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第二章 旅
122.「リーシェさん私の館に来て下さい」
しおりを挟むアルドさんが開けたドアの向こうにはがらんどうな空間があった。一瞬煌びやかなドレスに身を纏い頬を上気させる女性たちやタキシードに身を包んだ男性たちがパーティーを楽しむ光景が浮かぶ。あのときは初めて会う異端の勇者アルドに何を聞こうか悩んでいたっけ。それで男装をやめたうえドレスを着てアルドさんと二人で話した。
その成果はあったけれど誤算だったのはジルドの反応だ。あのとき次から次に紹介される女性に項垂れて弱音を吐いていたジルドがあろうことか私を見て病的なまでに顔を赤くした。きっと気のせいだと言い聞かせているけれどあの反応を思い出すと勇者サクが死んだということもあって余計会いたくない。
だけどアルドさんの陰に隠れて見えないもののジルドの声が聞こえてしまう。
「親父、ライガが来てるって聞いたんだけどこのシールド……」
いや、でも気の迷いだったかもしれないし、そもそもジルドはあの夜出会ったこと自体覚えていなかもしれない。
そう思ったところでジルドの姿が見えた。赤い髪の苦労人はアルドさんの後ろに立つ私を見て言葉を途切れさせ、ついには口をパクパクと動かしたあと顔を赤くした。
……頭痛がする。
後ろを振り返らなくても分かる梅の苛立ちとアルドさんの幸せそうな微笑み。嫌なサンドイッチ状態のうえジルドの凝視だ。サクだと全く感づかれていないのは僥倖だけど勘弁してほしい。でもバレないのなら堂々とリーシェとして活動しておいたほうが便利がいいか……?
凝視してくるジルドにどうすればいいか悩む私に助け船といえるのか話を進めてくれたのはアルドさんだ。
「大事なお客様が来ていたから念のためシールドを張っていたんだ。お前も一度会っただろう?」
「……え?あ、ああ」
目が合ったもんだから一応挨拶代わりに微笑んでおけば見開いた眼が勢いよくそらされる。
……こんなこと言うのも失礼だろうけれどジルドの反応は初心な中学生みたいだ。そう思ったのは私だけじゃないらしく梅が「小学生より遅れてる……」と警戒を解いた。よかったことだ。
アルドさんが咳ばらいをする。
それでようやくジルドは持ち直したらしくまた顔が合った。ああ、やっぱりこいつも背が高いな。見上げ続けていたら深く眉を寄せたジルドがようやく口を開く。
「私はジルドという。……あなたの名前を聞かせてもらえないだろうか」
「私はリーシェといいます」
既にこんな状態とはいえ極力関りを避けたいもんだから宜しくも何もつけずそっけない態度をすれば、アルドさんがジルドに見えないよう気をつけながらも不満そうに口を尖らせた。さっきまでフィラル王国について語っていた真面目な雰囲気はどこにもない。私まで口を尖らせたくなる。
「彼女はちょっと事情があって身を隠さなきゃならないんだ。ジルド、しばらくお前の館で預かってやれ」
「「え」」
不本意ながらジルドと声が重なって思わず視線を交わせばまたもや勢いよく逸らされた。もうコイツは放っておこう。
「アルドさん、そのような迷惑をかけるわけにはいきません。私は助言を頂けただけで十分です」
「君がジルドのところに居てくれたら私はいつでも応えてあげられる。言っただろう?君の助けになりたいと思う気持ちは本当なんだ」
「……」
「それに君は本が好きだろう?ジルドの館にある図書室はきっと気に入るはずだ。なかなか他にない文献を多く集めていてね、門外不出のものも多くある」
……本当に食えない人だ。
特に読書が好きだと言ったこともないのにわざわざ話にあげるぐらいだ。これも助言なんだろう。気に食わないのはアルドさんが思う通りソレは大きな餌で私は食いつくしかないってところだ。
「親父、俺の館じゃなくてもここでいいんじゃ」
「言っただろう?彼女は身を隠さなきゃいけないんだ。ここだと人の出入りが多い」
「いや、それにあの図書室は」
「彼女は信用できるから構わないさ。なんだジルド、結婚を迫られ逃げてきた女性を見捨てるのか」
ん?
