狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

120.「……まず座って話でもしましょうか……」

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久しぶりに会ったライガは相変わらずだった。適当にハーフアップにしている茶色の長い髪も砕けた雰囲気もエセ関西弁も、にいっと笑う顔も。
それになにか嬉しいような気持がわいて……でもライガの言葉に警戒を覚えて距離をとる。勇者サクは死んだはずでライガもそうだと知っていた。この状況は果たしてどちらに転ぶだろうか。
私の前に立ちはだかってライガを威嚇するも軽くあしらわれている梅の手をひく。目が合ったライガは表情を変えない。

「おひさ」
「……久しぶり」

予想外のことで頭がついていかないのか、いつかのような挨拶をしたあと言葉が続けられない。数秒の沈黙が焦りを生んで頭が真っ白になっていく。助け船を出したのはそういえばこの場にいたオーズだった。私の肩を抱き寄せながらチンピラのようなことを言う。

「お前邪魔。悪いけどコイツも俺も急いでっからどけ」
「やーえらい男前やなあ~。これは悪いことしたな、どうぞ?」

ドアを塞いでいたライガが道を開けるとオーズは満足そうに笑みを浮かべて進む。私も肩にまわされていたオーズの手を払いのけたあと続けば手を握られた。目聡いことにそれに反応したのは私だけじゃない。

「ちょっとアンタ、サクに触らないでくれる!?」
「おい急いでるつってんだろ」

……ここでリーフがいたら更に五月蠅かったんだろうな。
嫌な想像に痛くなってきた頭をおさえれば「勇者さん」と周りをまったく気にしない呑気な声が落ちてくる。

「……知ってんだろ?勇者サクはもう死んだんで……っていう感じで通してくれると嬉しいんだけど」
「そうはいっても勇者さんは勇者さんやしなあ」
「言い方を変える。俺のことは黙っててくれ。対価が欲しいなら教えてほしい」

普通に黙っていてほしいうえオーズと梅がライガを殺してしまいかねない雰囲気をしているから切実に黙っていてほしい。ああもう、真面目に話したいのになりきれないのは良いことなのか悪いことなのか。
なんともいえない顔をしているだろう私を見てライガは笑った。

「対価はいらへんで?俺もあの国は嫌いやからなあ。あの国のメリットになることわざわざ言うたりせーへんせーへん」

嫌い?
思いがけない話に興味を持てば、オーズがまた話に割って入ってくる。

「信用ならねえな」
「お前が言うか?」
「は?いやいや、俺すっげーお前のこと助けてんだけど」
「え?ああ、あー?いや、助けられたことはあったけどそれもう帳消しになったし上回るぐらい迷惑かけられてるから」
「マジで薄情な奴」
「はいはい」

正直いまの面子で一番信用できない奴の発言に思わず突っ込めばこれだ。オーズはロウとディオのときの記憶は持っているんだろうか。今までの迷惑を自覚してないとなるとかなり迷惑な話だ。

「……ひどいわー勇者さん。男でもええんやったら俺でもよかったやん」
「は?」

思考を飛ばしすぎていたせいかライガが頓珍漢なことを言いだす。そのうえわざとらしく悲しがってみせるもんだから警戒するのも馬鹿らしくなってきた。
オーズと私の様子を見てソウイウ関係にでも思ったんだろうけれど、それにしても突然の文句に呆れてしまう。

「なに急に──あ」

でもそのお陰で思い出せた。ライガに手を伸ばす。

「ん?なんや、勇者さん」
「性別を変えられる魔法具。あれ、1つくれ」
「ええー?ひどいわーこの流れでそうくる?」
「いくら?」
「ほんまひどいわー悲しすぎるからねぎってやらんで?15万」
「分かった」
「ちょうど持っておいてよかったわ~まいどあり」

胸ポケットから取り出された紺色のピアスを確認したあとお金を渡す。梅たちは突然のやりとりについていけないようで黙って眺めている。同じく状況を見守り続けるアルドさんと目が合って会釈をすれば大人な微笑みを浮かべてお辞儀を返してくれた。

