狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

142.【梅視点】「あともう少しなの」

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きっと私は恵まれていたんだと思う。自分で言うのもなんだけど小さい頃から可愛くて皆私を可愛がってくれた。お父さんもお母さんも近所の人もクラスメイトも……みぃんな。
『いま一人?お兄ちゃんがお父さんとお母さん探してあげる』 
『なんでアンタなんか好きになったの!』
『だったら思わせぶりなこと言うんじゃねえよ!』
でも年を重ねるごとに私の人生は呪われてるって思うようになった。伏見梅はかわいくて綺麗で理想の女の子──そうでなければならない。だって少しでも外れたら『おかしい』って『今日は気分が悪いの?』って『疲れてるんだね』って言われて幻滅される。私はずっと笑っておかないといけないんだ。皆と一緒に居ないと笑ってる皆の誰かが私に腕を振りかざす。皆言葉は違うけどこう言うんだ。
なんで思い通りにならないんだ。お前が悪い、って。


「私は一生このままなのかな」


つまらなくて……なのに笑うしかできない自分が嫌で嫌でしょうがなかった。
『梅』
でもあの日から私の世界に色がついたんだ。知らない場所で知らない人たちに囲まれてそのうえ事件が起きたらしくて悲鳴が聞こえていたのに、あなたの声はよく聞こえた。全部どうでもよかったはずなのに私を呼ぶ震える声に興味を持ったの。
『誰ですか?』
あなたが私の言葉にショックを受けたのが分かった。それなのに私はその理由さえ分からなくて、涙を流すあなたが綺麗だなってそんなことしか考えられなくて。
そう、あなたはとても綺麗。机が転がる教室から出てきたあなたは自分が酷い目に遭ったくせにあんな奴のことを思って悲しそうな顔をしたよね。お花見で楽しそうに笑った顔を見た。大道芸に目を輝かせていた。文化祭で私のために着飾ってくれたこともあった。あのとき不敵に笑って私が望む台詞を言ってくれたよね。悪だくみしながら防犯グッズも作った。
ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ大切な出来事だった。


「なのに私は知らない」


つまらない色褪せた世界が当たり前だったのにそれに違和感を覚えたのが私の誕生日。
──誰?だあれ?誰が私からあなたを奪ったんだろう。


「アイフェさん」
「……ラス。どうしたの?」


ラスがベッドから身体を起こして言葉を呑みこんだあと眉を下げる。可愛い人。懺悔をし続けて時間が止まったように生きる可哀想な人。

「私のことは梅でいいのに。ねえ──」

傷だらけの身体に触れれば閉じられた唇が動く。

「あなたは今何を考えていたんですか?」
「魔物を呼んじゃうようなこと」
「……梅」
「別にいいでしょ。この世界の奴らは私からサクを奪ったんだもん。ふふ、でもラスは別」

なにか言いかける前にキスしてその身体を押し倒す。顔を覗き込めば動揺に染まる瞳を見つけて肌からは溶けそうなほど強い熱を感じた。
──可愛い人。
私の両手を押さえつけて身体を奪うことも出来るし魔法を使って私の言葉を奪うことだって出来るのにそれをしない人。今だって欲を抱いてるはずなのに飲み込んで首を振る。身体を起こして服を着ていない私にシーツを巻いちゃって。

「もう魔力は満ちているはずです」
「……酷いなあ、ラス。魔力も欲しーけどあなたとセックスするのも好きなんだよ。気持ちいいいし凄く安心する。あなたが私を好きなのも分かるし、だけどあなたは私が思うようにはならない」
「梅……?」
「あともう少しなの」
「なにを言って」
「ねえ、黙って」

自分のことを心配したらいいのに人のことを心配するお人好しを抱きしめる。私より年上で私より背が高くて力の強い男の人。怖かったはずの皆の1人だったはずなのに──きっとサクもそう。こうやって抱き合って魔力を交換して、それできっとサクはそんな自分に歯がゆく思ってる。本当に可愛い人。
サクが誰かに頼ってることは悔しいけどしょうがない。サクが幸せならいいんだからそこは我慢する。
『私が恨んでいるのは惰性で召喚したフィラル王国の人間です』
でもアイツラは許さない。そのためになにが出来るだろう?どうしてやろう。最近ようやく色々準備ができたからもうそろそろ動けるように──ああ駄目、またラスに気がつかれる。この調子だとどこかにいるオーズにはもう気がつかれるんじゃないだろうか。

『──大丈夫』

そう?そっか。大丈夫だよね。

『私がアンタ達を守るよ。だからアンタはいつも通り馬鹿みたいに笑ってな』

誰かが──サクが私にそんなことを言う。
サク?サクは私のことをこんなふうに呼ばない。

『アンタは悪くない。いいね?アンタは悪くないんだ。これは私が望んだことだ』

サクが──ううん違う誰か。でもサクみたいな誰かが悲しいことを言う。私が悪いのに、私のせいであなたは死んでしまうのにいつものように不敵に笑って私の頭を撫でるんだ。

『じゃあね』

いつも通りの口調でそんなことを言うの。



「おい糞女!ラス!」



乱暴な音が聞こえてドアのほうを見たけれど誰もいない。流石にドアを開けてまで邪魔するつもりはないらしい。最低限のモラルを持ってるのはいいけどお陰でラスがすっかり素に戻ってしまった。服を着るラスを眺めていたらラスが私にも服を着せてくる。口を尖らせて抗議してみたけど聞いてくれる感じじゃない。まあ、それもそっか。ドアの向こうではオーズがまだ叫んでいた。