親子の会話をのんびり聞いていたら思わぬ言葉が耳に飛び込んできた。いつの間にか増えた設定に驚く私に純情な心を弄ばれたジルドの真摯な声が落ちてくる。
「リーシェさん私の館に来て下さい。今は自由がきくのであなたを助けられる」
勢いあまって私の手を握りしめるジルドの手が叩き落されるのは早かった──梅だ。
「リーシェに触らないで。ほんっとリーシェ……様に触る奴が多すぎて嫌になる」
「触る奴、というのは」
「リーシェ様から離れて」
梅の迫力によってジルドはようやく周りに目を配れるようになったらしい。ラスさんとオーズを見つけた瞬間サクのときよくみた表情を浮かべる。警戒だ。そして強者はなにかしら感じるものがあるということなのか、闘争心を感じる表情を僅かに浮かべた。
「……私たちはリーシェ様の警護をしている者です」
ジルドの視線に怯むことなく自己紹介をするラスさんはともかく暇そうに首を鳴らすオーズはとてもじゃないがそんなふうに見えやしない。それに一応努力がみられるけれどメイドには思えない梅の態度も眉を寄せる原因だろう。ジルドは分かりやすく疑いの表情を浮かべた。
「お前たちがか?」
「そ、お前みたいな奴からリーシェを守ってんの」
「オーズ」
「……」
「まあお前に関してはなんの心配はいらないみたいだけど」
オーズはなにか考えるように黙るジルドを嗤う。無言の睨み合いが発生した瞬間だった。
外野はそれなりに楽しそうだからいいけど解せない。なんでオーズはああもわざと喧嘩をふっかけるんだろう。子供みたいな言動は性格でもあるんだろうけれど、時々、違和感を抱く。私の知らないことを多く知っていて意味深な言動を繰り返すオーズはアルドさんのような大人を思わせる。
『俺はお前の見張り』
『今自分が生きている場所が自分の世界だ。奪われてもそこから作った場所は間違いなくお前のものだ。人からなに言われよーが否定されようが、そこにいるならそこがお前の世界でお前だけのものだ』
『ぐぇ!うお?おお、サク!悪いな!』
『次はなにをする?次はなにを言う?次はなにを見せてくれる?……俺は暇なんだ。楽しくしてくれるなら、アンタが知りたいことのヒントをあげるよ。アンタにとって都合の良い協力者にもなってやれる』
『リーシェ。このまま出るぞ』
私を監視しているというオーズはそれだけじゃなく楽しんでもいて、そのためならと協力者という立場に立つというぐらいだ。オーズはなにを楽しがってる?オーズがでしゃばってくるときはどんなときだった?
「なんだ?リーシェ」
考え始めるととたんにオーズの今までの言動が怪しく思えてくる。そういえば出来すぎたシーンを思い出して勘ぐればまたあの笑みだ。
「まあ、ここは有難く?館に匿ってもらおうじゃねえか」
ラスさんはオーズが提案したものは結果として助けになったと言っていた。となるとアルドさんがいう図書室の本は本当に私の助けになる可能性が高い。
魔物、勇者、フィラル王国──オーズ、ラスさん。
「……ジルドさん、お願いしてもいいでしょうか」
「っ!……勿論です」
微笑む赤い顔を見上げていたら多少の罪悪感に胸が痛むけれど、オーズとアルドさんの表情の先は知りたい。
それに……。
静かに微笑むラスさんと口を尖らせる梅、最後にもう一人を見ようとして見当たらないことに気がつく。どこだと思って探せば執務室の机にイクスをはじめいろいろな商品を雑に並べていた。
「なにして、るんですか」
思わずサクのように話しかけたけどすんでのところで堪えて聞けばライガは空気を読まないことを言った。
「商売のチャンスかと思って?色々仕入れてきたから見てってーな」
明るい声に場の雰囲気が一気に変わってなんともいえない気持ちになる。
ああ、コイツもオーズたちと同類だった。
「お前また……いくつか貰おう」
「道中問題はなかったようだね」
「これは……」
「ねえねえ髪飾りとかある?リーシェ様に似合いそうなやつ」
「へえ、なかなかみないのもあるな」
所狭しと並んだ商品を異様な面子が仲良く覗き込む。それだけでも違和感なのに、ライガに対してアルドさんとジルドのくだけた態度にしょうこうりもなく疑問が浮かんでは消えていく。
「毎度」と笑う下にはなにを隠しているんだろう。ライガは「リーシェさん」と私を呼んでにんまりと笑った。
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