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第一章 召還
57.「美しいお嬢さん、なにかお探しですか?」
しおりを挟むおそらく主役の気持ちは絶好調に下降しているだろうなか、人で賑わうダンスホールは音楽が鳴り響いて五月蠅い限りだ。鼻をつく香水の香り。部屋の温度は──おかしいな。そういえば暑くない。
ここは魔法がかからないはずなのに宿の部屋の中にかけられていたものとまったく同じ魔法がかけられているみたいだ。
「うっわ、強烈」
頭の中が余計な考えで埋め尽くされそうになったとき、知った声が聞こえて思わずそっちのほうを見てしまった。ハースだ。お酒を飲んでいて顔が赤い。その隣にはセルリオがいた。
タキシード姿が見慣れなくて変な感じがしたけれど、似合ってると思った。さらさらしている金髪のサイドを後ろに流してすっきりさせている。まさか剣とかメイスを振り回しているようには見えない好青年ぶりで。
ただ、この時間までハースにつきあってお酒を飲んでいたのかザルなはずのセルリオは顔が真っ赤だ。
「聞けよセルゥリオ!俺は、本当に、似合ってるって思って!」
呂律がまわらなくなってきているハースの言葉は聞かなかったことにしてアルドさんを探す。ジルドの見合い目的でやってきた女性は全員ジルドと挨拶ができるようになっているらしい。
できればジルドと顔を合わせたくないけれど、アルドさんがさっきみたいにジルドと一緒にいるんだったら腹くくるしかない。
「美しいお嬢さん、なにかお探しですか?」
梅に禁止されていたけれど景気づけにお酒を飲もうとしたところで、この場所で一番会いたくなかった声が聞こえた。聞こえなかったふりをしたかったけれど周りが余計な気配りを見せて私とそいつから距離をとる。
振り返れば食えない笑みを浮かべたロナルが立っていて、目が合うとさらにニッコリ笑った。
「是非私にご案内させてください」
「いえ、結構。失礼ながら周りの顔をたてるために参加しただけなのでどうかお気になさらず」
「おや手厳しい。ですがパーティーに参加された限り挨拶なしで帰ることは難しいでしょう。いかがですか?ジルド兵長はいま奥の部屋で休まれていますが、私ならすぐにご案内することができますよ──ああ、それにアルド町長もいらっしゃいます。家の顔をたてるなら尚更よいのではありませんか?」
差し出される掌。
本当に食えない男だ。もしかしたら、の可能性も考えておく。
「光栄です」
笑うロナルの手に私の手も重ねてエスコートされるままロナルと腕を組む。
夜は終わらないとばかりに眩いダンスホールは音で溢れている。それが奥にある部屋に近づいた瞬間すうっと遠ざかっていった。見張りの兵士のあいだを通り過ぎれば豪華なソファに腰かけてる数人の女性たちがいる。
ここは?
「どうぞこちらでお待ちください。先に入られた女性が戻りましたらどうぞ順番にジルド兵長がいらっしゃるお部屋へとお入りください」
「分かりました」
「なに、すぐに順番が来ますよ。ではお名残り惜しいですが私はこれで」
微笑んで部屋を出たロナルを見送ったあと、部屋を観察する。広い部屋にはドアが2つ。入ってきたドアとジルドたちがいるらしい部屋へ続くドア。そしてこの部屋で待つ女たち。
……ロナルはキャッチか。
あんまりにも女性が多いからか、ロナルが店に客を呼び込むように女性を連れてきてるんだろう。とすると早々に見つかったのはラッキーだった。
待っているあいだソファに腰かけていると眠気が襲ってくるから立つことにして、部屋に飾ってある絵画を眺める。油絵だ。
「──次、あなたでしてよ」
「え?ああ、ありがとうございます」
いつの間にか順番になっていたらしい。親切なことに私の1つ前にこの部屋に来ていたらしい女性が教えてくれた。絵画とか写真って見てるといつの間にか時間が過ぎる。危ないな。
ドレスの裾を踏まないように気をつけて歩き、閉まっている部屋のドアをノックする。返事はない。
まあ、いいか。
面接の練習をしているような奇妙な気持ちになりながらドアを開けてみれば、背を向けてうなだれているジルドを見つけた。ひどくお疲れのようだ。
それと──アルドさんもいる。
アルドさんは私を見た瞬間目を見開いてピタリと固まった。驚き過ぎるように思うんだけど、これってバレた?ヒヤリとしてしまう。
私たちの時間を動かしたのはジルドだった。
「もう今日はいいだろう?親父。今日だけで何人会ったと思ってる」
どうやらジルドは私が部屋に入ってきたことに気がついていないようだ。魔物がどこに隠れていようがすぐに見つけて火炙りにするような男が……。
同情は深まっていくばかりだが正直都合がいい。折角アルドさんも私を見てくれていることだし、持ってきた紙を広げてアルドさんに見せる。空中に文字を書いて見せようかと思ったけど、兵士が来たら厄介だし流石にジルドが気づくだろう。
だからあとはアルドさんがなんとかしてくれたらいいのにな、なんて。
楽観的希望は叶った。
アルドさんが表情を一変して微笑みながら立つ。
「そうだな。お前も今日出会った素晴らしい女性たちを見て早くパートナーが欲しいと思ったことだろう」
「ああ。あー、ああ、そうだな」
「今日は終わりだ。最後にお酒でも飲んできなさい。会場にいいのを用意しているんだ。ロナルやディーゴと祝杯をあげるのもいいだろう」
「終わり……終わりでいいんだなっ。じゃ親父、悪いけどこのまま帰るから」
脳内に言葉が届いただろう瞬間に立ち上がったジルドは言質はとったとばかりに鼻息荒くアルドさんに詰め寄る。アルドさんは笑って頷き、最後に私を見た。
「では息子はもう帰るとのことだから私と一緒にお話しなどいかがですか?」
「……喜んで」
アルドさんの言葉にジルドが振り返って、アルドさんのように目を見開く。同じような驚きかたで初めて親子だと思った。
日頃女性の前では丁寧な口調を心掛けているジルドからすればいまの言動を見られていたことは大きな失態だったんだろう。なにか言おうとしていたがドモって聞こえない。動揺してる?
普段まあまあ横暴な感じで命令口調の奴だから物珍しくて面白い──なんて通り過ぎざま見てしまったのが失敗だった。
身長操作をしていないから普段より更に背が高いジルドを首の痛みも堪えてじっと見た瞬間、ジルドは病的なぐらい顔を真っ赤にした。
すぐに会釈をするという流れで視線を逸らす。
自意識過剰だといい。まさかだ。でもどうだろう?私に気があるように見えたのは気のせいか?
サクとばれてないのだからまだマシなのかもしれなが、これは想定外だ。
なんだ、ジルドはこういう外見がタイプだったのか。
んなの知らねえよ。
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