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第二章 旅
124.「確かに、耐えられない」
しおりを挟む「──はあ?なに寝ぼけてんの。サクをこんな場所に連れてくる訳ないでしょ。この人はリーシェって言ってサクの影武者」
「影武者……いや」
「というより私見て何かないわけ?」
「すみません、ちょっと混乱してきましたね」
「あっそ」
ゴリ押ししてさっきの話をなかったことにしようとしていた梅がロナルに背を向ける。その顔は面白くないとでもいうように口を曲げていてこんな状況になったとはいえロナルと梅が再会出来たのはいいことかもしれないと思ってしまった。梅が私以外の相手の言動に関心を持っているのは本当に珍しい。梅の想う人はどんどん増えてほしいところだからロナルはどんな手を使ってでもこっちに取り込むことにしよう。何を餌にするか考えていたら梅が小声で話しかけてくる。
「ねえ、リーシェ?やっぱりアイツだけには話していいかな……。あいつ見破る力?っていうのが凄いんだよね」
「見破る以前の問題だと思うけど」
「結局アイツにはバレてたと思うけど挽回させて?アイツ私に借りがあるし大丈夫にするから」
「……?うん、お願い」
「分かった!」
妙なニュアンスに首を傾げた瞬間満面の笑顔を浮かべた梅が頑張ると胸の前で拳をつくる。それはとっても可愛くて思わず和んでいたらその手にナイフが握られているのが見えた。
──ん?
そして眉を寄せてこちらを見ていたロナルに向き直るときっと今見た顔とまったく同じ顔のままロナルに近づいてその胸倉を掴む。
「私達のこと誰かに話せば殺す」
ロナルの首筋にそえているナイフはきっと本物なんだろう。寒気を覚える低い声を吐き出した梅にラスさんは言葉を失いオーズはどんびいている。けれど気の毒なはずのロナルが呆けた顔のあとひどく楽しそうに笑いだした。
そして首にあてられたナイフを梅から簡単に奪ったかと思うと舌打ちしながら攻撃してきた梅の両手をなんなく封じ込める。
「あなたは変わりませんね」
「なら私が本気なのも分かるでしょ?」
ロナルは最初の印象からは想像できないほど人格者だったらしく梅の言動に怒る様子がない。けれど梅の声は冷たいままでロナルに決断を迫っている。
「……あの女なかなか頭イッテんな」
「ノーコメント」
「本当にリーシェさんが大事なんですね」
大事という言葉でまとめてしまっていいのか悩んでしまうところだけど、そんな梅の横暴を受け流しつつちゃんと梅を見てくれるロナルはやっぱりこっち側についてほしい。それが無理でも協力関係は絶対に取りたいんだけど──あれ?契約魔法?
物騒な会話をオーズたちと一緒に聞いていたらロナルと梅の頭上に契約魔法に使う文様が浮かんだ。錯覚魔法をかけているんだろう。既に梅の名前が書きこまれているらしいところがある。っていうか文様黒いな。
黒い文様に気がついたロナルがこれには苦笑いを浮かべる。
「あの、誤解を解いておきますが俺は味方ですしあなた達のことを話したりはしませんよ。その証拠に苦手なシールド張ってこの会話がジルド団長に聞こえないようにまでしてるんですから」
「でもジルドに命令されたら話すんでしょ。誓いなさい」
「酷いなあ。俺が教えてあげたこと俺にしますかね?」
「ありがと先生さっさと誓って?殺すよ?」
「あなたという人は……」
肩をおとしたロナルがちらりと私を見る。それから悩むように眉をよせたあと考えでもまとまったのか信用ならない笑みを浮かべてなにかを話し出した。その内容が聞こえないのをみるに改めてシールドを張ったんだろう。
数分して文様に黄色が足されて黒に飲み込まれていく。契約魔法は成立したんだろう。文様はキラキラと散っていった。
そんな幻想めいた光景を背景に立つロナルを見返す。
「お久しぶりです、リーシェさん」
「お久しぶりです、ロナルさん」
リーシェとして笑えば同じような表情が返ってくる。
さて、どうしようか。
少し悩むけど私もシールドを張る。私たちの会話が聞こえないようにすれば、範囲に含まれなかったことにすぐに気がついたオーズは気にした様子もなくにんまりと微笑む。ラスさんも様子見をしてくれるらしい。
「俺もいまシールド張ったんで他の奴らに聞かれる心配はないですよ」
「ありがとうございますリーシェさん。ですが万が一ということもありますし俺なりの線引きなんです。しかし悔しいですねえ。あなたが女性だということを見抜けませんでした」
一応そっちは隠せるのなら隠しておこうかと思ったらロナルはもう確信してしまっている。ロナルが微笑んだ。
「俺の得意魔法が破る魔法なんですよ。といってもぴったりな名前が浮かばないので便宜上言っているだけですが……嘘をね、見破れるんです。真実と違うものを見ると違和感を覚えるというだけのものですし答えが分かるわけでもないですがなかなか便利なんですよ」
「サクのことは見破れなかったみたいだけどね。アンタ弱いんじゃない?」
「あはは、なにも言えないなあ」
ということは私の錯覚魔法が上だったということだろうか。それとも勇者サクは男だという前情報で固定概念がついたうえ、サクの言動が女を考えさせないものだったから疑問を持って見破ろうとしなかったせいか。答えがそっちだとすると魔法って便利だけど不便だ。オートで発動したらいいのにと思うのはそれこそ魔法じみたことだろうか。
だけどリーフが言っていたように魔法が自分を助けるものだとしたらロナルの得意である破る魔法もロナルの意志なく私に使われてもおかしくないはずだ。その場合リーフのときと同じように危機感が必要になる?でもそれじゃあ私の錯覚魔法が日常でも喉仏だけじゃなく全身にまで適応されていたのはなんでだ?
