狂った勇者が望んだこと

夕露

文字の大きさ
上 下
52 / 250
第一章 召還

52.「口を慎めこの痴れ者めが」

しおりを挟む
 


青く照らされた鍾乳洞を見上げれば天井は真っ暗だったけれどうっすらとした輪郭が見えた。私とセルリオが落ちてきたはずの穴がない。とんでもなく深い落とし穴でここまで落ちてきたのかと思ったけど違うようだ。
そもそも双子のサバッドはなにを思ってこんなところに私たちを移動させたんだろう。
邪魔するなと、あともう少しだと言っていた。
きっとそれは禁じられた森を覆っていたシールドのことだろう。彼らはシールドを壊すつもりだった。
今回の魔物の奇怪な行動は人為的なものじゃないかと思ったけれどまさかサバッドだとは思わなかった。ここは後でジルドたちと話したほうがいいだろう。
ひっかかるのは彼らがどちらも「ちょっとどこかへ行け」と私だけを移動させようとしたことだ。状況から考えるにセルリオはイレギュラーだろうからセルリオのことはおいておく。
なんで私だけをこんな場所に移動させようとしたんだ?
ジルドたち3人の攻撃を余裕でかわしながら挑発していた彼らなら、地面を消したように邪魔者の私を殺せばよかったはずだ。なんでこんな七面倒くさいことをした?

「どうやったら帰れるかな」
「まあ転移するからそこんとこは問題ねえよ」
「文様を残してるの?ああ、転移球?」

転移をするには移動したいそこにつける目印である文様か、転移球が必要だ。
ああそうかこんなところにも違いはあった。勇者と呼ばれる奴らとこの世界の奴らでは魔法の考えが違いすぎる。

「ん」

文様は別行動する際にセルリオにつけた分しかないし、転移球はトナミ街とフィラル王国のもの、それとレオルの部屋につながるものしか持っていない。
でも私は皆がいる場所に転移できる。文様は魔力を込めながら書いたものだ。魔力を使ったものならいま皆がいる場所にはいっぱい充満している。放った矢に私の魔力は残っているだろう。
セルリオはあまり話さない私に「そっか」と短くかえして歩き出し、ふと止まる。その手が岩肌についていた黄色い光に触れた。洞窟を青く照らす地底湖のように、黄色や白色、緑色の光る点々……私もセルリオの近くに寄って光をのぞき込む。
ぼうっと淡く光るそれは私たちの顔を優しく照らした。

「これ、苔だったんだ」
「綺麗だね」
「ん」

幻想的な神秘的な場所。普通に冒険とかしててこの場所を見つけたんならただただ惹かれてずっとこの場に居座りたくなっただろう。でもタイミングが悪かったせいでこの場所が薄気味悪いと思ってしまう。ひやりとした空気、昔から時間が止まったような静けさ──セルリオが光にかざしていた手をおろす。
とたんに足元まで光が届いた。
水をふんだんに含んだ私たちの体から水がボタリボタリ落ちている。踏みしめた場所は勿論水に濡れていた。

「セルリオ。ここ、知ってる場所?」
「え?ううん。僕は知らないよ」
「ここ、誰かが出入りする場所みたいだ」
「え?」

足元には水に濡れた私たちの足跡以外にも複数の乾いた足跡が見えた。足跡の行く先を追えば、今まで見えなかった遠くまで続く足跡がフワリフワリ光に照らされて暗闇の中浮かんで見えてくる。なんだかまだ魔法に踊らされてるみたいだ。
足跡の先には真っ青なドアがあった。こんな鍾乳洞には不釣り合いなカントリーチックな木製ドアだ。あのドアを開ければ家に帰れるんじゃないか?とバカみたいな考えが過るぐらいには不自然な存在。
セルリオと合流するまで、確かにここには魔物がいた。そもそもここはサバッドにつれてこられた場所。
このドアの向こうはどこに繋がって──

「サク」

肩をつかまれてはっとする。いつのまにかセルリオを追い越してドアに近づいていた。力のある手にドアの存在を忘れて振り返る。
私の肩から手を放したセルリオは私の手を握って移動する。そして通り過ぎた大きな岩をまた通り越して、大きな岩を私たちと青いドアで挟むように立つ。
なにがしたいのかと首を傾げる私を見て、セルリオが悩むように視線を落とすもすぐに私を見た。

