狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

52.「口を慎めこの痴れ者めが」

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青く照らされた鍾乳洞を見上げれば天井は真っ暗だったけれどうっすらとした輪郭が見えた。私とセルリオが落ちてきたはずの穴がない。とんでもなく深い落とし穴でここまで落ちてきたのかと思ったけど違うようだ。
そもそも双子のサバッドはなにを思ってこんなところに私たちを移動させたんだろう。
邪魔するなと、あともう少しだと言っていた。
きっとそれは禁じられた森を覆っていたシールドのことだろう。彼らはシールドを壊すつもりだった。
今回の魔物の奇怪な行動は人為的なものじゃないかと思ったけれどまさかサバッドだとは思わなかった。ここは後でジルドたちと話したほうがいいだろう。
ひっかかるのは彼らがどちらも「ちょっとどこかへ行け」と私だけを移動させようとしたことだ。状況から考えるにセルリオはイレギュラーだろうからセルリオのことはおいておく。
なんで私だけをこんな場所に移動させようとしたんだ?
ジルドたち3人の攻撃を余裕でかわしながら挑発していた彼らなら、地面を消したように邪魔者の私を殺せばよかったはずだ。なんでこんな七面倒くさいことをした?

「どうやったら帰れるかな」
「まあ転移するからそこんとこは問題ねえよ」
「文様を残してるの?ああ、転移球?」

転移をするには移動したいそこにつける目印である文様か、転移球が必要だ。
ああそうかこんなところにも違いはあった。勇者と呼ばれる奴らとこの世界の奴らでは魔法の考えが違いすぎる。

「ん」

文様は別行動する際にセルリオにつけた分しかないし、転移球はトナミ街とフィラル王国のもの、それとレオルの部屋につながるものしか持っていない。
でも私は皆がいる場所に転移できる。文様は魔力を込めながら書いたものだ。魔力を使ったものならいま皆がいる場所にはいっぱい充満している。放った矢に私の魔力は残っているだろう。
セルリオはあまり話さない私に「そっか」と短くかえして歩き出し、ふと止まる。その手が岩肌についていた黄色い光に触れた。洞窟を青く照らす地底湖のように、黄色や白色、緑色の光る点々……私もセルリオの近くに寄って光をのぞき込む。
ぼうっと淡く光るそれは私たちの顔を優しく照らした。

「これ、苔だったんだ」
「綺麗だね」
「ん」

幻想的な神秘的な場所。普通に冒険とかしててこの場所を見つけたんならただただ惹かれてずっとこの場に居座りたくなっただろう。でもタイミングが悪かったせいでこの場所が薄気味悪いと思ってしまう。ひやりとした空気、昔から時間が止まったような静けさ──セルリオが光にかざしていた手をおろす。
とたんに足元まで光が届いた。
水をふんだんに含んだ私たちの体から水がボタリボタリ落ちている。踏みしめた場所は勿論水に濡れていた。

「セルリオ。ここ、知ってる場所?」
「え?ううん。僕は知らないよ」
「ここ、誰かが出入りする場所みたいだ」
「え?」

足元には水に濡れた私たちの足跡以外にも複数の乾いた足跡が見えた。足跡の行く先を追えば、今まで見えなかった遠くまで続く足跡がフワリフワリ光に照らされて暗闇の中浮かんで見えてくる。なんだかまだ魔法に踊らされてるみたいだ。
足跡の先には真っ青なドアがあった。こんな鍾乳洞には不釣り合いなカントリーチックな木製ドアだ。あのドアを開ければ家に帰れるんじゃないか?とバカみたいな考えが過るぐらいには不自然な存在。
セルリオと合流するまで、確かにここには魔物がいた。そもそもここはサバッドにつれてこられた場所。
このドアの向こうはどこに繋がって──

「サク」

肩をつかまれてはっとする。いつのまにかセルリオを追い越してドアに近づいていた。力のある手にドアの存在を忘れて振り返る。
私の肩から手を放したセルリオは私の手を握って移動する。そして通り過ぎた大きな岩をまた通り越して、大きな岩を私たちと青いドアで挟むように立つ。
なにがしたいのかと首を傾げる私を見て、セルリオが悩むように視線を落とすもすぐに私を見た。

「これを見て」

また手をひかれて今度は大きな岩を背に立つ。まっさきに視界にとびこんできたのは黄色・白色・緑色だった。そして、中ぐらいの岩を背にして隠れていた墓石。細かな装飾がされてきれいに整えられている。誰が?光る苔が花のように墓の周りを飾っている。これは?
また疑問が浮かんでくる。次から次にやめてほしい。

「これ……」

墓石には文字が書かれていた。ずいぶん古いもののようだけれど手入れされているおかげか掘られた文字は読めた。



―――――――

初代勇者ソラ ここに眠る

―――――――




何度も文字を読んで、隣で同じ様子だったセルリオと顔を合わせる。
初代勇者。
初めてこの世界に召喚された勇者……っ!
どくんどくんと心臓が興奮にはやる。

「──」

止まった思考を動かしたのは誰かの話し声と歩く音だった。静かな場所だから騒音はよく聞こえた。ドアの近くからだ。誰かが、それも複数の奴らがこっちに向かってきている。
慌てて私たちの足跡を魔法で消す。幸いドアを開けて入ってこられても大きな岩が壁になっていて私たちを隠してくれている。
ギリギリまで声の持ち主と話の内容を聞くことにして転移の準備をする。セルリオの服の裾を握って──気がついた。
セルリオは墓石から目を逸らさない。私はともかくセルリオがなんでこんなに目を奪われるんだ?憧れの勇者の、それも初代勇者の墓はこの世界の奴らでも珍しいもの……?
服を引っ張ってようやくセルリオは意識を取り戻したようだ。だけど目は墓石から離さず、誰かに動かされているように淡々と話しだした。

「昔々魔物がはびこる頃。悲しむ人々、希望を胸に願いをかけた。真っ暗な世界、赤い点々、そこに現れた勇者。真っ白な光が世界を包む。喜ぶ人々、希望を声に願いをかけた」
「それって……」

どこかで聞いたことがある。
ああそうだ、ラウラ。ラウラと会ってスリャ村に向かう前にセルリオとハースと私で勇者の話をしてたんだ。それでセルリオが言ってた言葉だ。

「じいちゃんの家にあった本と一緒だ」

セルリオが墓石に掘られた文字をなぞる。見てみれば墓石の下のほうに小さくセルリオが言った言葉が彫られていた。
あのとき一緒に話を聞いていたハースはセルリオの話に『絵本の内容じゃねえだろ』と否定していた。一般的じゃないんだろう。

「……セルリオのじいちゃん何者?」
「普通のじいちゃんのはずなんだけど……」

セルリオが困ったように笑って、私も笑ってかえしたときついにドアが開いた。
だけど誰も中に入ってくる気配がない。相手も中を探っているらしい。念のため私とセルリオに錯覚魔法をかけて留まる。
動いたのはあちらのほうだった。若い声の、安心した声が聞こえる。

「ああ、我が指導者!なにも問題はないようです」
「口を慎めこの痴れ者めが」

指導者?……ウシン?そうだ、この声も覚えがある。
ウシンは恐らく信者を手厳しく叱ったあと鍾乳洞の中に入ってきた。なにもこの空間を恐れているようではない。


「くまなく調べろっ!」


ここは神殿?
新たに浮かんだ疑問にもやっぱり答えは出ない。鍾乳洞に響く声に呼応して複数の騒がしい声が入り乱れる。
誰かの腕が見えたのを最後に地上に、ここにくるまで私たちがいた場所に転移した。







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