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第二章 旅
135.「……いい子」
しおりを挟む次の日の朝いやに早く目が覚めた。私としては快挙で、異常ともいえる目覚めだ。
今日も窓の向こうは雪が降っていて部屋もひんやりとしているのになぜか大量の汗をかいている。寝汗というよりついいましがたランニングでも終わったあとのような状態だ。
「さむ……」
肌にくっつく髪を引き剥がしながらベッドから出ると身体が一気に冷える。窓を開けてみれば冷たい風がすぐさま部屋に入り込んできてやっぱり見た目通り寒いのがよく分かった。朝から寒くて最悪だけど汗が冷え切って乾いたからよしとしよう。だけど、寒い。
少し悩んだけど丁度手近にあったラスさんの羽織を被るように着る。やっぱり凄く温かい。ラスさんが亜熱帯で着ていたことを思い出せば頭オカシイんじゃないかってぐらいで──いや、違うか。普段来ている紺色の羽織じゃないもんな。
暗い夜の廊下とは違いよく見える羽織は黒緑色をしている。
「そういえばレオルドたちどうしてんだろ」
思い出しついでに連絡球を取り出す。といってもここで分かったことは連絡球で話すにはなかなかヘビーだし万が一のことを考えたら連絡球を使って言えるようなものじゃない。
《……こっちはまだ時間がかかりそう。そっちの様子は》
結局それだけ言って魔力を通せば連絡球は消えてしまった。とたんに何もすることがなくなってただ部屋が寒すぎることを思い出してしまう。窓を閉めて風呂でも入ろうかと思ったら机にビー玉が転がるような音が聞こえる。連絡球だ。もう返事が来たらしい。
《そっか。丁度こっちはあの2人が2人がかりだけど謎の魔物を倒せるようになったところだよ》
《いやいやどこまでやるんだ。お前アイツらどうするつもり?》
《だって彼らが死んだら君が悲しむだろう?君がすることにあの2人がのこのこついてまわって死ぬのは別にどうでもいいんだけどそれで君が気に病んでしまうのは嫌だからね。かといって俺があの2人を補助するのも嫌だし。俺は君の隣にいたいんだから》
「……さよですか」
高価な連絡球を携帯のように使ってしまったけど流石にこれには返事できなかった。レオルドは相変わらずよく分からないことを言う。
『君が好きだよ、サク』
寒い空気に触れてしまったせいか変なことを思い出してしまった。あのときは理解できない言葉を言い続けるレオルドに魔法をかけられているような気になったっけ。馬鹿なもんだ。
連絡球を転がして遊んでいたら指に連絡球が落ちてくる。レオルドからまた来たらしい。
《ねえ、サク。君は分身を作れたよね?》
「え?」
なんのことだと戸惑う私の目の前に連絡球が現れて机に落ちる。
《作っておいて》
「は?」
予感がして立ち上がった瞬間だった。目の前にレオルドが現れて連絡球が空しい音を鳴らしながら床に落ちる。驚きに固まる私と違って微笑むレオルド。伸びてきた手が唇に触れてようやく我に返った。
「な、おまっ、なんで来た」
ここに誰かが来たらすぐにバレるって言ったのに。
言葉にならない私を見てもレオルドの表情は変わらない。それどころか相変わらずマイペースで呑気にキスまでしてくる始末だ。離れた唇はにっこり弧を描く。
「会いたいから、寂しいから、忘れさせないため──全部言おうか?」
「わざわざそんなこと言うために転移してきたのかよ。言い訳考える身にもなれって」
「大丈夫。こんなことにかまけている余裕ないだろうから」
おかしなことを言う。
そう思った瞬間、爆発音や号令が聞こえた。爆発?レオルドを押して窓に駆け寄れば魔物が館の敷地内に現れていて既にメイドや執事が応戦していた。いつか聞いていたようにメイドたちは随分頼りがいのある動きをしていて次々現れる魔物をなんなく倒していっている。
