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第三章 化け物
144.「廻り逢い、奇跡、あなたを想う……だったな」
しおりを挟むフィリアンの日記を頼りに英雄伝“描かれなかった物語”を調べることになって、話し合いの結果キルメリア跡地に向かうことになった。元ラディアドル国である古都シカムはある程度資料があってジルドはおおかた把握しているらしい。それならばまったく未知の領域のほうを調べたいとのことだ。気持ちは分かるし、まあ、帰ってきたらラディアドルのことを調べていけばいいだろうからなんの問題はない。
問題があるとするならキルメリア跡地が禁じられた森候補だったという新事実を現地に着いてから教えられたことぐらいだ。
「父と一緒に魔物のことを調べるにあたって自然と禁じられた森やその候補となる場所の把握や管理を務めることになりました。ですからこの場所への転移球を持っていた次第です」
微笑むジルドが話しながら魔物を次々に殺していく。森の中なうえ一般人がいることも考慮してか古都シカム任務のときのように自由に炎を使って森を燃やすことはしていない。それでも微笑みながら素手で魔物を突き殺したり首をねじ切ったりしている姿は恐ろしい。
──コイツ本当に私のこと好きなんだっけ?普通惚れた相手にこんな異常な行動見せないんじゃないか?
微笑み返そうとしたけど口元がひきつってしまう。
「ちょっとアンタどうせ転移するならキルメリアっていうの?そこに直接行けるようにしてよ!なんでわざわざ離れた森の中に転移するわけ!?」
梅が──鉄の棒?鉄の棒で魔物を殴り飛ばしたあと不満そうに叫び、ラスさんがまだ息のあった魔物に止めを刺していく。普段の傭兵業でもあんな感じなんだろう。手慣れた感じだ。
「技術者が同行を拒否したんですよ。キルメリアに一番近い場所がここで──それに個人的にもあの場所を多くの人の目にさらすことは避けたかったのでね」
気になる話に顔を上げたら視界の端に魔物が見えた。私は手が出せないからそのままオーズを見れば既に気がついていたオーズがだるいと溜息を吐きながら魔物を両断してくれる。
「お嬢様は人使いが荒いな」
「あなたの仕事ですから」
ジルドがいるせいで私は弓も小刀も使えないからオーズに護衛をしてもらうことになっている。魔法は既にジルドの前で使ってしまったからどうしようもないけどこれ以上サクに関連する情報は出したくないところだ。
「見事だ」
「どーも」
「ジルドさん先ほど──」
ジルドが褒めたのに鼻で嗤うオーズを押しやって気になったことを聞こうとしたら、先に進んでいた梅が「あ」と声を上げた。そして見えたのは崖の上にある建物の名残と海と空、恐らくラシュラルだろう白い花が一面に咲く光景だ。森の中を出れば風を肌に感じる。甘い香りが鼻をくすぐって、揺れる白い花弁の柔らかさを見た。
「綺麗……」
「きれー」
「見事ですね」
梅とラスさんと一緒に呆然と呟きながら誰かに操られているように前に進んだ。後ろで何かが倒れる音が聞こえる。オーズが魔物を斬り殺していた。
「俺が護衛でよかったな?」
「そうですね」
「目が奪われるでしょう?そういう意味でもここは禁じられた場所としての候補となります」