「余計な面倒ごと増やすんじゃねえよ!俺だけ働かすんじゃねえ!」
「もう五月蠅いなあ。アンタだけで十分なんだったらアンタだけでヤればいいでしょ」
「元凶が言うんじゃねえっ!クッソマジで腹立つな」
「はいはい無粋なことするような奴がよく言うよね」
「アイフェ」
「──ラス、ありがとう」

羽織を受け取って微笑めばなんとも言えない表情をしたラスがオーズの咎める視線に気がついて分かりやすく顔を背けた。可愛い人。

「おい糞女」
「なによ糞男」
「どんな夢を見た?」
「……寝物語したい相手はアンタじゃないの」
「俺もだよ。あーもう、さっさと片付けんぞ」
「はいはい」

オーズが言うなり景色ががらっと変わってしまう。ここは昼間に見た記憶があった。街の外れにある人気のない空き地で確か朝陽が凄く綺麗に見えるところだって聞いた。そこに魔物が次から次に沸いてくる。既にシールドを張っているみたいで魔物は空き地から出られないようだけど、この数が街に出ればカナル領土の人と言っても大惨事になるだろう。
それは駄目だ。サクと一緒に歌物語を聞く約束をしてるんだから。


「ごめんね。呼んじゃったけどあなたたちのことじゃないんだ」


せめて皆が喜んだ笑顔を見せながら魔物を魔法でねじ切る。なるべく一瞬で済ませたから痛くない、かなあ?身体が半分になった魔物の呻き声が聞こえる。掠れた声に悲しい顔を思い出しちゃったから皆形も残らないように消しておく。
後ろで私の様子を見ていたオーズが大きな溜息を吐いた。

「手遅ればかりで嫌になるな。ソレ、ほっておいたら死んでたぜ?」
「誰だって痛いのは嫌でしょ?」
「ソレは魔物だ」
「だから?」

額に手をやるオーズを無視してラスの手を取る。

「大丈夫」

安心させるために言ったけど効果はないみたいだ。残念。まあ、一緒に夜を過ごす相手に分からないわけがないか。
オーズが言う手遅れの意味は薄々気がついてる。だってもうずっと変な夢を見てる。フィラル王国からサクがいなくなってから今までずっとずっとずっと誰かが後悔して泣き叫ぶ声を聞いてる。

「お願い。今日はずっと一緒にいて」
「アイフェ?」
「ふふ、驚いた?でも本当だよ。早く寝よ……ね?」

オーズから文句を言われる前に転移して部屋に戻ってしまう。このままラスに抱きしめてもらいたいけど魔物の血がついてるし止めたほうがいいかな。なによりもラスがサクを見るような目で私を見てる。可愛い人。心配でしょうがないって迷うラスの手をとって私が出来る精一杯を、心からの感謝をちゃんと自分の言葉で伝える。

「──ラス。私、あなたに会えてよかったよ。あなたのお陰でサクとまた会えたし女でいてよかったと思えた。ねえ、それなのにすみませんって逃げるつもり?」
「ア──梅」
「そうだよ──ラス。私の名前を呼んでちゃんとあなたも欲しがって?私だけがあなたと一緒に居たいって思ってるなんて寂しいじゃない」

可愛い人──許せない人。でも好き、かな?


「すみません……私はあなたを愛しています」
「……固いなあ、もう」


また懺悔を口にしたラスにキスをすれば今度はラスから抱きしめてくれた。ベッドに身体を預けて離れたラスに手を伸ばせば温もりを感じて──



「里奈許して、お願い生きて──」



懺悔する毎日。救われないと分かっていてもあなたのことを思わずにはいられなかった。救いを求めてたわけじゃないんだよ。ただあなたにもう一度会いたくてずっとずっと呼んでたの。

「里奈」
「……大丈夫」
「っ!」

だけどあなたが応えてくれた瞬間嬉しくて嬉しくて頭がおかしくなりそうになった。夢?手を伸ばせば暖かい温もり。怖かったけど必死で抱きしめれば私の頭を撫でる手。


「へへっ、大好き桜」


泣いてしまった私の頬を桜が撫でてくれる。大きな手、ゴツゴツして──ラス。ああそうだ私はラスと一緒にいるんだ。ラス……可愛い人。またすみませんって謝って私を見て悲しそうに眉を下げてる。


「梅、眠って下さい」
「うん……お休み、ラス」


目を閉じればラスが私を抱きしめてくれてなんだか凄くホッとした。
ここは安全なんだって分かるの。


サクにもそんな人が出来たらいいな。





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