狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

132.「では勇者同士の子供ならどうでしょう」

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結局笑顔のトゥーラに連れられてやってきたメイドや執事から事情を聴くことになって半日。館で働くほぼ全員だったせいで時間もかかるしそれぞれが逃がさないとにっこり笑ったり泣きながら心に訴えかけてきたりフィラル王国への憎しみを滲ませながらとバリエーションに富んでいて精神的にしんどかった。辛い。なんで私はこんなことをしているんだろう。
現実逃避をし始めたころ梅がラスさんたちを連れて部屋に入ってきた。なにか様子がおかしいと思ったとのことで、このときばかりは梅が私に対して持つ第六感に感謝した。それからは梅たちと一緒に──とはならず質問者は私だけで梅たちは聞き役に徹している。確かに事情を知っている奴がやるほうがいい。それぞれが質問者になってあとで情報統合するより一人の質問者によって出た答えを他の奴らが聞いて最後検討するほうがいいのかもしれない。
だけど最後の1人が部屋を出たときには疲労困憊でやっぱり誰かに手伝ってほしかったと思わずにはいられなかった。

「疲れた……」
「お疲れ様ですリーシェ様!気分もさっぱりミントティーです!」
「ありがと……」
「うふふ、何か欲しいものがございましたらいつでも仰ってくださいね!」

トゥーラが笑顔で労ってくれるけれど諸悪の根源だから快く返事できない。ああ、それでもミントティーは美味しい。幸せ気分になったことだしだらしなく机に突っ伏したら強い視線を感じた。梅だ。梅は私と眼が合うと頬をついてくる。正直ツッコム元気もなくてされるがままにしていたら梅がむくれてしまった。そしてその視線はトゥーラに向く。

「なーんかあんたリーシェ様に慣れ慣れしーんですけどー」
「あら、仕事をしないあなたよりマシじゃない?」
「私はリーシェ様の心のケア担当だから」
「やっぱり仕事してないあなたよりマシじゃない?」
「はああ?」

ドヤ顔で言っていただろう梅の声が不機嫌に染まるのは早かった。リーフがいなくてもこれか……。ロナルやラスさんがいるからちょっとは私への執着も薄れてくれたかと思ったのに……。
いや、梅のこれからは相変わらず不安だけど今の問題はそれじゃない。五月蠅い面子から離れて静かに悩む人に助けを求める。

「なんというかいっぱいいっぱいでして、是非ラスさんの客観的な意見が欲しいです」
「おお、俺のことガン無視?ひっでー」
「お前はもうでしゃばりすぎてんだろ?さっさと答えを言わねーんなら黙っとけ」
「いや、マジでひでえの」

笑うオーズがベッドに座りながらお酒を飲む。ん?アイツどこからそんなもん……しかも人の部屋で……。言いたいことは山ほどあるが睨んでも効果がない奴に構っている暇はない。
気持ちを切り替えたのはラスさんも同じだったようで、すすめた椅子に腰を下ろしてくれた。けれどまだ何か考えているのか机に肘をつけて視線は落ちたままだ。
……相変わらず暑そうな羽織だ。部屋の中だからまだマシとはいえ正気の沙汰じゃない。
傷だらけの腕を隠す長い羽織を眺めていたらポチャンと水音が聞こえて振り返る。オーズが酒瓶を揺らしたらしく、ニヤリと笑う顔が見えた。


「……この件は私たちが知ってもよかったんでしょうか」


静かに話しだしたラスさんになんとなくトゥーラを見れば、梅と一緒にこちらを見ていたトゥーラはにっこり笑顔を返してくれた。

「別にいいそうです。ただこのことでフィラル王国に狙われるリスクは出ました。具体的なことは分かりませんのでなんともいえませんが、契約にひっかかる内容を口に出すことで術者に分かるようになっているみたいです。それが即座に分かるのか、術者が問うことでようやく分かるのかは分かっていません」
「恐らく後者でしょう。契約はあくまで互いの誓いを魔法で絶対にしたもので、違えば代償が命や金銭など縛ることはできますが、コレをしたらこのような罰則など細かに決めて相手を動かせるものではないんです。契約自体少なくない魔力を必要としますし……少なくともこの世界の人間じゃできません。かといって勇者でもこれだけの人数を縛ることはできない。リスクが大きい。契約は維持し続けるのに使った魔力と同等のものを使い続ける。万が一のことを考えたら契約は少ないほうがいいんです」

梅にかけていた自動で魔力を補充する魔法もそうだった。オーズが自殺行為の魔法と言っていたがその通りだと思う。
けれど出来るといえば出来るということと、奴隷になった勇者がかけるのなら問題はないという点を考えるに早めに備えたほうがいいだろう。

