狂った勇者が望んだこと

夕露

文字の大きさ
上 下
144 / 250
第三章 化け物

144.「廻り逢い、奇跡、あなたを想う……だったな」

しおりを挟む





フィリアンの日記を頼りに英雄伝“描かれなかった物語”を調べることになって、話し合いの結果キルメリア跡地に向かうことになった。元ラディアドル国である古都シカムはある程度資料があってジルドはおおかた把握しているらしい。それならばまったく未知の領域のほうを調べたいとのことだ。気持ちは分かるし、まあ、帰ってきたらラディアドルのことを調べていけばいいだろうからなんの問題はない。
問題があるとするならキルメリア跡地が禁じられた森候補だったという新事実を現地に着いてから教えられたことぐらいだ。


「父と一緒に魔物のことを調べるにあたって自然と禁じられた森やその候補となる場所の把握や管理を務めることになりました。ですからこの場所への転移球を持っていた次第です」


微笑むジルドが話しながら魔物を次々に殺していく。森の中なうえ一般人がいることも考慮してか古都シカム任務のときのように自由に炎を使って森を燃やすことはしていない。それでも微笑みながら素手で魔物を突き殺したり首をねじ切ったりしている姿は恐ろしい。
──コイツ本当に私のこと好きなんだっけ?普通惚れた相手にこんな異常な行動見せないんじゃないか?
微笑み返そうとしたけど口元がひきつってしまう。

「ちょっとアンタどうせ転移するならキルメリアっていうの?そこに直接行けるようにしてよ!なんでわざわざ離れた森の中に転移するわけ!?」

梅が──鉄の棒?鉄の棒で魔物を殴り飛ばしたあと不満そうに叫び、ラスさんがまだ息のあった魔物に止めを刺していく。普段の傭兵業でもあんな感じなんだろう。手慣れた感じだ。

「技術者が同行を拒否したんですよ。キルメリアに一番近い場所がここで──それに個人的にもあの場所を多くの人の目にさらすことは避けたかったのでね」

気になる話に顔を上げたら視界の端に魔物が見えた。私は手が出せないからそのままオーズを見れば既に気がついていたオーズがだるいと溜息を吐きながら魔物を両断してくれる。

「お嬢様は人使いが荒いな」
「あなたの仕事ですから」

ジルドがいるせいで私は弓も小刀も使えないからオーズに護衛をしてもらうことになっている。魔法は既にジルドの前で使ってしまったからどうしようもないけどこれ以上サクに関連する情報は出したくないところだ。

「見事だ」
「どーも」
「ジルドさん先ほど──」

ジルドが褒めたのに鼻で嗤うオーズを押しやって気になったことを聞こうとしたら、先に進んでいた梅が「あ」と声を上げた。そして見えたのは崖の上にある建物の名残と海と空、恐らくラシュラルだろう白い花が一面に咲く光景だ。森の中を出れば風を肌に感じる。甘い香りが鼻をくすぐって、揺れる白い花弁の柔らかさを見た。

「綺麗……」
「きれー」
「見事ですね」

梅とラスさんと一緒に呆然と呟きながら誰かに操られているように前に進んだ。後ろで何かが倒れる音が聞こえる。オーズが魔物を斬り殺していた。

「俺が護衛でよかったな?」
「そうですね」
「目が奪われるでしょう?そういう意味でもここは禁じられた場所としての候補となります」

どこにでも魔物が出る世界だ。そんな常識を忘れてしまうほど魅入られる場所は危険以外のなにものではないだろう。足元に咲くラシュラルはリヒトくんに貰ったものとまるで同じだ。白くて小さい可愛い花。


「ハナニラ……あ、ちょっと違う。これがラシュラル?」


梅がラシュラルを手に首を傾げる。ハナニラ。そうだ、梅が好きな花はハナニラって名前だった。

「アイフェはも──似た花を知っているんですか?」
「うん!私たちが前に住んでた家の庭に植えてたんだ。ハナニラって言ってね、私が大好きな花。前リーシェがくれて思い出せたよ」
「思い出せた?」