どこにでも魔物が出る世界だ。そんな常識を忘れてしまうほど魅入られる場所は危険以外のなにものではないだろう。足元に咲くラシュラルはリヒトくんに貰ったものとまるで同じだ。白くて小さい可愛い花。
「ハナニラ……あ、ちょっと違う。これがラシュラル?」
梅がラシュラルを手に首を傾げる。ハナニラ。そうだ、梅が好きな花はハナニラって名前だった。
「アイフェはも──似た花を知っているんですか?」
「うん!私たちが前に住んでた家の庭に植えてたんだ。ハナニラって言ってね、私が大好きな花。前リーシェがくれて思い出せたよ」
「思い出せた?」
前というのは梅が召喚されたときのことだろう。ラスさんといい冷や冷やする話だ。疑問に眉を寄せたジルドには悪いけど話を変える。
「ハナニラは星型みたいで可愛いんですがラシュラルは花弁が5枚なんですね」
「可愛い」
「ちょっとアンタなに考えてんの?……でもそうだね、雄しべって言うんだっけ?真ん中の部分は赤い。ねえラス、ラシュラルに花言葉ってある?」
「花言葉ですか?」
ジルドを押しのけて梅はラスさんに尋ねるけどラスさんは困ったように微笑むだけだ。答えたのは意外にもオーズだ。
「廻り逢い、奇跡、あなたを想う……だったな」
「へえ意外。お前そんなこと知ってんだ」
「悪いかよ」
分かりやすく不機嫌になったオーズが血のついた手で小突いてくる。あ、そういえばずっと魔物任せっきりだった。オーズは私たちが呑気にラシュラルの話をしている間も一人で魔物を倒してくれていたらしい。そろそろ山になりそうなぐらい死体が転がっている。ああ、これじゃ花が汚れる。
「ハナニラの花言葉は別れとか耐える愛とか悲しいものが多かったから、花言葉はこっちのほうが好きだなあ。あ、こっちは花弁が4枚だ」
「ハナニラは4枚から6枚の花弁のものがあるそうですよ。地域ごとに違うらしいのですが6枚の花弁のものは見つけると幸せになると言われています」
「ええ?なにそれクローバーみたい」
楽しそうに話す梅たちに舌打ちするのはオーズだ。そりゃ恋人同士のイチャイチャ見ながら一人だけ魔物を殺さなきゃならないとか最悪だわな。
「ああもう面倒だ。おい、ここら一帯にシールド張るから先進め。さっさと調べるもん調べろ」
「シールド?」
「ああ、俺は天才なんでね。お前には出来ねーだろうが出来るんだよ。分かったらさっさと行け」
「彼に任せて行きましょう、ジルドさん」
不機嫌なオーズをジルドに近づけちゃいけない。ジルドは大人な対応をしてくれるけどコイツもコイツでそんなに我慢できないみたいだ。二人の間に電気が走ったのは気のせいじゃないだろう。ジルドの手をひきながら瓦礫が残る場所へと歩いていく。崖の先まで随分とあるうえ急な勾配のせいで山を登っている気持ちになる。
「この瓦礫はキルメリアにあった街の残骸でしょうか」
「……ここら辺りにあるのはそうだろう。だが崖の上付近にあるのはキルメリア城の残骸だ」
「へえ、お城と城下町ですか。当時の賑わいを見てみたいですね」
長い年月で風化したものが多いんだろう。残骸だけ見ても当時の景色はあまり想像できなかった。けれど点在する瓦礫の多さを見ればキルメリア国の広さは分かるし、それほどまでに発展した国なら当時は大層賑やかで人も多くいたんだろうことが分かる。
瓦礫を踏み越えて登っていく。ヒールを履いてこなくて本当に良か、った!