「現在まだ裏が取れていないので確実ではないのですが、分かっていることと可能性として考えられることがいくつかあります。まずジルドは17年前古都シカムと母親を守るためフィラル王国と契約を交わした。その対価はフィラル王国への貢献と勇者としての力の提供ですが、これはアイフェの魔法によって無効化され自由となった。けれどジルドにとっての制約が多かった契約を消してしまえた魔法でもアルドさんが結んでいた契約は消せなかった。これは術者の違いによるものでアルドさんが契約を結んだのは恐らく奴隷である勇者。この勇者はフィラル王国に隷属していると考えられるので相手はフィラル王国で問題ないように思います。契約が結ばれたのは恐らくジルドがフィラル王国へ向かった日。このときアルドさんの奥さんが病に、現在にも続く魔力欠乏症状態になって、恐らくその場にいただろう勇者が1人亡くなった。この事件にフィラル王国が関連しているはずなんです。そして10年前にも勇者が亡くなった可能性があります」

トゥーラが話してくれたことを口にしている間、トゥーラは全員分のお茶を淹れてくれていた。その顔は昔を思い出しているようで懐かしそうに、けれど悲しそうに微笑んでいる。

「気になるのは勇者が少なくとも1人以上亡くなっているのにも関わらず当たり前に人に知られていないことです。そもそも勇者の情報は魔物の情報と同じく規制がかけられていますが、それにしたって魔物を倒す救いの象徴が倒れた事件がここまで人の記憶に残っていないのはおかしい……私のときは少なからず反響を呼んだのに」

勇者サクが死んだ日ディオはフィラル王国をはじめ各国でこの騒ぎが広まっていると言っていた。この違いを考えて浮かび上がるのは人々に認識されている勇者がどれだけいるのかということだ。
例えばだ。異常な魔法を使って魔物を倒した人の武勇伝が”人々に認識されている勇者”の武勇伝として語られているということはないだろうか。異常な魔法を使った人が勇者でもこの世界の人間でも関係なくそうしていけば”人々に認識されている勇者”の知名度は上がっていく。私がフィラル王国の人だけじゃなく勇者サクとして呼ばれるようになったときもそんなことがあったんじゃないだろうか。
リガルさんが『勇者は魔物討伐にも政治にも有効な道具となる国の宝。故に管理されるべきものという考えが権力者にはあります』と言っていた。人々に認識される数少ない勇者を管理して──進藤。それに翔太、鈴谷。勇者といっても私のようにフィラル王国を恨む奴もいれば進藤たちのように利害関係で動く奴もいる。召喚に好感を持った勇者だっていただろう。ソウイウ勇者だけ人々に認識させたなら、使い勝手の悪い勇者がいたとしても潰せそうだ。個々としてみれば勇者は強くてもこの世界を背後につけた勇者たち相手となると難しいだろう。
使い勝手の悪い勇者が秘密裏に殺されてしまう、そんなことはなかっただろうか。

「リーシェさん、あなたは勇者の子供についてどれだけ知っていますか?」
「勇者の子供ですか?……生まれにくいけれど勇者と同じかそれ以上の魔力を有するこの世界の恩恵を受けている……正しくこの世界の影響を受けて子を成せる、でしょうか。そして親を使うための道具にされる恐れがある」
「そうですね。だからこそ人々は勇者の片割れにと望む人が多い。注目したいのがそれは人々が知っているということです。そして人々がその情報が正しいと納得しているということ。つまり勇者の子供は何人も生まれている、ということです。では勇者同士の子供ならどうでしょう」

そういえばジルドの両親は二人とも勇者だ。新しい発見に驚いていたらラスさんはそんな私が呑気に見えるかのように暗い表情を浮かべる。

「救いである勇者同士による子供。この世界の人間からすればその存在は神のようにも思えました。だからこそ彼が生まれたとき人々は喜び彼の存在はすべての人に知る者になりました」

道理でジルドのパーティーのとき世界中から人が集まったわけだ。有名人って大変だな。
納得する私にラスさんは静かに続ける。

「リーシェさんのいうように勇者の存在を人々は知っているのに勇者の名前はあまり知られない。それなのにジルドの名前は広がった。隠そうとして隠せなかったのはどちらなのかは分かりません。かくして人々にジルドとして知られるようになった彼は否応なしに注目を浴び、だからこそその力はつぶさに研究された。分かったのはその力がこの世界の人間と変わらなかったということです」
「え?」

今度こそ心から驚いて、話に不穏なものを感じる。ジルドはフィラル王国で魔物討伐の第一人者と呼ばれるぐらいの力を持っていたし、実際兵長という立場だったはずだ。

「彼が現在の力を手に入れたのは努力による賜物です。彼は幼いとき魔法をほとんど使えはしなかった……その違いが大きいことから努力云々ではなく勇者の子供としての能力が開花したという者もいましたが比較が出来ないのでなんともいえません。はっきりとしているのは彼が魔力欠乏症になることはなかったこと、けれど魔法を扱えるようになったのは今より17年も前だということ」
「17年前」
「はい。その日に亡くなった勇者がいるはずと言いましたね。恐らくその人物はリナという女性です。その頃から彼女の名前を聞くことはなかった。10年前に亡くなったのはセンドウという女性です」

次から次に出てくる新しい情報に頭が混乱し始めてきた。リナ?センドウ?亡くなった女勇者。女勇者ならなおのことこの世界は大事にするはずなのに、知られていなかった。事件性が真実味を帯び始めたとき茶器が危険な音を鳴らした。隣を通り過ぎるメイド服。

可愛らしい表情を一切消したトゥーラが警戒露わにラスさんに刀を向けていた。






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