前というのは梅が召喚されたときのことだろう。ラスさんといい冷や冷やする話だ。疑問に眉を寄せたジルドには悪いけど話を変える。

「ハナニラは星型みたいで可愛いんですがラシュラルは花弁が5枚なんですね」
「可愛い」
「ちょっとアンタなに考えてんの?……でもそうだね、雄しべって言うんだっけ?真ん中の部分は赤い。ねえラス、ラシュラルに花言葉ってある?」
「花言葉ですか?」

ジルドを押しのけて梅はラスさんに尋ねるけどラスさんは困ったように微笑むだけだ。答えたのは意外にもオーズだ。

「廻り逢い、奇跡、あなたを想う……だったな」
「へえ意外。お前そんなこと知ってんだ」
「悪いかよ」

分かりやすく不機嫌になったオーズが血のついた手で小突いてくる。あ、そういえばずっと魔物任せっきりだった。オーズは私たちが呑気にラシュラルの話をしている間も一人で魔物を倒してくれていたらしい。そろそろ山になりそうなぐらい死体が転がっている。ああ、これじゃ花が汚れる。

「ハナニラの花言葉は別れとか耐える愛とか悲しいものが多かったから、花言葉はこっちのほうが好きだなあ。あ、こっちは花弁が4枚だ」
「ハナニラは4枚から6枚の花弁のものがあるそうですよ。地域ごとに違うらしいのですが6枚の花弁のものは見つけると幸せになると言われています」
「ええ?なにそれクローバーみたい」

楽しそうに話す梅たちに舌打ちするのはオーズだ。そりゃ恋人同士のイチャイチャ見ながら一人だけ魔物を殺さなきゃならないとか最悪だわな。

「ああもう面倒だ。おい、ここら一帯にシールド張るから先進め。さっさと調べるもん調べろ」
「シールド?」
「ああ、俺は天才なんでね。お前には出来ねーだろうが出来るんだよ。分かったらさっさと行け」
「彼に任せて行きましょう、ジルドさん」

不機嫌なオーズをジルドに近づけちゃいけない。ジルドは大人な対応をしてくれるけどコイツもコイツでそんなに我慢できないみたいだ。二人の間に電気が走ったのは気のせいじゃないだろう。ジルドの手をひきながら瓦礫が残る場所へと歩いていく。崖の先まで随分とあるうえ急な勾配のせいで山を登っている気持ちになる。

「この瓦礫はキルメリアにあった街の残骸でしょうか」
「……ここら辺りにあるのはそうだろう。だが崖の上付近にあるのはキルメリア城の残骸だ」
「へえ、お城と城下町ですか。当時の賑わいを見てみたいですね」

長い年月で風化したものが多いんだろう。残骸だけ見ても当時の景色はあまり想像できなかった。けれど点在する瓦礫の多さを見ればキルメリア国の広さは分かるし、それほどまでに発展した国なら当時は大層賑やかで人も多くいたんだろうことが分かる。
瓦礫を踏み越えて登っていく。ヒールを履いてこなくて本当に良か、った!
油断した瞬間土に埋まりかけていた脆い瓦礫を踏んでしまったらしくこけそうになってしまう。だけど手に力を入れたら倒れることはなくて、それでようやくジルドの手を引いたままだったことが分かった。

「あ……失礼しました。ありがとうございます」
「いえ。どうかこのまま」

手を離そうとしたら掴まれる。悩んでしまうけれどいちいち考えすぎてもしょうがないだろう。ここで意識して離してしまうのもおかしな話だし、ジルドの手を振りほどきはせずそのまま登ることにする。
進むにつれ視界が青く塗られていく。城門だっただろう場所を超えて城の中だろう場所も通り過ぎて、端まで。


「海だ」


陽の光を浴びて輝く水平線。動く波、崖に打ちつける波の音。塩の香りに甘い香りが時々混じっている。空気が変わったような心地になって何か色んなものから解放されたような気持にもなる。凄く綺麗な光景だった。ずっと、ずっと眺めていたい。