油断した瞬間土に埋まりかけていた脆い瓦礫を踏んでしまったらしくこけそうになってしまう。だけど手に力を入れたら倒れることはなくて、それでようやくジルドの手を引いたままだったことが分かった。
「あ……失礼しました。ありがとうございます」
「いえ。どうかこのまま」
手を離そうとしたら掴まれる。悩んでしまうけれどいちいち考えすぎてもしょうがないだろう。ここで意識して離してしまうのもおかしな話だし、ジルドの手を振りほどきはせずそのまま登ることにする。
進むにつれ視界が青く塗られていく。城門だっただろう場所を超えて城の中だろう場所も通り過ぎて、端まで。
「海だ」
陽の光を浴びて輝く水平線。動く波、崖に打ちつける波の音。塩の香りに甘い香りが時々混じっている。空気が変わったような心地になって何か色んなものから解放されたような気持にもなる。凄く綺麗な光景だった。ずっと、ずっと眺めていたい。
「キルメリアはラーテルン国とその近隣の小国を統一する形で誕生したとありました。このキルメリア城はラーテルン国にあったお城なのかもしれませんね。ラシュラルがこの丘だけこんなに咲いてる」
「フィリアン王女がヴァンとクォードを待って植えた場所がここだと?ただ単にラシュラルが育つのに適した環境だったことも考えられるが、確かにラシュラルはこの丘で特に咲いているな。キルメリアは痩せた土地で作物を育てるのには向かない国だったそうだ。略奪や戦争をすることでどうにか国として保っていたらしい」
「凄い国ですね」
「奪うしか生きる道はなかったとある」
「……仮にここがフィリアン王女が居た場所だとして、フィリアン王女が行った村はどの辺りだと思いますか?ここら辺りに村や町はあるんでしょうか」
「ここら一帯は魔の森で覆われていて村は一切ない。ただ、英雄伝“伝説の勇者”で語られる話で漆黒の勇者は聖剣を手にしたあと決戦の地ダイロドナスに向かったとされている。ダイロドナスはここよりはるか北、恐らく魔の森にのみこまれた場所になる。ということはここからダイロドナスまでの道のりにフィリアン王女が寄ったとされる村やクォードとヴァンが行ったという聖剣が眠る場所があるということだろう。聖剣が眠る場所は川の先にあるとのことだ。途中から空を隠すほどの森に覆われるが川の先は開けた場所になっていて大きな湖があるらしい。その湖の中に聖剣が眠る遺跡が──すまない」
興奮で一気に話すジルドは以前と同じように一人で話していたことを謝罪するが、謝ることはどこにもない。
「湖の中にある遺跡はどんなものなんでしょうか?」
「っ!ああ、遺跡には沢山の像があるんだそうだ。王とその民を象ったらしいもので王が勇者に問答をする。『汝、なにを望む』と」
──汝、何を望む。
嬉しそうなジルドを見ながら不穏に鳴る心臓の音を聞いた。どくん、どくん。ようやく山を登った梅とラスさんの声が聞こえる。文句を言いながら山を登ってきたオーズの声も。
『神様?いいなそれ、違いないんじゃねえの?ああそうだそれで……じゃあ、こう言おうか?汝、何を望む』
オーズを見れば目が合ったオーズは私を見上げながら文句を吐いて、梅がそれに怒った。ラスさんは慌てて──
「リーシェさん?」
「あ、すみません。少し考え事をしてました。地図を持ってきたらよかったなって」
「地図なら持っていますよ。次散策する場所を決めましょうか」
「はい」
昔お城があった場所でその瓦礫の上に座りながら地図を広げる。この世界の人じゃない私と梅、この世界の人であるオーズたち。そんな不思議なことをしているからだろうか。
──なんで私はここにいるんだろう。
突然、そんなことを思ってしまった。勇者召喚をされてその国に殺されかけて逃げて、復讐のために勇者召喚を止める方法や魔物のことを調べてる。その手掛かりとしてイメラから貰った本を頼りに英雄伝を調べることになって、今日、ここに来た。
甘い香りに頭がぐらぐらする。瞬きに見え隠れするオーズ。「ダルイ」とか「こんなことしてなんの意味があんだ」って文句をずっと言っている。オーズの手に血がついてる。血?血、血だ……。
「一緒に見ようよ」
その手を掴んで言えばオーズは目を見開いて固まった。リーシェと唇が動いたけれど音はあまり拾えない。どうしたんだろう。いつまでも動かないオーズを引っ張って瓦礫の上に座らせても文句を返さず大人しいままだ。まあコイツは黙ってるぐらいが丁度いいか。
「次向かう場所は──」
地図をなぞってフィリアン王女が見た景色に想いを馳せる。見つかったらいい。きっとそこはこの景色と同じぐらい綺麗な場所でラシュラルの花でいっぱいだろう。
静かな静かな森の中、木漏れ日の下で湖がキラキラ輝いている。獣の鳴き声を聞きながらラシュラルに囲まれた小さな塚は穏やかな眠りについているんだ。
──さあ、いつ片をつけようか。
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