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第一章 召還
58.「それでは1つだけなんでも答えよう」
しおりを挟むアルドさんの席の近くまで移動すると向かいの席に座りなさいとのことだったので、お言葉に甘えて向かいのソファに腰掛ける。ジルドはまだ立ち尽くしたままで私を見ていた。
いや、気のせいだろう。
動こうとしないジルドを動かしたのはアルドさんで、ジルドの背中を押しながらドアのほうへと移動させていく。
「赤ワインがおすすめだ。それじゃあまた明日。折角だから夜を楽しむといい」
アルドさんの声色は優しいものの有無を言わせない迫力があった。ジルドがどんな表情をしていたかは分からないけれど、とりあえずドアが閉まったときにはほっとしてしまった。アルドさんはすぐに戻ってきて向かいのソファに腰掛ける。
弧を描いた目元にシワが寄るのを見て25年の歳月を考えてしまった。
「魔物について2人で話したい、とはね。本当に驚くことばかりだよ……お酒は?」
「いえ。やめておきます」
「では水を。それで君はどうして魔物について話がしたいのかな。なにを知りたいんだね」
「あなたが知っていることをすべて」
この世界で唯一魔物を研究する変人。異端の勇者アルドなんて呼ばれている人にこんなことを言ってどれだけ情報をくれるだろう。私が出せるもので対価になるんだったらいいけどそうじゃなかったら厄介だ。
「面白いね。でも私も年をとって少し慎重になってしまったんだ。君がどういう立場なのか不安を覚えてしまう」
「私のために知りたいんです。魔法で誓ってもいい。いいえ、そのほうが私も安心なので魔法で誓います。できればあなたにもお願いしたい。私もあなたがどういう立場なのか不安を抱いていますので」
「なら話は早い。契約しよう」
「ええ」
「名前を書き込んだ瞬間、契約は成立する。ここで見たこと話したこと一切他言無用。いかなる手段でも許されない。違えた場合代償は命」
重い言葉が部屋に響いて消えた瞬間アルドさんは緑色の魔力を指先から出して宙に文様を描いていく。二重丸のなかに書かれている文字はアルドさんの名前だ。
篤人(あつと)。日本語の名前。
魔法の契約は嘘の名前を使ってできない。二重丸を描くのに使っている魔力が指紋認証みたいになっていて、名前と照らしあわされる。嘘の名前を描けば文様は消える仕組みだからこれは本当にアルドさんの名前なんだろう。
私も、アルドさんの出した内容に異論はないから同じようにして文様をなぞる。私の白い魔力が文様に交じって白緑色に変わっていくのをなんとなく最後まで眺めてしまった。それから最後に書き足した名前に、意味もなく笑ってしまう。
桜(さくら)。日本語の、私の名前。
隣で同じように笑っていたアルドさんと目が合った。悲しそうに眉を下げて、笑う。
「サクさん。まず先に言っておきましょう。私はそれほど多く知っているわけじゃないんですよ」
「それでも私より知っていることは多い。そうでしょう?アルドさん」
もうサクだろうが桜だろうがバレてもなんの問題もなくなった。
折角だし正直に話しておこう。
「私は召喚した奴らを許せません。復讐したいとも思ってます。それには魔物のことが欠かせないんです」
「なぜ魔物の情報が必要なんだい?」
「最近分かったことなのですが、魔物の情報が故意にふせられています。どの書物にも文献にも魔物についての詳細はありません。あなたのことさえここ数日でようやく知ったぐらいです。
この世界で唯一魔物を研究するような人物、名前が知られていてもおかしくないはずなのに……そういう後ろ暗そうなところはしっかりおさえておきたい性分なので」
「そうか。まず疑問点がいくらかあるね。いや、しかしすまないね、サクさん。君の助けになりたいのは本当だが取引しないか」
「……なんでしょう?」
「君が取引をしてくれるというのなら私は君の質問に正直に答えよう。ただしそれは取引の日に1つだけ。取引とは日は定かではないが定期的に会ってほしい人がいる。その人物に会って話を、そうだね。最低でも30分話をしてくれたら、そのあとに私が君の質問に答える。どうだね?」
「その人物って」
「言えない。ああ、そうだ。ちなみに君がこの取引を断るというのなら私はもう君に魔物の話をしない」
そんなの選択肢はあってないようなもんだ。意地が悪いアルドさんに眉をひそめれば孫を見るような目で微笑まれた。
どうしたって答えは1つだ。
「取引します」
「ありがとう。感謝の気持ちとして最初にした契約内容は私にだけ適用されるようにしよう。サクさんはここで知りえた情報を誰にどう話しても構わない」
アルドさんは言いながら新しく文様を描いて契約してしまう。完成した新しい契約を呆然と見ていたら視線で促される。
私の魔力を流し込まないと契約は本当の意味で完成しない。
ここでの会話の内容を他の人に聞かれることを防ぐためにお互い契約したのに、取引のためにその契約をふいにしてしまう。アルドさんはそれぐらい取引を大事にしてる。
思い出すのは息子の結婚相手を探すために開いた大規模なお見合いパーティー。アルドさんがとても大事にしている存在。そして異常なほど顔を赤くしたジルドと、そんなジルドを見て笑みを深めたアルドさんの顔。
「その人物って、ジルドですか」
「どうだろう」
失礼だとは思いつつも肩をおとしてしまう。疲れた腕を持ち上げて新しく完成した契約に私の魔力を流し込んだ。文様が白緑色になったと同時に、最初にした契約が新しい契約に吸い込まれて消える。上書きされたんだろう。
「それでは1つだけなんでも答えよう」
「ありがとうございます。1つ……そうですね。なぜフィラル王国は魔物の存在をふせるかご存知ですか?」
「すまないね、分からない」
「え」
拍子抜けして間抜けにも呟けば、アルドさんは人のよさそうな顔で微笑んだ。
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