「キルメリアはラーテルン国とその近隣の小国を統一する形で誕生したとありました。このキルメリア城はラーテルン国にあったお城なのかもしれませんね。ラシュラルがこの丘だけこんなに咲いてる」
「フィリアン王女がヴァンとクォードを待って植えた場所がここだと?ただ単にラシュラルが育つのに適した環境だったことも考えられるが、確かにラシュラルはこの丘で特に咲いているな。キルメリアは痩せた土地で作物を育てるのには向かない国だったそうだ。略奪や戦争をすることでどうにか国として保っていたらしい」
「凄い国ですね」
「奪うしか生きる道はなかったとある」
「……仮にここがフィリアン王女が居た場所だとして、フィリアン王女が行った村はどの辺りだと思いますか?ここら辺りに村や町はあるんでしょうか」
「ここら一帯は魔の森で覆われていて村は一切ない。ただ、英雄伝“伝説の勇者”で語られる話で漆黒の勇者は聖剣を手にしたあと決戦の地ダイロドナスに向かったとされている。ダイロドナスはここよりはるか北、恐らく魔の森にのみこまれた場所になる。ということはここからダイロドナスまでの道のりにフィリアン王女が寄ったとされる村やクォードとヴァンが行ったという聖剣が眠る場所があるということだろう。聖剣が眠る場所は川の先にあるとのことだ。途中から空を隠すほどの森に覆われるが川の先は開けた場所になっていて大きな湖があるらしい。その湖の中に聖剣が眠る遺跡が──すまない」

興奮で一気に話すジルドは以前と同じように一人で話していたことを謝罪するが、謝ることはどこにもない。

「湖の中にある遺跡はどんなものなんでしょうか?」
「っ!ああ、遺跡には沢山の像があるんだそうだ。王とその民を象ったらしいもので王が勇者に問答をする。『汝、なにを望む』と」

──汝、何を望む。
嬉しそうなジルドを見ながら不穏に鳴る心臓の音を聞いた。どくん、どくん。ようやく山を登った梅とラスさんの声が聞こえる。文句を言いながら山を登ってきたオーズの声も。
『神様?いいなそれ、違いないんじゃねえの?ああそうだそれで……じゃあ、こう言おうか?汝、何を望む』
オーズを見れば目が合ったオーズは私を見上げながら文句を吐いて、梅がそれに怒った。ラスさんは慌てて──

「リーシェさん?」
「あ、すみません。少し考え事をしてました。地図を持ってきたらよかったなって」
「地図なら持っていますよ。次散策する場所を決めましょうか」
「はい」

昔お城があった場所でその瓦礫の上に座りながら地図を広げる。この世界の人じゃない私と梅、この世界の人であるオーズたち。そんな不思議なことをしているからだろうか。
──なんで私はここにいるんだろう。
突然、そんなことを思ってしまった。勇者召喚をされてその国に殺されかけて逃げて、復讐のために勇者召喚を止める方法や魔物のことを調べてる。その手掛かりとしてイメラから貰った本を頼りに英雄伝を調べることになって、今日、ここに来た。
甘い香りに頭がぐらぐらする。瞬きに見え隠れするオーズ。「ダルイ」とか「こんなことしてなんの意味があんだ」って文句をずっと言っている。オーズの手に血がついてる。血?血、血だ……。


「一緒に見ようよ」


その手を掴んで言えばオーズは目を見開いて固まった。リーシェと唇が動いたけれど音はあまり拾えない。どうしたんだろう。いつまでも動かないオーズを引っ張って瓦礫の上に座らせても文句を返さず大人しいままだ。まあコイツは黙ってるぐらいが丁度いいか。


「次向かう場所は──」


地図をなぞってフィリアン王女が見た景色に想いを馳せる。見つかったらいい。きっとそこはこの景色と同じぐらい綺麗な場所でラシュラルの花でいっぱいだろう。
静かな静かな森の中、木漏れ日の下で湖がキラキラ輝いている。獣の鳴き声を聞きながらラシュラルに囲まれた小さな塚は穏やかな眠りについているんだ。


──さあ、いつ片をつけようか。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逆ハーレムエンドは凡人には無理なので、主人公の座は喜んで、お渡しします

猿喰 森繁
ファンタジー
青柳千智は、神様が趣味で作った乙女ゲームの主人公として、無理やり転生させられてしまう。 元の生活に戻るには、逆ハーレムエンドを迎えなくてはいけないと言われる。 そして、何度もループを繰り返すうちに、ついに千智の心は完全に折れてしまい、廃人一歩手前までいってしまった。 そこで、神様は今までループのたびにリセットしていたレベルの経験値を渡し、最強状態にするが、もうすでに心が折れている千智は、やる気がなかった。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。 生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。 優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。 男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。 自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。 【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。 たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...