結局力量の差という話だろうか。それならそれで無視できないのが勇者という言葉だ。私の能力は勇者だからこそというのが大きい。
──となると勇者の中でロナルと同じような破る魔法が得意な奴がいたら要注意ってことか。
進藤が言っていたあと五人の勇者のうち会ってるのはアルドさんと──あれ、ジルドも勇者なのか?勇者の子供はときに勇者以上の力があるって──そういえば。
「私なんて一発で分かったんだから!」
「え?」
「ね~サク!」
「いや、私だってこと分かってなかっただろ、っていうか」
「え?」
「え?って」
「……リーシェさん、彼女はサクさんと会ったとき女性だと見抜いたと言ってるようですよ」
「ああ……いや、あれは魔法解いたからだろ」
「え?」
「あー」
考えに夢中になっていたせいか頭が混乱する。梅と再会したときのことや進藤の言っていたことロナルの言っていたこと──色んな事を思い出す。
「私はあのとき、それで……あれ?でも」
「梅……?」
混乱しているのは私だけじゃないらしい。梅もなにかブツブツ言いながら俯いている。いつだったっけ、前にもこんなことがあった。元の世界?違う、この世界だ。それもさっきで、それで。
「お前らそろそろ戻って来い」
背中を軽く叩かれてハッとする。弧を描く蒼い目が私と梅を見ていて──梅。目の前に立つ梅はまだ現実に意識が戻っていないようだ。呟くことはなくなったものの俯く視線は動かず考えに没頭しているらしい。
なにか知っているらしいオーズを見ても困ったように笑うだけで。
「悪いけどコイツが何をしているのか俺もよく分かんねえ。分かるのはソレが駄目だってことだ」
ソレ。
ディオが私に転移魔法を禁止した理由。
「そう、だな。じゃあ……移動しよう」
「……へえ?なにか理解したか?リーシェ」
「……別に」
楽しそうなオーズに予想が確かなものに変わっていき可能性を連れてくる。けれどそれを認めるとなにかやるせなくなるしもう本当に手遅れなんだと思い知らされてしまう。
──八つ当たりだって分かってる。
だけどソレを知ってたくせに教えてくれなかったオーズを睨んでしまう。
「見るだけは面白いか?」
「……今回俺はかなりでしゃばってんだぜ?」
「もっとでしゃばったらいいのに」
恨み言を呟いて気がつく。ネガティブな思考、ダルくて疲れて投げやりになってしまう──魔力欠乏症。ああ、それじゃあ梅もか。だから情緒不安定で、でも、私の魔力を使って更に足りないって……梅はどんな魔法を使った?いや、使ってる?
ロナルに抱きかかえられる梅を見ながらこれまでのことを思い出す。梅が使った魔法は今した契約魔法とラシュラルにかけた魔法、それと私のところへ転移してきた魔法ぐらいしか思い出せない。そもそも梅が私との約束を破るはずがない。それなら梅が無意識に使っている?
『……やっぱりコイツも危険だな』
なにかが繋がりそうなのに意識が朦朧とする。歯がゆさに握りしめた拳が痛みを訴えるのにどうにもできなくて──あれ。
手が引っ張られて抱きしめられる。倒れないようにするのが精一杯だった私をオーズが支えてくれたらしい。腕が身体にまわされて褐色の肌が近くに見えた。ぼおっとしている間に顔を起こされて見えたのは癖のある黒い髪。ぴょんぴょんはねる髪に思い出したのはレオルドだ。
レオルドとオーズってよく似てる。ああでも赤い目は違う。あれ?レオルドも赤い目だったっけ?
「ん……」
口づけから流されるオーズの魔力を飲みながらなにかを掴む。服だろうか。確かめる余裕もなかったら背中にまわされた腕に力がこめられる。
「確かに、耐えられない」
紅い目が何か言いたげに私を映すけど、私にはもうなにもできない。
騒がしい光景を遠くに感じながら意識を手放した。
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