「……これ、使い方は?」
「収納武器を使うときと同じで魔力通せばええだけやで?戻りたいときも同じで──」

ライガの話を聞きながらピアスをつけたあとピアスに魔力を通すのではなく今かけている魔法を解いた。
ちょっと髪が伸びているものの元の世界の私の姿になって、なんだか新鮮な気持ちになる。
このままリーシェの姿に変えようかどうか悩んでいたら口をあんぐりと開けて私を見る梅を見つけた。梅は私が女だって知っているしリーシェの姿も見ているから特に驚く理由はないだろうに。驚くとしたらライガだろう。
そう思ってライガを見たら梅と同じような顔をしていた。あまり見ない表情にたじろげば、はっとしたような顔をみせたあと急に手を握られる。

「やっぱ俺と結婚して」

ぎょっとしてすぐ前にもあった同じやりとりを思い出せたからあのときと同じように全力で手を振り払う。

「しねえよ」
「ええやんええやん、とりあえず結婚しよ」
「とりあえずどけ」

へらへら笑うライガを押しのけて呆然とする梅を連れながらアルドさんと向き合う。オーズはラスさんが制してくれていた。

「お待たせしました。そしてお久しぶりです、アルドさん」
「またお会いできて嬉しく思うよ、サクさん。……彼のことを知っていたんだね」
「ライガですか?はい。フィラル王国で武器の仕入れのとき利用していました」
「ひどい言い方やわ~」
「事実だろ」
「お前もアルドさんと知り合いだったんだな」

ライガを見ようとしてさきほどより見上げなければならないことに気がつく。桜だと見え方が違うのか。私の視線に気がついた暗い藍色の瞳が弧を描いた。


「知りたい?」


なんの意味をのせているのか、素直に頷くのに気が引けて黙っていればアルドさんが穏やかに微笑みながら提案をする。

「ライガ、座って話そう。よければ皆さんもご一緒して頂きたい」
「是非……梅子?」

断る理由がなくて頷いたあと、一応、梅たちの反応を見ようと振り返ったらいまだ呆然と私を見る梅を見つけた。流石に様子がおかしいから梅の顔の前で手を振ってみればようやく目が合う。

「サク……?」
「そうだけど大丈夫か?」
「大丈夫……大丈夫」

どう見ても大丈夫じゃない梅に不安を覚えた瞬間、オーズが私と梅を引き離す。普段ならそんなことは許さない梅がこれにも無反応だ。

「……やっぱりコイツも危険だな」
「オーズ?」
「おい、糞女。ソレは止めろ」

オーズの口ぶりはディオが私に転移魔法を使うなと言ったときとまるで同じだ。なんだ?今の梅と転移魔法を使うときの私になんの共通点がある。

「聞いてんのか糞女」
「……?は……?なに、はあ?また私のこと糞女って言ってんの?」

オーズの呼びかけに寝起きのような顔が般若のような顔になっていく。
戻った。
そんなことを思ってしまうぐらいの変化だ。始まった梅とオーズの言い争いに今度は私が呆然としてしまう。だけどここで置いてけぼりを食らうのはアルドさんだろう。慌ててアルドさんに頭を下げる。

「本当に申し訳ありません……」
「いえいえ元気でなによりです。ああそれとサクさん。出来ればパーティーで会ったときの姿になってもらえないかな?」
「え?ああ、はい。それは構いませんがどうしてでしょう?」

紺色の瞳に紺を混じらせた長い黒髪はリーシェの姿だ。これ以上通り名を増やしたくはないしなんの問題もないため魔法を使って一瞬でリーシェの姿に整えれば、アルドさんは目を瞬かせたあと「よかった」と言って笑った。


「ちょうど息子がいるのでね」
「とりあえず結婚せーへん?勇者さん」


口喧嘩する五月蠅いオーズと梅の声をバックにしながら面倒なことを言う二人に天を仰ぐ。それから最後の頼みを思い出して振り返ればずっと口を閉じていたラスさんは淡く微笑みなにも言うことはない。



「……まず座って話でもしましょうか……」



私に言えるのはそれだけだった。




 
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