいるから走ることは出来ない。だから出来るだけ冷静さをきどって一刻も早くと歩き続けた。
『だから言ったじゃん。俺が戻してやったって』
崖から私を助けたとディオは言っていた。それならなんであの街を選んだ?フィラル王国近辺じゃないほうがいいから……それだけか?今までずっとアイツが思うように動かされてる気がする。


「オーズ!」


ノックもせずドアを開ければ朝の早い時間だと言うのに椅子に座って話すオーズとラスさんを見つけた。驚くラスさんがリーシェと私を呼んでオーズは目を瞬かせたあと怖い怖いと笑う。


「ロディオ。お前が知ってること全部話せ」


それからの2人の表情の変化は見ものだった。
何の話だと眉をひそめるのなら分かる。だけどラスさんは息を飲んでオーズを窺うように見たあと俯き、オーズは目を見開いたあと異常さも感じる楽しそうな笑みを浮かべた。


「残念、俺はロディオじゃねえ」


立ち上がったオーズのせいで椅子が揺れている。ゆっくり近づいてくるオーズの目は赤くなっていて、伸びてきた指はなにを思ったか私の首を掠めた。先日のイメラのことを思い出してぞっとする私の頬をオーズが労わるように撫でてくる。温かい体温。サバッドは幽霊のようでも生きてはいるらしい。変なことを実感しながら私を見下ろしてくる赤い目をじっと見ていたら、オーズは近くにいるのに内緒話のように小さな声で話し出した。

「でもアイツを見つけたのは正解だ。あとは自分で探しな」
「どういうこと」
「お前が自分で探し出してくれないと意味がねーんだよ。だからお前が答えを見つけるまで俺は休みをもらう」
「答えって、勝手に進めんな。私はお前に聞きたいことが沢山」

いい加減我慢ならなくて問い詰めてやろうとしたのに黙れとオーズが親指を私の唇に押し付けてくる。ぐに、と動く感触。少し下に押されて唾液で濡れた親指が私の唇をなぞった。

「言っただろ。俺が全て用意するのは許せないんだ。それでもこのまま当てずっぽうで叫んで俺から答えを盗るか?それもいいかもな」

鼻で嗤う憎たらしい顔に思い出したのはイメラの泣き叫ぶ顔だった。
思わず舌打ちしてしまったら笑う顔が見える。

「それならお前もイメラみたいに自分の願いを言ったらどうだ。陰からコソコソ動いて高みの見物しやがって」
「それも言っただろ。それだと俺の願いが叶わなくなる」
「クソが」
「……お前ほんと可愛くねーな」
「お前に可愛いなんざ思われたくもない」

手を振り払って睨みつければ大袈裟に痛いと手をおさえて笑いやがる。本当に嫌な奴だ。
オーズは宣言したとおりここを出るらしく荷物をまとめ始める。といっても部屋に荷物を広げていなかったらしく上着を羽織ればもう旅支度は出来たみたいだ。

「それじゃお嬢様、俺は休みをもらうんで」
「お前が言う答えがなにか分からないんでそのままずっと休んでろ」
「はあ……拗ねんなよ。でもまあ、じゃあ、問題」

やれやれと言わんばかりだけどこっちは知りたいことが多すぎて、そのなかでオーズが探し出せと言ってる答えがどれを指しているのか分かりゃしない。ロディオの詳細を探れって?知るか。オーズが知ってることを全部探し出せって?知るか。明らかにおかしい地図を渡した理由を考えろって?知るか。


「あいつはだーれだ」


オーズが笑みを含んでラスさんを指差す。
はっとしてラスさんを見れば、オーズを見て見開いていた目が私を見た。ラスさんはなんともいえない表情を浮かべて、俯く。声は聞こえない。だけど「すみません」と謝罪する言葉が聞こえた気がする。

「……見当はついてる」
「当てずっぽうは駄目だって言っただろ?あと、ラスに聞くのもアイフェに聞くのも駄目だ。自分で探してみな」
「……さっさと行け」
「ははは!こわっ」

笑う声を最後にオーズがどこかへ姿を消す。
残るのは私とラスさんだけで、長い沈黙が続いた。


「リーシェさん、私は」
「いいんです。アイツが言ったように私は自分で探します」


戸惑うように伸びてきた手が見えてしまって背を向ける。そして今度こそ聞こえてしまった謝罪の言葉に罪悪感が沸いてしまった。

「また朝食の時間に」
「……はい」

とてもじゃないけど一緒に並んで歩く気にはなれなくてラスさんを残して一人で部屋を出てしまった。


「梅はこんなことしないんだろうな」


思わず吐き出してしまった独り言が廊下に虚しく落ちていく。








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