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第二章 旅
121.「ふむ。少しいいかい?」
しおりを挟むアルドさんの執務室はすでに人払いをしていたらしくしばらく人の出入りはないとのことだ。いきなり大所帯でおしかけた身としては肩身が狭いものの安心してソファに腰かける。
けれどパーティーのときのようにアルドさんと向き合い座るも、あのときとは違う人口密度に苦笑いが浮かぶ。
「梅子、暑い。オーズはうざい」
「俺だけその扱いはひでーんじゃねえ?」
私の右隣で抱き着くように座る梅と、左隣で足を組んで偉そうな態度のオーズは予想していたけれど進行の邪魔だ。梅はともかくオーズはいい年だろうになんでこうもガキなんだろう。ラスさんを少しでも見習ったらいいのに……。そんな気持ちが心から溢れてしまっていたのかオーズが眉を寄せる。突っ込まれる前に話を変えよう。
そう思って向かいに座るライガとアルドさんを見たところでアルドさんが梅を凝視といっても過言ではないぐらい注目しているのを見つけた。女性だからだろうか。私が連れているというのも関係している?
尋ねてみようとしたところで視線に気がついたアルドさんが「失礼」と話を切り出した。
「不躾だったね……すまない。失礼ついでに君に尋ねたい」
「……私に?なに、おじさん」
「ロナルを知っているかね?」
突然出てきた名前にドキリとする。
次の展開は簡単に読めてまた後悔する羽目になる。
「……ロナルのこと知ってるの?」
あまりにも素直な梅に頭を抱えるけれど相手はアルドさんだ。もう、いいや。諦めて傍観に徹しようとしたら目の前のアルドさんが梅に頭を下げた。
何をしたんだと梅を見たけれど梅も首を傾げている。アルドさんは腹の底からふりしぼるように声を落とした。
「君がジルドを助けてくれたこと……心から感謝する」
「……え、誰それ……」
対してあんまりだと思うぐらい温度差のある梅に思わず非難の目を向ければ本当に心当たりがないらしい梅が無罪だとばかりに何度も首を振る。
「おじさん勘違いしてない?私ジルドって人は……ジルド?ああ、あの国の兵長?だっけ……。おじさん、やっぱり私あの人にはなんにもしてないよ」
「ふふ……そうだね、すまない。どうやら驚かせたようだ。君はロナルに白い花を渡さなかったかい?」
「え、あ、はい」
白い花といわれて思い出したのは梅が召喚された日、私が梅に渡した花だ。ちらりと梅を見れば同じような視線とかち合う。
『あの花にロナルの願いが叶うように魔法をかけたんだ』
そう言って穏やかに微笑んでいた顔が今は不安そうに私を見上げている。だけど大丈夫だと頭を撫でれば一転、幸せそうに笑ってもたれかかってきた。
「最初はサクさんがこの子に渡したと聞いた」
「そうです。ああ、あとこれからはリーシェとお呼びください」
「リーシェさんだね、分かった。リーシェさんがあの花をこの子に渡してくれたお陰で私の息子は救われたんだ。君にも心から感謝を」
「えっと」
「……ジルドは7歳のとき──、古都シカムを守るためあの国と契約を交わした。あの国の兵士になること、あの国の利益になる情報は包み隠さず話すこと、フィラル王国に危害を加えないこと、勇者召喚に一切関わらないことを魔法で誓ったんだ。対価は──、古都シカムへの侵略の中断と今後一切干渉をしないこと」
淡々と話される内容にある違和感に眉を寄せる。それだけじゃない。なぜかソレを知っているかのようにアルドさんの隣に座っていたライガが組んでいた手に力を込めた。思わずその顔を窺い見れば目が合ったライガがしいっといわんばかりに微笑んで首を振る。
「契約の期限はジルドが生きているあいだで、契約の内容を違えることは死を意味するものだ。少しでも契約に反する行動をとると身をもって知らされるような酷い内容だ。……あの花に君はどういう魔法をかけたのか聞いてもいいかい?」
「私?ねえおじさん、私のこと梅子でいいよ。あの花にはロナルの願いが叶うように魔法をかけたよ?」
「願いが叶うように……!それはいい」
声を出して笑うアルドさんはきょとんとする梅を見たあと孫でも見るような優しい目をする。
「ロナルはジルドに『あなたは自由です』と願ったんだよ。……それで、その魔法で……ジルドは契約から解放された」
「じゃあロナルやってのけたんだ。ふーん……よかった。おじさんの息子も助かったんだし良いこと尽くめだね?サク」
「はいはい、いい子いい子。あとリーシェな」
「ふふー!」
褒めて褒めてとしっぽを振る梅の頭を撫でればこんな場所だっていうのに梅はニヤニヤ幸せそうだ。話の内容はそんなこと出来ないぐらい重たいものなんだけどな。
思い出す真っ赤な髪の戦闘狂の姿。
『そうこなきゃつまらねえよなあ』
『とりあえず片っ端から殺せばいいだろ』
血の気の多い性格からは考えられない。ジルドという人は思っていたより勇者の子供としてだけじゃなくて色々なものを背負っているらしい。ジルド含めディーゴやロナルの性格を考えたら真っ先に勇者に絡んできそうなものなのに全く会わなかったのは契約があったからか。古都シカムの任務は上からの命令のもので成り立ったもの、ということは私関連でなにか情報を得ようとしていたんだろうか。分からない。ジルド本人は難しくともロナルあたりから色々話が聞けないだろうか。ロナル──梅が私以外に心を開いている様子の、唯一の男。そして梅をよく知る奴。いや、ジルドだって。
