狂った勇者が望んだこと

夕露

文字の大きさ
上 下
137 / 250
第二章 旅

137.「それにもう手遅れだ──歓迎するよ」

しおりを挟む
 




どこか遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。トゥーラか梅だろう。だけど布団のなかは心地よくて起きる気にならなかった。それにいい夢を見てるんだ。ピクニックをしたくなるぐらい綺麗な丘に眩しい太陽、梅が好きな花がいたるところに咲いてる──そんな綺麗な場所であの人が笑っていた。
『お嬢ちゃん』
日に焼けた腕が伸びてきてドクリと鳴る心臓。私の頭を無造作に撫でた手が私の髪を乱した。


「リーシェ起きて!」
「っ!」


大きな声に目を開けた瞬間見えたのはドアップの梅の顔だ。驚きすぎて声も出ない私の顔を凝視していた梅は私の額に触って首を傾げる。

「熱はないみたいだけどなあ。リーシェ、大丈夫?」
「え……あ」
「お水を」

掠れた声に喉を抑えればトゥーラが水をくれた。身体を起こして受け取れば一気に身体が冷えて意識もはっきりしてくる。なぜか梅だけでなくオーズやラスさんもいて勢ぞろいだ。とりあえず水を飲んでおく。
話を切り出したのはオーズだった。

「なぜかこの屋敷に突然魔物が現れたんだ。覚えてるか?」
「魔物……」

いやにゆっくりと話しながら私に聞いてくるオーズは不機嫌なのかいつものおちゃらけた様子がない。その変化を感じ取っているのか梅はオーズを睨んでいてトゥーラは微笑みを表情に作りながらも視界からオーズを外さないようにしている。

「幸いダーリス程度だったしこの館の者でも十分対応できたが数が多くて俺達も参戦した。お前はその報告をこの女から聞いたよな?」

そこまで言われて思い出してしまったのはレオルドとのことだ。動揺のあまりゴクリと水を空気ごと飲み込んでしまった。咽なくてよかったと心底思ってしまうけれどオーズの説明口調をみるにここにレオルドが来ていたことに気がついたんじゃないだろうか。いや、考えたくない。

「その後この女も参戦し討伐を終えたあとこの部屋に戻ったらお前はベッドで眠っていて目が覚めたのは丸一日経った今ってところだ」
「……心配かけました」
「別に?魔力欠乏症じゃなさそうだしよかったよかった」

うすら笑いを浮かべるオーズが有難い現状の説明以上に余計なことを言わないうちにベッドからおりれば、心配した梅が私の身体を支えた。

「アイフェは魔物大丈夫だった?」
「勿論!私MVPだよ!ふふん」
「庭を壊したMVPでもありますね」
「ちょっとアンタ五月蠅いんですけどー?」
「あらあ~?勿論弁償してくださるんですよねえ?」

うふふと笑い合うトゥーラと梅に色々あったことだけは分かった。深く聞く代わりに窓から広場を見てみれば大きな穴がいたるところにあって折れた木が沢山見えてしまう。
弁償……勇者時代にある程度稼いでたけど足りるかな……。
突然の現実に微笑みむしかなかったけど続いた梅の声は明るい。

「もっちろん!最近噂の腕が経つ傭兵って私のことよ!すぐに稼いでくるからっ」
「ん?」
「いえアイフェさん、あれはもう止めようと話しましたよね」
「でもお金が必要だし。ラスお金持ってる?」
「少しなら……」
「少しなら稼がないと」

姿を隠してるのになに目立つことしてんだと思ったけど代わりにラスさんが気をもんでくれてるようだから任せておく。ラスさんがついてるなら最低限梅に錯覚魔法だのなんだのかけてあの国からバレないように気を付けてくれてるだろう。知らないうちにこの世界をエンジョイしてる梅になんとなく寂しい気もするけど楽しそうに笑う梅を見ていたら嬉しくもなる。なんだったら元の世界より楽しそうだ。
『私も今までつまらなかったんだ』
そう言って笑った梅の顔をこの世界では見ていない。
『お陰で救われたよ』
そう言って笑った顔──あれ?誰だ?梅に違う誰かが重なる。誰かは女性でもなければ老齢の男性で、ぎこちない笑みを浮かべていた。梅より背が高く私よりも背が低い彼は口元を隠してしまうほど髭を伸ばしているけれど不潔な感じはまったくない。むしろ高貴なんて言葉を連想してしまう雰囲気を持っている。視界の端にうつる服装だって豪勢な造りのものだ。もっとよく見てみたいけど顔しか見えない。皺が深く刻まれた顔、目尻に浮かぶ涙、低くて威圧感のある声に身体が震える。
『すまない』
そんな言葉で許されるとでも思っているのか、今更なことを今更な表情を浮かべて言ってくる彼は最後、表情を憎悪に歪めた。
『近づくなこの化け物が!』
私を掻き消すように手を振る醜い男が無様な悲鳴を上げて──



「リーシェ」



低い声にはっとすれば目の前にオーズの顔が見えた。オーズ。ああ、ここは私の部屋だ。だって相変わらず梅の楽しそうな声が聞こえる。トゥーラの不満そうな声やラスさんの慌てた声だって聞こえてくる。

「お前いまやべえ顔してたけど気がついてるか?」
「……お前に言われたくない」

無表情の顔は私に転移魔法を禁じたときと同じ表情だ。
──いま起きたことなにか知ってるんだろうか。
頭を振って目を擦ったあと梅を見たけどもう老齢の男は重ならない。夢を引きずったのか、幻覚を見たのか、私がおかしくなっているのか……気のせいだと片付けるにはあまりにも生々しかった。
探るように覗き込んでくる蒼い目を見返していたら言葉が降ってくる。


「なにを見た?」
「誰を見たと思う?」


聞き返せばオーズは目を瞬かせたあと面白そうに笑った。そして横目でラスさんを見たあと小さな声で囁く。

「お前に転移魔法はもう禁止しねえよ。好きに使え」
「……なんで」
「お前はもう知ってるだろ?それにもう手遅れだ──歓迎するよ、化け物」

笑みを深めたオーズが私を置いて背を向けていく。
梅たちの会話に加わったオーズを見ながら私は呆然と立ち尽くすしか出来なかった。






 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逆ハーレムエンドは凡人には無理なので、主人公の座は喜んで、お渡しします

猿喰 森繁
ファンタジー
青柳千智は、神様が趣味で作った乙女ゲームの主人公として、無理やり転生させられてしまう。 元の生活に戻るには、逆ハーレムエンドを迎えなくてはいけないと言われる。 そして、何度もループを繰り返すうちに、ついに千智の心は完全に折れてしまい、廃人一歩手前までいってしまった。 そこで、神様は今までループのたびにリセットしていたレベルの経験値を渡し、最強状態にするが、もうすでに心が折れている千智は、やる気がなかった。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。 生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。 優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。 男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。 自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。 【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。 たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...