狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

60.「ちゃんとそうやって俺を見て俺の名前を呼んで俺に触って」

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部屋には月の光が差し込むだけの拙い明かりしかない。なのにレオルの顔はよく見えた。
なんでそんな顔をするんだろう。
泣きそうに笑う歪んだ表情に気を取られていたら、唇を触る指が挑発するように動き始める。

「レオルド手を離せ。……え?」

早くどかそうとレオルの本当の名前を言って命令したけれど、どうしてか効かなかった。ぐに、と唇をつぶしてくる指はそのままで、見下ろしてくるレオルの表情は微笑みに変わる。
効かなかった?魔力を介していなかった?
今度は意識しておおめに魔力を使いながら口に出してみたけど、効果はなかった。

「女だったんだね。どうりでずっと魔法をまとってるわけだ」

それどころじゃないのにレオルの長い睫毛を数えていたらふいをついた話にかっと顔に熱がのぼる。混乱すると余計なことを考えて気を紛らわせる癖はなんとかしなきゃならない。
女を自覚させるように首筋をなぞりだした指がリーフが結ってくれた髪をすくって遊び始める。

「やめ、っ」

重ねられた唇はそのままで動かない。緊張して縮みあがった肩を笑った気配がしてレオルのお腹を押してみたけれどまるで動かなかった。悔しいけれど距離が近すぎて分が悪い。


「すごく綺麗だね、サク」


離れた唇からこぼれてくる言葉を飲み込んでしまって頭がクラクラしてくる。
こいつはなにを言ってるんだろう。
暗闇に慣れてよく見えるようになってきた現実に、恥ずかしさでもう顔は尋常じゃないほど熱かった。自分でも予想外だったのは「バレた」よりも「見られた」恥ずかしさが勝っていたことで、それも私を混乱させるには十分なものだった。

「本当は俺が選んだやつを着てほしかったけど。……なんでドレス着てたの?」
「……パーティー、で」
「サクは古都シカムの任務に出てたよね。その任務も終わっていまはジルドの見合いパーティーしてるんだろ。ねえサク――そのドレスはジルドのため?」

熱を孕みながらもぞっとする声。それだけでも身体は震えたのに、似たような目をしていた奴を思い出してさらに血の気がひいた。
満身の力を込めてレオルを突き飛ばしながら叫ぶ。

「は、離せレオルドッ!私に近づくな、私に触るな!……誰かのためじゃない。私のためだ。お前がどう思おうが勝手だけど、私は私だ。勝手な理想を押しつけるなよ……っ」

気色が悪くなるほど私が女だってことを、女であることを求めた糞野郎がいた。
理想を語って女はこうであるべきだと、私がこんな女に違いないと押し付けてきた挙句、俺が守るだの傍にいるだのと主張してくる。無理矢理キスされた感触を思い出して口を拭う。女として見られるのは、それを求められるのは、嫌だ。
レオルが私にひどく執着しているのは分かってる。でもそれは気に入ったおもちゃを手放したくないというような、ただの子供じみた性質の悪い執着だと思っていた。
そのはずだったのに、レオルはあの糞野郎と同じ目をしてる。

「女に飢えてんならほかんところに行けっ!お前なら女が寄ってくるだろうが!」

私が突き飛ばしたせいでベッドの縁に座った状態のレオルはただじっと私を見るだけ。少しだけ口元を緩めながら私を見上げる姿は、私と比べればはるかに冷静で動揺している私がバカみたいに思える。
転移魔法を使ってさっさとこの場を離れたいのにさっきから魔法が効かない。レオルがなにかしてるんだろう。本当の名前を言っても魔法が効かなかったのだってきっとこいつが……っ。

「サク、おいで」
「へ、ぇ!」

呼ばれた瞬間ぐっと身体がなにかに引っ張られて腕を広げたレオルに抱き着いてしまう。そのままふわりと抱き込まれて完全に逃げ場を失った。
残念なことに私はすぐにそのことに気がつかなくて身体を覆う熱に意識が奪われていた。
レオルの身体は凄く温かかった。
そういえばこっちは古都シカムと違って冬だ。部屋を暖房で温め始めてそう時間が経ってないんだろう。部屋はまだ寒い。

「そういえば君はまだ子供だったね」
「なっ!んぅ、っ」
「ついつい忘れるんだ」
「──っ!その、子供に!なにしてんだよ」
「大人にしてるだけ」

キスの合間にふってくるのは納得がいかないことだらけで、頭もまわらない。

「サクは分かってない。俺がこうやってサクに触れることがどれだけ嬉しいことか……。君はずっと魔法を纏っていた。防御であれ錯覚であれ君がほかのすべてを隔てていたのは明白だ。それがいま、こうやってちゃんと触れる……サクは忘れたかもしれないけど俺はサクが男だと思ってたときだって君を手に入れようと躍起になってたよ?」
「やめ、離れ」
「なんとなくサクが女ということを嫌に思ってるのは分かったよ。でも許せないな」

離れきらない唇が唾液を残しながら言葉を囁く。
思考を麻痺させる熱が動いた。
髪がほどけて、髪飾りがカーペットに転がる。



「俺を見てほかの男のことを考えるんだ?」



危険を孕んだ指が背中をなぞりはじめる。


「しかもその男が君をそうさせてる」


ぼやける視界のなか、笑うレオルだけが見える。おかしなことに言いだしたのは私なのに、目の前のレオルはもうあいつに重ならなかった。

「そいつが君を縛ってる」

ドレスに到達した指が不安を煽るようにドレスをひっかけて弾く。どんな顔をしてしまったのか私を見て目元を和らげたレオルは、今度は掌を腰に太ももに移していった。

「……かわいいね、サク。ちゃんとそうやって俺を見て俺の名前を呼んで俺に触って」

今までで一番穏やかな声だったのに、ゾクリと肌が粟立つ。私を見ながら唇を食みキスしてくるレオルはどういう意味なのか「いい子」と私を褒めてまたキスしてきた。
きっと私はいまなにか理解できない魔法をかけられている。
混乱する頭はそう結論を出した。じゃないとこんな状況で安心なんて気持ちを抱いてる理由がつかない。

「俺はね、男だろうが女だろうが君がほしい。サクが嫌だと言っても俺はサクがほしいし、そもそも俺のものだ。そうでしょ?」

理解でいない魔法は理解できない言葉で造られていて、レオル本人も理解できない奴。
見下ろしてくるレオルはきっと私よりいくつも年上のはずなのに、暗闇でもわ分かるぐらい顔を赤くして子供のように笑った。



「君が好きだよ、サク」



触れて戻った唇が笑って――歪む。
いつものように笑ったレオルに自然とカーペットについたたまの膝をどうやって動かそうかと考えてしまう。
すぐには逃げられない。
頭の中で鳴ってるんじゃないかと思うぐらい大きな音で鳴る心臓も邪魔だった。居心地の良すぎる熱もよくない。
レオルは私の考えていることなんてお見通しとばかりに私の腕を急に引っ張って、ベッドに座るレオルの上に跨ぐように座らせた。太ももをすくいあげた手がもったいぶるようにゆっくりと腰に這って、

「かわいいサク。俺といるときは俺だけのことを考えて?ぜんぶ教えてあげるから──女の良さも快楽も、ぜんぶ」

口内に響いた声はそのまま脳を震わして、私は思考を放棄した。




 
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