いや、そうじゃなくて。
「お前は」
「どうしたの?」
ふと思い出してしまったのはカナルでレオルドと再会したときのことだ。
『魔物が現れたぞー!』
あのときなんで魔物が現れたんだろう。あのときレオルドは絶対に生きて戻れないとロウが断言していた場所──闇の者と化した空間にいたのにカナルに転移してきた。今は──どうだろう。ああ、それにおかしいんだ。
『半分頂戴?』
あのときも、
『唯一俺を殺せる人』
あのときも──レオルドはどうやって私のところに転移してきた?印から印へ飛ぶ転移魔法。
『ソレは許さない。お前は転移魔法を使うな。使ったら殺すぞ』
『行きたい場所に願うだけで行くことができるなんてありえません』
オーズが私に転移を禁止している方法で、理屈から外れて転移してきた。その現象の答えはつい最近アルドさんと話したばかりだ。いまだ現れ続ける魔物と戦うメイドたちにラスさん達が加わるのを見つけて安心するけど心は晴れない。
──あれがレオルドの魔法によって魔物が引き寄せられたのだとしたら。
背後から伸びてきた手が私を捕まえるように抱きしめる。
「レオルドも勇者なのか?」
「違うよ、俺はこの世界の人間。だけど化け物とはよく言われてきたかな」
なかなか言葉にできなかった質問をレオルドは簡単に否定した。私の質問に疑問を抱かない答え方に違和感。でも続けられた言葉は違和感どころじゃない。
「こうやって時々魔物をよぶから」
囁かれた言葉が耳をなぞり身体を震わせる。化け物。魔物。レオルドの息を肌に感じる。頬に触れる口が私を呼びながら首を、鎖骨を撫でていく。
「目……」
蒼かったはずのレオルドの目が真っ赤だった。
──レオルドはサバッドだった?それとも、ロスト?
混乱する私を抱くレオルドは楽し気に私の頭を撫でている。悪戯に唇を重ねたあと引かれた手のせいで身体はレオルドと向き合った状態になってしまって背中は既に壁についている。
「可愛い俺のサク。なにに悩んでいるのか知らないけど全部くだらないことだよ」
何を知っているのか感づいているのかレオルドは笑って断言する。私のここ数日を、もっといえばこの世界に来てからの悩みだって含めてそう言っているんだろう。
「そんなことで悩むぐらいなら俺のことで悩んで?」
「なっ……ああもう、ほんとお前は」
理解できない。
そのせいか理解できない感情が込み上げてきて、なぜだか笑ってしまった。レオルドはそんな私を見てきょとんとした表情を浮かべている。どこかで見た顔だと思っていたらあの時と同じように幸せそうに笑ったレオルドが何度もキスをしてきた。ヒンヤリとした壁に身体が押し付けられて髪を乱される。まだ広場では魔物と戦う声が聞こえているのにレオルドの声が、レオルドの身体が私を支配する。
「俺に名前もぜんぶ委ねなよ」
「調子のらないでくれますか」
ワンピースに這う手を抑えた私を見て赤い目がにいっと弧を描く。
「誰かがいまこの部屋に来てるよ」
「え、っ」
「俺は別に見つかってもいい」
「ん゛ん」
話しの合間に重なる唇が笑いを含んでいて、この状況をえらく楽しんでいるのが伝わってくる。かるくパニックになってしまったのをいいことに足の間に入ってきた身体が私を持ち上げた。冷気に触れた太ももがゾクリと粟立ち労わうように触れてくる熱い手に身体の奥が震える。
「ねえ、サク」
伝う唾液をすくいながら口づけあって、もう、こんな問答は意味を成さないはずだ。
「……いい子」
錯覚魔法で分身を作った瞬間レオルドが子供にするように頭を撫でてくる。そんな子供の身体を抱き上げたレオルドが隣の部屋に移動したあと鍵をかけ、
しぃっと囁いた。
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