「……梅子ちょっと変装しよう。ジルドたちに会ったらすぐバレる」
「あ、そういえばそうだね」
「くっそ、なんでこんなこと忘れてたんだ……気抜きすぎてた」
「ああそれなら梅子という呼び名も変えたほうがいいだろう」
「え?」
「梅子、というのはどうも前の世界を連想させる。いかにも勇者らしいんだ」
アルドさんの忠告に確かにそうだと納得する。覚えやすいから適当に梅子ってしたけれど気をつけるにこしたことはないだろう。
「梅子、なんか案ある?」
「梅子気に入ってるんだけどなあ……んー、じゃあアイ……アイフェ。アイフェにする」
「アイフェ?」
「ん」
随分覚えにくい。
眉を寄せてしまうけれど梅はアイフェから変更するつもりはないようだ。これから呼び間違えないようにしよう。
「アイフェとリーシェの関係はどう説明するつもりかい?」
アルドさんの質問に梅、オーズ、ラスさんの順番に顔を見てしまう。説明も何も正直アルドさんとだけ話をするつもりだったし、現在も出来ればそうしたいからなにも考えていない。だけど『ちょうど息子がいるのでね』と言ったことを素直に受け止めたらアルドさんは私とジルドを会わせる気でいるし、そうなると姿を隠しておいたとしても梅たちが目に留まる確率は高くなってしまう。
「リーシェさんはこの前のパーティーに来たとき貴族のふりをしたんだっけね?」
「いえ、貴族のふりとまでは……確か周りの顔をたてるために参加したとロナルに言った気がします」
「そうだったか。ロナルは君と会ったらしいジルドの様子を見てからというもの君の発言から貴族なのではと考えずっと君のことを探していたんだよ」
「……それはそれは」
なんと言ったらいいものか反応に困っても流させないのがアルドさんだ。息子のジルドに甘くそしてジルドのためなら多少強引なこともしてみせる。
「君はとある事情で身を隠さなければならない令嬢ということでどうだろうか。アイフェさんたちはリーシェさんの付き人という形にすれば多少、特徴はあれど誤魔化すこともできるんじゃないかな?」
「メイド……私はいいよ?」
「……アルドさん私は出来ればリスクは負いたくなくて……ジルドとは会わない方向でいきたいのですが」
「ふむ。少しいいかい?」
立ち上がって少し移動したアルドさんに契約のことを思い出す。私には適用されないけれどアルドさんは人の耳があるところで契約の話は出来ない。
こちらを窺う梅たちには待ってもらって誰にも話が聞けないようシールドをかける。アルドさんは穏やかに、ともすれば意地悪く笑う。
「君が私のところに尋ねてきてくれたということは魔物のことでまたなにか聞きたいことがあって来たんだろう?あの国で殺されたうえで目的も変わらないのならきっと君の知りたいことは私が知りたかったことと重なる」
「……」
「正直に言えば私は知りたいことをまだ全て知ることができていない。けれどゼロから始める状態の君よりははるかに知っていてその手掛かりを持っていることは保証しよう」
「……」
「質問はなににするかい?」
なんとも大人なアルドさんを恨めしく見てしまう。そうですね、助けてもらうだけなんて都合のいいこと出来ませんよね。
諦めてアルドさんに質問する。
「勇者召喚をしているフィラル王国のことで質問です。フィラル王国が魔物の存在をふせる理由の答えと予想があるのならすべて教えてください」
「フィラル王国が魔物の存在をふせる答えは分からない。私の予想としては二つある。一つ目。今の人が知る魔物は本来闇の者と呼ばれしかもその末端のものでしかなく、それ以上の御伽噺のような恐ろしい者がシールドの向こうにいることを感づかせないため。
二つ目。
魔物の存在──その詳細がフィラル王国を脅かす理由になりえるものだから。魔物の存在がフィラル王国を脅かす理由なのだとしたらフィラル王国と魔物は密接に関係しているのか。だが私たちがよく見る獣の魔物はクランという闇の者が憑いた状態のもので人を殺す以外に知能はない。フィラル王国が闇の者を操れるのか。勇者を奴隷にしようとするも失敗に終わるばかりだ。いや、成功したことがあったとしたなら?それならその勇者を使ってなら闇の者を操ることが出来るだろうか。だが闇の者を操ってなんの得があるだろう。操る?使う、ならどうだろう。闇の者がいることでなんの得があるだろう。それをどうフィラル王国に利用するだろう。闇の者はこの世界オルヴェンの恐れの象徴……勇者は救いの象徴。勇者を召喚するフィラル王国は救いであるといえる。勇者の活躍を世に知らしめることは力を示すことになる。事実フィラル王国はオルヴェン一の王国だ。勇者という救いほしさに多くの国から仰がれ尊ばれる」
一気に話される内容がひとつひとつ印象深く頭に焼きつく。微笑むアルドさんがドアに手を伸ばしたのに気がついても抵抗する気が起きない。
「自作自演……」
考えられる可能性に思い出したのは地面から湧き出た黒い染みが大きく形作り謎の魔物へと姿を変えていくあの光景。
──魔物はどうやって生まれるんだろう。
赤い目を探してしまったからろうか。振り返ればこちらを見て笑うオーズと唇を結び俯くラスさんを見つけた。
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