「これを見て」

また手をひかれて今度は大きな岩を背に立つ。まっさきに視界にとびこんできたのは黄色・白色・緑色だった。そして、中ぐらいの岩を背にして隠れていた墓石。細かな装飾がされてきれいに整えられている。誰が?光る苔が花のように墓の周りを飾っている。これは?
また疑問が浮かんでくる。次から次にやめてほしい。

「これ……」

墓石には文字が書かれていた。ずいぶん古いもののようだけれど手入れされているおかげか掘られた文字は読めた。



―――――――

初代勇者ソラ ここに眠る

―――――――




何度も文字を読んで、隣で同じ様子だったセルリオと顔を合わせる。
初代勇者。
初めてこの世界に召喚された勇者……っ!
どくんどくんと心臓が興奮にはやる。

「──」

止まった思考を動かしたのは誰かの話し声と歩く音だった。静かな場所だから騒音はよく聞こえた。ドアの近くからだ。誰かが、それも複数の奴らがこっちに向かってきている。
慌てて私たちの足跡を魔法で消す。幸いドアを開けて入ってこられても大きな岩が壁になっていて私たちを隠してくれている。
ギリギリまで声の持ち主と話の内容を聞くことにして転移の準備をする。セルリオの服の裾を握って──気がついた。
セルリオは墓石から目を逸らさない。私はともかくセルリオがなんでこんなに目を奪われるんだ?憧れの勇者の、それも初代勇者の墓はこの世界の奴らでも珍しいもの……?
服を引っ張ってようやくセルリオは意識を取り戻したようだ。だけど目は墓石から離さず、誰かに動かされているように淡々と話しだした。

「昔々魔物がはびこる頃。悲しむ人々、希望を胸に願いをかけた。真っ暗な世界、赤い点々、そこに現れた勇者。真っ白な光が世界を包む。喜ぶ人々、希望を声に願いをかけた」
「それって……」

どこかで聞いたことがある。
ああそうだ、ラウラ。ラウラと会ってスリャ村に向かう前にセルリオとハースと私で勇者の話をしてたんだ。それでセルリオが言ってた言葉だ。

「じいちゃんの家にあった本と一緒だ」

セルリオが墓石に掘られた文字をなぞる。見てみれば墓石の下のほうに小さくセルリオが言った言葉が彫られていた。
あのとき一緒に話を聞いていたハースはセルリオの話に『絵本の内容じゃねえだろ』と否定していた。一般的じゃないんだろう。

「……セルリオのじいちゃん何者?」
「普通のじいちゃんのはずなんだけど……」

セルリオが困ったように笑って、私も笑ってかえしたときついにドアが開いた。
だけど誰も中に入ってくる気配がない。相手も中を探っているらしい。念のため私とセルリオに錯覚魔法をかけて留まる。
動いたのはあちらのほうだった。若い声の、安心した声が聞こえる。

「ああ、我が指導者!なにも問題はないようです」
「口を慎めこの痴れ者めが」

指導者?……ウシン?そうだ、この声も覚えがある。
ウシンは恐らく信者を手厳しく叱ったあと鍾乳洞の中に入ってきた。なにもこの空間を恐れているようではない。


「くまなく調べろっ!」


ここは神殿?
新たに浮かんだ疑問にもやっぱり答えは出ない。鍾乳洞に響く声に呼応して複数の騒がしい声が入り乱れる。
誰かの腕が見えたのを最後に地上に、ここにくるまで私たちがいた場所に転移した。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逆ハーレムエンドは凡人には無理なので、主人公の座は喜んで、お渡しします

猿喰 森繁
ファンタジー
青柳千智は、神様が趣味で作った乙女ゲームの主人公として、無理やり転生させられてしまう。 元の生活に戻るには、逆ハーレムエンドを迎えなくてはいけないと言われる。 そして、何度もループを繰り返すうちに、ついに千智の心は完全に折れてしまい、廃人一歩手前までいってしまった。 そこで、神様は今までループのたびにリセットしていたレベルの経験値を渡し、最強状態にするが、もうすでに心が折れている千智は、やる気がなかった。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。 生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。 優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。 男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。 自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。 【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。 たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...